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2021年1月7日木曜日

今年の抱負


 やっと今年の抱負が書けそうです。1月7日だからまだいいかな。が、しかし今年は7日にして、あまりにもいろいろありすぎ~。

 

まずは昨日ちょっと書いたけど、ブログを書くこと。去年ロックダウン以降サボってましたが、やっぱり日常の記録がないというのは寂しいし、このブログ、実は 2008年から12年以上も続いているので、続けます。

仕事面では、去年はコロナのせいで仕事がオンラインになり、すごく大変でした。そういう人多いでしょうね。業態が変わったので、ヨガビジネスの宣伝が必要になり、去年後半は、無茶苦茶、ソーシャルメディア・マーケティングで大変でした。レッスン数も、オンラインと今まで通りのホールでのクラスを両方やったので、もうくたくた。夜中の1時過ぎにまだベッドから携帯で仕事ってことが日常でした。朝は6時起きと言うのに。

それで、今年はもう、仕事をちょっと手を抜こうと思ってます。というか、結果にこだわるのやめようと思います。結果というのは 、ビジネスとしての成功という意味で、つまり何人生徒さんが来てくれるかなんですが、今年はもう、ストレス大きいし、やることはやって、あとは商業的結果にこだわらず、ただ頑張っていいクラスを教えて行こうって考えてます。

 

ストレスという意味では、マルチタスク。これが有能な人の必須条件みたいになってますが、マルチタスクをすると実は内容が薄くなるとか失敗が増えるとか言われてるし、ストレスだから、これもやめようと思います。

あとは去年から続けている早朝ヨガを続けること。毎年のことながら、頑張ってもっと本を読もうということ。それから、肉食を減らすために、昼食には肉類は取らないこと。 

去年初めて、ウエットスーツなしで冷たいイギリスの海に何度か入りました。これがメンタルヘルスにいいとかでブームになってます。今は流石に寒いけど、夏から始めようかな。

 

それと最後に重要なこと。極力プラスチック、ビニールは使わない、ビニールに入ったものは買わない。プラスチックって、リサイクルしても結局その過程でごみになったり、1回しかリサイクルできなかったりで、人類にとって満足いくような処理用はありません。使わない、買わないのが一番。

今年のスローガンは、「羽ばたく」。いろいろな意味で。

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 今日の関係ない写真は、先日海辺で撮ったチャーリー。

2020年12月12日土曜日

2020年を振り返って

 ちょっと早い気もするけど、今年のことをちょっと。

2020年って、忘れたい年とか、無きに等しい年しか言われてますよね。イギリスでは、2016年を上回る年とか言われてました。(トランプが当選して、ブレクジットが国民投票で勝った年です。ブレクジットは実は今になって超深刻となり、コロナを上回る事態になりかねないんですが、それはここでは今日は触れるまい。。。)

ま、 確かに2020年はありえないことが起こった年だと思うし、亡くなった方が世界的にたくさんいる悲劇的な年なのですが、自分的には、ある意味、意義深い年だったと思います。

 個人的に一番に直面した問題は、収入のこと。何しろ3月末のロックダウンで3か月くらい仕事できなくなったのですから。収入については政府の補助金が出たのですが、それでも仕事が出来なくなったのは大問題でした。

が、人に勧められてちょっと嫌々ズームでやってみたら、 これが結構大丈夫なのでした。いろいろマイクとかカメラとか買わないといけないかなあと思っていたら、全然大丈夫。Iphone一つで仕事出来てます。ロックダウンで生徒さんも家にこもってましたから、皆さん参加してくれて、なんと朝のクラスは3月末からいまだに毎日やっています。

ズームでヨガっていうのは、短所もあるけどいろいろ長所もあり、収益的には家賃とガソリン代がかからないから、ズームの年間費を払っても、全然大したことありません。しかも場所に縛られないから、今では半分くらいは遠隔地に住む生徒さんです。海外から参加してくれる人もいます。 

それで今はホールでのクラスは減らしてオンラインクラスも始めました。商売的にはオンラインのほうがもうかるくらいだけど、教えるのはやっぱりじかに教えるほうが面白いので、今はちょうどいいバランスかな。

それと、教えるだけではなく、自分も生徒として参加するようになりました。実は仕事よりもちらの方が個人的には大きいことです。オンラインなので、ロンドンなどの、有名な先生のクラスに参加できます。地元ではできなかったことですから、これはすごくいい機会です。今では毎朝6時半から2時間、仕事の前にヨガをしてます。 

というわけで、今年は教えるのも習うのもすごくヨガをした一年となりました。50代半ばでも肉体改造が進んでるというのは、自分でも驚いてます。

2020年は確かに難しい年でしたが、今まで直面することのない問題に出会い、いろんな可能性を試した年ともなりました。苦難に直面し、そこから新しい可能性を模索するという、典型的、人間の成長のパターンとも言えます。

仕事だけに限って言えば、コロナがなければ、あのまま毎週同じパターンであちこちで教えて、そのままあと10年くらい教えて、だんだん仕事を減らしていくって感じになっていただろうな。オンラインで教えるなんて、絶対にやらなかったと思う。

一番言えるのは、人生、本当に何が待ってるかわからないってことですね。

今日の関係ない写真はこちら。2週間くらい前の日曜の海での写真です。

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2020年12月5日土曜日

もったいない、もったいない

 ずっと反対していたけど、今になってやっぱり親が正しかったなって思うことってあります?私は滅多にないのですが、最近ひとつ思うことがあります。

母が口癖のように言っていた言葉が「もったいない」です。これがみみっちくて貧乏くさくて、本当に嫌いでした。特に母の晩年は、物を貯めすぎたり捨てられなかったりで、実際にちょっとこれはなあと思うことがいろいろありました。

