2010年5月30日日曜日

ウィンクル獲り



この週末は月曜がお休みの3連休です。しかもそれだけではなく、学校はハーフタームといって1週間のお休みです。先週は天気が良かったんだけど、また昨日から寒くなり雨が降り、このお休みをどうしたものかと、ちょっと頭をひねってます。天気がいいと海に行くんだけど、寒くてそんな気にはなりません。雨が降らない限り、それでもいろいろ行くところはあるんですが。

昨日は雨でしたが、今日は曇りです。車で10分くらい先にある、バックスミルズという地味な観光地でもある村に行くことにしました。最近できた友達がそこに住んでいて、改めていい村だなあと思ったので、そこに散歩に行きたいかと聞くと、チャーリーはノーでしたが(いつも、必ずノー)、ルイは行きたいとのこと。これは珍しい。ルイも大きくなって、散歩が好きになってきたのか。

村の入り口で車を止めて、小さな村を海のほうに歩いていきました。距離にしたらたった300メートくらいです。

そして石だらけのビーチに出ると、海が引き潮で、ロックプールがたくさんできてました。ロックプールというのは日本語ではなんと言うのかな。要するに潮が引いてできた水溜りで、そこにイソギンチャクだとかかにだとか小さな魚とかがいます。

それでそこで持ってきたバケツにウィンクルという小さなタニシのような感じの貝を採りました。これを茹でて食べると、サザエのような味でおいしいんです。私も子供たちも好きなんですが、今まで海でこれをとってる人を見たことがありません。日本人にはあまり抵抗ありませんが、イギリス人なんかは、99パーセントの人がこんなものが食べれるとは知らないでしょう。知っていても、とても食べようとは思わないだろうな。私はたまたまここに引越ししてきた数年後、隣のおばさんが教えてくれました。

ウィンクル獲りは、岩にくっついたり、ロックのプールのそこにいるのを獲るだけなので、誰にでも簡単にできます。それでそのために、水の中を熱心に覗いていると、えびがたくさんいるのが見えました。

この辺の土地の人は、えび獲りをする人もいます。私たちはどこがいいのか、どの時期がいいのか知らないので、やったことは無いんですが、えび自体は結構見ます。でも今日は残念ながら網を持ってこなかったので、取れませんでした。それで悔しいので、また明日引き潮の時期を見計らって、今度はえびを取りに来ることにしました。

帰りはまっすぐ車には戻らず、海沿いのCoartal Pathというのを歩くことにしました。「海岸沿いの道」という意味ですが、この辺のデボン、コーンウォールでは海沿いにくるっとこの道が続いています。簡単に歩けるような道ばかりではなく、少なくとも長靴かウォーキングブーツが無いと歩けません。

歩き始めるといきなりすごい上り坂。海のすぐ隣なのに、うっそうとした森です。右手が海ということは気配でわかるんですが、木が生い茂っていて、海が見えません。しばらくぶつぶつ言うチャーリーを無視しながら歩くと、ブルーベルがじゅうたんのように咲いているところに出ました。残念ながら盛りをとっくに過ぎていて、花は7割がた枯れかけているのですが、それでもうす青いカーペットが広がっています。

3週間ほど前、ブルーベルを見に行ったことを書きましたが、自然に森の中の木陰で咲く花ですから、なかなか見所が見つかりませんが、これはすごくいい場所を発見しました。来年はここに来ようと思います。

明日は午後ロンドンからお客さんが来るのですが、その前にまたここに来て、えび獲りに挑戦する予定です。どうなることか、乞ご期待。

2010年5月29日土曜日

ルイちゃん帰国、ラット





昨日は無事にルイがフランスから帰ってきました。昨日といっても夜中の2時半ですから今日です。ルイの友達のお母さんが夜中に家まで連れてきてくれました。どんなに疲れていることだろうと、車に駆け寄って中を見ると、バックシートに男の子が3人ニコニコ顔で、それぞれお土産に買った帽子をかぶって座ってました。

ルイちゃんは自分のお土産に素敵な帽子を買いました。とっても似合うんですよこれが。私も帽子は大好きなので、私の分も買ってきてほしかった。

そしてお小遣いの中から家族のために大きいチョコレートを二つとクッキーを一箱、チャーリーのためには普通サイズの板チョコとブレスレットを買ってきていました。なかなか優しいお兄さん。朝嬉しそうにお土産をリュックサックから出してました。そう言えばお土産上げるのって、あげるほうも嬉しいですよね。 

そういうわけで昨夜は夜中過ぎまで本を読みながらルイの帰りを待っていたのですが、2時ごろ猫のペパーが入ってきて、にゃあにゃあと騒ぎ立てます。この鳴き方は何か獲物を持ってきたなと思ってみると、なんとラットです。(幸いにも死んでました。)大人のラットはウサギくらいの大きさですが、これは野鼠よりは一回り大きいくらいなので、子供のラットです。ぱっと見はねずみ(マウス)もラットも、このくらいの大きさだと良く違いがわからないんですが、ラットはなんか不吉な感じに尻尾が太いんですよ。

それを夜中に処理して、ルイが帰ってきたので猫を外に出して寝ました。すると朝はまた台所のドアの向こうの洗濯機の置いてある部屋の床に同じくらいのラットが死んでました。それを処理して、外のドアを開けると、ドアの外にも別の死体が。そして今日の午後、また1匹持ってきました。
 ラットはヨーロッパ人はすごく恐れています。ラットとマウスの違いは、ゴキブリとコガネムシの違いくらいあります。野鼠はかわいいけど、ラットは病原菌をいろいろ抱えてますから、怖いといえば怖い。でもラットほど人間の近くに住んでいる動物もいないといわれています。田舎なのでラットが多いという気がするけど、実は都会のほうがどぶだとか排水溝にたくさん住み着いてるとも言われてますよね。
最近続けて同じくらいの大きさのラットを5匹持ってきたので、きっと巣を見つけたんでしょう。こうしてラットを殺してくれるのは、猫が人間に飼われるようになった元々の理由でもあり、いいんですが、親ラットはペパーの手に負える相手じゃないと思うので、気をつけてくれないと。

数日前は、何かと思ったらこうもりを捕まえてきました。はじめは何かわからなかったのですが、よく見たらそうでした。結構小さいのねと思った。これはまだかろうじて生きてました。せっかくだったので、写真を撮りました。昔はこうもりなんか怖くて触れなかったけど、猫を飼いはじめてからこういうことがだんだん平気になってきました。

 

怖い写真が並んだので、口直しに美しい庭の写真。

2010年5月28日金曜日

チャーリーとの一週間

ご存知のように、今週はデイブがドイツに出張、ルイがフランスに学校から行っているので、私とチャーリーの二人です。

二人だけだと、なんともいろいろ楽です。何しろ炊事が楽だし、時間もなぜかたっぷり余裕があります。

日曜に夜にカレーを作り、日月と食べ、火曜にパスタを作り、火曜水曜と食べました。木曜と今日は出来合いのものを利用して、簡単に手抜き。今日の晩御飯なんて10分で用意できました。メニューは缶詰のラヴィオリ(パスタの一種)を暖め、庭で取ったアスパラガスをさっと茹で、缶詰のスイートコーンを開けて、目玉焼きを焼くだけでした。

普段は出来合いのものって使わないんです。しょっちゅう食べると体に良くないというのもありますが、我が家の場合はまず何よりもそんなものではぜんぜん量が足りないんです。それに4人なのに6人ー8人分くらい必要になるので、とても不経済です。

昨日1週間分の買い物に行ったんですが、いつもより時間がかかってしまいました。いったい何をどれだけ買えば良いのか良くわからなくて、ついつい時間が。

食べ物もすごく余るんです。イギリスのパンは1斤が800グラムで、日本の食パンの倍くらいです。我が家では普段はこれを週5斤買うんですが、私とチャーリーは特にあまりパンを食べないので、1週間で半斤くらいしか食べず、三枚も捨てることになりました。昨日とおとといなんて、毎日2枚ずつ解凍してました。普段なら一斤丸ごとするのに。ということはデイブとルイで週に4斤食べてるのか。

朝ごはんに食べるシリアルも、チャーリーが一人で食べるので、なかなか減らなくて同じシリアルを毎日食べなければいけないので、飽きてきたと言ってました。(私は別のミューズリーというシリアルを食べる。)牛乳も減りません。それで昨日一本、冷蔵庫から冷凍庫に移しかえました。それでも減らないので、私は普段は牛乳をかけないんですが、チャーリーに付き合って牛乳をかけてます。

でも逆に以外に減ってるのが果物です。そういえばデイブが果物を食べるのは週に一度見るか見ないかだし、ルイもお弁当に入れるのをいやいや食べてるだけです。果物は80パーセントは私とチャーリーが食べてるんだ。なんだか妙なところで、家族の食生活の分析になりました。

そしてどういうわけか、今週は昼も夜も時間に余裕があります。これって二人の子供の世話をする代わりに、一人の世話をするだけで良いからだろうな。子供の世話って一人でも二人でも手間は同じと思ってましたが、やっぱり一人だとずっと楽です。

晩御飯のあとは、ほぼ毎晩9時までチャーリーと二人で、女の子が好きそうな映画を見ました。トワイライトシリーズのニュームーンと、あのなつかしのグリースを見ました。どちらもルイはすごく嫌いなタイプの映画なので、ゆっくり楽しめました。特にグリースはすごく久しぶりに見たんだけど、何回見ても良いですね。二人で歌って踊ってました。

ルイは今晩、夜中の2時に帰ってきます。今ごろフェリーがイギリスについて、バスでこちらに向かうころだと思います。

チャーリーと二人だけの5日間を満喫したので、今はルイに元気で早く帰ってきてほしいです。 

2010年5月27日木曜日

時計の不思議

3ヶ月ほど前に、腕時計ができないという人の話を書きました。彼女が時計をすると、すぐに止まってしまうんですって。それでそういえばそういう時計の不思議というのはあるんじゃないかという話でした。デイブのお母さんがなくなったときも、お父さんの居間の時計が止まってしまいました。電池を入れても動かなかったそうです。私の友達が昨年なくなったときも、腕時計が止まりました。時計屋に電池を交換してもらいに行くと、別に電池は切れていないけどといわれました。

月曜のブログに書いたんですが、日曜の夜はルイのフランス旅行のため3つ目覚ましをかけて寝ました。いつも使っている時計はぜんぜん不調ではないのですが、一応念のため。そしたらその朝、なることはなったんですが、ちょっとへんでした。6時15分にかけたのに、20分までならなかったんです。でもそれ以上は別に気にも留めませんでした。

