2026年5月21日木曜日

インド旅行記12,デリー、ヴリンダーヴァン、マトゥーラ

 7週間の旅の締めくくりはデリー。といっても、デリーは昔観光でいったので、デリーの市内自体はほんのちょっと買い物に行っただけでした。

デリーに行った目的は、オンラインで知り合った友達と一緒に、デリーから車で2時間くらいの場所にあるクリシュナの出生などにまつわる聖地巡礼です。

この友達はコロナの前に、オンラインのインド哲学のコースで知り合いました。実は今回のこの旅は2020年10月に行く計画にしていて(コロナで今年まで延長)、その時に、「じゃあ泊まりに来て。一緒にクリシュナの聖地に行きましょう。」と誘われていたのです。

その後長く連絡を取っていなくて、インドに行くことを出発の1か月くらい前に私がフェースブックで書いたら、それを見た彼女が連絡してきてくれて、実現しました。

この聖地巡礼のことはもともと予定にしていたので、その予定を話すと、デリーの近くに住んでるから泊めてあげるとのこと。しかも、その聖地ヴリンダーヴァンに別荘のアパートメントを持っているから、そこに一緒に泊まりましょうとのこと。それで2泊、ヴリンダーヴァン、2泊デリーで泊めていただきました。

バラナシから飛行機でデリーへ。旦那さんの運転する車で空港まで迎えに来てくれました。彼女の家はデリーの郊外の高級アパートメントです。

そしてその足で、今度はタクシーに乗って2時間ほどのヴリンダーヴァンに行きました。彼女はクリシュナの信者なので、お参りによく行くので、10年ほど前にこの町にアパートメントを買ったそうです。警備員が門に立つホテルのような大きいアパートメントで、住む人はみんな信者さんのようです。まあそうでしょう、聖地なんですから。中にレストランもありました。

ガイドブックによると、聖地とはいえ今では川も乾いて、埃だらけの田舎町とのこと。実際行ってみると、確かにそうも言えるけど、やっぱり聖地だけあってお寺だらけ、見るものだらけでした。牛と猿が多かったです。

水を買って持ち歩いてたら、誰かにスカーフを引っ張られました。何かと思ったら猿!友達が、暑いから水が欲しいんだよというので、持っていたボトルを道に投げると、器用に開けて小猿達と飲んでました。「徳を積んだね。」と友達に言われました。

あるお寺ではヒジュラと呼ばれる女装した男性が数人いて、友達に話しかけてきました。しばらく談笑したあと、彼女にお金をあげるように言われました。それが縁起がいいというより、あげないと縁起が悪いとかいうことらしいです。

その夕方と翌日はインドで初めて雨が降りました。寒くないから濡れるのはそれほど気にならないんだけど(イギリス慣れ)、水はけが悪いから、道が洪水状態に。きっとこの水はすごく汚いんだろうなあと思いながら、足首まで浸かって歩きました。病気になるかと思ったけど、全然大丈夫でした。

翌日はここから20キロくらい離れたマトゥーラというクリシュナの生誕地に連れて行ってくれたのですが、この日はあいにくインドの大統領が来ていて道閉鎖。しかも雨。なので結構難儀でしたが、何とかリクシャーを見つけて無事に行って、帰ってこれました。友達がいたから何とかなったけど、一人ではきっと諦めてたわ。


そして3日目にデリーにもどってきて、ここでも2泊泊めていただきました。旅の最後のデリーで買い物いっぱいしたいと、もともと言ってあったら、彼女は私以上に行く気満々でした。私がインドで買ったチューニックを着ると、「あら、ジーンズとTシャツ着るかと思ってたのに。じゃあ私もチューニックにするわ。」とちょっと残念そう。

その日は地下鉄に乗って(大阪市の作った地下鉄で、すごくきれい。日本にいるみたいです。)デリーの端っこのほうにある「インド全国、クラフトマート」みたいなところに連れて行ってくれました。ここでお土産のショールやらアート、雑貨、服などを買いました。

そして翌日は日曜だったので、旦那さんも一緒に車でお出かけ。まずスーパーでスーツケース購入。そのあとスィーツのお店や、超モダンなエアコンの効いた大きいショッピングモールに行きました。この日は私も友達もジーンズです。ギャップやらM&Sなどのイギリスのお店もあったし、日本のユニクロもありました。インド版ユニクロみたいなお店で安い服をいくつか買い、モール内のフードコートで、安全なインドのストリートフードをごちそうしていただきました。