それはそれとして、母がよくしたことですごく嫌いだったのは、サランラップとかアルミフォイルやチャックのビニール袋を使いまわしていたことです。けちけちしたところで1円の特にもならないし、非衛生的。

それが最近になって、環境運動にかかわるようになり、プラスチックの問題にもいろいろ直面し、私もプラスチックやビニールの資源を大切にする必要を実感してます。イギリスでは店でビニール袋をくれなくなったので、使いまわしは当然だし、ビニールはリサイクリングできないから、ラップなども数回は使うようになりました。

母は正しかった。。。。

私は母がけちけちとラップなどを使いまわすのは、1円でも倹約するためだと思ってましたが、今になっては、もっと本能的な、資源を無駄にしてはいけないとい気持ちだったのかなあと思います。世代的に。確かに私も今になっては、金銭の問題ではなく、お金で買えるからと言って、プラスチックやビニールを使い放題使うのは、地球人として無責任なことだとわかりました。

祖母が昼間に電灯をつけるとき、「じゃあ電気をおごろうか」 とよく言ってました。私たちの世代では、電力は大切なありがたいものなんて気持ちは全然ないですが、あの時代の人はそうだったんですね。今となっては、祖母は正しかったと思います。

資源もエネルギーも限られたものを使わせてもらってるという気持ちは、私たちももうちょっと持ってもいいなと思います。

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今日の関係ない写真はこちら。お、抹茶売ってる、と思ってスーパーで買ってみましたが、よく見ると左はブルーベリー入り。想像もできません。緑茶は日本人の想像を超えた世界で進化してます。


2020年4月23日木曜日

コロナウィルスロックダウン 32日目 1か月を過ぎてわかったこと

昨日のニュースでは、イギリスはこのSocial Distancing (他人と距離をあけること)は年内は続くだろうと言われています。今4月ですから、あと8か月・・・・。多分今のような厳しいロックダウンではないでしょうが、普通には当分戻らないということです。

ここ数日、ニュースで日本のことを報道しています。感染者数が増えてきているのに、政府の対応があいまいで、まだまだ人間同士の距離が近すぎる。これで大丈夫か?というような内容です。

ロックダウン一か月で、わかったことがいくつかあります。

1.人の気分は天気に非常に大きく影響を受ける。

2.家族とはいえ大人が同じ屋根の下に24/7一緒に暮らすには、全員それなりに努力 が必要。全員が気を付けて声を荒らげなければ、なんとかなる。

3.洗髪はそれほど頻繁にする必要はない。

4.服は2-3組あれば足りる。

5.時間がたっぷりあるようでも、なかなかやりたいことをできない。読書、ピアノの練習などは、時間というよりは、優先順位の問題。

6.もはや人類は、インターネットなしで生きることはできない。

7.政府がいくら緊縮財政と言っても、 いざとなればどこかから財源を持ってくる。

8.しかしそうして財源を確保しても、お金で解決できない問題はたくさんある。

9.こういう危機にこそ、いい人はますますいい人ぶりを発揮し、そうでない人はますますそれを発揮する。

10.いくら世界が危機に瀕していても、ニュースに接しない限り精神的な不安感は感じない。

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2020年1月28日火曜日

解脱・出家・孤高

先日の続きです。

まず解脱と書きましたが、一番いい日本語ってなんでしょうね?出家?ネットで探してみたら、「俗塵を避ける」という言葉がありましたが、これいいですね。他になにかいい言葉があれば教えてください。

ラーマクリシュナは解脱の敵は「金と女」とよく言っていました。「女」とは、つまり妻帯して家族に対する責任ができることです。そうなると、世の中とのかかわりを断つことなんて無理だということです。

で、自分の話です。

私は物質的なたちではないと思うけど、やっぱりお金によるバックアップなしでは生きていけない。そして、もうすでに子供がいて、家庭とのかかわりと断つこともできない。それでも、どうすれば少しでも解脱の心境に近づくには、具体的には何から始めたらいいのか、考えてみました。

まず、ニュースの見過ぎはよくないと思います。ニュースを見すぎると、政治とか社会に対していろいろ言いたいことも増えるし、不安に思うことも増えます。いろんなことに対してオピニオンが出来すぎてしまう。そしてこれをフェースブックに書いたりしたら、ますます世間に巻き込まれてしまいます。

それからニュースに限らす、フェースブックもほどほどにしたほうがいいですね。いろいろ言いたいこととか、呆れることとが増えてきますから。

ゴシップをしない。特に人の悪口は言わない。これはまあ当たり前です。

物を買わない。服だとかインテリアとか趣味の物とか、買い物する癖がつくと、その「服」とか「インテリア」について考える時間が、世間にまみれてる感じがします。

お金のことですが、まず、数える(帳簿や通帳を見る)のはよくないと思います。と言っても、私の様に現金で支払われる自由業の人は、簿記もしないといけないし、全く数えないわけにもいかないんだけど、それでもなるべく数えたり計算したりしないようにしようと思います。

それからこれは一番大きいテーマですが、お金を人にあげるというのは、すごくいいことと思います。ホームレスの人やチャリティー。もっと頑張りたいことです。子供たちにも、機会があるごとに渡そうと思います。