その夜はいつもどおりひとつだけ目覚ましを、いつもどおりの7時20分にかけて寝ました。そしたら朝6時半くらいに1秒だけ目覚ましが鳴るんです。空耳かと思ってそのまままた寝たら、7時20分に今度もまた1秒だけ鳴りました。今までこんなことは一度も無いのに。電池は結構新しいはずなんだけど、電池切れかな。でもそれ以来ちゃんと動いてます。

これって時計が「万が一鳴らない」ということを心配していたので、引き寄せてしまったのかしらと思ってました。そうして考えると、似たようなことが昔あったことを 思い出しました。

中学3年のとき、高校の入試に行った時の事です。昔から愛用していたぜんまい式の腕時計をしていたのですが、これが試験の直前に止まってしまったんです。そのときはその高校の生徒さんに貸してもらって助かったのですが、それ以来試験に行くときは二つ時計を持っていきます。

そしたらなんと大学の試験のときも同じことが起こったんです。共通一次やら滑り止めやらいろいろ受験しましたが、一番肝心の本命の大学の試験のときでした。このときは用意万端でしたから問題はなかったんだけど、それにしても不思議でしょ。

それから、今私が使っている目覚まし時計は、20年以上も前に実家が時計屋さんの、ブログにコメントを下さる「山歩きさん」が、イギリス留学の餞別に下さった物です。それが電池切れになってずっとスーツケースの中に眠ってたんですが、最近になって懐かしくなって電池を買い求め使い始めました。

でもそのときもちろん使ってる目覚ましがありました。二つも部屋に時計があると、時計の音がうるさいなあと思っていたら、なんとその二つ目の時計を使い始めた日に、それまで使っていたのはおかしくなってしまいました。翌日時間が30分くらい狂ってたんです。

やっぱり時計ってなんかあるんですよ。

2010年5月26日水曜日

シャム双生児

昨日ちらりとテレビをつけたら、あるアメリカのシャム双生児のドキュメンタリーをやっていました。

3歳の女の子たちなんですが、頭のところでくっついていて、脳みそがくっついてるんです。だから切断手術はできないようです。

お母さんはこの子供たちを妊娠したのは21歳のときです。しかもこれが3度目の出産とか。でもインタビューを見ると、本当にしっかりした立派なお母さんという感じでした。

こういった双子にありがちで、一人のほうの心臓に二人分の負担がかかっていて、成人する可能性は少ないそうです。女の子たちは、はじめはちょっとドキッとしますが、なれるといつもニコニコ笑っていてすごくかわいいです。普通のかわいい女の子という感じ。

もちろん子育てが大変ですから、お母さんのお母さん(おばあさん)がかなり彼女たちの面倒を見ていて、インタビューにもいろいろ答えています。はきはきとした普通のおばさんという感じなんですが、実は彼女は深刻なパニック病(神経衰弱のようなもの?)を長く患っていて、自分の子供(つまり双子のお母さん)とはあまり関わったことが無いとのこと。ほとんど人前に出ることがなく、いつも暗い部屋で、自分の子供すら避けていたそうです。

それがこの双子が生まれてから、すっかり180度転換したそうです。それでこうしてインタビューにも答えてるし、双子を連れて街を歩いたり、公園でブランコに乗ったりしてる映像が流れていました。「この子供たちは本当に私にとっては最高の天からの授かりもの。」といっていました。「毎朝この子達が元気でいるのを見る度に、毎日この幸せに感謝している。」とのこと。

双子を連れて町に行くと、当然ながら人がじろじろ見ます。年配の人ほど、ひどいことをいうそうです。「そんな子供をよく人前にだせるな。」などということです。これ自体はいいことではないけれど、ということは若い年代の人ほど、偏見が少ないということなんでしょうか。それならば、やっぱり世の中はだんだん良くなってるという気がしますね。

お母さんは「ほかの人がどう思おうと、ぜんぜん平気です。あなた方はこの子達が嫌いかもしれないけれど、私は愛してるんですから。」と言っていました。そりゃあね。こんな境遇になれば、その辺のくだらない偏見に満ちた俗物とは、まったく別レベルでものを考えるようになるでしょうからね。

「今日この子達が元気でいてくれれば、それで良い。明日は明日でまた新しく始めれば良い。そしていつかこの子達が天に召されることがあれば、そのときまでの命に感謝する。」とも。

ドキュメンタリーの後半では、いろいろ面白いことを言ってました。一人が見たものはもう一人も自分の目を使わなくても見れてるそうです。一人に注射すると、もう一人も泣きます。そして今では、一人が考えてることが、もう一人にも伝わってるらしいと言うことです。

生まれたときは3歳まで持てば、生存の希望が持てるかもしれないとのことでした。彼女たちは今やっと3歳の誕生日を迎えたところです。言葉もしゃべれるようになり、歩けるようにもなりました。そして心臓に負担がかかっているほうの心拍数は落ち着いてきて、彼女もだんだん強くなってきてるそうです。良かった。

これからもがんばって。

2010年5月25日火曜日

ランチと庭






今日もなかなか天気が良く、暖かい一日でした。今日は久しぶりに学校関係の友達とランチにいきました。ついこの間この面子集まった気がするのですが、考えてみれば1月ででした。今年は本当に月日の過ぎるのが早いです。

天気が良かったのでパブの庭で食べました。イギリスで外に座って気持ちよく食事ができるという日は結構珍しいほうです。このパブはわらぶきの屋根で、今日はその屋根を葺き替えていました。そういうことができる職人は少ないので、かなりお金がかかるみたいです。英語ではわらぶき屋根の職人をサッチャー(Thatcher)といいます。元イギリス首相のマーガレットサッチャーの名前の由来はこれです 

我が家の庭は芝刈り機が調子が悪く先週末草を刈れなかったので、バターカップという黄色い雑草が花盛りです。私はこの花が好きなので、しばらくこのままでも良いな。
菜園はジャガイモが今年はだめです。5月に霜が降りる日が続いたので、せっかく成長していたのが半分くらい死んでしまいました。たいていはそれでも暖かくなるとまた生えてくるんですが、今年はその気配がありません。

それでも暖かくなったせいでアスパラガスがどんどん伸びて、今日は私とチャーリーと二人で、たっぷり食べました。チャーリーはあまり好きでないので、私が大体食べました。店で買うとこんなに食べられないから、贅沢ですね。

レタスもなかなか成長してきました。大きく成長させないで、まだ若いうちに葉っぱを切ってたべてます。

このくらいの時期の野菜畑ってなかなかきれいで、収穫してしまうのがもったいないくらいです。

2010年5月24日月曜日

ルイのフランス旅行

今日からルイちゃんはフランスに学校の旅行で行きました。今まで学校から旅行に行ったことは何度かあるのですが、どれも車で1時間くらいで行ける所です。だから別に心配なんてぜんぜんしなかったんだけど、今回はちょっとお母さんは緊張しています。

先々週から学校でウイルス性の腹痛の病気がはやっていたので、病気になったら困るなあと心配していました。あまりに心配するのでルイに「そんなに心配したら引き寄せの法則で病気になるよ」とまで言われました。

荷物は土曜に詰めました。これは問題なし。旅行の荷物は少ないに越したことはありません。それでできるだけ少なめに入れましたが、今日は暑いけど天気予報では週の半ばから寒くなって雨になるとのことなので、コートやらレインコートやら日焼け止めやらサングラスやらいろいろ必要なものがあってややこしい。

予定は今朝7時半に学校からバスに乗って出発。そしてポートマスという港まで行きます。これがかなり遠く、出航は2時半。そして6時間フェリーに乗り、フランスではまたバスに乗り込んで、今夜フランス時間の11時半につく予定です。ということはまだバスに乗ってるはずです。

長旅なのでお弁当が二ついるということでした。それで朝作るつもりだったのだけど、友達にそんなの前の晩に作っておけば良いのにと言われ、昨晩作っておきました。これが正解。チーズサンドとパスタとツナサラダだったのですが、結構作るのに時間がかかってしまいました。朝にやっていたら、大慌てでした。

朝が早いので夜は早めにベッドに入ったのですが、なかなかいろいろ気になって落ち着きません。目覚まし時計のほかに、携帯電話のアラームをつけて寝たのですが、それでも心配になって、起き上がって普段使っていない目覚ましを出して、それにわざわざ電池を入れて、3つ目覚ましをかけて寝ました。

今朝子供たちがバスに乗って出発を待っていると、ほかのお母さんも4つ目覚ましをかけて寝たという人がいました。良かった。私だけが超緊張していたわけではないのね。

そのあとまた寝床で、車のバッテリーが上がっていたらどうしようと気になり始めました。最近3回ほど子供たちが車のドアを半ドアにして、バッテリーが上がりかけたことがあったんです。それでまたおきだしてチェック。

そして一応念のために、カーテンを半分開けて寝ました。これで朝日が入って寝過ごすことは無いでしょう。

そしてようやく12時半ごろ寝付いたのですが、5時半に目が覚めてしまいました。

とにかくそんな具合で、ルイちゃんとそのクラスメイトたちは元気にフランスに向かいました。いったん手が離れるとそんなに心配にはならないんだけど、とにかく楽しく過ごしてほしいものです。

金曜に帰ってくる予定です。でもやっぱり道中は長く、学校に帰り着くのは土曜の午前2時ごろとか。

2010年5月23日日曜日

海に入る


今日はなんとも落ち着かない一日でした。まずデイブがドイツに出張に。それで朝仕事先まで車で送っていきました。そして明日からルイが5日間フランスに学校の旅行で行きます。

それでも今日はすごく天気が良い。イギリスにすれば真夏日という感じです。気温は多分27度くらいじゃないかな。それでも湿気が無いから、日本の暑さほど凶暴ではなく、からりと気持ちが良いです。それで今年初めて海に行きました。

ルイとチャーリーは先々週買った長袖長足のウエットスーツを着ました。私のは半そで半ズボンです。子供たちは今年から人命救助サーフィンのクラブに入ったので、6月から毎週日曜海でトレーニングがあるので、半そでのは持っていましたが、長袖のを新しく買ったんです。

ウエットスーツって良いのは軽く100ポンド以上するんですが、これはスーパーの安いので30ポンドくらいです。いいのはもつし、暖かいんですが、こんなにどんどん大きくなる人たちに、毎年毎年高いウエットスーツを買っていられません。それでも2枚買うと60ポンドですから、決して安いとは感じませんでしたけどね。(ルイちゃんは今日海に行くときに、「新しいウエットスーツ買ってくれてありがとう。」といってくれました。涙)

今日は朝からがんがん暑かったです。それで普通は家からウエットスーツを着込んでいくんですが、今日は上半身は水着だけで行きました。そして駐車場で用意していると、ルイとチャーリーの知り合いの人命救助サーフィンクラブのコーチが海から上がってやってきました。

