2010年1月31日日曜日

ルイちゃんの忘れ物と引き寄せの法則

ルイちゃんが忘れ物が多いこと、今までも何度か書きました。先週の土曜日も水泳の表彰パーティーの後忘れ物がわかってこってり叱られたことも。そのことをちょっと書きます。

スイミングクラブにはユニフォームのTシャツがあって、これがけっこうするんです。18ポンドくらい。3000円強ってところでしょうか。これは試合があるときしか着ないので、せいぜい月に1ー2回きるだけです。これをルイは今まで3回失くしています。

一度目は地元のプールでの大会。今から1年半位前かな、競技会に出場し始めた頃です。失くしたことに気付かなくて、わかったのは数ヵ月後の次の大会の日でした。それで引き寄せの法則にしたがって、「大丈夫大丈夫。きっと出てくるよ。」と思っていると、その日にチームキャプテンが「これを預かっていた」といって返してくれました。

2回目は一ヶ月前の12月。ここからバスで3時間くらいの遠征先のプールでした。ルイは間違えて他の人のTシャツを持って帰ったんです。それもしばらく気がつかなくて、洗ってお風呂場に長いこと干したままになっていて、片付けるときに気がつきました。(友達の名前が書いてあった。)それで年が明けてすぐにそれを持ち主に返したのですが、彼は代わりにルイのを持ってかえったわけではなく、結局ルイのTシャツはありませんでした。まあ、悔しい。でもしょうがないなあ。引き寄せの法則で戻ってきて欲しいけど、ちょっと遠いからなあ、と思ってました。

と思っていたら、先週の金曜に水泳のトレーニングに行ったら、受付の机の上においてありました。誰かがあの日にその遠征先のプールから持ち帰っていてくれたのでしょう。でも誰が?クラブの人は大体知ってるし、知ってる人なら直接手渡してくれそうなものなのですが。

そしてその次の日の土曜に、またこれをルイは「人命救助クラブ」の大会で、ここから30キロくらいのプールに忘れました。そしてこともあろうか、この新しいクラブで買ったばかりのクラブ名入りの水泳帽も破ってしまいました。これにはお母さんは頭にきました。ユニフォームは前日戻ってきたばっかりだし、水泳帽はおニュー、しかも12月に水泳クラブの帽子を破ったところで、それをオーダーしたところなんです。

一通り叱った後、でも引き寄せの法則を思い出して、お母さんは心を静めました。(ルイちゃん引き寄せの法則のおかげでラッキー。) こうなったら良いなあということを考えましょうとのことなので、「何かの拍子に簡単にユニフォームが戻ってきたら良いなあ。」と思いながらその夜は寝ました。

そして次の朝そのプールに電話したら、見つかって受付においてあるとのこと。じゃあ取りに行きます(・・・・往復60キロキロ運転して・・・・・)と言おうとしたら、その人が、このスイミングクラブの人が今日このプールに来るから、渡しておきますといってくれました。そして夕方その人から電話があり、その日のうちに戻ってきました。

本当にまさに心で思っていたとおり、「何かの拍子に簡単に」戻ってきたんです。しかも思いがけないルートで。うーん、引き寄せの法則、怖いくらい効いてる。少なくともこれに関しては、とんとんと思いがけなく3回も戻って来てます。このT シャツ、一体何キロ持ち主なしで旅をしたことでしょう。じゃああの破った帽子も、思いがけなく新しいのが手に入ったりして、ハハハ。いくらなんでもそれは都合がよすぎるよな。笑。

それで昨日は「人命救助クラブ」のトレーニングがありました。それでセッションが始まる前に、帽子を新しいのを買おうとしたら、「破れたの持ってる?」ときかれました。それでそれを渡すと、「そんなにすぐに破れたなら、何か不良品だったのかもしれないわね。」とただで新しいのに代えてくれたんです。!!