もうここではインドにいるとは全然思えません。イギリスにいるのとまったく同じか、それ以上のモダンです。

そして翌朝、早朝に車で空港まで送っていただきました。

インド人のホスピタリティは有名だけど、ほんとにそうでした。4泊泊めていただいただけでなく、フルアテンドであちこち案内していただいて、本当に感謝感謝です。

彼女とは5年以上前オンラインで知り合って、メールのやり取りとか電話で数回話しただけで、初対面だったんだけど、まるで昔の親友と再会したみたいに、4日間ずっとおしゃべりし続けでした。お互いの今までの人生の歴史を全部話しちゃった感じ。

こうして7週間の旅が終わりました。インドにいる間に戦争が始まって、たくさん飛行機がキャンセルになったので、ちゃんと戻れるか心配だったので、本当にほっとしました。

7週間もの一人旅、電車、飛行機、長距離バスと移動も多いし、いろいろトラブルとか問題あっても仕方ないなあと思っていましたが、本当に何もかもがスムーズに運びました。イギリスにいるよりスムーズ。



インドにいる間、一度もホームシックとか帰りたいとか思わなかったけど、さすがに7週間後には、家に戻って自分のベッドでゆっくり寝たいなあと思っていたので、帰ってこれてうれしかったです。

もうインドはこれが最後だなと思ってましたが、1か月も経ったら、まだ行ってないところもいっぱいあるし、また友達にも会いたいし、また行くかな、ってなってます。

友達のおうち。

ショッピングモール

友達と旦那さん。スィーツショップで揚げたてサモサも食べました。


聖地ヴリンダーヴァン。水牛と

クリシュナ出生のお寺





2026年5月18日月曜日

インド旅行記11、バラナシ

 カルカッタからまたIndiGoの飛行機に乗って、今度はバラナシに行きました。バラナシって知ってる?ガンジス川で沐浴している人の写真やら、川沿いでの火葬の話はこの場所です。一番インドらしい場所といえるかな。

バラナシは世界中で一番古い都市とのことで、しかもやっぱりインドでは一番スピリチュアルな聖なる場所で、ここで死ぬと輪廻を抜けられると信じられています。それでインド中からインド人が集まるし、街はサドゥーだらけだし、世界中からは観光客やらヒッピーやらスピリチュアル探究者たちがやってきます。

でも私はあんまり行く気はしなかったんですよ。何しろ汚いとかカオスとか物乞いと詐欺師がいっぱいとか聞いていたので。それにカルカッタみたいな個人的に行きたい理由がなかったから。でもせっかくインドに行くし、次は恐らくないだろうし、この際寄っていくか、みたいな気持ちできました。

インドで一番汚くてカオスと聞いていたんだけど、空港から街までのタクシーは道路も整備されてるし、周りの景色も汚くもカオスでもありません。インドでもう6週間も旅したから慣れたのかな。それにカルカッタのスラムとかカオスを目の当たりにした後だったので、カルカッタに比べたら全然大丈夫って感じでした。

ホテルは前回と同じくらいの値段の3泊2万円くらいのを取りました。ちょっと川沿いから離れてるけど、おしゃれなカフェがあり、ホテルのスタッフがいろいろ教えてくれたりタクシーやリクシャーを呼んでくれたししました。いい感じ、いい予感のするホテル。

その日は夜にガンジス河でのプージャー(儀式)に行きました。人でいっぱい。これをボートに乗って川から見るのもいいなあと思っていたら、ボートの客引きをしている人がいっぱいいて、乗り合いボートから見学。

この夜から翌日にかけてちょっとおなかを壊して心配だったのですが、午前のウォーキングツアーにまた参加。やっぱり自分一人では行けなかったような場所(火葬場とか)に行けたし、いろいろ歴史やら習わしやらを知ったし、本当に参加の価値大でした。おなかも大丈夫だった。