「すごく水は冷たいよ。半そででは寒いよ。」といわれました。

砂浜は朝の11時くらいなのに結構人が出ています。暖かい。光がすっかり夏の光です。

でも水に入ると、すごく冷たかった。私とチャーリーはひざまで入って、やっぱりやめようと出てきたのですが、もうルイが先のほうまで行ってしまったので、じゃあ少しだけがんばってみようと勇気を奮い起こして水に入りました。

波のほうはまずまず。いったん冷たさになれると、我慢できます。それで30分くらいボディーボードしましたが、明日もあることだし、冷え切らないうちに上がりました。

駐車場で着替えると、私の足は真っ白。逆にチャーリーの足は真っ赤です。車の中はすごく暑いはずなのに、窓も開けないで帰ってきました。手と足がまだしびれています。本当はこんな状態で運転したら危ないんじゃないかな。

家に帰ってきて、順番にシャワーを浴びましたが、暑いはずなのに待ってる間寒かったです。やっと熱いシャワーを浴びて、普通に戻りました。

「体の芯から冷え切る」って本当はこんな感じなのだなあと体感しました。あれ以上海にいたらやばかったかも。

2010年5月22日土曜日

忙しい中のバーベキュー



今日は予想通りすごく暑くなりました。すごくと言っても25度くらいですが、半そでで外でご飯を食べれたくらいですから、暑いほうです。イギリスではそういう日は年に何日もあるわけではないんです。

本当はビーチに行ってボディーボードでもしたいんだけど、午前中はチャーリーのバレエとダンスがあり、午後は遠くでスイミングのきょうぎかいがあったので4時には家を出なければならず、あまり時間がありませんでした。

それでお昼ご飯はバーベキューをしました。私とチャーリーがバレエに言ってる間、デイブとルイが必要なものを買ってくるという予定でしたが、案の定というか、買い忘れたものがあり、結局私がまた買い物に出たので、余計時間がなくなりました。

デイブは明日からまたドイツに10日くらい出張です。そしてルイは月曜から5日間フランスに学校で旅行に行きます。ルイはバスと船で15時間くらいかけていきます。デイブは飛行機なんだけど、飛ぶかな。

水泳はこれなかったチームメンバーが多く、ルイとチャーリーはたくさんレースに出ました。ルイは9つも出て、疲れきったよう。ご想像に容易いように、水泳の泳法の中ではバタフライが一番テクニックが難しく、体力も消費します。それでたいていの選手はバタフライが嫌いなんですが、ルイとチャーリーは最近バタフライばっかりやらされてます。チャーリーはそれほどでもないんですが、ルイは本当は自由形や背泳が得意なのに。

それでも今日は二人ともバタフライで自己ベストを出したので、まあまあ喜んでいます。

2010年5月21日金曜日

ナメクジ

おとといまでイギリスはすごく寒かったんです。気温は13度くらい。イギリスに来てから一番寒い5月だったと思います。それなので菜園はさっぱりです。いつもならジャガイモがそろそろ大きくなってきてもいいころなのに、まだ葉が土に埋まってます。

それが昨日からちょっと暖かくなりました。昨日は天気の変わり目のせいか、一日中霧が立ち込めていました。そして今日は急に暖かくなりました。明日は23度だそうです、これはイギリスにするとすごく暑い。夏の気温です。

雨の後に急に暖かくなったせいか、ナメクジが大量発生してしまいました。おとといは外に出ると、コンクリートの上の一箇所に10匹くらい固まっていました。これには塩をかけて処理。すると昨日は朝芝生の上に、気をつけて歩かないと踏んでしまうくらい、その辺がナメクジだらけでした。これはどうしようもないのでほうっておきました。

今朝起きると、表のプランターに生えている美しいあやめの花が無残にもナメクジにやられていました。このプランターってコンクリートの上にあって、しかもその床から5センチくらいの足があるというのに、どうやってそこまで上ったんでしょう。というか、どうしてそんなにまでしてあやめを食べたのか。おいしいのでしょうか。それならどうしてそこにあやめがあるとわかったのでしょう?

野菜畑のほうは無残でした。先週窓際から菜園に植え替えたレタスのほうは、だいぶやられて死んでました。ジャムの空き瓶などでカバーしたのは大丈夫でした。双葉が出ていたキャベツやブロッコリーもかなりの被害。今年はキャベツ数個しか取れないかもしれません。100粒以上は種を撒いたのに。(すでにかなり雉にたべられている。)

ビートルートという野菜は双葉が出た状態でした。そこに有機栽培のナメクジ剤を撒いておいたのですが、それは全部なくなって(食べるんでしょうね)、双葉も半分くらいは死んでました。

まあまあ大きくなったものはナメクジにやられても、成長が早ければ助かりますが、双葉の状態でやられると完璧に死んでしまいますね。

最近買ったばっかりの有機栽培ナメクジ剤はもうなくなってしまったので、水曜に近所のガーデンセンターに行ったのですが、普通のナメクジ剤しか売っていなくて、明日隣町まで買いに行きます。それまで何とかナメクジの攻撃に耐えてくれると良いんですが。にんじんがやっと芽が出始めたんですよね。踏ん張れるか。

でもこのナメクジ剤(毒なのでしょう)、有機栽培用のせいか、それともナメクジ剤というものが全部そうなのか、あまり効いてるのか効いていないのか、よくわかりません。数年前同じことが起こったときは、いくら毒を撒いても効き目がなく、手をこまねいてにんじんがなくなっていくのを見ていました。

ナメクジが勝つか、それとも暖かい天気の中でどんどん成長して、ナメクジの害を逃げ切るか。

2010年5月20日木曜日

PS.矯正の話

先日歯の矯正の話を書いて、日本ではいくらくらいだろうと書いたら、メールが来ました。彼女は娘さんの矯正で器具代等で100万円払い、そのあと今まで5年間くらい、毎月3500円くらい治療代を払ってるとか。

それを読んで目が点になりました。そんなにするのお?あー、ルイちゃんイギリスで本当に良かった。ルイの場合は歯並びは悪くないんですが、犬歯の生えてくるスペースが無いのでそれを矯正するとのことなので、それほど大掛かりな治療ではないはずなんですが、それにしても。

日本って不況なのに、そんなの払える家庭がたくさんあるのでしょうか?

それにしてもイギリスって、財政赤字といいながらこんなことしてたら、そりゃあ税金も上がるでしょう。でもいまさらこれをやめるなんて事を言うのは政治的自殺行為ですからね。子供のめがねといい矯正といい、そして国民全体の医療費といい、やっぱりイギリスは文明と人権の先進国ですよ。

でもいまさら日本やアメリカがこういう制度にするというのも、政治的自殺行為だろうし。まあそれぞれ、文化が違うんですね。

スタジオジブリ


最近入会したビデオレンタルの会社から宮崎駿のアニメ、「もののけ姫」が2週間くらい前に来ました。DVDなので音声が選べます。そのままかけると英語の吹き替えです。それで英語で見ました。

でもそれではなかなか情景がつかめないとデイブが言います。彼は自分は日本語は少しもできないんですが、やっぱり日本語で英語の字幕つきで見たいとのこと。私もせっかく日本語で見るというオプションがあるので、勉強のために子供たちに日本語で見せたかったので、また見ています。残念ながら、日本語で字幕なしというオプションは無いので、子供たちにはほとんど日本語の勉強にはなってないんだけど、まあ少しはましでしょう。

話は、ある村に邪悪なものに取り付かれたいのししが現れ、それを退治した村の若者がそののろいにかかります。それでそののろいを解いてもらうために、西に旅をします。

そこでは砂鉄の取れる村がありました。そこにやり手で美人の女性が登場し、女郎に働く不幸な女性たちやらい病患者を助けながら、彼らの労働力で製鉄や鉄砲つくりの工業を始めます。それでそのために森や木を切ることになり、森の主たちとの戦いになります。若者にのろいをかけたいのししも、実はこの女性に銃で撃たれ、人間への憎しみから邪悪なものに変わってしまったのでした。

森の主の仲間には人間の若い女性が一人います。彼女は赤ちゃんのときに人間に森に置き去りにされ、狼に育てられたんです。彼女がもののけ姫。そして動物プラス自然界対人間との戦いがエスカレートしていきます。

一見すると森を切り倒し動物を銃で殺す人間や、そのリーダーの女性が悪者なんですが、人間の立場からも話が語られます。らい病患者たちや女郎の女たちが、どれほどその女性のために助けられたか、などです。

宮崎駿、スタジオジブリの映画は何本か持ってます。となりのトトロと風の谷のナウシカはビデオで持ってます。ビデオなので日本語しか無いんですが、トトロのほうは筋が簡単なので、子供たちは理解してるようです。でもナウシカはちょっと話がややこしいから、あまりわかってないみたい。

ナウシカって結構カルト的でしょ。だから今度このビデオレンタルの会社からイギリス版のDVDを借りて、英語の字幕で見せてあげようと思ってます。

ほかにはDVDで千と千尋の神隠し(英語ではSpirited away)とハウルの動く城を持ってます。これはdvdなので英語で見ました。

ルイはもののけの姫が好きだそうです。なぜかというと戦闘シーンが多いから。でもナウシカのほうが戦闘シーンはもっとリアル(何せ人間対人間ですから)なので、英語で見たらきっとナウシカファンになると思います。

私は「神隠し」がすごく好きですね。あのおどろおどろしいナンセンスなセッティングだとか、ストーリーが何回見ても今ひとつ良くわからないところとか、筋が通ってないところとかが、すごーく好きです。こんなナンセンスな世界が作れるというのは、天才に違いありません。同じ意味ではハウルの動く城も好きです。でもセッティングが「神隠し」のほうがすごいですね。

でも私もルイも、やっぱり最高なのはトトロだということで意見が一致しました。私が初めてみたのはイギリスに来てすぐです。寝室のレンタルした日本語のビデオの見れる小さいテレビで見たのを覚えてます。そのとき、トトロが初めて空を飛ぶシーンで、自分の心が空に飛び上がるような高揚した気持ちになったのをはっきり覚えています。今でも同じですね。

そのことをルイに言うと、彼もそう思うとのこと。やっぱりあの映画は、今まで最高の日本映画のひとつといっても間違いないんじゃないかな。そういえば日本に行ったときも、トトロのぬいぐるみだとかキャラクターをいろいろ見ました。あれってあの映画一本で、そのあと続編も何も無いのにまだこんなにキャラクターが売れてるなんて、すごいですよ。

2010年5月19日水曜日

変な年

4月に火山の噴火でヨーロッパは大騒ぎになったのは記憶に新しいかと思います。あんなに大変で、2週間くらい足止めを食らったという人もたくさんいたのだけど、実際に空港が完全閉鎖になったのは6日間だったと思います。

