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2022年12月12日月曜日

チャーリーの近況 

 娘チャーリーもルイと同じロンド大学で、同じく医学部に行ってます。しかも下宿先も割と近くで、友達も同じ友達がたくさんいるようです。こういうのは考えると珍しいですね。親としては、私がロンドンに行ったら二人に会えるし、別々の遠い大学に行っていたら、お互いが会うことも少ないし、楽でいいです。本人同士も、結構仲良くやってるようです。

ずっと大学に行くまでスイミングをしていたのですが、大学ではラグビー部に入って、すごく楽しそうでした。が、肩を痛め、ほかの学部の友達が卒業して辞めて行ったこともあり、ラグビーはやめて、今はなんと、パワーリフティングクラブに入りました。

チャーリーって子供のころからなぜか、重量挙げが大好きだったんですよ。オリンピックではくぎ付け。あんな地味なスポーツなのに。

それでこの週末は、初めて大会に出たそうです。

写真をいくつか載せておきます。







2022年12月7日水曜日

ルイの近況

 ほぼ2年近くこのブログほったらかしになっていたので、子供たちのことも報告しておきます。

まずは息子ルイ。ルイはロンドンの大学の医学部に行っています。今年が6年目で最終学年。春にはエレクティブという、自分でオーガナイズする実習で、インドの病院で2か月ほど働くらしいです。私のほうが先にインドに行く予定にしてたのに。(コロナで流れてそのまま)

もちろんロンドンに住んでいて、今の大きい家を数人の友達とシェアして、その家が5年目。1年の時からの親友クリスと、未だに仲良く一緒に住んでます。

そしてルイとクリスが一番頑張っているのは勉強・・・・ではなくてバンド。高校を卒業すると同時にヘビメタからも卒業してくれて、今はなかなかいい、プログレ+ロック+ジャズみたいなバンドです。バンドの名前はFacelift.Spotifyで聞けるので、よかったら検索してやってください。

ルイは滅多に家に帰って来ません。今年は彼女と2日間夏に帰ってきただけ。気持ち的には帰ってお母さんに会ってもいいかなとも思うようですが、ロンドンライフが忙しく楽しく、遠いし高いし、なかなか帰ってこないです。まあ元気でロンドンでやってくれてるのなら、私はそれでいいですが。

来年8月にはお医者さんになって、8月第一週には、ルイだけでなく全国の病院でジュニアドクターが働き始めます。だから8月には病気になるなと知人にはよく言っているのですが、最近はイギリスの医療は危機に次ぐ危機で、どんな時でも病気もケガもできません。

この先ずっとNHS(イギリスの国営医療サービス)で働くと思うと、それもいろいろ心配です。

夏に帰省した時



ロンドンでこの秋。エクスティンクション・レべリオンのデモ



2021年1月9日土曜日

ワクチンのバイトに応募

 毎日書くことを今年の抱負にしましたが、やっぱり昨日忘れちゃいました。まあ、2021年は、10日も経ってないのに、いろいろありますね。

イギリスではブリクジットどころではなく、いまはコロナで本当に大変なのです。もう病院は患者さんを取れない、というところまで来ています。救急車が病院の前で列を作っていて、事故で頭蓋骨を骨折した人が、救急車が7時間も来なくて、摂氏0度くらいのなか、路上でその到着を待ったという話がニュースになってました。その人は、今は元気そうにインタビューされてましたが。

私も子供たちも、今はコロナどころか、事故にあっても、救急車は来ないと思えということで、とにかくいろいろ気を付けることと心掛けてます。

アメリカではすごい数の人が感染して、すごい数の人が死んでると知られていて、イギリス人の間でも、「まあアメリカよりはまし」みたいに思ってる人も多いんですが、実はこれは全くの嘘。アメリカのほうが断然人口が多いから、10万人につきの罹患数も死者数も、イギリスのほうがアメリカよりも高いです。死亡率は2.7%。アメリカでは1.7%です。

アメリカってそんなにロックダウンとかもしてないけど、イギリスのほうがこんなにひどいって、やっぱり政府のせいかなと思うけど、アメリカもトランプだしな。

うちの子供たちはロンドンに戻りました。二人とも医学部なので、ワクチン接種のバイトに応募して、ルイは昨日初めて行きました。GP(家庭医)のクリニックで、400人の80代以上の人が接種に来たそうです。ルイは昨日は初日なので、受付の仕事をしたとか。たしかに、注射を打つ以外にもいろいろ仕事はありそうですからね。こうして医院などで働くと感染が心配ではあるけど、まあ若いし、しかもバイトが枯渇してお金に困ってますから、喜んで働いてます。

では今日の関係ない写真は下です。

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2021年1月4日月曜日

コロナでばたばた

 新年なので今年の抱負と書こう、その一つはブログを書くこと、と思ってましたが、今晩はまたまたボリスジョンソンの新たな声明があり、ロンドンを脱出してなんとか実家でクリスマスを迎えれた子供たちが、急にあしたロンドンに戻ることになりました。