「解脱」という意味では、ほとんど全部のお金をあげて、「必要なものはどこからか与えられるもの」と腹をくくって生きるのが一番なんですけど、私には現生では到底たどり着けない境地です。

家族とのかかわりが私にとっては一番の「世の中とのつながり」であるわけですが、これは難しいですね。誰かを愛すれば、それは自分にとっては足かせになるわけですから。子供たちに関しては、「健康で幸せ」であってくれさえすれば、その他のことは何でもいいとは思ってますが。 でもこれだけでも、十分すぎる望みかな。

ではこちらもよろしくお願いします。




2020年1月26日日曜日

心配症と解脱

私は子供のころから心配症でした。幼稚園の年長組の時、病気か何かで日本脳炎の予防接種が受けられなくて、蚊に刺されて日本脳炎になるのか怖くて、母に頼んで保健所に連れて行ってもらって、注射を受けた記憶があります。5歳児がですよ。

それでも別にメンタルヘルスの問題もなく、普通に成長して今に至ったんですが、最近またいろいろ心配症がひどくなってきた気がします。英語ではAnxietyっていうんですけどね。

原因はだいたいわかってます。コーネンキ。それで日本でこの夏、命の母を買ってきて、飲んでいます。コーネンキを抜けるとこれは収まるのか。それとも年を取るにしたがって、いろいろ世の中がややこしくなって不安感は高まるのか。それとも、私に限らず私の年代に限らず、今の現代社会は人々の心を病ませるものがあるのか。その辺は不明です。

なぜ不安感や心配が高まるのか。

自分なりにいろいろ考えてみました。それで思い当たりました。

私自身に限ってかもしれませんが、これって「世の中と関わりすぎ」が根本の原因だと思うのです。しがらみが多いとも言えるかな。

もっと世の中から縛られず、言葉を変えれば、世の中から解脱して生きられれば、もっと心配事が減るだろうなあと思うのです。

出家すればいいわけですが、なかなかそうもいかない。少なくとも子供たちが大学を卒業するまでは。だから、この世にかかわりを持っていきながら、なるべく巻き込まれないで生きたいです。

インドの19世紀聖人ラーマクリシュナは、「金と女が元凶」とよく言ってました。女というのは、つまり妻帯すれば家族が出来、家族を養うという義務が生じて、とても神に近づくことなどできないということです。

つまりお金と対人関係が神に近づく妨げとなるということです。

それでいくつか、実際にできそうなことをリストアップしてみました。また後日に書きます。

ではこちらもよろしくお願いします

2020年1月4日土曜日

今年の抱負 2020

一時期、新年の抱負の意義に疑問を感じて、やらなかった時期がありました。が、振り返ってみると、それなりに1年間頑張った年もあり、今年も挙げてみることにしました。

長年の経験から言って、抱負が続かない一番の原因は、たくさん挙げることだと思います。そしてそれを忘れてしまうこと。なので3つに絞ることにしました。

一つ目は、歯、目、耳を大事にすること。私は今54歳なのですが、85歳まで生きるとして、あと30年はこの歯、目、耳で生活しないといけません。なので2019年は歯磨きをレベルアップする抱負で頑張ったのですが、今年はこれを広げたいと思います。

二番目はインドに行くこと。インドに行くぞ~っと言い続けて数年になりますが、そろそろ本当に行かないと行く精神的元気がなくなりそうなので、今年中に絶対行きます。秋に2か月と思ってます。なぜか周りには、行ったら帰ってこないと思われているようで、ヨガの生徒さんとか、娘チャーリーにまで、ちゃんと帰ってきてねと言われてます。

三番目は、ごみを徹底的に減らすこと。リサイクルできるものはどんなに小さい紙きれでもリサイクル。そして何よりも、包装されたものをなるべく買わないようにしようと思います。

番外編は、2020年の抱負というか、今後の余生の抱負。




「変わった人たちと変わったことをして人生をおくれ。」

余生と言うと、上記の通り85歳まで生きるなら30年。本人的には120歳まで可能性ありと思ってますから、30年~65年もあります。というわけで、いろんな人たちと交流して、面白いことをたくさんしたいと思います。

ではこちらもよろしくお願いします。

2019年9月22日日曜日

グレンフェル・タワー

先週ロンドンにチャーリーを連れて行った時のことです。

車でロンドンに行くときは、いつもロンドンの真ん中を横切って行っていたのですが、今回は西のシェパーズ・ブッシュのあたりから北上する、ユーストン・ロードにつながる 道で行きました。

この部分は高架になっていて、高層住宅(ロンドンには少ない)が数棟そびえたつあたりを抜けていきます。

その時に気づきました。その一つが、あのグレンフェル・タワーでした。

2年前だったかな。覚えていますか?ロンドンの高層住宅の大火事。半日以上燃え続け、ニュースでも生で放送されていました。みんな恐怖心をもって見守るしかありませんでした。

この時代に、どうしてこんな大火事になるの?どうして消火できないの?