あのあと飛行機が飛ぶようになったけど、これも実は火山が納まったわけではなく、ただ飛行機会社がこれ以上飛ばないわけには行かないということで、安全を確かめるテスト飛行を何度かしたあと、見切り発進のようにまた飛び始めました。

でもおそらく日本ではしられていないと思うんですが、ここ2週間くらいまたイギリスの空港が開いたりしまったりしてます。大体スコットランドなどの北部の小さな空港なのでそれほど影響は無いのですが、いつまたヒースローが閉まることになるかわかりません。

私が日本に行くのは7月の末。友人によると、夏には風向きが変わるから、大丈夫でしょうということです。実際、今の閉鎖の仕方は何日も大幅に閉めるのではなく、午前中だとか午後だとか、チョコチョコ閉まるので、飛行機って言うのはよくキャンセルされるものですから、そんなにたいした問題にはいたってません。

でもそれにしても今年は、特に空の旅にとっては変な年です。まずイースターの観光シーズンのころに英国航空がストをしました。そして例の火山。そのあとギリシャで暴動があってギリシャの空港の閉鎖。私のヨガの生徒さんが、ギリシャのホリデーにいけるかどうか心配してました。ヨガに来なかったので行ったんでしょう。

それから英国航空は、またこれから20日間のストを予定しています。毎日ではなくて、週に5日くらいを4週間位するみたいです。だから今年の夏のホリデーは、誰もBAを予約しないだろうなあ。そんなことしてると、航空会社なんてどこも脆弱だから、倒産してしまうかもよ。

そしてタイの暴動。タイもイギリス人には人気のあるホリデー先なので、キャンセルになってがっかりしてる人がたくさんいるでしょう。

そういうわけで今年は海外旅行はややこしいから、国内旅行をする人が増えるのではという予想もあります。するとここデボンは観光地なので、経済が潤うのではないかと。

でも今年は実はすごく寒いんです。こんなに寒い5月は初めて。だから国内旅行もあまり人気が無いかもしれません。ガソリンも高いことだし。

となるとホリデーに行かない人が増えて、環境破壊につながる二酸化炭素の排出が減って、環境にはいい年となるのか?

そうそうふらっぺさん、また遅れましたがコメントいれときましたのでよろしく。

2010年5月18日火曜日

ルイの一日

今日は午前中はルイをつれて歯医者に行きました。矯正が必要になり、今日はそのはじめての予約です。長く待たされた挙句、今日はレントゲンの調子が悪いからと、歯形を取っておしまいでした。それで予約が詰まっているため次の予約は日本から帰ってきたあとの9月1日となりました。せっかく歯型を取ったのにそれまでには乳歯が抜けたり永久歯が動いたりして、役に立たないんじゃないかなあ。

でもありがたいことに、子供のめがねと同じで18歳までは矯正はただです。歯科治療もただです。大人は医療費はただだけど、歯科治療と眼科はお金がかかります。

イギリスの子供は矯正をしている子供が多いです。これはもちろん無料ということに関係あると思う。私が子供のときは周りには矯正してる子はあまりいなかったです。ルイに「あなたたちはラッキーだ。お母さんが子供のころはお金のある家の子供しか矯正ができなかった。」といったのですが、多分これは本当です。今日本で矯正したら、いくらくらいかかるのかな。

夕方はルイが9月から通う中学の個人面接でした。新入生が300人も入ってくるそうなので、一人につきせいぜい5分か10分の時間の振り分けだろうと思っていたら、30分以上も話しました。

それでもその内容は個人的なことではなく、学校の規則とか方針など、全体的なことでした。20分ほど話を聞いて、最後に何か質問はありませんかといわれたので、ルイの勉強のことを切り出しました。

(ここから先はちょっと自慢っぽくなるので、読みたくない人は飛ばしてください)
ルイちゃんはいろいろ忘れ物をしたり、しっかりしていないというぼんやりしたところはあるのですが、実は学校の成績がすごく良いんです。それで、そういった優秀な生徒に対してどういう準備があるのかを聞きました。

その回答は「学校はそれぞれの個人にとっての最高の教育を与えることを目指しているので、優秀な生徒はそれに対応した内容の課題を与える。」とのことでした。それでそのときは納得して帰ってきたんですが、それでも今にして考えると、実際どういうことをするのか。特別なプログラムを用意する準備があるのか。その辺のことをもっと聞くべきだったなあと思いました。

こうしてせっかく1対1で面談してるのだから、小学校からそれぞれの生徒についてのインフォメーションが行ってるかと思うとそうではなく、そのへんも残念でした。

それでも学校としては、「個人個人の最高の資質を引き出せるような教育を」と目指しているようで、それがただの掛け声ではなく、実際にそうであれば良いなあと思います。その先生は「学校にとっては毎年毎年たくさん入ってくる生徒ですが、一人一人にとってはたった一度の教育の機会ですから(学校はぜんりょくをつくします)。」と、学校全体のことではなく個人のことを考えてくれているようで、印象はよかったです。まあ、少なくとも私が行った中学よりは何倍もましな感じです。(そこでは平均以上であればよし、という感じでした。)

中学になれば、勉強だけでなくその他の要素もいろいろ出てきますからね。友達の付き合いだとか、あまり勉強ができると仲間はずれにされるとか。でもそういうのを無視して(特に男の子が周りの影響を受けやすいとか。)がんばってほしいですね。今のところルイはマイペースの人なんですが、いったいどう変わることやら。視線を遠くに構えて、自分が勉強面での資質に恵まれているということを忘れないで、可能性を実現させてほしいものです。

お母さんは個人的には量子物理学者になって、アインシュタインだとかスティーブン・ホーキンスだとかがしたような研究をしてほしいなって思ってるんですが。会社に入るのは、人付き合いもあるし、向いてないような気がします。今の学校の校長先生で担任の先生も、「ルイには学者になってほしい。」となぜか嬉しそうに言っていました。量子物理学ってあまりにも科学の最先端で、哲学的、神学的な領域と重なる部分もあるし、そういうのを詳しく研究して、噛み砕いて教えてほしいな。

でもまあ究極的には、この辺のビーチでサーフショップか何かを開いても、幸せになってくれれば良いか。

2010年5月17日月曜日

アイソスの雑記帳

先日書いた大学のときのサークルのアイソスの部室にはいつも雑記帳がありました。部室はいつも授業の間に5-6人がお茶を飲んだり雑談したり予習したりしてたむろしている場所でしたから、雑記帳はいつも誰かが書いていました。平均すると1日数人が2-3ページということろでしょうか。

それとは別に機関紙と同人誌があったように覚えています。同人誌は「嘘8百」というタイトルで、年に数回出ていたような。投稿したい人が勝手なことを書いて投稿してました。機関紙のほうはあまり覚えていないので、年に1度くらい出ていたのか。まあ完全な文系の大学ということもあり、書くことが好きという人は多かったのでしょう。

おととい書いたように、金曜に20年ぶりくらいであちこちに声がかかり、8人くらいが集まったようです。人数にすれば去年の夏私が日本に行った時と変わりませんが、今回は新しい人にたくさん声がかかり、正式に(!?)大阪本部会というのが発足したようです。ヨーロッパには今4人いますので、これは欧州支部と呼んでいます。東京に住んでる人も多いですので、東京支部は東京支部で集まりを企てているみたいです。

ただの同好会なのに、そういえば昔から何かと正式に機関にするのが好きな人たちでした。それで私が去年あった奈良の友人が宴会幹事、横浜のI君がメールのアップデート係りに就任したようです。

その集まりは大体私の年齢の上下2年くらいなんですが、そこに大先輩のTさんという人がいらっしゃいます。どうして大先輩かというと、彼は外大を卒業して同じキャンパス内の大学院に行ってらっしゃったんです。それでその間ずっとアイソスにいらっしゃったので、すごくたくさんの人を知っておられるし、それだけでなく活発に活動していらっしゃったので、本当にみんな頼りにしてる大御所という感じの人です。

そのTさんがYahoo!にこのアイソスのグループページを設立してくださり、管理人までしてくださることになりました。それで今まではローテクに、長々と全員にチェーンメールを送っていたのですが、これからこの掲示板に投稿すれば全員にメールが自動的に行くようになり、アルバムなどもありますので、写真も載せられるようになりました。

文系のつらさか、「コンピューターが苦手でできるかどうか自信ない」という不安な声も出ていますが、私もこわごわやってみたところ、とっても簡単でした。

それでこれからも昔の雑記帳のように、いろいろ勝手に掲示板に書きまくろうという話になっています。宴会で顔をあわせると、20年以上会っていないのに、昨日あったように話が弾みます。文字にするとそのへんちょっとはじめはぎこちないかもしれませんが、それでもそのうち昔のような感じで、それこそ「雑記帳」になれば良いなあと思っています。

でも本当に、妙なところからどんどん話が膨らんで行って、楽しみが増えました。先日も書いたけど、これってインターネット無しではありえませんからね。すごいことです。

ところで去年の夏に会ったときに誰かが、「そういえばTさん(この時点では行方不明だった)が、『2010年にアイソスの同窓会をやりますと、卒業時に宣言していた。」と思い出しました。その予言が大当たりしましたね。

それにしてもあのオリジナルの雑記帳はどこに行ったのでしょう?何十冊もあったはずなんだけど。その部室は部屋を貸してくださっていた教授が退官されたときになくなったので、その時点で処理されたとは思うんだけど、捨てるとは限らないので、持っている人がいるんじゃないのかな。

最後にフラッペさん、おとといのコメント、返事入れておきましたので見てくださいね。

2010年5月16日日曜日

りんごの木をもらう



5月の半ばを過ぎたというのに、今年はすごく寒いです。昨日まで暖房を入れていました。何せ夜は気温が零下近くまで下がって霜が降りるんですよ。この週末からちょっと温まるということで暖房は今日入れてませんが、やっぱり寒いです。最高気温はせいぜい13度くらいです。 そういうわけで野菜畑がぜんぜん進みません。育ちかけていたジャガイモは霜でだめになりました。多分死んだわけではないので、また育ってくると思うんだけど。それから普通ならもう外に植えているトマトやきゅうりやかぼちゃの苗もまだ窓際にあります。霜の危険が去ってから撒く種は、まだ撒けていません。

暖かい年ならもう今頃ジャガイモの初物が採れ、イチゴも実がなり始めてる時期なのに。

それでも今日は雨の中りんごの木を植えました。友達がくれたものです。ここデボンにはRosemoorという広大で有名な庭園があるのですが、そこに働いてる人からただでもらったそうです。だから多分由緒ある立派な木です。でも彼らの庭には植える場所がなく(とても大きい庭だけど、りんご用のスペースが無いとか。)、1年ほど植木鉢に入れっぱなしになっていたらしい。それを不要になったラズベリーの苗と一緒にただでくれました。 田舎ってこんな風に、何かとただでもらうということがあります。