いろいろうんちくが並べられていましたが、要するにロックダウンのようで、水曜の国会で立法化されるということで、その前に電車で帰ることになったのです。

チャーリーはもともと帰る気満々だったのですが、ルイは大学も授業はすべてオンラインだし、家にいるとお金もかからないし楽だし、しばらく家でのんびりするつもりだったのですが、かといってロンドンに戻れないというリスクは取れないので、明日チャーリーと同じ電車で戻ります。

 いつもは、さっさとロンドンに帰りたいルイなのですが、今回は後ろ髪をひかれているようで、こちらも寂しいです。 唯一の救いは、二人一緒だとちょっと頼もしいってことかな。まあ別にルイが頼りになるお兄ちゃんってわけでもないんですが。

イギリスの大学は2月半ばまで閉校で、学生は大学に戻ってはいけないとのことですが、果たして無事に戻れるのか。二人とも、ワクチン接種のバイトに応募したので、それを理由に帰るようです。

2021年、こんな感じで始まって、本当に先が思いやられるわ。。。。

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2020年8月29日土曜日

家族解散

3月末からロックダウンのため、子供たちは北デボンの実家に帰ってきていました。が、ルイは辛抱しきれず、6月には早々とロンドンの借家に戻っていきました。チャーリーは大学寮を引き払っていたので、戻る場所もなく実家にいましたが、やっと新しい借家を見つけ、8月半ばに引っ越ししました。

ルイは同じ家に住んで3年目です。大学一年目の大学寮の時は夏には引き払うので、それでも実家がほんとうの家という感じが強いのですが、自分で借りた借家に入ると、12か月家賃を払うし、自分の家感が強いです。ロックダウンの時も、帰って来たくなかったのですが、3月には結局スーパーで食品もトイレットペーパーも換えない状態になり、 諦めて帰ってきていたのです。

このルイの家は5つも寝室のある大きい家で、友達5人で住んでいます。いまだにすごく仲が良く、たぶんルイにとっては家族のような感じでしょうね。

チャーリーは友達2人と、寝室が3つのフラット(アパートメント)を借りました。中はなかなかきれいです。多分今もまだきれいだと思います。ルイのところは、あっという間に目も当てられない状態になりましたけどね。

チャーリーのフラット
そう言うわけで、わたしは今はこの田舎の大きい家で、デイブと二人で住んでます。が、お互い仕事と、それぞれの友達との付き合いで、あんまり顔も合わせない感じ。私はロックダウン解除で、今まで閉まっていたヨガ教室を再開することで無茶苦茶忙しく、 家事も庭仕事もほったらかし。ご飯作るのも買い物するのも苦痛で苦痛で。。。

洗濯もあんまりしないし、食洗器が壊れてこちらは買い替えないことにしたのですが、簡単な食事しかしないからそれも不便ないし。

本当にいよいよ家族解散という感じです。

今のところ寂しいというより、家族がそれぞれの場所に戻って、仕事がはかどってよかったって感じ。

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2020年8月20日木曜日

子供達が幼かったころの笑える会話

うちの子供たちは2年弱の年の差なので、一緒に育ちました。仲はまあいいほうですね。

その二人の会話で面白かった話の記録です。

1. 車に乗って田舎を走っていたら、「シカに注意」の表示が出ていました。文字で書かれたのではなく、赤い三角の中にシカの黒い絵があります。これを見てチャーリーが、「あ、トナカイ!」と言うと、ルイが「違うよチャーリー、トナカイは飛ぶんだよ。」と言ってました。5歳と3歳くらいのことかな。

2.これも車の中での会話。チャーリーが急に「お腹の中の人たちはポテトフライだと思う。」と言ったら、ルイが「僕はバナナと思う。」と言って、二人で納得してました。????でしたが、あとで聞いたら、絵本にお腹の中での消化のイラストがあり、そこでお腹の中で人がたくさん、食べ物を消化させるために働いていたそうです。

3.また車。(すべての会話は車か。)動物園に行って、お土産にペンギンのぬいぐるみを買いました。チャーリーは後部座席で一人で(たぶん6歳くらい)それで遊んでいて、「はい、赤ちゃん、お母さんのミルクを飲みなさい。」と言うと、ルイが(8歳?)「違うよチャーリー。赤ちゃんペンギンはお母さんのゲロ(Sick)を食べるんだよ。」 と言いました。動物園で、お母さんペンギンが魚を口から戻してあげてるのを見たようです。

4.こちらは家庭菜園で。何歳だったかな。だいぶ小さかったと思います。ズッキーニの花が咲いていて、ちょうどいい機会だから性教育をしようと思い、「ズッキーニには雌花と雄花があり、雄花の花粉が雌花に入ると、実がなるのよ。」と私が言うと、ルイは「人間と同じだね。」と言いました。😳

そのちょっとあと動物園に行ったら、大きいエンクロージャーの向こうのほうで、サイが交尾していました。周りの大人たちは、とても珍しいけどなんとなく直視しにくいなあという 感じでしたが、ルイはチャーリーに大きな声で、「見てごらん!サイが交尾してる!」と言い、二人でしみじみ観察してました。