結局70人くらい亡くなりました。

今も鉄筋コンクリートの建物自体は残っていて、カバーに覆われて、大きな緑のハートの絵が描かれています。

それで思ったのです。あの火事の時、この高速道路からはこんなに近距離でしっかり見えたんだなって。道路自体は閉鎖になっていたのかもしれません。でもこの周りのビルやらこのあたりで生活する人には、半日もあの建物が焼けるのが見えたのですよ。もちろん煙もすごかっただろうし、火の粉なども飛んできたでしょうね。

あれを目にした人たちには、それはそれはトラウマになっただろうな。

チャーリーの寮は11階なんだけど、非常階段の確認をするように言っておかないと。

ではこちらもよろしくお願いします。

2019年6月27日木曜日

スーパー取り越し苦労

ここで内容を書くことはできないんですが、数年前にある出来事があり、その影響をずっと心配してました。それが最近その出来事のいよいよの結末みたいなことがわかりました。結果はあんなにいろいろ心配いたにもかかわらず、一切問題なしでした。

それを家人に報告すると、「それはよく頑張ったからだ。よかったな。」と褒められました。

確かにその出来事が起きてからというもの、いろいろネットで調べて、数件の団体に問い合わせの手紙を書いたりメールを送ったりと、時間とエネルギーを費やしました。

が、よく考えてみたら、そうやっていろいろ私がしたことって、別に今回の結果を左右するようなことではないのです。ただいろいろ心配で、でもわからないことばかりで、右に出るか左に出るか、専門家とか関係者の意見を聞いたり、詳しい内容を調べあげたりしていただけです。時間にしたら、軽く50時間くらいは費やしたんじゃないでしょうか(まあ数年に渡ってですが)。

今回の「丸く収まった一件落着」の結末って、別に私が意味なく楽観したり、開き直って「どうにでもなれ」って感じで全く一切関知しないでいても、全然影響はなかったわけです。

要するに、過去3年くらいの、この件に関する私の心労って、全くの取り越し苦労だったわけです。50時間の気力と体力の無駄でした。

が、考えてみたら、人生って本当取り越し苦労だらけと思いませんか?私はそう。大きいことから小さいことから。例えば今週、チャーリーがロンドンで大学関係の面接があり、家人が前日から泊りがけで連れて行ったんですが、アポの時間が早朝だったので、電車の時間とか、もしも電車がキャンセルになった場合とか、道路が混んでいた場合とか、電車のペイメントカードが使えなかった場合とか、いろいろ想定してネットで調べてしまいました。もちろん全く問題なしでした。そしてもちろん何度も電話して、「書類持った?」「ID持った?」「起きた?」とチェックしましたよ。よく切れずにお母さんに付き合ってくれたものです。

チャーリーのAレベルの試験が午前中だったときは、万が一アラームが故障した時のために、目覚まし4つかけて寝てました。朝が苦手とはいえ、これはひどいと自分でも思いましたけどね。

昔は飛行機に乗るときでも、目覚まし一つで早朝に起きて、ぎりぎりで家を出てましたね。今じゃ前日に空港の近くにホテルを取ります。まあこれは、最近は空港が混んだりセキュリティーでいろいろややこしいことがあったりと、空の旅自体がストレスフルになったことに関係あると思うんですが、それにしても、やっぱり若い頃って今ほどは取り越し苦労しなかったです。

 秋以降に下の子供チャーリーが大学に入学して家を出て、家に子供がいなくなったら、こういう心配癖って軽減するのか、それとも近くにいないだけに余計に心配するのでしょうか。さすがに最近はお兄ちゃんルイのことは、諦めて心配しませんが。

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2019年6月2日日曜日

母親の期待

私の母は3年前に亡くなりました。最期に看取ることはできなかったのですが、死ぬ2か月くらい前に危篤状態になるのではとのことで日本に飛んで行ったら、けろっと病院から自宅に戻ってました。その時に外食したり散歩したりと、最後の思い出を作れたので、その点については悔いはありません。

でも母との関係について、今でも何となくしっくりしない気持ちはあります。

無茶苦茶仲良いってこともないけど、普通に口げんかも良くしたけど、まあまあ、毎年のように日本に子供を連れて帰っていたし、親孝行はまずまずしていたほうだと思います。

インドにはいろんな女神がいて、それぞれ「学問の神様」とか、「お金の神様」とか役割のようなものがあり、信仰されています。サティア・サイババが、「あなた方のお母さんはこれらの女神を全部合わせたようなものです。自分の人生を犠牲にして、あなた方が無事成長し、成功するために尽くしてくれるのです。」と言っていました。

インドでは「悪い母親」というコンセプトは存在せず、母親とは愛の象徴の「神」として あがめられる存在だそうです。

確かに私の母も、母子家庭で苦労して育ててくれて、自分を犠牲にしてまで子供のために尽くしてくれたと思います。でも、そんな風に「ははうえさま~」と崇めるような気持にはならないですね。

確かに、片方の手では、母は自分を犠牲にしてまで私を育ててくれました。けれどももう片方の手で、私から何かを期待していたと思うのです。私のしっくりこない気持ちというのはこれです。

その期待というのは、老後の世話をして欲しいとか2世帯所帯に住みたいなどではないんですが、自分の描くような理想的な娘になってほしいということです。

その内容は多分、親戚に自慢できるくらいの大学に行って、やはり自慢できるような職種についたり企業に就職して、エリートの男性と結婚して、簡単に行き来できるくらいの距離に住んで、負担のかからない程度に孫の世話をして。。。。たぶんそんなところ。

私のことを個人的に知らない人でも、私はこの期待は大きく裏切ったことはお判りでしょう。ちなみに妹も裏切りました。

そのせいで嫌な思いをしたこと、私も少しはあったけど、一緒に住んでいた妹は、もっといろいろあっただろうなあと思います。

まあ、それが長く尾を引くこともなく、ある程度時間が経てば、あちらが諦めましたが、最後まで私は「理想の娘になれという無言の期待、無言のプレッシャー」には敏感でしたね。察すると、異常に反発してました。