このりんごの木、先週見に行ったときはたくさん花が咲いていましたが、今日はだいぶ散っていました。今年は実がなるかな。無理かもしれません。

ついでにりんごの花と梨の花の写真を載せます。





果樹園全体の写真はこんな感じです。



2010年5月15日土曜日

アイソス

大学生のころアイソスというサークルに入っていました。英語名はAssociation for International Studies with Overseas Students で頭文字を取ってAISOS.日本語通称は留学生友の会でした。留学生が多い大学だったので、彼らとともに学ぼう、というのは嘘で、一緒にパーティーしたり遠出したりして遊ぼうという会でした。いろいろ役得もあり、留学生会館のバイトとか、留学生の旅行の付き添いなどがありました。

でもそれも大義名分で、活動の大半は留学生別科の教授がご好意で貸してくださっていた部室でだらだらと授業の合間に集まってたむろすることでした。もちろんよく飲みに行きました。性別も年齢もいろいろ混じっていて、楽しかったです。

それは大学生のときですから今から20年以上も前のことです。卒業後は外大ということもあり、東京や地方にそれぞれ就職するだけでなく、海外にいった人もたくさんで、なかなか集まる機会はありませんでした。

私も大半の人とは連絡が途絶えていたのですが、ヨーロッパに住んでいる2人と日本の2人の同級生と連絡が続いていました。それで去年夏に大阪に帰ったとき、大阪(奈良)に住んでいる友人と会う約束をしました。するとたまたま偶然、われわれ二人のひとつ上の先輩(このブログにコメント下さる山歩きさん)も出張先のベルギーから同じときに帰省すると連絡が彼女のところにあり(この時点では私と山歩きさんは20年以上も連絡がなかった)、大阪近郊の数人にも連絡がついて7人で集まることができました。

その時点で、メールリストを作ろうという話が持ち上がりました。それで私がイギリスに帰ってきてから1ヶ月ほどして、7人のメルアドやら住所やらの載ったエクセルのファイルが届きました。

そこで私は自分で連絡のつく3人にメールし、リスト参加者が10人に増えました。

そうこうしているうちに、それぞれ連絡のつく元サークル仲間に連絡が広がり、今では学年で言えば5年くらいにわたって22人まで増えました。

今月そのうちの一人でノルエーに住む友人が大阪に一時帰国したので、飲み会があったようです。たまたまオーストラリア在住のB君も帰ってきていたので、東京からわざわざやってきた人なども参加で、かなり盛り上がったらしい。朝2時までカラオケとのレポートが早速届きました。とにかくこの面子で会うのは卒業以来という人が数にいて、本当に楽しかったようです。

私も夏に帰りますから、また多くの人たちが参加して集まれたら良いなあと思ってます。

それにしても本当に良かった。たまたま昨夏私と奈良の友人が会うことになって、そこに山歩きさんから連絡が入って。それでだんだん広がっていってたくさんの人が集まれました。私が声をかけて(メールが届かなくて、航空便で手紙を出した。この時代に!)東京からはるばる参加したKさんは、早速ありがとうとのメールを送ってくれました。私は参加できなくて残念だったけど、本当に楽しかったようで、私も嬉しいです。

それにしてもやっぱりメールというツールがなければこんなに簡単に連絡は広がらなかったでしょうね。オーストラリアのB君は早速Facebookで、会場の西梅田から報告してくれたし。


テクノロジーってありがたいですね。

最後になりますが、久しぶりに詩のブログを更新したので、良ければ見ていってください。
http://fordfarmpoems.blogspot.com/

2010年5月14日金曜日

裏切り者

このわれわれの住んでいる地区にはまずまずの大きさのタウンが三つあります。街(Town) とはいうものの、日本で言えばちょうど市という感じです。われわれの住むタウンはビデフォードといいます。ここよりも大きい北デボンで一番大きいタウンはバーンスタプル。そして一番小さいのがトリントンといいます。地理的にはちょうど正三角形のような感じほぼの等距離です。

バーンスタプルにはバーンスタプルスイミングクラブがあります。そしてうちの子供たちが属するのはトリッジサイドというクラブです。このクラブはビデフォードとトリントンの両方をカバーしていて、トレーニングはビデフォードプールとトリントンプールで行われています。

バーンスタプルクラブはなかなか強いクラブで、全国リーグではわれわれより2ランクぐらいディビジョンが上です。メンバーもたくさんいます。うちのクラブもなかなか優秀な選手はいるのですが、小さいクラブなのでなかなかクラブ対抗では勝てません。

そしてうちのクラブはコーチはみなボランティアなのですが、バーンスタプルにはボランティアコーチのほかにも専属の給料をもらっているコーチがいます。トレーニングプログラムも厳しく、全体的にもっとプロフェッショナルな感じです。

もともとビデフォードとバーンスタプルは水泳に限らずラグビーでもサッカーでもライバル意識が強いので、うちのスイミングクラブもバーンスタプルを宿敵だとみなしています。年に4回、彼らと当たる試合があるのですが、それはとても盛り上がります。

ここまでが前書き。

今週ちょっとショッキングなニュースがありました。ルイたちのチームメートの10歳の男の子がバーンスタプルチームに亡命したんです。彼は優秀な選手で、去年はバタフライでクラブ記録を出しました。リレーではルイと彼とほか2人で、ほぼ無敵の4人組ゴールデンチームだったんです。

試合だけでなく彼らはトレーニングでも仲良く、いつも仲間同士でとっても楽しそうでした。

彼の場合はお父さんは自分自身もトリッジサイドクラブで若いころ泳いでいたので、続けさせたがっていたのですが、お母さんが「将来のためにトリッジサイドでは伸びない」と強引にクラブを移籍させたそうです。でも子供自身は多分移籍したくは無かったと思います。何しろすごく楽しそうでしたから。いってみれば親が強引に進学校の私学に転向させたような感じです。

今日若いヘッドコーチに会ってその話になると、とってもしょげていました。何しろ主力選手が取られてしまいましたから。それに彼女をはじめ、ボランティアで運営されているこのクラブは、誰もお金をもらうことなく、熱心にクラブのために毎週毎週多くの時間を割いてコーチしたり、事務等をしてくれています。そういう人たちにしてみれば、今までの恩を踏みにじられたような感じかもしれません。

でもこれは別に今に始まったことではないんです。うちのクラブで活躍して、ある程度まで行くとバーンスタプルクラブに移籍していく人が1年に一人くらいはいます。

気持ちはわからなくも無いんですよね。この小さいクラブで、自分の年齢グループでいつもいつも1位になれば、もっと大きいチャレンジを望むのは無理からぬこと。もっと強いクラブに移籍して、ますます高いレベルを目指したいと思うのは当然のことです。

でも一方ではクラブの人たちは仲間たちはすごくいい人たちばっかりで仲が良くて楽しそうだし、コーチもその他のボランティアの人たちもすごく一生懸命クラブのために尽くしています。それを裏切るようなこともしたくない。

うちの子供たちは二人とも自分の年齢グループでは一番ですが、まだまだこのクラブでがんばれると思います。今までは週に3回のトレーニングでしたが、最近これを4回に増やしました。水泳は究極的には個人競技ですから、このクラブに籍を置いてもっと上の全国的レベルを目指すことも可能です。でもいつかはバーンスタプルクラブに移籍するということも、絶対無いとは言い切れません。

今回移籍した彼については、しばらくは裏切り者扱いだと思うんですが、仕方はありませんね。でも裏切り者といわれても、今まで良くしてくれたコーチたちに申し訳なくても、自分にとって一番いい選択をしなければいけない時もあります。だから彼のことを責めることはできないですね。

2010年5月13日木曜日

離婚の理由

私のヨガのクラスに10年くらい来てくれている生徒が、私が毎週一緒に泳ぎに行っている友達の友達だということがわかり、今日の午前中3人で一緒に出かけました。出かけた先はこの近くのヨットクラブで、目の前には海が広がり隣にはヨットが並び、なかなかきれいなところでした。私の友人の友人が癌のチャリティーの基金集めのためのお茶会をここで開いたんで、それに参加しました。

水泳の友達(ニッキー)とは出産準備クラスで知り合った関係です。(ルイと彼女の息子のクリスは今も親友です。)それで私と彼女はお互いのことは良く知っているのですが、私はそのヨガの生徒さん(ケイト)とは表面上の付き合いなので、彼女の私生活についてはほとんど知りませんでした。そしたら行く前に彼女から「ケイトは最近だんなさんと別れることになったので、その話には触れないように。」と釘を刺されました。

朝一番に一緒にニッキーと泳ぎに行ったあと、一緒にケイトの家に車で迎えに行きました。するととっても元気そうに出てきました。普通の世間話をしながら普通にヨットクラブに行き、テーブルに座ってお茶を飲み始めると、ケイトが私に向かって、「私実は今、夫と別れるところなの。」と私に言いました。ああ良かった。これでなんとなく避ける話題が無くなって会話がスムーズに進みます。

先週まで家を出て知人のところに泊まっていたのですが、弁護士の勧めでまた今は家に戻ってるそうです。多分資産を分配するときに、住んでいないと不利になるのでしょう。別れることになっても同じ屋根の下というのは、なかなか気まずくて不便だといっていました。そりゃそうでしょう。

ケイトは4月に3週間フロリダにだんなさんとホリデーに行く予定だったのですが、例の火山でキャンセルになりました。それで飛行機代はそのうちかえって来るらしいのですが、個人で手配したホテルやレンタカーやユニバーサルスタジオの切符は返ってこないらしく、損失は2000ポンドくらいとか。

それなのに来月はイタリアのフィレンツエに女友達と数日旅行に行く予定だそうです。そして先日は年末に親戚の住むニュージーランドに2ヶ月以上行く手配をしたとのことで、とってもうきうきとその話をしていました。

1時間ほどでそこを出てケイトを家に送った後、私がニッキーに「ケイトはすごくげんきだったじゃない。」というと、「元気すぎる」とのこと。あれはちょっと躁状態じゃないかとニッキーは心配してました。そういえばそうです。ほんの2週間前までフロリダがキャンセルになったことでショックを受けていたのに、今度はフィレンツエとニュージーランドなんだから。それに妙に彼女は喋り捲っていました。ニッキーいわく、まるでほんの少しの沈黙を避けるように話し続けたとのこと。そのとおりでした。

そのあと車の中でニッキーがケイトの私生活についてちょっと話してくれました。彼女は57歳で、今のだんなさんとは再婚です。彼女の最初のだんなさんは20年近く前に首吊り自殺をし、彼女がその発見者だったそうです。その彼女の相談役になったのが今のだんなさんです。そのとき彼は結婚していたのですが、すでに離婚寸前で、彼は奥さんと別れてケイトと一緒になったとのこと。ニッキーとケイトとそのだんなさんは3人とも同じ銀行の同じ支店で働いていた関係で、ニッキーはどちらも良く知っているのです。