しかしこうして読み直すと、やっぱり我が家のボケはルイですね。

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2020年7月12日日曜日

チャーリーの笑える話

チャーリーはあんまりおもしろいことを言ったという笑い話はないのですが、面白いことをやらかしたことは何度かありました。

チャーリーが3歳の時、家族でスペインの島にホリデーに行きました。それでルイとチャーリーは二人でベッドが二つある部屋に寝たのですが、ある朝見に行くと、チャーリーは床にあお向けて寝転がって、目を開けたじっと天井を見つめています。声をかけても動きません。それで心配になって、「どうしたの?」と揺り起こすと、自分の口を指さして、「ここにお金を入れたら動く。」と言いました。

前日ホテルの前にあった、子供が電車や動物などに座ってお金を入れたら動く 機械をそういえばじっと見ていました。それになりきっていたようです。

そしてこれはまたそれと同じ、座ってお金を入れたら動くその機械に、地元のスーパーで座っていた時のことです。私は絶対にお金を入れないので、チャーリーはそこにただ座って歌を歌ってました。するとおばあさんがやってきて、「歌が上手ね。」とお金をくれたことがありました。本当に上手だからくれたのか、それとも機械にお金を入れずに座っていたので、可哀想に思ってくれたのでしょうか。

ルイにもどっきりさせられたことがあります。3歳くらいの時です。 ルイは一人で自分の部屋で寝ていたのですが、その部屋のドアのところには柵があり、自分で外には出られないようになってました。それがある晩、私が寝る前にルイをチェックに行くと、ベッドの上にいないのです。部屋には柵があるから外に出られないし、部屋のどこにもいません。慌てて探したら、ベッドの下に転がってました。夜中にベッドから落ちて、そのままベッドの下に寝返りを打って入り込んだのでした。

ではまた続きは後日

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2020年7月9日木曜日

子供のころの笑える話

全然脈絡はないのですが、うちの大学生の子供たちの小さい頃の面白かった出来事を、忘れないように書いておきます。

まずルイ。(兄、現在21歳)

1.幼稚園児の時に、ある日突然、Are you leading an easy life? (お母さんの人生って安泰?)と聞いてきました。それで、いえ、そうでもないですと答えると、So is your life tricky? と言われました。Trickyというのは「ちょっとややこしい」みたいな意味なのですが、(Trickとは仕掛けという意味)、大人が子供に説明するときなどに(例えば折り紙の折り方とか)使う言葉なので、すごく可笑しかったです。

2. これも幼稚園か小学一年くらいのとき。オリンピックを見ていたら、射撃のイベントを中継してました。これを見ていて、「お母さん、負けた人は死ぬの? If you lose, do you die?」 と質問してきました。

3.同じ年頃のころ、一緒にとなりのトトロのビデオを見ていました。最後のほうでさつきがが猫バスに乗ってメイを探しに行くところで、空を飛ぶ猫バスに大人が気づかないので、「大人には見えないのね。」と言ったら、「お母さんも見えないの?」と聞かれました。

4.うちはバイリンガル教育に失敗し、10歳くらいまで全然日本語を教えずに英語だけで育てました。(子供が二人でそれどころじゃなかったので)。それが10歳のころある日、突然「僕っていったい何歳になったら日本語喋れるようになるのかな。」言ったのです。そう、私が両方喋れるのは大人だからで、自分も大人になったら自動的にバイリンガルになると思っていたようです。(それでその後スパルタで教え、今はちょっと喋れます。)

5.これはごく最近の話です。ルイは医学部生で、2年の時産婦人科に研修で、帝王切開の出産に立ち会いました。出産に初めて立ち会った医学部生が感動するという話はよく聞くので、妹のチャーリーがDid you feel anything?(なにか感じた?)と聞きました。すると、「いや、赤ちゃんには触らせてもらえなかった。They didn't let me touch it.」と全く頓珍漢なことを言ってました。 しかも赤ちゃんのことを’it’(それ)呼ばわりしてました。

今もこんな感じです。

続く。

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2020年2月13日木曜日

ロンドンに行ってました

この週末ロンドンに1泊で行ってました。

このビデフォードの田舎に20年以上も前にロンドンから越してきてからというもの、お金もないし(電車代が高い)車で行く度胸はないし、そうこうするうちに子供が生まれて、10年に一度パスポート更新するために行くだけ、って感じになってました。

が、子供たちがロンドンの大学に行くようになって初めて知ったのですが、この町からロンドンまでバスで、すごく安く行けることが分かったのです。6時間も かかるんだけど、家から5分のバス停から乗って、直接ロンドンのど真ん中のビクトリアにつきます。

私の場合は、乗り物酔いの薬を飲むと、ほぼ目的地まで熟睡。日頃睡眠不足の私は、バスで6時間寝るのが楽しみなくらいです。

行った理由は特にないのですが、娘チャーリーが「バレエを一緒に見よう」と誘ってくれたので、行きました。ま、お金払ったのは私なんですけどね。 (寮に泊めてはもらいました。)

