現代詩を読む人口ってどのくらいでしょう?結構日本では雑誌が出ているようだけど、現代詩手帳という雑誌ご存知ですか。そのバックナンバーを手に入れたので、読んでいました。雑誌とはいえぱらぱらとめくれると言う感じではなく、結構敷居が高い感じです。それで、対談やコメントは飛ばして、詩だけを読んでるんですが、うーん、たとえばこの詩、どう思われますか?作者は荒川洋治という、現代詩人の中ではなかなか名前の知られた人です。タイトルは「初恋」
(前略)
不確かな弟の宿題を解くように
肌を合わせ切ってみた
「井原」は戦争の画家となった
この絵でビルマを全部出す
朝食を抜いてもいつもベロが口の中にあった
車の場所を何度も見て
安堵の袋をいっぱいにふくらませた
胸はこんなにいっぱいなのに
違反はひとつ
全部を残して、全部が消え去ることだ
あたりにはふたをもつ森のようにたたかって
「それはわかります。
明日も気をつけて、私の中にこられますように」
超然と奥地で陸稲を刈るひとたちに
定規のような形相が
絵の中に浮かぶ
全部とはおんなだ 婦警のからだは途中から歩き始めた
初恋は過ぎていった
駐車は続き
夕日は下がらない
前半を省略したのでわからないなあと思ってらっしゃるかもしれませんが、前半を読んでもぜんぜんわかりません。前半で出てくるのは、井原という人が画家でビルマにいて、婦警が駐車を取り締まってる。そういうことが書いてありますが、調子としてはこんな感じで、わけがわからない。筋がわからないだけでなく、何が良いたいのかがわからないだけでなく、どこが良いのかがわからない。
それに最後から3行目に初恋が出てきますが、それに関わるようなことは何にも出てこない。それなのにタイトルは初恋。
この詩に限らず、この雑誌の詩は大体こんなもので、すごく難解。こういう詩がわかるどころか、これを鑑賞できるようでなければ、現代詩を読むどころか書くなんてとんでもないって言うことなんでしょうか?
日本に行く前に「文芸思潮」という雑誌の現代詩大賞に応募したところ、二次予選を通過したとのご連絡をいただきました。それでその結果の載った雑誌を送っていただいたんですが、1307人の応募があったそうです。現代詩なんて読者すら少ないだろうに、そんなに書く人がいるんですね。そう思っても、「競争が激しい」という気にはならず、へえ、そんなに詩を書く酔狂な人がいるのか。すごいもんだなあと、なんだか嬉しいと言うか、心づけられる気持ちもします。
この1307人のうちの一人は私ですが、私以外の1306人のうちでも、こんな難解な詩、一体何人の人がわかるんだろう。私以外の人は大体わかるんだろうか?
もちろん難解なほうが良いというわけではないことはわかっていますし、難解な詩もあれば簡単なのもあって、その自由さが現代詩なんですけど、お粗末ながら詩を書くものとしては、こんなにぜんぜん理解できなくて大丈夫だろうか、というか、なんか不安な気持ちがしないではありません。
詩のついでに久しぶりに詩のブログ更新しておきます。
http://fordfarmpoems.blogspot.com/
10 件のコメント:
「雹が振る」
振るですが、意識してこの字を使ったの?
また書きます
コメント また不調みたい...
こんのさん、ぜんぜん違います。ただ勝手に転換になったので、ああ、ひょうってこんなじかと思って、それを選んだだけです。ひらがなというのも締りが悪いような気がしたので。へへへ。
雹の方じゃなくて、「振る」の方です
「降る」のまちがいではないですか?
おひさしぶりです。
ネットのトラブルで、ベルガコムなるプロバイダーと喧嘩をしており、1週間ぶりに昨晩つながりました。
現代詩、むずかしですね。
擬人化と省略のオンパレードでしょうか。
数学を解くように1つ1つの意味がわかればきっとおもしろいでしょう。
まあ、文学はセンスや感性で感じるものでしょうから、“数学”を解いてわかっても、文学としてはおもしろくないでしょうね。
絵も現代絵画はわかりませんね。
絵も詩も自分の思いを記号化したものだから、その記号が内容がわかっても、なぜその記号を選んだのか(感性?)わからない?
結局、わからない。(笑)
屋根瓦を飛ばすだろうか
そしてそれは
表に停めた車に当たるだろうか
いくらネガティブなことを考えないと努力しようと、努力すればするほど考えてしまう
そういう不安を誰でももっている
何かをすべて分かろうとしても、たとえわかったと思えても、それは幻想かも...
絵でも詩でも、なにでもすべてを理解することなどできない
それでも、わかる(共感・共鳴)する
なにかが響き合う
一卵性双生児のDNAなら別だが、我々はすべてを理解することなどできない
それでも、心を揺さぶる絵や詩に出合う
それが嬉しい!
こんのさん、あ、それも変換の間違いですね。ご指摘ありがとうございます。
わかるかわからないか。わかると嬉しいような気がしますけど、本当にわかったのかわからないですね。そういうの、理屈を超えた感性の問題なのでしょう。
山歩きさん、うちも明日ネットのサーバーを変えることになっていて、新しいワイヤーレスのルーターが送られてきました。ちゃんと滞りなくうまく行くか、はらはらものです。
現代詩でもわかりやすいものもあるのに、どうして難しく書く人もいるのかというと、やっぱりその人の心はその形態でしか伝わらないからなんでしょうね。書くほうとしては、「わかる人だけわかってくれたら良い」ということなんでしょうが、わからないのは歯がゆいものです。
ところで20年以上も昔、イギリスに留学するときにお餞別として黄色い目覚まし時計をいただいたんですが、先日古いスーツケースの中から出てきて、電池を入れ替えたら動きました。中には山歩きさんの字で「朝や、起きんかい!」とかかれています。先週から毎日これで起きてます。
おお~。黄色い目覚まし時計!!
あれっ、憶えてないな。
「朝や、起きんかい!」
って今でも書きそうです。(笑)
人はそうは変わりませんね。
枕元において大事にすると、よい夢がみれるかもしれません。
ハイ、大事にします。そういわれてみれば、先日山歩きさんが夢に出てきたような。なんか哲学的難しいお話をしたような気がします。これも良い夢のうちですよ。
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