このツアーにドイツ人の一人旅の、息子ルイと同じくらいの年の若者がいて、話してみると、なんと同じホテルの隣の部屋ということがわかりました。それでツアーの後、一緒にボートを借りて、今度は貸し切りでまた昼間のガンジス河からのガート(川沿いの階段。ここで人々が川に入って沐浴します。)を見学しました。この前の週末はイギリスの母の日だったので、なんとなく代理の息子と母の日を過ごしたみたいで楽しかったです。

そして翌朝。朝の5時半からのガートでのプージャー(儀式)が有名で、ホテルの人が絶対行けと推します。5時には場所を確保しないといけないとのことで、4時半にホテルを出てリクシャーで川に向かいます。着くと日の出前とは思えない人混み。

それでもいい席を確保して(すごく上達しました)、昇る朝日を背景に儀式を見学。すごくよかったです。最後に数人の僧侶が前に来るように皆を呼び、行くとガンジス川の水をかけてくれました。普通にガンジスの水しぶきがかかると「やばい、汚い」って思うんだけど、不思議なもので、この時は「ああ、清められた~」と思いました。

そのあとまた30人くらいの乗り合いボートに乗って、朝日を見ながらののガンジス川見学。火葬場のガートからはもうすでに煙が上がっていました。

この煙をみて、朝日が静かに昇っていくのや、人々の沐浴の様子、静かに流れる川を見ていると、なんかわかりました。この国の人たちが信じてる輪廻っていうものが、なんか自然に入って来んですよ。

そんなことを考えてたら、ふと思い出しました。この日は私の誕生日でした。ガンジス河の儀式をみて、昇る朝日を見ながら、ひとりで迎える誕生日。最高の誕生日です。

この後ホテルのカフェで朝ご飯。おなかはすっかり治って、たっぷり食べられました。

この翌日、いよいよ最終地のデリーに向かい、そこからクリシュナの出生地のヴリンダーヴァンに行きます。

この日のツアー


息子代理人とボート

感動の早朝の儀式

これに火をつけて、船からガンジス河に流します。


川から見る火葬場の煙

ガート

ホテル朝ご飯。もうインド料理は結構です、ってなってる。


2026年5月17日日曜日

インド旅行記 10、カルカッタ

 カルカッタってもちろん聞いたことありますよね。インドの大都市のひとつ。ここは実はイギリス帝国主義の時代、帝国内のロンドンに次ぐ2番目の首都だったのでした。

私がカルカッタにどうしても行きたかったのは、10年くらい前に、19世紀後半から20世紀初頭にかけての、インドス近代ピリチュアル史の一番重要な聖人の一人、ラーマクリシュナの本を読んだのがきっかけです。そしてこの聖人の愛弟子のヴィヴェーカナンダがのちにシカゴの宗教会議に出席し、インド哲学とヨガを世界に広めたのでした。

それでこの二人について書かれた本を一時に読みまくり、19世紀の、英国帝国の首都カルカッタの文化を繫栄を背景としたインド精神の復興ムーブメントなどについて勉強して、とにかくカルカッタをこの目で見たいと思っていたのでした。

でも今ではカルカッタは観光客はそれほど行きません。ガイドブックにもそれほどおすすめされていませんでした。

バンガロールから国内の格安航空会社のIndiGoに乗っていきました。インドの国内線は安くて快適です。(でも空港が混んでてカオスなので、早めに行くことをお勧めします。)宿は、一人だしカルカッタはいろいろありそうなので、3泊で2万円くらいのいいホテルにしました。

初日は夕方タクシーでガンジス川のほとりまで夕陽を見に行きました。なかなかいい雰囲気でした。二日目は午前中ウォーキングツアーに参加。カルカッタってごちゃごちゃしていて、汚くて物乞いが多くて、一人で回る勇気がなかったのでちょうどよかったのですが、それでも集合場所には一人で行かないといけないし、そこからも一人で配車アプリでタクシー呼んで帰ってきます。その時はびくびくしてたけど、思い出せはカルカッタ風情が満喫できました。

そして3日目にいよいよこの旅の大目的の一つのラーマクリシュナのお寺に向かいました。カルカッタの中心部から北にタクシーで1時間近く乗るのですが、このタクシーがスラムの中を30分ほどずっと走って目的地に行きました。インドのスラムを目の当たりにするのは、いろいろ勉強になります。