今回はロイヤルバレエではなく、ロシアシベリア国立バレエ。聞いたことないバレエ団ですが、私が一番好きなバレエの白鳥の湖です。場所はロンドンの南のNew Wimbledon Theatre.小さめだけど、昔ながらの古い劇場で、よかったです。バレエは、背景が映像でいまいちだったんだけど、ちゃんと生のオーケストラだったし、これも良かったです。

毎度のことながら一番安い席で見ました。一人13ポンド。いつも思うのですが、映画に行っても10ポンドくらいするから(きっとロンドンではもっと)、それに比べたらすごくいいバリューです。(いい席は65ポンドくらいだったかな)

土曜の昼過ぎにビクトリアについて、チャーリーと合流してランチ。そのあと息子ルイもやってきて、久しぶりにノッティング・ヒルのポートベローマーケットに。昔に比べると、あんまり流行ってないような気がしました。

そのあとウインブルドンでコリアン料理を食べてから、バレエ。ルイもバレエ・デビューでした。

夜はルイは自分の家に帰って、私はチャーリーの寮に泊りました。

日曜はルイもまたやってきて、3人でロンドンブリッジでブランチ。そのあとルイとは別れて、チャーリーと二人でスピタフィールド・マーケットに。3時ごろに別れて、デボンに戻ってきました。

子供たちは二人ともそれぞれ元気で楽しそうで、私も楽しかったし、親としては安心しました。ルイは今週、ハーフ・ウエー・ガラというパーティーでした。医学部、半分終了のパーティーです。

それにしてもロンドンは、今回はあんまり中国の人たちを見ませんでした。(チャーリーの寮にはたくさんいましたけど。 )やっぱりコロナウィルスのせいかな。

それは心配です。

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2019年12月23日月曜日

ご飯が作れない

先日新聞でEmpty Nesterの記事を読みました。私みたいに子供が大学などで巣立って、家の中に一人だけどか、旦那と二人だけとかになったお母さんの話でした。

この記事を書いた人も、下の息子さんが大学に行って、9月から旦那さんと二人だけです。それで、それ以来ご飯が作れなくなったと書いてました。

これ、すごくわかるんですよ。私もチャーリーが大学に行ったとたん、もう何を作っていいかわからなくなりました。毎晩働いていることもあって、それ以来2日に1度、2日分作ってます。だから同じものを2日続けて食べます。でもこんな風にできるのは、カレーとかパスタソースとか、結構限られてるんですよね。

日本の主婦にしてはとんでもない怠惰かもしれませんが、イギリスではこれでもましなほうだと思います。ま、自分的には、毎日無茶苦茶簡単なものを作るというのは、延々と怠惰な方向に行きそうで怖いので、1日おきに、まあ中程度の難度の晩御飯を作るのでバランスとってます。

で、その記事に戻りますが、クリスマスについての記事で、子供たちがクリスマス休みで帰ってくるので、またエンジン全開で食事を作ってるとのことでした。

が、私はその反対。子供たちが冬休みで帰ってきて1週間以上になりますが、半分くらいは子供たちに作ってもらいました。今日もチャーリーが作ってくれました。私は クリスマスの準備で忙しいし、二日に一度しか作らないのに慣れてきたから、毎日作るのが苦痛です。

ってことは、つまりエンプティ―・ネストでやる気がなくて食事が作れないというよりは、チャーリーが家を出た時点で、私の料理するエネルギーが枯渇したようです。 子供がいなくなったら、子供の好きなものでなく自分の好きなものをいろいろ作ろうと思ってましたが、もうそんな力ないです。

明日クリスマスイブで、日本で言えば大晦日みたいにいろいろクリスマスの料理などをする日なのですが、どうなることやら。気が重いぜ。

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2019年11月20日水曜日

ルイとチャーリーの帰省


大学生の息子(ルイ)と娘(チャーリー)が別々に実家に帰ってきてくれました。結構遠いので、ルイは今まで長期休みにしか帰ってきたことないのですが、チャーリーが戻ってくるので、ルイも帰ってきてくれることになりました。

そう。元々は同じ週末に戻ってくる予定だったのです。が、直前になってルイの予定が変わって、別々の週末に帰ってきました。

久しぶりにみんな揃うと思ってとっても楽しみにしてたので、それを聞いたときは、心臓が重くなったような感じがしました。チャーリーもすごくがっかりしてました。まあ、二人は実は同じ大学なので、ちょこちょこ顔を合わすらしいんですけどね。

が、実際にはそうなったらそうなったで、それぞれとゆっくり時間を過ごせてよかったです。まあ二人が一緒のほうが楽しかったことには違いないけど。

子供たちに美味しいものを食べてもらおうというのが私には楽しみだったのですが、二人ともおでんが食べたいとのことで、2週末続けて作りましたよ。しかもおでんって残るから、ここ2週間でおでんを5食くらい食べました。

チャーリーはちょっと長めに4泊でしたが、ルイは2泊で帰っていきました。

寂しいですね。二人がいなくなると、人生の楽しいことがすべて消えてしまったような気持ちになります。あとは毎日仕事ばかり。ロンドンって行こうと思えばすぐに行けるし、またクリスマスには帰ってくるというのに。