 これがね、今自分が20歳と18歳の母親になって、一番肝に銘じておかないといけないことだなあと思います。

子供に期待しない・・・・というのではないけど、まず子供を自慢に思いたいという気持ちは よくないです。そして、「こうなってほしい」という自分の夢の押しつけは絶対によくない。期待するなら、「元気でいつも明るく、のびのびと、なんでもいいから自分の好きな道を歩んでもらいたい。」という程度にとどめておくべきだと思います。

遠くに住む息子ルイについては、もうそう思うのもしんどいので、「勝手にやってくれ。たまには家に帰って、元気な顔を見せてくれ。」程度に、期待は低いです。 娘も、「元気でハッピーならなんでもいいわ。」です。

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2019年4月1日月曜日

後悔しないようにすること

楽観的な性格なのか、後ろを振り返らない性格なのか、人生であんまり後悔することはありません。人生万事塞翁が馬という言葉もありますしね。

考えてみれば、大学をちゃんと選べばよかったとか、もっと男を見る目を養っておくべきだったとか、突っ込みどころはいろいろあるのですが、しかしそれがなければ、今この土地に住んで、この子供たちを生んで、この仕事をしている可能性はないですから、それはそれでよかったというしかありません。

しかしですね。それでも後悔することが二つあり、一つは大学の時にもっと勉強しなかったこと。もう一つは歯の手入れをもっとちゃんとすればよかったということです。ここ10年以上ずっとそう思い続けてたんですが、最近になって、あることに思い当たりました。

過去に戻ってやり直すことはできないけど、今からすることはできるってことです。

今から始めれば、10年後にはそれなりに差が出ると思うのですよ。でも何もしないと、やっぱり同じように後悔し続けるでしょうね。 いや、それどころではなくて、「あの時でも遅くはなかったから、10年前に始めてればよかった。」と思うかもしれません。そして「でももう手遅れ」って思うでしょうね。そしてまた10年過ぎて、同じ後悔。

最近は100歳以上まで生きる可能性も大きいんだから、まだまだ人生半分くらいかもしれないから、何事も、「もう年取りすぎたから」なんて思うことは禁物だと思います。なぜなら、多分64歳になったら、54さいなんてまだまだ若かった、もっと思い切っていろいろすればよかったと思うに違いないからです。

というわけで、今からもっと勉強に励み、一日3回歯を磨いて、毎年歯医者に行こうと思います。

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2019年3月14日木曜日

ポルポト、ジェノサイド、カリ・ユガ

カンボジアのクメールルージュやポルポト政権について、名前はみなさん聞いたことあるとは思いますが、どこまでご存知ですか?もしかしたらキリングフィールドという映画を見た方もいらっしゃるかもしれません。

先日たまたまラジオを聞いていたら、当時、東南アジアのどこかの国の米国大使だった人がゲストでインタビューされていて、詳しく説明していました。

ポルポトとは、1975年から1979年までカンボジアを支配した共産党の独裁者です。ここで起こったことは、趣旨という点では中国の文化革命にちょっと似てるかもしれません。「カンボジアを純粋にする」ために、教養のある人、学歴のある人、プロフェッショナル達、芸術家、宗教家を全員抹殺するというプログラムです。殺されたのは二百万人。カンボジアの人口当時は七百万人の中から、3分の一にもなろうかという数です。

殺戮は工場のようなところで組織だって行われ、幼い子供などは、足をもって木に頭を打ち付けて殺したそうです。

これだけでも恐ろしいことなんですが、私がもっとぞっとするのは、これは私が10歳から14歳の時に、同じアジアの国で起こったことなのに、日本ではほとんど知られていなかったことです。もちろん誰も知らないわけではなかったけれど、一般人だれもがが詳しく知るほど報道はされていなかったと思います。(まあ日本は今でも世界情勢はマスコミはほとんど取り上げませんが。)私は、ポルポトやらクメールルージュの名前くらいは聞いたことあるかなってくらいにしか記憶ないです。

ナチスのユダヤ人大量殺戮(ジェノサイド)が、今からたった70年前に起こったっていうことすら、信じがたいですが、少なくとも世界はそれを知っています。そしてこの件については、「この醜い歴史的事実を風化させないようにして、同じことが二度と繰り返されないようにしよう。」という世界的意欲は強いと思うのです。

でも実は、同じようなことは、ユダヤ人殺戮以降も何度も世界では繰り返されてるのです。有名なものだけでも、旧ユーゴスラビアの ボズニア人殺戮(スレブレニッツアのジェノサイド)、ルワンダ、イラクのクルド人殺戮などなど。今ではビルマのロヒンギャ民の殺戮。

ユダヤ人とは歴史的に、裕福で教育のある人たちが多い人種です。(NYの金融街はユダヤ人が牛耳ってると言ってもいいくらいです。)ユダヤ人のホロコーストのことは有名だけど、これは彼らはそれだけ力もお金もあるから、この歴史的出来事を風化させないようにすることが出来てます。でも、人類はその教訓なんて全然学んでないで、その対象がユダヤ人ではないというだけで、ジェノサイドとかホロコーストのようなことは世界中でそれ以降も何度も繰り返されているのです。

地球温暖化はあと12年以内に何とかしないと、もう取り返せないとも言われています。なのに、これが世界政治の一番の焦点になる気配は一向になし。

人類ってもうどうしようもないのかな。ヒンズー教的には、今の時代はカリ・ユガと言って、悪いことが増長する時代なんですが、(そしてそのうち破滅して、また最初に戻る)、本当にそんな感じなんだろうか。