たかが水泳帽といえば水泳帽。(でも最近の帽子はシリコンで、結構高いんですが。)でもそれが、ほんとにとんとんと思いがけなく何もかもうまく解決して、これは引き寄せの法則のとおりだと思ってます。アブラハムがウィンクして、「ほら、言ったとおりでしょう。」といってるのが目に浮かぶようです。

何か望むことがあっても、「でもどうやって、そんなこと不可能。」と思うのが普通です。でもその「どうやって」というのは考えなくても良いんです。自分が何を望んでいるのか、そのことを心に描いて、「でもそんなこと無理」とか、今の状況をグチグチ悩んだり心配し続けなければ、望むことはかないます。あちらから思いがけなくなってきます。

それはこの水泳帽なんかのたいしたことない物だと簡単なんだけど、何か重大なことだとそんな風に心を切り替えて、悩まない心配しないというのは難しい。でも難しいけどがんばりましょう。少しずつでも、悪く考えないように努力しましょう。この帽子とユニフォームの例は、アブラハムが「引き寄せの法則、これで証明されたでしょう。もううたがうのはやめて、信じなさい。」といってるような気がします。

さて話は変わってジョンエドこと、ジェドワード。今日からダウンロードできるようになった彼らのシングルは、早速UKトップ40で今日2位になりました。イェーイ!彼らもほんと、引き寄せの法則を地で行ってるような人たちなんですよね。彼らを見てると私もとっても気分が良くなるので、お勧めです。

2010年1月30日土曜日

おまけ


31日からダウンロード出来るジョンとエドワードのシングルのレコードの表紙が発表されました。これでーす。うむ。やっぱりなかなかかわいい双子です。

英語って難しい

昨日ジョンとエドワードがジョナサン・ロスという人のやっているテレビ番組でゲスト出演してインタビューされていました。長くてしかも英語なのでリンクは載せませんが、興味のあるひとはYou TubeでJohn and Edward Jonathan Rossで検索すると出てきます。

そのインタビューの後半で、双子性についての話になりました。離れていても相手のしていることがわかるか、という質問だったのですが、答えは今まで別々に過ごしたことは1日しかないのでよくわからないとのこと。普段は24・7一緒にいるし、どちらかが病気になるともうひとりも一緒に病気になるそうです。エドワードは「ジョンが病欠なら一人で学校に行ってもしょうがないから。」と答えてました。そういうものじゃないでしょう、エドワード。

それで質問は彼女のことになりました。「じゃあ今まで別々にデートしたことはないの?」ときかれると、どちらかが女の子と仲良くなっても、その子がどちらがどちらかわからなくて、二人を間違えるからうまく行かないとのこと。うーん。そういう弊害があるのか。

そして
’We don't have a girl friend...’
と発言して大爆笑を買っていました。これって一瞬なぜ笑うのかわからなかったんですが、巻き戻ししてもう一度聞いてみて意味がわかりました。こういうことです。girl  friendというのは彼女という意味ですが、これを複数のgirl friends といわずにa girl friendといったところがおかしいんです。ジョンとエドワードが一人の彼女を共有してるというイメージが聞いている人の頭に浮かんだようです。インタビュアーは「いやいや、一人ずつ彼女を作っても良いんだよ。」と茶化してました。

長くイギリスに住んでますが、冠詞っていまだに難しいです。a をつかうかtheを使うかそれともなにもいれないか、特に手紙やメールなど書くときに気になります。話すときは適当ですけどね。それでも聞いているほうは、時々私の間違いに気付いたり、意味がわからないなと思ってることがあるのかもしれません。最近は携帯のメールなどでは省略して書くので、冠詞がないくらいは問題にはなりませんが。

他にいまだに言い間違えるのがあのRとL。どちらかわかっていれば、ちゃんと発音できますが、たまにあやふやにしか記憶していない言葉があります。sprint だったかなsplintだったかな、CluthcかCrutchかって具合に。

他にはオウの音とオーの音。最近縫い物のSewing (ソウイング)をのこぎりなどで切るsawing(ソーイング)といい間違えて、相手をきょとんとさせたことがありました。それから一番苦手なのはUとAの違いです。AnkleとUncleだとかMagとMug、Puddle とPaddleなど。こういう間違いをするとイギリス人は本当に???という顔をします。だからたぶん彼らの耳には、似たようなややこしい音とすら聞こえないのかもしれません。