私はずっとイギリスに住んでますから、昔、私が日本に里帰りした後こちらに戻ってくるときは、母は私以上に寂しい気持ちだっただろうなあ。

ま、しかし子供の人生にもいろいろありますね。親としてはいろいろ口出ししてアドバイスしたいけど、子供は必ず親のアドバイスの逆をするものだから、我慢してます。

自分の人生。親のアドバイス通りスムーズに事無く生きたって、そんなの何の意味もない。七転八倒しながら自分のやり方で生きてこその人生です。

でも、ちゃんと卒業して自分で食っていけるようになってね。 それ以上のお金は家にはないよ。

ではこちらもよろしくお願いします。







2019年10月6日日曜日

ラグビー

ラグビーワールドカップ盛り上がってますよね。イギリス人はラグビー好きなので、日本よりもずっと前から盛り上がっていて、知り合いでも何か月も(もしかしたら1年以上前から)切符を手に入れて、日本に飛び立った人が数人います。

先日はヨガの生徒さんから、「主人がおめでとうと言ってました。」と言われました。何のことかと思ったら、アイルランドに勝ったことでした。

が、今日ここで書く件は、ワールドカップとは関係ないことです。

娘チャーリーが大学に入学したことは何度か書きましたが、女子ラグビー部に入ったとのことです。

女子ラグビーって日本でもやる人いますか?イギリスでは、最近人気が出てきたスポーツです。女子サッカーより5年以上遅れてるって感じかな。

チャーリーのお父さんは女子サッカーやラグビーに偏見のある人なのですが、それもきっとチャーリーがラグビーを選んだ理由の一つに違いないと思います。ま、二人は仲はいいんですけどね。というか、お父さんがチャーリーの尻に敷かれてます、普段は。

そしてもう一つの理由は、ラグビーを高校でやっていた女子は少ないから、大学で新しいスポーツを始めるには、みんな同じスタートという意味で、いいクラブだと思います。

チャーリーは幼い頃から競泳の選手で、デボン州大会で何度も優勝したことがあるし、地区大会でも決勝で何度も泳ぎました。でも15歳くらいの時に拒食症になり、結局泳げなくなりました。最初は未練もあったし、友達も水泳クラブにたくさんいたので、週に一度でも泳ぎ続けていたのですが、ついには完全に泳がなくなりました。

競泳の選手というのは女子でもがっしりしているものなのですが、一方で、毎日人前で体型をさらすスポーツですから、そう言った意味では、やめてよかったと今では思っています。

それでここ1年くらいは近所のジムに週に5回くらい通って、ウエイトトレーニングして鍛えてました。カロリー消費のために通うのかなと、最初はちょっと心配だったのですが、実はすごい重さのウエイトを上げれるくらいまで、トレーニングしていたらしいです。プロテインも飲んでました。

大学でもジムには通うらしいです。が、ラグビークラブに入って、私はすごくうれしいです。多分女子ラグビークラブって、「女性もたくましく頑張ろう!」というような、健全なたくましい環境じゃないかと期待しています。クラブ内のつながりも楽しいんじゃないかな。そこで今後の人生、ずっとつながっていられる仲間が出来ればいいなあと思います。私も高校の時のクラブの仲間とは今でも集まる仲ですから。

が、どうやら飲み会もすごいようです。(ラグビーに限らないでしょうけど。)来月ツアーに行くとのことで、「でもまだほとんどプレーしたことないでしょ?」と言うと、「ツアーと言っても、ちょっとプレーしてあとは親交会。」と言ってました。親交会って飲み会でしょ。

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2019年10月4日金曜日

Empty Nest

娘チャーリーが大学に入学して家を出てからそろそろ3週間です。入寮する直前に大学から連絡があり、キャンパスから遠い寮に急遽変えられ、本当にちゃんと部屋があるのかも不確かなままロンドンに連れて行きましたが、今やすっかり落ち着いたようです。

場所はロンドンの東のストラットフォードという地区で、ロンドンオリンピックが行われたあたりで、開発ブームで工事中の建物に囲まれています。巨大な学生寮の隣は、イギリス人なら誰でも知っているジョンルイスという大きいデパートです。そしてその隣が、Westlakeという、ヨーロッパで一番大きいショッピングモール。

村に店一軒ない田舎から、こんなリテール天国に行って、大丈夫なのか。。。。

ま、そう言うわけで家は静かになりました。本当にEmpty Nestです。寂しくてさみしくて。

ルイが2年前大学に行った時も寂しいことは寂しかったけど、チャーリーがまだ家にいたし、チャーリーはチャーリーで高校に上がって大学受験が迫ってきて、それどころじゃなかったですね。

チャーリーがいなくなってからというもの、もう何をご飯に作ったらいいのからもわからなくなりましたよ。買い物行っても今までの半分くらいしか買わないし、寂しい寂しいと思いながらショッピングしてます。

