2010年3月13日土曜日

焚き火と時間の無駄遣い


最近ちょっと調子が悪いということは2月以降何度も書きました。ノイローゼとか鬱だとか言うのではないんですが、いろいろ心配事が気になる。なかなか心がスキップするということがない。

それでちょっと考えてみると、ここ最近自分にプレゼントするというか贅沢するというか、そういうことがない。物質的なことだけでなく、時間的なことや、行動的なこと。自分を甘やかすということがないんです。

そういえば昔はちょっと贅沢だな、もったいないなあと思いながらも,チューリップの花束を買ったりだとか、今日は何もしなければならないことがないから、好きなことだけをしてすごそうとか、そういう日がありました。今は子供がいるのでお金はすべてそっちにいくし、時間的に余裕が全然ない。それだけではなく、自分に課しているもの(毎日運動する。毎日瞑想するなど。)が多くあり、無駄に時間を過ごすということがない。テレビをゆっくり見ることもないし、本を読むのも好きな本をというよりは、読まなければいけないと思っている本を読むことが多い。

そしてダイエット。1年ほど前にやせたので、そのときに自分に課したプログラムを忠実に毎日守らなければいけない。たとえばパンは1日枚のみ。決してバターを食べない。週に一度しか間食しない。など。だから気持ちよく好きなものを、罪の意識なしに食べるということがない。

なんとなく、そういう、時間的なこととダイエットに限らないのだけど、余裕のない生活が、なんとなく心がリラックスすることがない原因になってるのかなあと思い当たりました。

引き寄せの法則のアブラハムは、「とにかくなんとしてでも幸せな気分になりなさい。少しでも楽しいことをしなさい。どんなことでもいいから、なんとしてでも気分を良くするように心がけなさい。」といいます。その教えをここ数年熱心に聞いてきたはずなのに、考えたらその基本的なことがぜんぜんできていませんでした。本当に何を聞いていたのやら。

そういうわけもあり、今日は午後はゆっくり庭仕事をしました。といってもまだ種をまくには早いので、庭の整備というか大掃除というか、生垣の中に山積みになっていた枯れ木や、先日近所の人が切ったうちの生垣の木を、山ほど焚き火にしました。
焚き火の大きさは2メートルくらいです。

焚き火って簡単なようで、なかなかうまくいかないんですよ。まずちょうどいい天気の日でないとできない。ここ数日好天が続いているし、今日は程よく風があり、焚き火日和です。それではじめはうまく火がついたんですが、この焚き火の山の中に湿った木がたくさんあったことと、焚き火の組み立て方がうまくいってなかったので、半分くらいで火が弱くなってしまいしました。

焚き火って何か人をひきつけるものがあるでしょう。それで今日は隣の子供まで来て焚き火見物でした。私も長いシャベルで焚き火を突っつきながら、結局1時間以上も焚き火見物しました。別に焚き火なんてほうっておけばいいんだけど、不思議なことに焚き火を見てるととってもリラックスできました。

そういうわけで今日は1時間以上も無駄に過ごしてしまったのですが、こういう時間の贅沢かつ無駄な使い方というもの、必要なのかもしれません。

焚き火は今も燃えているはずです。別に野原の真ん中で燃えてますから、火事になる心配もなし。明日には燃えきってるかな。

写真はルイです。

10 件のコメント:

こんの さんのコメント...

あつこさん 今日のブログ(いいなぁ)です
書かれている通りだと思われます
同感することの中で、特に焚き火の効用?に(そうだ、そうだ)と拍手しました
焚き火(炎)は、情念の火だと思います
以前うつ病になったとき、炎をじーっと眺めて動けませんでした。ですから、おさいと(左義長)が大好きです
ムダな時間なんてないのです。また食べたいと思うのは身体が要求しているのですからムリに我慢せずに食べればいい!

チャーリーさん なんだか大きくなったように見えます(感じます)です

Atsuko さんのコメント...