そして感動のお寺参拝。本で読んだ通りのお寺で、建てられていたお弟子さんたちの像も読んだ通りで、感無量でした。

この日はタクシーのスラムツアー、感動のお寺参り(1時間以上並びました)、そしてインド人に交じってフェリーに乗って、ふらっとランチに行って、ラーマクリシュナミッションの別のお寺参り。とにかく一人でいろいろ頑張った一日でした。

カルカッタって、ガイドブックにあるように、今では心ときめく街ではないんだけど、歴史を知ると、その趣がだんだんわかってくる街です。町並みは昔はさぞや立派でエレガントだったであろう建物がいっぱいで、街自体がヨーロッパの街のように設計されているのですが、今ではそれがそのまま、1947年の独立以降、なんの手入れも改善もされず、ただただ人口だけが増えてきた街。首都はデリーに移ったし、崩壊一方の歴史をたどっています。

地図を見ると驚くのですが、カルカッタって、本当にバングラデシュのすぐ隣で、1947年のインドパキスタン分割で、(バングラデシュは昔は東パキスタンと呼ばれていました。)カルカッタの人々は大変な目にあったし、今も移民問題が続いています。

楽しかった~、などと一口では全然言えないんだけど、それでも本当に意義ある濃い3日間でした。行って本当に良かった。一人旅は、不便でさみしいことも色々あるけど、今回のような個人的思い入れの大きい旅は、やっぱり一人のほうが深く体験できると思います。

翌日はまた飛行機に乗って、今度はバラナシに向かいます。いよいよ旅もあと1週間近くを残すばかりになりました。


ツアーの写真、私以外はみんなインドのほかの地方にすむエリートインド人観光客でした。






チャイ屋さん

こんなコップでチャイを飲みます。飲んだ後はなんとこれは捨てます。カースト制度の影響とか。



カルカッタのバスって全部こんな感じです。カラフルなアート。

夢にまで見たラーマクリシュナのお寺




フェリー。席確保!





2026年5月12日火曜日

インド旅行記 9、マイスールでヨガ

 3週間近く一緒にインドを旅した後、ピートはイギリスに戻っていきました。ここからは私一人。まだ1か月くらいあります。インドって色々ありますから、私も一緒にイギリスに戻りたいような、でもまだまだインド見足りないような。

バンガローでお別れの後、私はまたマイスールに戻って、2週間アシュタンガヨガの学校に行きました。私のインド旅行の大きい目的の一つです。ここマイスールがアシュタンガヨガの発祥の地です。マイスールの郊外の、歩いて20分くらいで回れるくらいの地区にヨガの学校が密集してます。


一番有名なアシュタンガヨガの学校は1か月が最低期間なので入れなかったんだけど、ほかにも学校はいっぱい。いろいろ照会して、アシュタンガヨガのほかにハタヨガや瞑想とか呼吸法とかもやってる学校を選びました。

そして学校の近くの、一般のご家族の家の裏にあるアパートメントに宿泊しました。ベッド、机と椅子、洋服箪笥、など、シンプルな内装。でもちゃんとトイレとシャワーがあって、キッチンもあり(でもほどんど何も作らなかったけど)、Wi-Fiもありました。洗濯機も使わせてくれた。ヨガの学校に来る外国人が主に泊まるアパートです。


ヨガのほうは朝6時半が最初のクラスで、カフェで朝ご飯のあと瞑想のクラスとヴィンヤサ・ヨガ(これがアシュタンガヨガよりきつかった)、夜に陰ヨガ。1日4つものクラスに参加しました。普段、スタジオでヨガのクラスに参加することって全然ないから、楽しかった!ほかに何一つせずヨガ三昧、最高。

ちょっと書いた通り、この辺はヨガをしに来る外国人でいっぱいです。それでおしゃれっぽいカフェも何軒もあり、ヘルスフードショップも二つありました。ポンディチェリーよりももっとさらに西洋風、というか、ヒッピー仕様のエリアです。このあたりのインド人のご家庭も、中産階級以上という家ばかりで、ある通りはロンドンでさえ見ないような豪邸が並んでいました。


インドって結構疲れる国ですが、この辺りは本当にまるで日本の住宅地みたいな雰囲気で、とても気に入りました。移動が多くて大変な旅だったので、一か所にしばらく住むのがうれしかったです。大家さんの家族ともちょっと話したり、ヨガの学校で顔見知りができたり一緒にご飯食べたりする機会もあり、これもよかったな。なんか普通に住んで生活してるような気分になりました。