女性やら子供やらマイノリティーの権利とか、昔とは段違いに尊重されるようになってきたし、世の中よくなっていると思いたいのに。

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2019年3月5日火曜日

友達を失うこと

50年以上も生きてますので、今までいろんな形で友達を失ってきました。

子供だった頃は、引っ越しで好きな友達と離れ離れになったことが何度もありました。しばらく文通とかしてましたが、ネットのなかった時代だし、やっぱり地理的に離れたらおしまいでしたね。幼稚園の時に隣に住んでいた男の子が仲が良くて大好きだったんだけど、引っ越ししてすごく悲しかったです。

その後は学校を卒業するたびに離れ離れになり、それでも今でも続いている友達もいれば、その後は音信不通になった友達もいます。それって、仲の良さというよりも、「まめさ」で決めてのようです。まめでない人はやっぱりつながりが切れちゃいますね。そういう人は、去る者は追わずのあっさりした性格なのかもしれません。

そして大人になってからは死別した友達もいました。悲しいことです。

でもここ数年は、ある意味それ以上に悲しい別れもあります。

なにか家庭だとか、本人のメンタルヘルスだとか。そういうのが事情で疎遠になっている友達もいます。そういうのって突然に起こるんじゃなくて、なんか1年くらいは不安定な感じで、疎遠になっても事情が大体予想付くから、こちらからもあまりプッシュはできないですね。周りの友達に聞いても、みんな同じようなもやもやした気持ちを抱えています。事情が家庭だとしてもメンタルヘルスだとしても、どちらもその本人が幸せでないわけで、助けになれるものなら助けたいけど、きっと助けることなんてできないから、本人が遠ざかってるんだろうなあ。こういうのは胸が苦しいですね。

そして最近数回あったパターンは、こちらから距離を置くようになった人たち。昔は仲が良かったり好きだったのに。でも何か歯車が狂ったのか、その人の悪い面が目につくようになってくる。自分の見方が変わったのか、それともあちらが性格が変わってきているのか。

こういうのは、やっぱり自分がいけないとか、もっと一緒に出掛けたりして昔の仲の良さを取り戻そうとか思うんだけど、心の中の溝は埋まりません。あちらがどう思ってるかはわからないんだけど、どうなんだろう。そして最終的には、やっぱりもう自然に距離を置こうということになります。

実は今日またそう思う一件があったので、こうしてここに書きました。

でもそういうケースはいくつかはあれど、やっぱり友達は宝だなあと思うことのほうが圧倒的に多いですけどね!

ではこちらもよろしくお願いします




2019年1月13日日曜日

年甲斐もなく

今年の抱負というわけではなく、今後の人生の抱負なんですが、年甲斐もなく生きると決めました。

とある老女が友達に,何歳になっても心は18歳のままなのよと言ったそうです。それってすごくわかるんですよね。18歳と言わないけれども私の心の中は25歳位。なんでも調査によると、誰でも自分の心の中では、それぐらいの歳だと自分を認識しているそうです。だからたまに自分が50代と気づくとびっくりします。一体どうしてこんなことになってしまったんだろう。

しかし心の中で25歳と思うなら、そのように行動すればいいのにって思いました。そんなこと言ったって体は歳をとっていくから、ついていかないんだよ、って言う人もいます。でもほんとに25歳でも体調の悪い日も腰が痛い日もあるんだから、別に年齢のせいに感じる必要もないわけです。

そんなことを思っていたら、友達から年末のレコード大賞のピンクレディーが凄かったと言う話を聞きました。それで昨日ビデオで見ました。口パクじゃなく、本当に歌って踊ってる!60歳でミニスカートはいて歌って踊れるなら、53歳の私が何したって全然いいじゃないですか。

そういうわけで、早速、前回日本に行った時にテレビで見て好きだったこのトライという家庭教師の会社の、テイラースウィフトの曲に合わせて踊るCM、このダンスを昨日練習し、マスターしました!別の曲でも踊れるから、1日中何か曲を聴くたびに踊ってます。



ではこちらもよろしくお願いしますね。

2019年1月7日月曜日

今年の抱負

新年の抱負なんて、春が来る頃にはもうすっかり忘れてるし、全然意味ないなぁと思って最近はやってなかったのですが、今年もまた性懲りもなく考えていました。

1、家人Daveに優しくする。
私と家人Daveは、結局は性格が合わないのか、あまり仲が良くありません。それでも子はかすがい今までやってきましたが、来年チャーリーが大学で家を出たら一体どうなることでしょう。。。が考えてみると、仲が良くない理由の1つは、私があんまり優しくないからだと思うのです。それで今年はできるだけ優しくしてみようと思います。ただし1年限定のお試しですけどね。

2、服を買わない
物を増やすのが嫌なので、普段もなるべく買い物しないようにしているのですが、最近続けてまた洋服を何着も買ってしまいました。それで今年はもう服の買い物するのはやめようと思います、ただし日本に行ったら無理かな。ユニクロとかあるし。

3、夜早く寝る
ここ1年ほどちゃんと毎朝早起きしてヨガをやっています。それなのに全然夜早く寝ていないので、睡眠不足がさらに悪化。でも歳のせいであまり寝なくていいんではと思ってましたが、冬休み,朝暗いこともあり毎日驚くほど寝れました。やっぱり体が睡眠を欲しているようです。なので平日は7時間、週末は8時間寝ようと思います。まぁ毎年の抱負なんですが。

