今日テレビで、「侘びさびを探して」という番組をやっていました。イギリスのジャーナリストが、理解が難しいといわれる侘び、さびとはどういうものかを探るために、日本を旅するという企画でした。
ジャーナリスト自体は、それについての本も読んでいるし、誠実に希求しているようではあるのですが、それにしても、まず始めは東京の新宿だとかに行ってしまいます。そこで人に「侘びさびってなんですか。」って聞くのですが、なかなか皆首をひねるばかりで、返事が来ない。それで、侘びさびって本当に存在するのか、と疑問を持ちます。なんと、メイドカフェまで行きます。そんなところにあるわけないでしょ。
そのあと東京で句会に参加したり、京都に行ったりします。清水寺では人が多くて、「こんなところにわびさびなんてない。がっかり。」ということになりました。それで、京都のお茶の先生のところに行ったり、禅庭のあるお寺の住職さんと話し合ったりします。
最後まで見なかったのですが、最後は禅のお寺に行くというところでした。おそらく、そこに行って「侘びさびとは何か、少し判った気がする。」というおわりかたになるのだとおもいます。
誠実にまじめに作られた番組だとはわかりますが、でも少しミスリーディングな気もしました。多分見た人には「もう現代の日本にはわびさびはなくなって、禅寺だとか、茶道に行かないと、見つからないんだ。」という印象を与えたんじゃないでしょうか。
私は普段日本にまったく縁のないところで生活しているし、たまにしか日本に帰らないでしょ。だからはっきり言って、私の日本を見る目は外国人の目になってることが多い。それでその目で見ると、侘びさびはあちこちにあります。たとえば、植木の裁ていとかはいい例。前日本に行ったとき、柳の木の裁ていの仕方が全然イギリスと違うので、驚きました。日本ではすごく切るんですよね。それで少ししか枝だとか、葉っぱとかが残らない。それが私の外人の目は、ああ、日本的情緒があるなあ、ということになる。普通の家の松ノ木だとか盆栽だとか、すごくわびさびだと思うけど。
まあ確かに、日本の街はさっと見回して、醜いものが多いですよね。けばけばしい色とか、ごちゃごちゃとした町とか。でもちょっとした竹で出来たざるとか、古い下駄が干してあるのとかでも、探せばわびさびはある。
清水寺にしても、確かに人は多いけど、見ればわび侘びはあちこちにある。結局それは見る人によるのです。侘びさびを見る目・心を持つ人は、見つけられる。だからわびさびは日本人にしかわからないだとか、日本にしかないといわれるのでしょうね。外国人でも日本に1年以上長く住んでいれば、わかると思います。でも観光で2週間来たくらいじゃ、わからないよ。
2 件のコメント:
日本に一年住んでたら分かるのかなぁ?日本に10年以上住んでいる外人の部下達と毎日働いてますが、カルチャーギャップを感じないことのない日々です・・・。
それって、仕事のために日本にいるのか、それとも日本の芸術や美術に興味があってきているのか、その辺の個人差もあるのかな。でもカルチャーギャップて、日本人でも若い子見たら思わない?ああ、おばん臭い発言。
確かに年の問題もあるよね。私は、外国似るからこそ、日本的美学がわかるような気で要るけど、もしかしたら、ただ年を食っただけのような気もする。それで、線香臭いものが好きになってきた。。。そういえば明日誕生日で、また歳食います。。。。
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