そうそう、ヨガのない日曜にはインドヘッドマッサージを受けたり、占星術師に行ったりしました。あとは部屋で一人でだらっとしたり、ふらりとカフェに行ったり。


また行きたいなあ。いけるかなあ。

そしてここを2週間弱で後にし、またバンガローに戻って、ここからいよいよ大移動。飛行機でカルカッタに飛びます。


お酒屋さんに牛が来てました。




バルコニーからの朝日

お寺に持っていくお花

私の部屋の外。各家の女性がこうした曼荼羅模様をチョークのようなものでかきます。ラングールというそうです。


2026年5月6日水曜日

インド旅行記 8,  ティルヴァンナーマライ

 この旅行記も第八番編。でも長く行ったから、まだ半ばにすら達してません。

ポンディチェリーからティルヴァンナーマライという長い地名のお寺の街に行きました。Tiruvanamalai。

ここはまたまたタミルナドゥ州の真ん中。アルナチャラという有名な山があります。たいした高さの山じゃないんですが、この山がなんと、シヴァ神の神体(の一つ)といわれているのです。それで大きな有名なお寺があるんですが、この街がもう一つ有名なのは、ラマナ・マハリシという20世紀初期の聖人が、若くして悟りを開いた後、この町に移り住んだことです。

それでこの聖人のアシュラムがあり、これがお寺と並んで、街の中心みたいになってます。あんまり大きくないんだけど、インド人以外にも西洋人のスピリチュアル探究者がたくさん来てました。日本人も数人見ました。

ここは最長3泊しかできないのですが、我々も予約して2泊泊まりました。これがすごくシンプルできれいな個室で、トイレシャワーもついていて、しかもですね、無料なのです。こういうところがインドのすごいところ。部屋の写真下に載せます。

そして食事も無料。これが本当にまさに南インド言う感じで、テーブルにバナナの葉を開いて待っていると、まわってきていろいろカレーやらごはんやらをのせてくれます。これが本当においしいの。インドで一番おいしかったくらいおいしかったです。これをみんな、インド人も外国人も手で食べてました。私はヤワに持参のスプーンで食べましたが、最後の日は持ってくるのを忘れて、手で食べました。

アシュラムで何をするかというと、主に瞑想とか、儀式を見たりとか、本屋を見たりとかそれくらいです。アシュラム内はおしゃべり、携帯電は禁止。土足も厳禁

それとこのアシュラムの裏からさっき書いた聖なる山に登れます。この山の中腹にこの聖人が建てた庵があり、そこまでゆっくり歩いて小一時間。これを裸足で歩きます。それはえらいこっちゃと思いますが、実際は、毎日何十人もの人が裸足で歩くので、歩きやすくなっていて、痛かったり怪我したりということはないです。

ただ野生の猿がいて、時々襲われます。私も軽く襲われたんだけど、イエス様みたいな恰好した白人男性が助けてくれました。

ここを2泊であとにしたのですが、最後の出発する朝、支度をしていると、部屋を出る直前に窓の外で何やら音が。見ると、なんと大きな孔雀が窓際に座ってました。

孔雀ってクリシュナ神のシンボルなんですよ。なので、お別れに会いに来てくださったのだわと勝手に思って、次の街バンガローに寝台バス(高級)で向かいました。


バンガローでピートとお別れ。彼は翌日飛行機でロンドンに飛びました。飛行中に中東では戦争が始まったとはつゆ知らず。










2026年5月4日月曜日

インド旅行記7、ポンディチェリー

 お寺の街、マドゥライを後にし、再び電車に。この電車がすごくよかったのです。まるで日本の長距離電車。新しい車両で、しかも食事まで無料で出てくるんですよ。予約するときにベジタリアンかどうか聞かれ、乗車したらまずミネラルウォーターと新聞が席に置いてありました。そして食事が出てきて、食後のチャイまで。しかもこれ、2等車なんです。(全部で5種類位くらい座席の種類あり)1等車なんて乗る必要ないですね。値段も多分2000-2500円くらいだったかな。時間は3時間くらい乗りました。

