2010年1月14日木曜日

母ア

12月5日のブログに現代詩は難解であるということを書きました。
http://myfordfarmdiary.blogspot.com/2009/12/blog-post_05.html

おととい日本から船便で文芸思潮という雑誌が届きました。去年春にこの現代詩賞に応募したので、入選作の掲載された雑誌を応募者に日本から送ってくれたんです。そこに10作ほどの作品が載っていました。最優秀賞は2作です。そのうちのひとつは若い女性の作品で、長くてわかりにくいといえばわかりにくい。でも妙に心惹かれるというか、なるほど何かがあるなあという作品でした。

もうひとつは福地順一さんという73歳の男性です。これは津軽弁で書かれていて、はじめだけちょっと読みにくいんですが、長すぎずわかりやすい内容で、泣けました。振り仮名が打てないので、読み方をカタカナでカッコに入れますので、辛抱して読んでみて下さい。

「母(カッチャ)ア」

母ア、俺(ワ)七十三ネなたネ
元気良(マミシ)ぐしてるよ

母ア 俺母アの事(ゴト)、何(ナ)も覚(オ)べねエンだネ
顔(ツラ)コも声コも覚でねエンだ
写真コも見だ事(ゴト)ねエンだ

母ア 母ア、俺三つの時(ツギ)
俺ど離されだンだってのオ
急性の流行性脳膜炎で
伊東(イドウ)病院の隔離病棟サ入られだンだってのオ
そのとき母ア泣き叫(サガ)ンだべアなア
だして呉(ケ)へってよオ
其処(ソゴ)ア如何(ド)したンだ部屋だべなア
鉄格子嵌(ハマ)てンだがア

母ア、母ア、俺四つの時
其処で亡ぐなったンだってのオ
誰(ダ)ネも看取(ミド)られなくてのオ
その時母ア俺の名前コ呼ンだベアなア
一人(ツトリ)息子の俺の名前ばよオ

母ア、母アの声、そえでも俺の耳サ残(ノゴ)ってねエンだネ
何(ナ)も覚えでねエンだ
情(ナサゲ)けねエ息子だと思(モ)てるンでねべがなア
それでも俺、母アの亡ぐなった時の事
何時(エッツ)も気ネ掛げ出るンだネ
この七十過ぎた今(エマ)でも気ネ掛ゲデるんだネ
あの一年(エツネン)、何ンぼ切ねがったべアなアど思てるンだネ

母ア、俺七十三ネなた
元気良ぐしてるよ


これが泣けるなあと思うのは自分が母親だからかなあ。小さい一人息子を残して死ぬお母さんの無念さが胸にひしひしせまってきます。

方言で書かれてるところがまた70年前の情感が出てるし、土着した感じが母と子供の絆をしみじみ感じさせます。それに何よりも、自分はもう70を過ぎたけど気に掛けてるというところが良いですね。これが50くらいじゃだめで、73歳というところが良い。何も覚えてないというところが、センチメンタルになりすぎるのをとどめている一方、お母さんのことを何も覚えていないというのは寂しいものだろうなあと想像させます。 泣ける詩なのに、最後の「元気良くしてるよ」というのが、ごく普通の親子の会話という風で、全体としてさらっとした印象が残るところが特に良い。 

幼くしてお母さんを失って、寂しい幼少時代を送ったものの、今ではそれも大昔で70年近く月日が経ち、おそらくそれ相応に苦労しながらも元気で成人して、普通に社会人となり家族を作り平凡に生活してきたけれど、それでも自分を残していったお母さんのことを時々思い出す。

と書いてしまえばそれまでなんだけど、それが詩になってるところがすごいなあと思います。

これって津軽弁だから特にいいのかな。大阪弁ではどうかなあと思ってちょっとやってみましたが、ちょっと柄が悪くなる気もするけど、なかなかいけると思います。標準語では味は出ないけど、東京弁(東京の落語家のような語り調)でも良いんじゃないかなあ。

こう考えると方言っていいですね。私は大阪弁が一番良いと思ってるけど、皆さん自分のふるさとの言葉が一番と思ってるんでしょうね。

この人は若いときは詩を書いていたけれど、現代詩の観念的独善的な経口が嫌になり、興味を失ったそうです。それが去年から急に津軽弁で書きたくなり、物の怪に疲れたように70編ほど書いたとの事。

こういう現代詩、このコンテストで入選して雑誌に載って、私も読むことが出来て本当によかったと思ってます。

8 件のコメント:

こんの さんのコメント...

雪降りの日に読む詩 いいですねぇ
っふふ、「天童の家」でも、偶然「詩もどき」でした
散文ともちがう余情みたいなのが好きなんですよぉ

「母ア」 いいですねぇ
鉄格子がでてきますね
仕事柄、その鉄格子を取り除く運動をやりました

仕事を辞めて、もう10年が過ぎ、70になりました

あくあ さんのコメント...

いい詩ですね。純粋にそう思いました。やっぱりお母さんっていうのは永遠ですよ。お母さんになれたあなたがうらやましい。ほんと。

Atsuko さんのコメント...

こんのさん、「散文と違う余情」。そうですねえ。この鉄格子のところは、ちょっと誇張じゃないか、作者の想像だろうなあと思っていたんですが、本当にあったのかなあ。

Atsuko さんのコメント...

あくあさん、感動を共感してもらえて嬉しいです。

母と子供というのは原始的なつながりでもありますが、大人になってからは人間同士の関係ですから、母親とはいえその絆に甘えてはいけないと心しています。

でもやっぱり子供がいるというのは幸せなことですよね。

こんの さんのコメント...

「鉄格子」
日本の現実ですよぉ 想像(創造)でも誇張でもないです

Atsuko さんのコメント...

こんのさん、カッコーの巣の上でという映画見たことありますか。精神病院が舞台なんですが、そこで鉄格子が印象に残ってます。あれはアメリカですが、イギリスではさすがにそれはないと思います。

もしもまだ見ていなければどうぞ。私の一番好きな映画のひとつです。

こんの さんのコメント...

「カッコーの巣の上で」
観ました
あれはよかったですねぇ
よくもまぁ 佳い映画をつくってくれたと嬉しくなったものでした

Atsuko さんのコメント...

こんのさん、ご覧になっていましたか。良い映画ですよね。重く暗いテーマなのに、最後はなぜかすがすがしい印象が残ったの覚えてます。
あれ思えばすごく古い映画ですよね。良い映画って本当に何年も印象に残りますよね。また見たくなってきた。