でも逆にイギリス人も間違えやすいのはThirty とThirteen のティーとティーンの違い。これはこちらでもthree zero、one threeといって確認したりします。

それから最近若い人の間では日本人には難しいTHの音をFと発音する人が増えてきて、上の世代の人から嫌がられています。ThinkやThreeの代わりにFink, Freeって発音するんです。チャーリーのクラスでは作文の時間に I fink...と書いた子供がいたらしい。

英語って難しいですね。イギリス人でも聞き間違えたり、Thが発音できなかったりするんだから、なかなかいつまで住んでもネイティブと同じというわけには行かないです。

昨日の番組では最後にジョナサン・ロスが二人に
I'm frilled to have you here tonight. (今夜ここに来てくれて嬉しい。)といって締めくくりました。もちろんfrilled ではなくてthrilled です、ちゃんとした英語では。

2010年1月29日金曜日

最近の話の続き

今日はまとまった話題ではなくて、最近の話題の続きなど。

まずチャーリーの先生の話。彼女には二人娘がいて、上は18歳、下は14歳。上の娘は遠くの大学に9月に入学、下の娘は父親と暮らしているそうです。先生は今まで2回結婚していて、娘はそれぞれ父親が違います。そして娘との折り合いが悪く、口もきかないような関係だったとか。

今日プールで聞いた話では、下の娘は今週2回自殺未遂したそうです。かわいそうに、母親の自殺を自分のせいと思っているのかしら。まだ子供だからただの狂言自殺だろうなあと思ってました。するとデイブはちょっと違う話を聞いたようでした。この娘は今までも何度か自殺未遂をしたというのです。つまり母親の週末の自殺が原因で娘が今週自殺未遂を計ったのではなく、娘の自殺未遂が(他のいろいろなこととあいまって)母親の自殺の原因のひとつとのこと。

それにしても、若くして自殺するものではありませんね。まだ1週間も経っていないのに、彼女のプライベートライフが次々と明らかになっていきます。

私は今週は一度も学校に行っていないし、ほんとちょこっとプールで他の父兄と話しただけですが、いろいろ噂のダイジェストが入ってきます。デイブも仕事場とパブしか行かない生活の割には、あちこちから聞いています。ほんと、こういう町の噂の広まり方は怖いですね。

チャーリーのクラスの男の子の一部は先生の死因を知っているらしい。ということはもう月曜には誰もが知ってることになるでしょう。

次の話題はイラク調査会。今日はニュースはこの話題でいっぱいです。というのは今日の証人はトニーブレア元首相だからです。調査会の会場の前は200人位の抗議者が集まり、ブレア氏の人形を牢屋に入れたモデルを置くなどして、ブレアは戦争犯罪者だとデモンストレーションをしています。亡くなったイギリス兵たちの家族も傍聴するために集まっています。

今日は6時間も質問されたんですが、ソツがないですねさすがに。今まで彼が繰返したことのほかには、特にこれといって目新しいことはでてこなかったようです。彼はまた後日証人として呼ばれるんじゃないかとの声もあります。出来ればそうなって欲しいですね。これで調査団側がうまく丸め込まれて、結局こんな調査会をしても何もはっきりした結果も新しい証拠も出てこなかったってことになるんじゃないかと危惧してます。そうなると世論はなかなか収まらないし、結局何もしないのと同じことになってしまします。

そして最後の話題。あさっての31日にいよいよジョンとエドワードこと「ジェドワード」がシングルデビューします。まずはネットでダウンロードできるようになります。そして来月15日にCDが売り出されるとか。日本でも買えると良いんですけど。こちらでヒットすれば買えるようになるでしょうね。曲名はUnder Pressure (Ice Ice Baby)。

彼らのオフィシャルウェブサイトはこちらです。
http://www.planetjedward.net/
ファンの人はこのウェブサイトに登録できます。ニュースレターが来るそうです。私も早速しました!!