こんのさん、ありがとうございます。やっぱり焚き火が好きって言う人は結構いるのですね。うつ病になったとき、炎を眺めたというのは、やっぱりそこには浄化作用みたいなのがあるのでしょうか。ろうそくの火なども見つめてしまいますが、いろいろな宗教で使われるくらいだから、やっぱり何かあるのかもしれませんね。
それと関係があるのか無いのか知りませんが、洗濯機が回ってるのを見るのも好きです。昔どこかで、洗濯機を見ながらお酒を飲むのが趣味という人を聞きました。これも精神浄化作用があるのかも?

写真はルイ(上の男の子)です。先日ついに背を追い抜かれました。

ところで「おさいと(左義長)」って何ですか?

こんの さんのコメント...

おさいと(左義長)
正月15日頃に、旧年中にいただいた御札とか神様に関する物など不始末にできない物を、神社の境内などで焚いてる火にくべて燃やす行事です
神聖なものを火で燃やす その炎を見ていると、なんだかこころも清められる気がする
気休めと言えば言えるのですが...そんな風習がまだ日本各地に残っているのです
「検索」してみてください。たくさん出てきますよ

あくあ さんのコメント...

あつこ、まじめなのねぇ。私もまじめだと思ってたけど、そんなにまじめに決まりを守ったり出来ないもんなぁ。

B型の人(たけとか)を思い出して、人生気楽に生きるといいですよ。

ふぅ さんのコメント...

今回のブログ、私も思うこと、いろいろあり・・・ですね。

貴女のように、きちんとやることがあって、それをストイックに、きっちり規則のように守っている・・・というのではないけれど、私も常々純粋に自分の為だけに何かをするということがほとんどない。いつも時間に追われていて、たまには何も考えずに自分の好きなことだけして一日を過ごしたいと思うけれど、そんなのもう一体いつからやってないかな~??

だから、そういう意味の「うつ」は私にもあります。気分が全然パッとしないというか、すっきりしないのよね~。

Atsuko さんのコメント...

こんのさん、そういう風習を聞いたことはありますが、名前は初耳です。もしかしたら関西では違う呼び方なのかな。

Atsuko さんのコメント...

あくあさん、会社勤めの人はいやでも規律がありますが、そうでない人は自分で律しないと歯止めが利かなくなりそうな怖さがあるからかな。
私は大雑把なO型なんだけどね。

Atsuko さんのコメント...

ふぅさん、いったいいつからそうなってしまったんでしょうね。おそらく子供が生まれてからだろうな。ということは、子供が家を出ると、また好きなことをできるようになるのかなあ。

子供がいると幸せだけど、自分の時間だとか自分のために何かするということがぜんぜん無くなる。それは自然の摂理といえばそうなんだろうな。

うちは田舎なので、18歳で家を出て行くと思うんですが、そちらの国はいつまでも親と同居する習慣のようですね。

本読みと山歩き さんのコメント...

妻と娘は帰国中なので、土曜は息子と家のこといろいろしていますが、日曜になるとふらふらしているわが身。
お子さんのいる主婦の方々はほんとうにたいへんですね。
時間刻みに忙しい主婦の方の気分をパッと切り替えてくれる妙案はないのでしょうかね。
 あつこさんの場合、ブログもその解消に一役買っていると思いますが。

焚き火をじっつ見つめてしまうのは、人類の本能だと思います。
野獣から身を守ってくれる安心感、暗闇を明るくする希望、すべてを焼く尽くす恐怖感、いろんなことが混在して、なにやらあやしげな魅力が炎にはあります。

Atsuko さんのコメント...

山歩きさん、お疲れ様。奥様のありがたみをしみじみかみしめてられるようですね。でも息子さんももう大きいのでしょ?特にお世話も要らないだろうから、男二人で楽しいのでは?うちは私がいないと、子供たちは楽しそうです、お父さんがしょっちゅうマクド等に連れて行ってくれるから。

炎ってやっぱり見てしまいますよね。そういえば村上春樹の短編小説で、焚き火友達の話がありました。焚き火をするためにだけ集まる人たちです。それとは別に「納屋を焼く」という放火の小説がありましたが、これは怖い。