「57歳という年で離婚してどうするのかな。形だけは結婚していてもお互い別の世界に生きて、それでもなかなかうまくやっているという人たちも世の中にはたくさんいるのに。」そういうと、ニッキーはもう少し教えてくれました。ケイトのご両親はどちらも早死にしたそうで、今の彼女くらいの年でなくなったそうです。それでケイトは、とにかく生きてるうちに元気なときになんでもやっておきたいという気持ちが強いらしく、ヨガはもちろんのこと、旅行やいろいろなサークルやチャリティーに参加しています。数年前にはサーフィンまで始めました。だんなさんは悪い人ではないけれど、一緒にあれこれできるタイプではなく、それが極限に達したんじゃないかとのこと。

そういえば昔聴いた話ですが、知人の知人は75歳で離婚したとのこと。残り少ない人生をこんな人と過ごしたくないというのが理由でした。それも筋が通ってます。

人それぞれ理由はありますからね。離婚もよし、とどまるのもよし。どちらにしても、人生は短いんだから、存分に生き生きと生きたいものです。

2010年5月12日水曜日

夫婦のキス

今日はヨガの生徒でリフレクソロジストの人と、足のマッサージの交換(お互いに交代で1時間ほどマッサージしあう)をしました。彼女の住むところは観光客が訪れるようなすごく素敵な海沿いの村にあり、今日は新緑が光に透いて、とってもきれいでした。

最近あまりにもこまごましたトラブルが続いたせいか、それともホルモンのせいか、私はちょっとストレスがたまってるんですが、足をマッサージされながらうつらうつら極楽気分でいると、ふと頭の中に「何でもなるがまま、流れるに任せるのが一番。あれこれ悩んでも、できることなんて知れてるんだから」という言葉が、(英語で)浮かびました。本当にそのとおり。これがただ気まぐれに考え付いただけでなく、少なくともこれからしばらくはそのとおり、笑うかどには福来る、果報は寝て待てという気分で生活したいものです。

ところでその友人は多分年にしたら60代半ば。成人した子供が3人いて、小学生くらいの孫がいます。だんなさんも同じくらいの年でしょう。

今日マッサージをし終わってリビングルームで二人でお茶を飲んでいると、別室からだんなさんが、今からゴルフに行って夕方帰ってくるといいに来ました。そして彼は私の目の前で、奥さんに3回チュッチュッチュと唇にキスしました。ごく当たり前のようでありながら、習慣というよりは愛情がこもっているのがわかりました。

夫婦や恋人が人前で軽くチュっとキスするのは当たり前なので、別に珍しくもありませんが、イギリスに長い私でも、ちょっとだけ驚きました。別にキスするのは驚きませんが、おそらく40年くらい結婚していて子供も孫もいる人たちが、だんなさんにとっては初対面の前でもしたので、うらやましいというかほほえましいなあと、見ていてる方も幸せな気分になりました。

この人たちって、恋愛時代からずっとどちらかが出かけるときはこうしてるんでしょうね。3人も子供を育て上げて、それなり苦労はあったんだろうけど、こういうものが家庭の基盤になってるのだなあ。幸せな人生の見本を見せてもらった気分になりました。

2010年5月11日火曜日

イギリスの政治の近況

もう政治には興味がなくなったといっておきながら、この最近のイギリスの政治ドラマから目が話せません。

ご存知のように先週木曜に選挙があり, 今まで野党だった保守党が306、労働党が258、自民党が57席取りました。そういうわけで保守党が勝ったことは勝ったのですが、650席ある議席の過半数には至らず、まだ政府が確立されていません。

選挙の直後から、保守党は自民党と連立政権の話し合いを始めました。保守党は右、自民党は中間です。これがうまく行けば保守党と自民党の連立で総理大臣は保守党のカメロン氏になる予定です。

でも問題はこの交渉です。自民党は57席しかないので、弱小の政党かと思うとそうではなく、地方議会ではかなり力を持っています。そして今回の選挙でも、全国の投票数を総合すると、全体の30パーセント近くの票を集めていて、保守党や労働党とそれほど劣りません。でもイギリスの選挙は、一選挙区につき一人の当選という方法を取っていて、これが歴史的に労働党に有利になるように作用しているんです。それで自民党は、比例選挙制に変えるということが何よりのポリシーであり、悲願でもあるんです。

それで今回の交渉では、これが大きいネックになりました。自民党は比例代表制の国民投票を連立の条件にしています。保守党は比例代表制に変える気はありません。そして政策的にも問題があります。自民党は中庸とはいえ、どちらかといえば労働党よりの左よりです。それで今回保守党を連立したら、その次の選挙で支持者を労働党に失うかもしれないという危惧もあります。

もしもこの連立がうまくいかなければ、労働党が自民党と連立して政権を作ることもできます。

その場合の問題点は、労働党党首で首相のブラウン氏と自民党のクレッグ氏は馬が合わないということでした。しかも自民党は、選挙で保守党に負けた労働党と連立することに国民の手前、抵抗があります。

すると昨日ブラウン氏が爆弾発言をしました。9月までに責任を取って党首を辞めると発表したんです。これで自民党との話し合いの障害がなくなりました。自民としては、選挙で負けたのはブラウン氏で、 党首が変われば話が違うと主張できます。

それで昨日労働党と自民党の話し合いが始まりました。

すると保守党も爆弾発言をしました。比例代表制の国民投票を妥協策として提供してきたんです。それで今はまた保守党と自民は話し合いをしています。

でも考えたら変です。選挙ではたった57席しか取らなかった自民党が、どちらに転んでも政府に仲間入りするようです。そして長年の悲願であった比例代表制も実現しそうです。これって、今のところ300席以上の保守党よりも250席以上の労働党よりも、自民党が力があるといえます。

日本に比べるとイギリスの政治家はまだ国民の信頼を受けているのですが、それでもこういうことが長く続くと、結構不信感が高まった行くんじゃないかな。だってせっかく選挙しても、選挙の結果とあまり関係ない政府ができそうだし。

まあ今は誰が総理大臣になっても、ここ数年は財政が厳しく、国民の受けの悪い政府になるだろうとのことなので、どうなってもあまり関係ないようには思うんですけどね。

2010年5月10日月曜日

マティス

今日菜園に行ってみると、昨日の鹿、りんごの木を食べていたのに気づきました。これが写真です。証拠があるわけではないんだけど、高さ的に鹿しかありえません。昔、隣の牧場から牛が10頭くらい庭に入ってきたときも、りんごの木がかじられてました。おいしいのかな。

 まあ被害は軽かったですが、菜園のほうに入られていたら、きっとレタスなんかは食べ散らかされて、そのへんも踏み荒らされていたでしょう。まだ鹿はこの辺りにいるわけですから、そうなる可能性も十分あるんですが、もうどうすることもできませんね。高いフェンスを立てるくらいしか防御しようが無いし、一日中見張ってるわけにも行かないし。これ以上害が無いことを祈るのみです。そしてまた入ってきたら、その姿をありがたく観察するだけです。

ところで昨日フランスの印象派の画家、マティスについての番組をやっていました。途中から見始めたんですが、とっても感動しました。

彼の生涯を追っていて、私が見たのは彼が40歳くらいのあたりからです。そのころ彼はボヘミアンのパリを去り、南仏のニースに住み始めます。お金持ちが多く住みブルジョアなこの土地は芸術家には似合わないんですが、マティスはその明るい光に惹かれます。ここでは彼は多く裸婦の絵を書き、これが高い値段でよく売れたとのこと。

その土地でモデルとなった20代前半のロシア人女性と深く親交を持ち(でも恋愛関係だったのかどうかははっきりしない。おそらくそうでしょう)、それが原因でその後40年以上連れ添った奥さんと別れます。彼女とはその後死ぬまで一緒に暮らします。

そのあと60代前半で大腸がんにかかり、大きな手術をして2年ほど寝込みます。このあと彼は車椅子が必要となり、一日の大半をベッドですごすようになります。そして人生の黄昏かというこの時期になり、新しいアートフォームに目覚めます。マティスの作品はたくさんありますが、超有名なのはこの時代のものが多いでしょう。カラフルな、印象派というよりは抽象的な作品が多くなります。

この時期にマティスは画期的な手法を編み出します。切り紙です。これで彼はさらにアーティストとして飛躍し、精力的に活躍、評価を高めます。

じゃあ病気は治ったのかと思うとそうではなく、相変わらず車椅子で、仕事の大半はベッドや移動式ベッドでしてます。

そして80歳になるころに、つまり死の数年前に、最高傑作といわれるようなものを完成させます。ひとつは切り紙のSnail(カタツムリ)という作品。そしてもうひとつは小さいチャペル(教会)です。彼は無神論者なのですが、病気のときに献身的に世話をしてくれた看護婦が尼さんで、その彼女のためにこのチャペルを作ります。大きなステンドグラスが二つ、そして二つの壁には簡単な黒い線で書かれたキリストの受難の壁画が描かれています。内装のデザインも彼です。

番組の最後に司会者がこの教会に来て、解説を始めます。それを聞いていると感動が心にわきあがって、ああ涙が出そうと思っていると、その司会者(若い男性。多分アート批評家)も感極まって涙声になっていました。

マティスは、神を信じますかと問われたとき、「創作しているときは信じる」と答えたそうです。アブラハムの教えを突き詰めると、「自分の中の神とつながりなさい」ということなんですが、マティスはまさに、作品に向かっているときは、神と一体化していたんですね。

この番組、最後が良かったし、よくできていました。そして何よりも、マティスが病気になり体が弱まり、老化していくのに逆らうようにして、芸術家としてますます成長していくというところが、感動しました。私なんて40半ばですが、下手をするとこのくらいの年で、もう人生の大半が終わってしまったように考えてる同輩もいます。でもぜんぜんそんなこと無いですね。マティスは40代ではもう画家としては立派に活躍していましたが、自分でもそのあとの40年にこんなにも画期的に飛躍を遂げるとは思っていなかったでしょう。

病気をしても年をとっても、精神は年をとるとは限らない。マティスのようにいつまでも変化し変貌し、成長し続ける人もいるんです。こんな風に死の直前まで。

2010年5月9日日曜日

鹿とアスパラガス

今日夕方の8時ごろ晩御飯を食べようとすると、デイブが台所の窓から鹿が庭にいるのを見つけました。それで見てみると、ちらりと見えたのですが、菜園のラズベリーの木の後ろになってよく見えません。しばらく見てたのですが、視界に入ってくる様子がないので、子供二人と私でそっと庭に出て行きました。