というわけで、家事いきなり楽になりました。晩御飯は二日ごとにまとめて作ります。掃除の量も減ったし洗濯も減った。お弁当も作らなくなったどころか、朝起こさなくてもよくなったから、朝もちょっとだけゆっくり起きます。

そうやって徐々に慣れていくんだろうなあ。多分趣味とかプロジェクトとかがどんどん増えて行って、あっという間にまた忙しくなるのでしょう。そういえば、実はもう新しいプロジェクト始めたんですよ。トトロみたいに種から木を育てるプロジェクト。この話はまた別の日に。

そう言うわけで明日は早速友達を5人ランチに招きました。

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2019年8月24日土曜日

チャーリーのバイト




娘チャーリーは来月からロンドンの大学に行きます。それで今は、日本から帰ってきて、バイトもせず、のんびりと毎日を過ごしています。

が、昨日の夕方と今日の夕方、チャーリーは彼氏ダニー君のバイト先の応援に狩り出されて行ってます。

それはここから車で小一時間行った先のビーチのキャンプ場にあるスリランカ・カレーの屋台。私もチャーリーも話には聞いていたのですが、どんなところか全然想像もつきませんでした。というか、想像はかなりはずれてました。

こんな小さなキャラバンを改造した屋台です。ダニー君がボスの家から調理済みのカレーや材料を運び込み、中の小さなキッチンで温めたりちょっと調理したりするようです。働いてるのはこの日はこの二人だけです。

最初はチャーリーは1時間半かけてバスで行く予定にしてましたが、天気もいいので、私が友達と一緒に連れて行ってあげることにしました。

私と友達は、二人が店を開ける準備をしている間に、海でちょっと泳ぎました。海から上がって6時過ぎに行くと、6時開店のはずなのに、まだまだ準備中とのことでした。が、天気もいいし海も近いし、待つのなんて全然気になりません。やっと出てきた料理は、なかなか美味しかったです。料理もそうですが、この全体のセッティングが可愛くてよかったです。

私たちが食べてる間お客さんが集まってきました。が、手際が悪そうで、みんな待たされてます。天気が良くてよかった。

夜にメールしてどうなったか聞いたら、「最悪!ガスがなくなってお客さんに返金しないといけなかった。無茶苦茶散らかって片付けにすごく時間がかかった。」と言ってました。

今晩も二人で働いてます。どうなっているのか心配・・・・





ではこちらもよろしくお願いします。

2019年6月19日水曜日

Aレベルの試験が終わりました

チャーリーのAレベルの試験が今日終わりました。数学、科学、生物の3科目。それぞれの科目ごとに2時間のテストが3つあります。なので9つのテスト、合計18時間。これが2週間ちょっとにわたってありました。

Aレベルがどういう試験なのかを日本人の方々に説明するのはちょっと難しいです。というのは、全く日本と制度が違うからです。日本だと、取りあえず普通に学校に行っていれば高校卒業で、卒業証書がもらえますよね。イギリスでは高校の卒業というものはなくて、高校の終わりにAレベルという国家試験を受けます。この試験の結果だけが、高校に行ったという証です。

そしてこの試験が日本の入試の役割も果たしています。これも説明すると長くなるんだけど、要するにこの試験での成績が入学条件です。オックスブリッジなどは、ほぼ最高マークを取らないと入れません。

まあとにかく、高校の2年間の努力のすべてがこの試験にかかっているのです。最近までは高校の一年目の終わりに一部の試験を受けたり、レポートを提出したりできたのですが、去年からすべて、一発勝負になりました。

この一発勝負っていうのが緊張するんですよね。だって、病気したり体調悪いと、それでパーじゃあないですか。

ルイの時は、最後の2つの試験の前になぜか39度くらいの高熱が出て、解熱剤を飲んで試験に挑みました。むっちゃ焦りましたが、結果は大丈夫でした。

チャーリーの場合も試験の2週間くらい前から、体調管理強化週間。夜は早く寝て、食べ物はほんの一日でも賞味期限切れたものはだめ。エビや貝類もだめ。

試験は朝9時の日と、午後1時の日があったのですが、私は朝が弱いので、9時の日は無茶苦茶緊張して、目覚まし3つかけて寝ました。学校までは車で5分くらいなんですが、万が一 車がエンストするリスクに備えて、1時間前に家を出ました。遅刻ギリギリの普段と大違い。

試験の結果は8月の半ばです。手ごたえはまずまずのようです。

今晩はゆっくり眠れそう。

ではこちらもよろしくお願いします。


2019年6月2日日曜日

母親の期待

私の母は3年前に亡くなりました。最期に看取ることはできなかったのですが、死ぬ2か月くらい前に危篤状態になるのではとのことで日本に飛んで行ったら、けろっと病院から自宅に戻ってました。その時に外食したり散歩したりと、最後の思い出を作れたので、その点については悔いはありません。