4、自家製発酵食品を毎日食べる。
1年ほど前にイギリスで流行ったGUT(内臓)という本を読んだのですが,そこで発酵食品がいかに体にいいかについて書いてありました。それで自家製発酵食品をいくつか作るようになったのですが、ついついめんどくさかったりで作っても食べないことが多かったです。今年は1日に1つは食べるようにしようと思います。私のレパートリーは自家製納豆、ケファー、サワークラウト、キムチです。

5、歯磨きを頑張る
歯の手入れはまず人並みに頑張ってる方だと思うのではありますが、今年はますます丁寧に歯を磨くようにしようと思います。私の妹なんて20分ぐらい磨いているんですよ。なので彼女は子供の時から全然虫歯がありません。歯って努力すればそれがすぐ結果につながる気がするのでがんばります。歯医者に行くの嫌だし(高いし)、体の他の部分と違って、病後また元通り元気になることもないですからね。

こんな感じです。これって2週間に1回ぐらいは見返して気持ちを新たにしないとだめですね。新年の抱負がうまくいかない1番の理由は、忘れてしまっていることだと思いますから。

ではこちらもよろしくお願いします。

2018年11月29日木曜日

メンタル・ウエルネス・チャレンジの中間発表

先日書いた21日メンタル・ウエルネス・レンジの中間報告です。

初日
1時間早く寝る。
これは初日から失敗。早くベッドに入りはしたんだけど、スマホとか見てしまいました。でもそれでも割と効果的だったかも。別の日にやり直してみます。

2日目
冷蔵庫を掃除して古い食べ物を捨てる。
幸い冷蔵庫がすいていたので、所要時間10分以内でできました。何となく買って一度使ってそのままだったソースなどがいくつもあり、色々捨てて気分すっきり。

3日目
30分早起きして散歩
これはよかったです。近所を歩いただけですが、30分でも結構歩けました。7時に歩き始めたんですが、まだ暗かったです。

4日目
自分の部屋の断捨離
自分の寝室の目に見える部分の不要物を捨てましたが、ほとんど物がなくて、3分で終了。あんまり捨てるものもなく、見た目もほとんど変わらず、効果薄。

5日目
ソーシャルメディアを見ない。
私の場合はFB。いつもそんなに時間をかけてるわけではないけど、それでも毎日見てることは見てるので、やめてみました。特に効果はなし。

6日目
海岸の散歩
これは車で行かないといけないからどうかなと思ってましたが、たまたま土曜で都合よかったので、15分くらい運転して、30分くらい散歩してまた帰ってきました。やっぱり海を見るっていうのは効果大です。

7日目
すごいクリエイティブなサラダをつくる。
やりましたが、普通の炊事とそんなに変化ないので、私には効果薄。でも毎日炊事しない人にはいいかも。

8日目
2曲歌う
Youtubeで探すといろいろカラオケってあるんですね。2曲どころか5曲くらい歌いました。家で一人で、誰にも遠慮なしに歌うっていうのは気分いいものですね。

9日目
いらないものを5つ捨てる
捨てました。が、不要物が家に溢れているので、「思い切って捨てちゃえ!」というような気分の良さはなく、ただ本当に捨てるべきものを捨てるだけに終わりました。もっとたくさん捨てて、「悩むところだけどこの際思い切って捨てよう。」という部分までもっていかないと、快感はないです。

10日目
引き出しを一つ片づける
これは時間がなく、夜の10時過ぎに小さい引き出しを片付けました。そんなに捨てたものはなかったけど、片付いたのは気分良かったです。効果は中。

こうしてみると、やっぱり散歩だとか歌うだとか、身体的なものが効果があるかな。ものを捨てるのは私は大好きなんだけど、ちょこっと10分で捨てるくらいじゃ甘すぎますね。まあそれでも少しは効果ありかな。

あと11日残っています。また報告します。結構楽しいチャレンジです。

ではこちらもよろしくお願いします

2018年11月25日日曜日

家事放棄

最近家事が嫌なんです。特に嫌なのが掃除機をかけること。1年ほど前まではそうでもなく、掃除はむしろ好きなほうだったのに。それから、昔から洗濯物を外に干すのは好きだったのですが、それも最近嫌になりました。

もう20年以上やってるから飽きたのか。それと、子供が小さいときは家族のため、子供のためと、とにかく何でも必死で考える間もなくやってましたが、子供が大きくなると、なぜ私がやらないといけないかと不満に思いながらやってるからでしょうか。

そう思っていたら、Yahoo Japanの広告で、「家事がつらい?」みたいな更年期のサプリの宣伝があったので、体力的につらくなってきたのか?(でもその割には運動とかでそう感じることはないですけどね。)

ここにコメントくれるあくあさんはビジネスウーマンで、会社をいくつか掛け持ちで経営してます。それでいつも忙しいんですが、特に超忙しくなると、「家事放棄している。」というようなことを言ってます。彼女の旦那さんはアート関係の仕事を家でしていて、いろいろやってくれるみたい。少なくとも文句は言わないようです。

家事放棄

ああ、なんて素晴らしい響きの言葉でしょう。憧れの家事放棄。

それで決めました。うちは息子は大学生で、娘は多分来年の9月から大学なんですが、大学であろうとなかろうと、とにかく彼女が家を出たら、私は1週間完全家事放棄しますよ。掃除も洗濯も炊事も買い物も。トイレの掃除すら放棄します。家人がやってくれるかどうかは全然わかりませんが(多分やらない)、それに関わりなく放棄します!