するといました。菜園のちょっと向こうで、草を食べてます。小鹿というほどではないけれど、大きくもありません。もしかしたらメスはこのくらいの大きさなのかな。私たちを見つけてじっと見ています。逃げていくかなと思ったら、、むしろちょっと近づいてきます。安全な距離を保ちながら、私たちが何者なのか確かめようとしてるのかもしれません。別に怖がる様子もなく草を食べてます。

それで私はいったん家に戻ってチャーリーのめがねを取ってきました。もう逃げたかなと思って子供たちのところに戻ると、まだいます。鹿はチョコチョコ場所を移動しながら、ちらちらこちらを伺いながら、まだ食べてます。

それでルイが2歩ほど近づくと、くるりと方向を変えて生垣の向こうまで跳ねていってしまいました。

うちは田舎とはいえ、それほど日常的に野生動物を見るわけではなく、特に鹿はめったに見ません。庭に来たことは数回今までありましたが、観察できるほど長くいるのを見たのは初めてでした。庭で鹿を見れるのは嬉しいけれど、あまりしょっちゅう来られると菜園などやってられないので、年に一度くらいで十分です。

ところで話は変わって昨日のアスパラガスですが、グーグルしてみると驚くほど記事が見つかりました。それで面白かったのは、誰でもにおうわけではなく、におわない人もいるそうです。それで、アスパラガスを消化するときに必要な酵素が無い人がいて、においがしたりしなかったりするんじゃないかとのことでした。

それがここ最近の研究では(そうです。この現象についてはいろいろ研究されてるみたいです。)、消化のときの酵素ではなく、そのときに尿に排泄される化学物質を嗅ぎ取ることができる人とできない人がいるという見方が強まってるそうです。あるイスラエルでの研究報告によると、22パーセントに人だけがこれを嗅ぎ取る遺伝子があり、そういう人だけがにおいに気づくそうです。そうか、私はその22パーセントなのか。

で、総合すると3つの見方があるようです。
1.アスパラガスの消化の仕方が、酵素のあるなしで人によって違う。
2. 誰もが同じように消化するが、人によってこのにおいを嗅ぎ取れる人と嗅ぎ取れない人がいる。
3.消化の仕方も違うし、嗅ぎ取れる能力も違う。

それからもうひとつの疑問は、どうしてほとんど食べたとたんに尿に匂いが出るのかということなんですが、これはアスパラガスを消化するときにできる化学物質が体には有害なので、これが発生したとたんに排泄されるんですって。人間の体ってすごいですね。

ところでどのサイトも、においはしてもアスパラガスは体に悪い影響は無いばかりか、とても栄養があって体にいいとのことでした。良かったですね。

2010年5月8日土曜日

アスパラガス

アスパラガスって結構買うと高いですよね。それで菜園を始めたときに一番初めに育て始めたのがアスパラガスでした。今ではたたみ2畳くらいの広さのところに植えてあるんですが、それでも少しずつ生えてくるので、なかなか満喫するほどは採れません。

ところで数年前知人と話をしていて、「アスパラガスを食べるとおしっこににおいがつく。」という話になりました。いわれるまで考えたこともなかったのですが、そういわれればそうです。くさいにおいというわけではない。でもアスパラガスのにおいでもない。ただアスパラガスを食べたときの尿特有のにおいです。

一度気になると、必ず気になります。それで気づいたんですが、別にアスパラガス一掴み食べなくても、ほんの少したべてもにおいます。新鮮なものだけでなく、ほんの少しのアスパラガスがチキンとクリームソースと一緒に入った出来合いのパイでも同じです。

それにちょっと驚くのは、食べたすぐあとにトイレに行ってもにおいがします。これって、いったい食べ物ってどうやって消化されてるんだろうと、不思議になります。胃に行ってそこで胃液に消化されて、そのあと小腸に行って吸収される。とういことは少なくとも1時間はかかるように思うんだけど、どうして食べて10分くらいで尿ににおいが出るんだろう。そういえばアスパラガスは利尿作用があるって聞いたことがあるように思うけど、それと関係あるのかな。

生理的な話になりましたが、今度アスパラガスを食べるときは、気をつけてみてください。

写真はうちのアスパラです。

2010年5月7日金曜日

昨日の選挙

昨日イギリスは総選挙でした。イギリスは2党政治で、保守党と労働党が政権を交代します。著名な総理大臣でいうと、サッチャーは保守党、ブレアは労働党です。ここ過去3期は労働党が政権を握っていたのですが、今回はこれが変わるだろうといわれていました。経済的な問題のほかに、この国では同じ政党が4回続けて選ばれることは過去100年近く起こってないんです。

2党政治とはいえ、第3番目の自民党という政党があります。これもなかなか大きい政党なんですが、今まで政権についたことはありません。

昨日の選挙結果は、保守党が勝ちました。でもこれがすんなりとは行かないんです。勝った勝ったものの、議席の半数に満たないので、もしも労働党と自民党が連立すれば、現在のブラウン首相は首相を続けます。保守党は最大政党ではありますが、もしも自民党と連立できなければ、今後なかなか法案を国会で通すのか難しくなります。

そういうわけで、どちらの政党も自民党と交渉をはじめています。だから選挙は終わったものの、まだ結果ははっきりとは出ていないという状態です。

私の住んでるこのトリッジという選挙区は、国内にある650の選挙区の中で一番最後に結果が出ました。というのは、田舎なので距離的に土地が広がっていて、昨日午後10時に投票が終わって、その投票箱を1箇所に集めるのに時間がかかり、今朝の10時まで開票しなかったからです。午前10時なんてほとんどの選挙区では発表が終わっていたのに。そのくらい田舎です。

イギリスでは選挙は木曜で、朝7時から夜10時までです。何でも営業時間の短いイギリスにしては、結構長いことやってます。それを大半の選挙区は10時を過ぎるとすぐに開票にかかります。それでテレビでは10時から一晩中中継をしています。

私はあまり興味がないとかいいながら、ちらりと見始め、結局1時過ぎまで見てました。イギリスって夜になると店も閉まるし、アメリカや日本と違って夜が早くて寂しいんです。でも選挙の日だけは特別に一晩中いろいろなものが(少なくともテレビや政治家)忙しく機能してます。宵っ張りの私は、とにかく何でも夜中に人が忙しくしてるのがすごく好きなんです。それで、政治とは関係なくわくわくしてみてました。国中が総出で夜中中何かをしてるって言うのは、ちょっと興奮しますね。

朝テレビをつけると同じアナウンサーがまだやっていました。

ところで昨日はとっても大きな問題が起こりました。いくつかの選挙区で投票できない人がたくさん出てきたんです。今回の選挙、特に投票率が大幅に増えたわけでもないのですが、投票所に長い列ができて、投票終了の10時になっても投票できなかった人がたくさんいたんです。それもひとつの投票所だけでなく、全国のいくつかの場所で。ニュースで見ると雨の中を100人以上の人が並んでます。まるで南アの初選挙の時のようです。

 そしてある投票所では、投票用紙が切れて、投票できなかった人が出ました。選挙人名簿を見れば、いったい何枚用意すればいいかわかるでしょうに。いくら前回よりも投票率が良かったとはいえ、せいぜい55パーセントとかですよ。それに、原則的にいえば100パーセントの人が投票にやってくると仮定して用意するべきじゃないでしょうか。

そしてある投票所では、選挙人名簿を前回の選挙からアップデートしていなくて、名簿に名前がなく投票できなかった人がいたとか。これは言語同断。

選挙の結果よりも、こういうのの方が深刻な問題だと思うんですが。

2010年5月6日木曜日

理想の人生

先日ちらりとテレビを見たら、科学を軽く楽しく噛み砕いたような番組をやっていました。それによると、ホルモンセラピーだかなんだか忘れましたが、論理的にはほぼ永遠に寿命を延ばすことは可能だということでした。あくまで理論の上ではですが。

それで会場のお客さんに、「永遠に生きたいと思う人は手を挙げてください」というと、誰もあげる人はいませんでした。「では質問を変えましょう。死にたい人は手を挙げてください。」というと、これも誰も上げませんでした。

話はブーンと飛びますが、最近読んでいたトワイライトの連作は、人間の女性と吸血鬼の男性の恋愛の話です。吸血鬼は、その本によると吸血鬼になった時点で年をとるのをやめ、永遠の命をえます。エドワードは17歳ですが、吸血鬼になって100年以上になります。それでその主人公のベラが、自分も吸血鬼になろうと決心します。

吸血鬼になるのはともかく、永遠の命をえるっていうのは、もしも目の前に選択肢を与えられたら、簡単に手を伸ばせるものではないですね。私なら、やっぱり永遠の命はほしくない。ということはいつかは死にたいということです。できれば100歳を超えてから、あっという間に何の前触れもなく痛みなく逝ければ特にいいんですが。

昔、自殺した沖正也と神田正輝の出ていた好きなテレビドラマ「俺たちは天使だ」の主題曲で、「運が悪けりゃ死ぬだけさ。」という部分があり、妙に印象に残っています。何か嫌な問題が起こったり、物事がこじれたり、窮地にいたったとき、「運が悪けりゃ・・・」とこの歌を思い出すと、なんだかちょっと気が楽になったりします。

英語ではよくLife is too shortといいますが、「人生短いんだから、楽しもう/充実させよう/つまらない心配事で無駄にするのやめよう。」という意味で使います。つまらないことでぐずぐず思い悩んでるときなど、ふとそう思いついて、元気になることもある。


昔村上春樹が「どんなに嫌なことがあっても、100年もたてば自分も周りの人も関係者もみんな死んでるかと思うと、ふと気分が楽になる。100年なんてそんな長い月日ではない。」といっていました。それもなんとなくわかる。


そんなことを思うと、人間の営みって、そのうち死ぬということで救われてる部分もあるみたいです。


私も時々(でもめったにないけど)、将来のこととか老後のことなど、漠然と心配や不安に思うときがありますが、もしも命が永遠に続くとしたら、すごくしんどいだろうとおもう。そうなると定年はなくなって、永遠に働き続けるのか。仕事が楽しい人ならいいけど、そうでない人は定年を楽しみにしてる人もいるはず。そんなに長く生きると、親戚や知人やら近所の人とか、しがらみやこじれた関係がますますこじれ続けたり、人間関係の困った問題も起こってくる。

そう思うと、平均よりは長い寿命を全うして、つまらない悩みや心配事で貴重な人生の時間を無駄にせず、100年弱の短いといえば短い人生を思い切って堪能して、ある日ぽっくりと行くのが最高のように思います。

2010年5月5日水曜日

こいのぼり


今日こいのぼりを出しました。5月5日の当日に出すなんて遅いんですが、その日になるまでこどもの日っていうことに気がつかないんですよ。一度出したら面倒なので、1ヶ月くらい風雨にさらされてます。