でも母との関係について、今でも何となくしっくりしない気持ちはあります。

無茶苦茶仲良いってこともないけど、普通に口げんかも良くしたけど、まあまあ、毎年のように日本に子供を連れて帰っていたし、親孝行はまずまずしていたほうだと思います。

インドにはいろんな女神がいて、それぞれ「学問の神様」とか、「お金の神様」とか役割のようなものがあり、信仰されています。サティア・サイババが、「あなた方のお母さんはこれらの女神を全部合わせたようなものです。自分の人生を犠牲にして、あなた方が無事成長し、成功するために尽くしてくれるのです。」と言っていました。

インドでは「悪い母親」というコンセプトは存在せず、母親とは愛の象徴の「神」として あがめられる存在だそうです。

確かに私の母も、母子家庭で苦労して育ててくれて、自分を犠牲にしてまで子供のために尽くしてくれたと思います。でも、そんな風に「ははうえさま~」と崇めるような気持にはならないですね。

確かに、片方の手では、母は自分を犠牲にしてまで私を育ててくれました。けれどももう片方の手で、私から何かを期待していたと思うのです。私のしっくりこない気持ちというのはこれです。

その期待というのは、老後の世話をして欲しいとか2世帯所帯に住みたいなどではないんですが、自分の描くような理想的な娘になってほしいということです。

その内容は多分、親戚に自慢できるくらいの大学に行って、やはり自慢できるような職種についたり企業に就職して、エリートの男性と結婚して、簡単に行き来できるくらいの距離に住んで、負担のかからない程度に孫の世話をして。。。。たぶんそんなところ。

私のことを個人的に知らない人でも、私はこの期待は大きく裏切ったことはお判りでしょう。ちなみに妹も裏切りました。

そのせいで嫌な思いをしたこと、私も少しはあったけど、一緒に住んでいた妹は、もっといろいろあっただろうなあと思います。

まあ、それが長く尾を引くこともなく、ある程度時間が経てば、あちらが諦めましたが、最後まで私は「理想の娘になれという無言の期待、無言のプレッシャー」には敏感でしたね。察すると、異常に反発してました。

 これがね、今自分が20歳と18歳の母親になって、一番肝に銘じておかないといけないことだなあと思います。

子供に期待しない・・・・というのではないけど、まず子供を自慢に思いたいという気持ちは よくないです。そして、「こうなってほしい」という自分の夢の押しつけは絶対によくない。期待するなら、「元気でいつも明るく、のびのびと、なんでもいいから自分の好きな道を歩んでもらいたい。」という程度にとどめておくべきだと思います。

遠くに住む息子ルイについては、もうそう思うのもしんどいので、「勝手にやってくれ。たまには家に帰って、元気な顔を見せてくれ。」程度に、期待は低いです。 娘も、「元気でハッピーならなんでもいいわ。」です。

ではこちらもよろしくお願いします。




2019年5月24日金曜日

チャーリーの最後のお弁当

今日はチャーリーの最後のお弁当の日でした。


思えば5歳で小学校に入って以来、ほぼ毎日持って行ったランチです。2年前までは全くイギリス風の、簡単なサンドイッチとヨーグルトと果物、みたいなお弁当でした。

それが3年ほど前に拒食症になり、お弁当どころか、学校に行くのもままならないようになりました。治療を始め、アップダウンはあったものの2年前から、自分で選んだ日本で買ったお弁当箱で、お弁当を持っていくようになりました。

最初は自分で作ってました。そのころは自分で用意したものしか食べれなくて、ご飯もおかずもすべて計りで計ってました。

イギリスでも最近はお弁当やお寿司は知られるようになったけど、ここはデボンのど田舎。そんなところでお弁当なんて持って行って、注目を浴びて食べられるのかしらと心配したけど、大丈夫でした。ここ2年間、一度もサンドイッチを持って行ったことありません。買い食いもなし。

だんだん良くなってくるにしたがって、自分では作らなくなって、お弁当作りは私の役目に。でもそれは人が作ったものでも心配せずに食べれるという よくなっている証拠。だから私も楽しく作りました。

チャーリーの卒業は6月の末なんだけど、来週は学校がお休みで、そのあとは試験。だから明日が最終日です。そんな風に、イギリスの高校って、きちんとした全員の卒業の日があるのではなく、なんとなくフェイドアウトで終わります。

だからルイの最後のお弁当の日は、そうだということにあとで気が付きました。なのでごく普通のサンドイッチでした。こんな手抜きでした。わるいわるい。

チャーリーのも別に大したことないんだけど、お弁当というだけで、私の中ではひとランクもふたランクも 上です。

ではこちらもよろしくお願いします


2019年4月30日火曜日

不法投棄と善意

日曜の朝、娘チャーリーがジムから帰ってくる途中、国道から我々の村に入る道の一つ目の農地のゲートにごみが山ほど捨てられているのに気づきました。

英語ではFly Tippingというのですが、車窓からごみを捨てるとかいうレベルではなく、家や工場からのごみを不法投棄することです。この村は大きな道からすぐなので、心ない輩が早朝などにごみを捨てるのにちょうどいい場所にあるのかもしれません。しょっちゅうあるというほどではないけど、年に1-2回あります。