2010年1月28日木曜日

チャーリーの学校のその後

チャーリーの先生が亡くなってから一週間近く経ちます。私は今週は一度も学校に行っていないことと、ルイちゃんの昨日の遠征だとかでいろいろ忙しかったり頭を悩ませたりすることが多かったので、あまりそのことは考える機会がありませんでした。もちろんそれを聞いた当日はショックでしたが。



子供たちは月曜は普通そうでしたが、なんとなく無理してるなあという感じでした。特にチャーリー。ルイはショックはショックだけど、もともと過ぎたことは考えない性格なので、もうあっさりと過去のことと思ってるようです。(うらやましい。そんな性格になりたい。)



火曜に学校から帰ってきたときは、すっかり普通そうでした。学校の様子をちょっと聞いて見ましたが、別に変わりはないようです。チャーリーのクラスは他のクラスの先生が今週は受け持ってくれているそうです。水曜はルイは学校は行かなかったし、チャーリーはやっぱり普通そうでした。



今日は二人ともすっかり元気です。いつものとおりとっても楽しそう。チャーリーは来週からの先生のアレンジメントが決まったことを聞いきたので、もしかしたらそれで安心してさらに元気度が上がったのかも。もっともその内容(別の学校から臨時の先生が来て春休みまで教える)は不服そうですが、それでも毎朝今日は誰が教えに来るかわからないというのは、子供心にも不安定なものかもしれません。それから春休み以降は、今半年間のお休みを取って外国にボランティア活動をしにいっている先生が予定を早めに切り上げて帰ってきて、担任になるそうです。これにはすごく嬉しそうでした。チャーリーは前はその先生のことをあまり好きではなかったのですが、やっぱりよその学校から来る知らない先生よりは、昔教わったことのある先生のほうが嬉しいみたいです。



チャーリーはクラスの中で一番年上だし、中身もしっかりしていますが、クラスにはまだ8歳の子供たちもいます。考えてみれば彼らにとっては、先生は教師であるだけでなく、お母さんのように自分たちの世話をしてくれる人でもあります。もちろん親とは比較にはなりませんが、でも担任の先生が急に死ぬというのは、子供たちにとってはショックという以上の、不安なものなんでしょうね。

チャーリーのお友達のヤズミンは2年位前にお父さんを急病で亡くしてるんです。それで今回は先生も急に亡くなって、ショックが大きすぎなければ良いんですけど。今週の火曜日に遊びに来る予定だったんですが、その日は学校にも来ませんでした。

校長先生(女性)は日曜の夜に知らされたそうです。もちろんその夜は一睡もせず、月曜の朝高学年の子供たちを朝礼に呼んで、先生が死んだことを告げたそうです。
「これからあなたたちに言わなければいけないことは、私の今までの人生で一番難しいことです。」と涙をこらえながら話したそうです。

今日彼女から父兄宛に手紙がメールできました。学校は正常に戻っている、子供たちは亡くなった先生のためにメモリアルを作っている。(何か彼女の人生を記念する共同の作品でしょう。)そして来週からのチャーリーのクラスの先生のアレンジメントが書いてありました。

そして今週このクラスを受け持ってくれた先生やその他のアシスタント先生たちへのお礼と、ボランティアの予定を早く切り上げて春に帰ってきてくれる先生へのお礼も述べてありました。

私は月曜はもちろんショックだったけど、学校関係者と接することがなかったから特に悲しいという感情はありませんでした。「信じられない」という気持ちが一番強かった。でもこの手紙を読んで、周りの人たちの気持ちや、先生たちが生徒を気遣う気持ちが伝わってきて、しみじみ悲しい気持ちがこみ上げてきました。

昨日の夜ここから20キロくらい先の隣町にヨガを教えに行ったら、早速そこの生徒の一人が「お子さんたちの学校の先生が亡くなったんですって?」と聞いてきました。首吊りという内容まで知っていました。今日は15キロくらい先の村に住むピアノの先生が来たのですが、彼女も知っていました。悪い噂は伝わるのが早いです、こんな田舎では。