このこいのぼり、ルイちゃんが生まれた初節句に日本から送ってもらって、毎年出してます。最初の年くらいは日本と同じくらい4月の末くらいに出して、10日くらい羽ばたかせていましたが、それ以来は上記のとおりです。

そういうわけでうちのこいのぼりはとってもぼろぼろです。まず矢車が壊れてしまいました。そして吹流しと真鯉の口の輪が壊れてしまったので、なかなかうまく風に羽ばたきません。日本ならこんなの恥ずかしいんだけど、こちらでは誰もわからないので、その辺の心配はなし。

ルイは11歳なので、もう今年はこいのぼりはいらないかと思って、「どうする?」と昨日聞いたら、「絶対出してほしい」とのことでした。それで面倒だけど、あと数年のことなので出してあげました。

いったい何歳までこいのぼりって出すのかな。私は小学校に上がったくらいから、家がごたごたしていたこともあり、お雛様を出してもらった記憶はないんだけど。あまりにもぼろぼろだけど、買いなおすようなものでもないしね。ルイが要らないというか、本当に上げられないくらいぼろぼろになるか、どちらが先かな。

ところで私の住んでる集落は家が30件くらいあるんですが、ここデボンに越してきたころ、この集落でこいのぼりを見かけました。村に池専用のガーデンセンターがあり、そこで鯉などの魚も売ってたんです。そこの宣伝でこいのぼりを道路沿いに年中上げていました。そのガーデンセンターは私たちが越してきたころつぶれたのですが、今はわれわれがあげています。イギリスでちゃんとした日本製のこいのぼりを見たことは他にはないので、本当に妙な偶然。引き寄せの法則ですなあ。

ところで、ここ数年土産物屋などで何度か、イギリス製のこいのぼりらしきものを見たことがあります。日本のスーパーなどでお菓子と一緒に売ってる紙のこいのぼりのような感じで、でも色や形がちょっと違う。緑とかオレンジとかあります。多分誰かが本物のこいのぼりを見て、イギリスでも売れるとアレンジしたのでしょう。

それで、数年後に我が家がこいのぼりを出さなくなっても、この村の誰かがまたイギリス製のこいのぼりを上げるのかもしれません。

2010年5月4日火曜日

チャーリーの臨海学校

今日からチャーリーは臨海学校に3泊4日で行きました。臨海学校というのはその宿泊所兼アクティビティーセンターが海の近くにあり、サーフィン、カヌーなどがプログラムになっているから私がそういっているだけで、英語では特にそういう言葉があるわけではありません。ただResidintial trip(泊りがけの旅行)と呼ばれています。

場所はルイが去年行った同じところで、ここから車で1時間くらい。クリスチャンの団体が運営しているので、私はちょっと説教臭いんじゃないかといぶかしく思っていましたが、ルイによるとそんなことは全然ないとのこと。まあイギリスのクリスチャン団体って、そういうところが主流なんですよね。そうやって宗教臭さをなるべく隠す。まあそれはいいこととして、ルイによるとスタッフはみんな若くて楽しい人たちばっかりだそうです。最後の日にお祈りしたのですが、そのときも、Thank you God for an awesome week とお祈りしたとのこと。Awesome というのは「畏敬の念を起こさせる」という意味ですが、最近の若い人の間でよく使われるクールな言葉で、「すごい」くらいの意味です。

そこまでの送り迎えは親がするのですが、チャーリーの友達イーヴィーのお母さんが連れて行ってくれることになっていました。それが昨日救急病院の待合室に座っていると電話が鳴り、イーヴィーが金曜から熱を出し、もしかしたらいけないかもしれないとのことでした。その時点ではまだチャーリーが骨折したかどうかもわからなかったので、「うちもいけるかどうかわからない」と返事しました。

でも今朝電話があり、まだちょっと具合は悪いけれど、どうしても行きたがるので連れて行くとのことでした。そういうわけで、無事にチャーリーもイーヴィーも参加できました。

ほかのお母さんの報告によると、チャーリーの友達で3月の末以来火山のせいで香港で足止めされていたベラも週末に帰ってきて、早速参加したとのこと。チャーリーは嬉しそうにベラと遊んでいたそうです。

天気は今週はまずまず晴れの予報なんですが、すごく寒いです。最高気温は10度くらい。それで1枚余分に長袖とレギンスを荷物に入れましたが、海にも入るしちょっと心配です。それでなくてもチャーリー、ちょっと風邪気味みたいで、鼻をぐずぐず言わせてたんですよね。まあ彼女はとってもタフだから、それでも楽しくやってくれるとは思うんだけど。

2010年5月3日月曜日

ブルーベルと救急病院





今日は何度かこのブログで話が出たハートランドにブルーベルを見に行きました。ブルーベルというのは青い小さな花です。一つだけ見るとどうってことないのですが、時々これが森の中の日陰にカーペットのように一面咲き誇っている場所があります。時期はちょうど今頃。日本の桜のように満開の時期が短いので、機会を逃すと見れません。

私は今まで一度も見たことがなかったんです。どこがいいのか良くわからなかったのが原因なんですが、先日このブログにコメントしてくださる本読みと山歩きさんのブログで写真を見て、どうしても行きたくなりました。

でもガイドブックなんてないので、まず人にどこがいいか聞いてみると、ハートランドとのこと。ハートランドといっても広いので詳しく聞くと、友達が教えてくれました。

それでいってみると結構車が止まってます。祭日なのでブルーベルの花見に来た人がほかにもいるよう。それで教えられたとおり牧場を歩くんですが、景色はきれいだけど、タンポポばかりでブルーベルはなし。そこでデイブと子供たちが、牧場を離れてうっそうとした森の方向に行くと、生えていました。

なかなかそこは斜面が激しく谷になっていて、どんどん小川のほうに道なき道を降りていきます。私もしりもちをつきながら行きました。降りるのは何とかなるんだけど、どうやって戻るんだろうと思っていると、その小川の向こうにもっと美しいブルーベルを見つけました。それで小川をバシャバシャト渡って、バーブワイヤーのフェンスを抜けていくと、そこにはなかなか整備された散歩道がありました。何だ、最初からこっちにくればよかったんだ。

それで天気の良い中、1時間ほどブルーベルを見ながら徘徊しました。

そのあと家に帰ってきました。すると車を降りるときにチャーリーの指をデイブがドアにはさんでしまいました。チャーリーは泣いてます。昨日お泊りであまり寝ていないので機嫌が悪いうえ、明日から臨海学校なのに骨折していたら行けないかも知れないので、ショックで泣いてるよう。

そういうわけで今度は車を逆方向に向け、30分くらい走って救急病院にいきました。結局レントゲンを撮ると骨折ではないということで、安心して帰ってきましたが、3時間くらいかかりました。せっかくの年に数日しかない休日なのに、病院の待合室で過ごすことになってしまった。

2010年5月2日日曜日

チャーリーはお泊りです



イギリスは祭日が少ないのですが、この月曜はその少ない祭日のひとつです。だから今日はその中間の日曜です。チャーリーは朝から友達の家に行きました。その友達の誕生日なので今日はお泊りです。それなので家はとっても静か。ルイはどういうわけか、仕事場に行くデイブについて午前中は出かけました。なにやらお手伝いをしたらしいです。

それで誰もいない間にレアチーズケーキを作りました。作り方は超簡単。市販のクリームチーズとクリームと砂糖、レモン汁を混ぜるだけ。したのベースは市販のダイジェスティブビスケットをつぶして、溶かしたバターを混ぜて冷蔵庫で固めるだけ。まあおいしかった。でも作ってみるとわかることですが、カロリーがすごそうです。だから頻繁に作るのはやめときます

晩御飯はローストビーフです。チャーリーがいないのであまりました。夕飯があまるということは我が家ではめったにないことです。

チャーリーは明日の朝帰ってきて、そのあとまた火曜から3泊4日で学校の臨海学校に行きます。だからしばらく我が家は静かになります。ルイもチャーリーのいない間、ゆっくり邪魔されず本を読んだり、好きなテレビを見たりできるでしょう。

さっきから表で猫がミャオミャオ変な盛りのついたなき方をしています。それを聞いて、今までソファーで寝そべったいたペパーが出て行ってしまいました。先日お隣の犬(ヨークシャーテリア)が猫とけんかして目をかかれて失明したんです。だからペパーちゃん、喧嘩に巻き込まれなければいいんだけど。

2010年5月1日土曜日

タイハク



昨日友達の家にマッサージを受けに行ってきました。彼女は元ヨガの生徒で、5-6年前からお互い誕生日プレゼントとしてマッサージをしあうようになり、最近では年に1-2回マッサージの交換をします。3月の末にもマッサージしてもらったんだけど、1回ではほぐしきれないくらい残りが腰と肩にたまっていたので、またやってもらいました。

出かけるまえに、ふと思いついて菜園のアスパラガスを切ってお土産に持っていきました。

実は事情があり、私はこれからこの家に住み続ける限り、彼女に年に一度年貢としてアスパラガスを届ける事になっています。アスパラガスは一度苗を植えると、毎年毎年、ほぼ一生春に生えてきます。私がこの菜園を始めたときに、5つ苗を植えたのですが、その数年後彼女が10個くらい苗をくれました。彼女は、マーケットで衝動で買ったけれどきちんとしたアスパラガス畑を作る自信がないとのことで、ただでくれました。そのときに彼女は冗談で「じゃあ、ちゃんとしたのが取れるようになったら(数年は収穫できない)食べさせてね。」って言ったんです。多分もうそのことは彼女は忘れてると思うけど、私はちゃんと律儀に毎年彼女に上げてます。彼女のことがすごく好きなのでもっと会いたいと思うんだけど、お互いなかなか都合が合わなかったり、ただ時間がどんどん過ぎ去って、年に数回か会えないんですが、このアスパラガスのお届けは、その口実のようなものです。

彼女に会うもうひとつの口実は、彼女の庭にある桜の木です。タイハクという木なのですが、30年位前に植えたとのこと。年に一度、2週間くらいしか咲かないので、見れる年は見に行くようにしてます。昨日はちょっと満開を過ぎたくらいでしたが、とてもきれいでした。カメラを持っていかなかったので写真を撮れなかったのですが、すごく大きい木で、広げた枝の広さは直径5メートル近くだと思います。花も見事なんですが、木の形が見事に傘のように枝が広がっていて、すごく圧巻です。でも聞いてみると、そのように育つ習性だそうで、特にこれといって手を入れたりはしていないとのこと。

彼女はお土産に、最近ストレスで胃の調子が悪い私のために調合してくれたバックフラワーレメディーと、タイハクとジャスミンをくれました。桜の枝を切って切花にするという感覚は日本人にはないけれど、すぐに散るかと思ったら、結構きれいに咲いています。ジャスミンのにおいが、家に入ったとたんに漂ってきます。