それまであと10か月くらいか。

ではこちらのクリックもよろしくお願いします

2018年11月20日火曜日

メンタル・ウエルネス・チャレンジ 改訂版

昨日メンタルヘルスチャレンジの表を載せましたが、この20項目は今一つピンとこないとのコメントを頂きました。

確かに言われてみれば、私もこれはなあと思うのがいくつかあるんです。例えば、

「感謝していることを10個書きだす」
「短期のゴールを書きだす」
こんな風に座って考えて書きだすというのは、いろいろ考えだすきっかけになって、もしかしたら逆効果かもしれません。座って頭を使うことより、体を動かしてなにか新しいことをするほうがいいんじゃないでしょうか。


 「5人に励ましのメールを送る。」
「友達とお茶をする。」
こういう、人と関わりと持たないとできないことも、逆効果になる可能性が高い気がします。

「夕陽を見る」「太陽に当たって、外でランチを食べる。」
これはイギリスのこの季節は無理です。夕日なんて4時前ですよ、悲しくなります。

「やりたいと思ってたことを始める」「考えすぎない」
これはどちらも敷居が高いし、具体的でもない。

こうして考えると、チャレンジとして適切なのは、あんまり頭を使わず体を動かす系のことで、敷居があまり高くなくて、今までとか最近やったことないこと。新しいことや新しいものの見方をすること。そして一人でできることのほうが無難な気がします。

それを踏まえて、自分の21日チャレンジを作ってみました。



1.       Got to bed 1 hour earlier.

2.       Clean fridge and get rid of old food

3.       Get up 30 min early to go for a walk

4.       De- clutter your room

5.       Take a social media sabbatical

6.       Walk on the beach

7.       Make the most epic, creative salad you can think of

8.       Sing two songs

9.       Get rid of 5 things you don’t need

10.   Declutter one draw

11.   Do Tai-chi for 15 min

12.   Unsubscribe from unnecessary emails

13.   Do 5 backbend yoga postures

14.   Buy yourself flowers

15.   Make a wholesome breakfast

16.   Meditate for 45 minutes

17.   Dance 5 minutes

18.   Walk in the woods

19.   Go vegan for whole day

20.   Have candle lit bath

21.   Draw a picture

英語で書いたので、そのまま載せます。すみません。まあ簡単な英語なので、わかると思いますが。Veganとは、牛乳や卵も食べない完全菜食主義者のことです。
海に行くとか山に行くとか、都会に住んでたら簡単にできない超敷居の高い項目もありますが、お許しください。

で、昨日は先延ばしにしてましたが、今日から3週間チャレンジしてみます。誰か一緒にやる人いませんか?

今晩は1時間早く寝るか。これは早速初日から敷居が高いな。頑張ります。 

ではこちらもよろしくお願いします




 


























2018年11月19日月曜日

メンタルヘルス・チャレンジ

先日ここに、この季節は鬱になりやすいから、いろいろ気を付けないといけないということを書きました。それで1週間、睡眠時間に気を付けて、マインドフルネスを実行してみました。

マインドフルネス(「今」に注意を払う)は普通にしてると、すぐ忘れちゃうんですよね。だから毎日違う指輪をして(普段は指輪はしない)、それをみて思い出すようにしました。まあまあ心掛けたほうだと思います。それから、これはすごく難しいと思ってたんですが、睡眠時間最低7時間というのも頑張ってみました。

それ以来なるべく夜更かししないようにしてますが、やっぱりこれはメンタルヘルスにはいいようですね。

別に格段に「すごく気分いい」ってこともないですが、うつっぽい感じも無くなりました。

ところでネットでこんなものを見つけました。
クリックして大きくしてみてね。


20日間のメンタルヘルスチャレンジ。つまり精神衛生のためのチャレンジです。初日は、「1時間早く寝る」。これは初日から辛いなあ。今日はやめときます。

「外を散歩する」
「好きな人に電話する」
「自分に花を買う」
「一日ソーシャルメディアを控える」などありますね。この辺はまあ当たり前か。

「素晴らしいクリエイティブなサラダを作る」 っていうのはいいですね。

自分でチャレンジを作るのも楽しいかな。

そういうわけで、明日から20日実行してみようかなと思います。

ではこちらもよろしく


2018年11月13日火曜日

焦点をずらす

先日娘のチャーリーが運転して、私が助手席に座っていたら、チャーリーが虹がうっすらと見えると言いました。

それで空を見てみましたが、見えません。「空を見ないで、道路に焦点を合わせると視界の隅に見える。」とチャーリーが行ったのでそうすると、視界の隅のほうに淡い虹がはっきり見えました。

焦点を合わせて見ようとすると見えないのに、焦点をちょっとずらすと見えるってことあるんですね。しばらく前に、視線をぼかしてじっと見ていると3Dに見える絵が流行ったの、覚えてません?それと同じような原理なのでしょうか。

視点でなくても、頭でも同じですよね。リラックスして全く別のことを考えているときに、アッとなにか大事なことを思い出したりすることってありませんか?私はたまにあります。その時は気づかなかったことが、あとになって全然別の時に、はっと気づいたり。

オーラって私は見えるのか見えないのか懐疑的なんですが、見える人に言わせると、焦点を合わせないで、視線をぼかすと見えるとのことです。

全力で意識や視点を集中するのではなく、リラックスしてちょっと焦点をずらすと大事なことがわかるというのは、面白いことだと思います。

ではこちらもよろしくお願いします