それでチャーリーは大きな袋を持って車でごみを集めに行きました。

このオレンジの袋、こんな大きさです。 隣に10リットルのじょうろを置いたので大きさがわかると思います。とても担いでは持って帰れない大きさでした。

ごみはプラスチックやらビニールやら、缶やら瓶やら。おもちゃもありました。

家に帰ってそのことをFBに写真と一緒に載せました。

すると翌朝、知らない人がそのFBのポストにコメントしてました。チャーリーがごみを拾う前の写真をのせて、「これですか?」とのことでした。それで村の人かなとおもってYesと返事しておきました。

その夕方、誰かがドアをノック。開けてみると若い女性が花束とチョコレートをもって立っていました。「これ私のお父さんから。」とのこと。ごみを片付けてくれたお礼だというのです。その男性は、どういう関係かわかりませんが、不法投棄の話を聞いて、なにか証拠になるものが入ってないかと見に来たら、もうすでにチャーリーが片付けた後でした。まあとにかく、きれいにしてくれてありがとうということです。

全然そんなつもりではなく、ただ村にごみが落ちているから拾おうというチャーリーの善意だったのですが、善意が善意を生むみたいな感じでした。

しかもその女性は、チャーリーが小学生の時仲良くしていた近所に住んでいた女の子でした。でも中学生くらいの時に親の離婚で引っ越しして、疎遠になっていたのでした。最初見たときはわかりませんでしたが、名前を聞いて思い出しました。

ポジティブな出来事でした。

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2019年3月19日火曜日

サプライズのお出かけ

昨日は私の誕生日だったのですが、その前日のおとといの夕方、チャーリーがどこかに連れて行ってくれるとのことでした。

最初は連れて行ってくれるとも言わず、「日曜の午後車を借りるよ。」というだけだったので、どこかに一人で行くんだろうと思ってました。

チャーリーのリクエストでランチをしっかり食べて、夕方6時半ごろ家を出ました。別に服装はなんでもいいとのこと。じゃあ、一緒にランニングとかジムに行くとかじゃないな。晩御飯に行くのかなあと思ったら、出る前にビスケットをくれたので、ディナーでもなし。

家を出ると隣の町まで国道みたいな道を走り、大きい駐車場に駐車。

そして行ったのはこの町唯一の劇場でした。

北デボンのアマチュアオーケストラのコンサートでした。アマチュアとはいえ、40人くらいのハープとかティンパニーなんかもあるなかなかちゃんとしたオーケストラでした。チャーリーの学校の友達がビオラを弾いてました。値段もいっぱしの値段でした。


曲目はマーラーの交響曲5番。かなり難しそうです。確かにプロのオーケストラに比べると、ちょっとシャープさに欠けるかなと思った部分もあったけど、全体的にはすごくよかったです。

この辺は老人人口が高いのですが、オケにはおじいさんおばあさんのメンバーもいました。別に年なんて関係ないもんね。ということは、私でも今からバイオリン習って、10年くらいしたら参加できるかな。

コンサートの後、「私、明日から毎日ピアノ練習するわ。」というと、チャーリーも「私も明日からバイオリンの練習再開しようと思ってたところ。」とのこと。それなりに二人ともインスパイアされて帰ってきました。

考えてみたら、こんな風にサプライズでどこかに連れて行ってもらったのは人生で初めてでした。

ではこちらもよろしくお願いいたします。



2019年2月24日日曜日

ロンドン2日目

私とチャーリーはドックランドのホテルに泊まりました。翌日は二人でロンドン東部のスピタフィールド・マーケットに行きました。昔はイーストエンドの下町のマーケットだったようですが、今はこじんまりとしたなかなか素敵なマーケットでした。この日はアンティーク市でした。

ここで朝ご飯を食べましたが、ここで飲んだコーヒーが、生まれて一番というほどの美味しいコーヒーでした。

その後、中華街でルイと待ち合わせして飲茶。ルイは前日遅くまで大量に飲んでいたようで、どうも二日酔いっぽく、食欲は昔ほどではありません。注文しすぎたので、残った食べ物はテークアウトにしてもらいました。この日のルイの晩御飯です。そして中華スーパーで買い物して、ふたたびルイの家に。

家につくと、ルイは別にお茶を入れてくれるでもなく、チャーリーと別の友達と3人でゲームを始めました。家は、前日あんなにきれいにしたのに、また汚くなってました。前日洗濯機に入れたものは乾燥されていず、仕方ないので私が乾燥機に入れて室内干ししました。

そして1時間後にたいして感慨もなく別れて、またバスで6時間かけて帰ってきました。

初日はルイは私たちに会って嬉しそうでしたが、二日目にはだれるのか。それとも単なる二日酔いか。

まあルイがとりあえず元気でいることを確認し、家事をちょっと手伝い、大量の差し入れをし、彼女や友達にも会え、しかもお芝居やマーケットに行けましたから、ミッション完遂でしょう。

帰りのバスで、チャーリーがカーディフ大学からオファーをもらったことがわかりました。これがこの日のハイライトかな。

ではこちらもよろしくお願いします