ポンディチェリーは元フランス領の街です。ガイドブックによると、「ディープなインドに疲れた人たちにはちょっとほっとできるフランスの雰囲気のまだ残る街」とありましたが、同時に「でもやっぱりインドであることには変わりないのをお忘れなく。」とも。実際に、まさにその通りでした。ちょっといいホテルにしたのですが、ホテルにヨーロッパ風のレストラン・カフェがあり、カレー以外のものもメニューにありました。💕💕💕😍 普通のコーヒーとかクロワッサンとか。

インドのレストランでは普通はお酒は注文できません。でもこのホテルのメニューにはビールが載ってました。イギリスでインド料理のお店に行くとTiger Beerが定番なんだけど、そういえばそんなもの一度も見なかったわ。

街はどうかというと、ビーチがあって、公園があって、それから割と大きなガネーシャのお寺があって、それくらいです。ビーチは人出は多かったけど誰も泳いでませんでした。


それから、ここはオーロビンドというインド人の哲学家のアシュラムと、車で30分くらいの場所にある、おなじくこの人の作ったオーロビルというコミューンで有名です。町中のアシュラムは小さくって宿泊施設などなく、だだお寺みたいに参拝して、静かに瞑想するくらいの施設ですが、オーロビルのほうは世界中から人が集まって、国籍や宗教の違いを超えて暮らす村みたいな感じでした。きれいで西洋化されていて、異質といえば異質だけど、このなんでもありのところがインドともいえる。カフェのクロワッサンサンドが普通においしかったです。

こぎれいで西洋化されてて、インド感がそれほど強くなくて、インドらしい面白さは少ないけど、過ごしやすくて、インド疲れをいやすにはぴったりだと思いました。

この後高級寝台バスで、この旅のハイライトの一つの、Tiruvanamalaiという有名なお寺とアシュラムの街に向かいます。









2026年4月27日月曜日

インド旅行記 6, タミルナドゥ州2.お寺

 さて、マドゥライのお寺の話です。昨日の続き、携帯、その他入り口で預けて中に入りました。

ヒンズー教のお寺は真ん中に一番ありがたい祭壇とお坊さんがいて、その周りにいろいろなものが建っています。ここは割と朝早く行ったので、人は多かったけどそれほど混んでいませんでした。

まず門を抜けて、途中に立っているガネーシャの像などを拝んで、中に入ります。この中が迷路のようでした。そして一番印象に残ったのが、この建物の中で、お神輿みたいなものがあるのです。総勢20人くらいで太鼓とサックスみたいなインドのラッパを吹いて、(多分)ずっとこの中を回っています。

これが、なんというか岸和田の裸祭りみたいに、パワーと勢いがあるんです。建物内なのに。音楽もすごく力強くて印象深かったです。でももちろん携帯持ってないから、録画も写真も取れなくて本当に残念でした。それとこのお神輿と一緒に、飾られた牛が一緒に回っていました。しかもこの牛の横腹には太鼓がついていて、それをお坊さんがどんどん力強く打つんです。でも牛は平気そうでした。

大きなお寺ですからほかにも見るものはあったんだけど、このお神輿の迫力だけで十分満足しました。一番中心の、いちばんありがたい神体とお坊さんのいる場所はヒンズー教徒のみで、私たちはいけなかったんだけど、もう文句ないです。(ちなみにインドのお寺はどこも入場料無料です。)

小一時間でお寺を出て、携帯と荷物を受け取って、朝ご飯を食べるレストランを探しました。

外国人観光客がほとんどいないので、観光客が入りやすいレストランもなく、地元の人たち向けの食堂を見つけて入りました。ちょっとびくびくしてたんだけど、お店の人たちは、片言の英語で気持ちよく歓迎してくれて、地元の人と一緒にドーサという南インドではよく食べられる朝ご飯を食べました。


そのあと日用品(トイレットペーパーとか)の買い物。インドってそれぞれ物が別々のお店で売ってるので、買い物は不便です。お寺の近くの露店で安いパジャマ用にズボンを買ったら、「日本から来たの?インドに来てくれてありがとう。」ってお店の人が言ってくれました。インド人ってインドが好きな外国人が大好きです。

翌日にまた電車に乗り、元フランス領のポンディチェリーに向かいました。

写真がないのがさみしいので、食べ物の写真でも載せときます。