彼女は離婚して娘が二人いるのですが、今日聞いたところによると上の娘が大学生、下の娘は14歳だとのこと。まだまだ小さいのにかわいそう。彼女は4月に再婚する予定になっていました。それがだめになったという噂も今になって聞きましたが、そのくらいで自殺するような人には見えなかったんですけどね。

2010年1月27日水曜日

ルイちゃんの旅

ルイは去年学校のスポーツプログラムで「才能児」に選ばれました。といっても20人中の中の3人なので、そんなにすごいわけでもないんですが。

それで今日はそのプログラムの一環で、ここからチャーターバスに3時間ぐらい乗って、ウエールズのニューポートという町にあるサイクリング用の特別施設に行きました。イギリスは実は結構自転車競技が強いんですが、ここはその競技会に良く使われる有名なドームです。

朝6時半過ぎにお弁当を持っていきました。ルイの学校からの引率の先生はいなくて、そのスポーツプログラムの責任者が引率します。だから面倒を見てくれる人がいないわけではありませんが、今日はルイちゃんしっかりしないといけません。

ルイはこれをすごく楽しみにしていました。それが月曜の夜になって、心臓が止まりそうなことに気付きました。このイベントについての手紙を読み返してみると、、申し込みの用紙をこの地区のセンターに送ることになっているのんです。でも私はそれを間違ってルイの学校に送ったんです。これに夜中に気付いて真っ青。こんな夜中に無意味かとは思いましたが、朝一番に見てくれることを祈ってそのオーガナイザーにメールを送っておきました。

眠れない夜をすごして、朝は9時になるのを待ってそこに電話するつもりでした。でも9時5分まで待ったほうが良いかなと思い直して時間つぶしにメールを開けてみると、なんと早速前夜出したメールに返事が来てました。時間を見てみると午前8時58分。今ついたところです。

内容はちゃんと学校から送られてきたから問題なしということでした。ほっ!

今日は私は夜仕事だったので、ルイが帰ってきたのは私が出かけた後で、私が仕事を終えて帰宅するともうベッドに入っていました。それでもちょっとだけ話すると、自転車で転んだとのこと。でも楽しかったようです。他の学校から来た子供たちの中には、スイミングクラブのすごく中の良い友達もいて、嬉しい驚きだったとのこと。

ああよかったよかった、本当によかった。

2010年1月26日火曜日

イラク調査会

2003年3月に始まったイラク戦争といえば、日本にいる人たちは、ああもう終わった戦争のことかと思うでしょう。でも実はこの戦争はまだ完全に終結したわけではありません。まだ英国軍がイラクにいるし、戦死者もコンスタントに増えています。(もっとも最近はアフガンに駐在している兵隊の戦死が多いようですが。)

このイラク戦争が国際法において違法なんじゃないかという世論は戦争前からかなり強くあり、最近になってこの違法性を調べる調査会が出来て、毎日のように証人を読んで調査しています。証人といえばそのころの大臣や官僚たちです。

それでここ数日は外務省の法律アドバイスチームの法律家たちが呼ばれています。今日は開戦後に辞職した女性法律家の番でした。

彼女が今日それはそれは大きな爆弾を落としたんです。法務省の法律家は全員一致で、国連の2番目の承認なしで開戦するのは国際法違反だと政府にアドバイスしたのに、政府はそれを無視して戦争を始めたということです。

昨日は彼女の上司に当たる人が呼ばれて、このほぼ同じ証言をしていました。

私はあまりテレビを見ないし、ニュースも見ないのでフォローしているわけではないのですが、ネットのニュースで見るとこんな感じでした。まだそのころの総理大臣のトニー・ブレアは証人には呼ばれていないのですが、そのうち呼ばれることでしょう。

国際法って国の法律と違って、破ったからって罰則があるわけでもないし、解釈次第だと言う声も多いんですが、本当に違法だったという結果になったら一体どうなるんでしょうね?

それにしてももう終わったことといえば終わったことを、こうしてうやむやにしないでこういういう調査会がもたれるというのは、大変なことです。しかも別に政権が変わったわけでもなくて、同じ労働党がまだ政府にいるというのに、ちゃんと国のお金で国のシステムでこういうことが行われています。これって本当に三権分立がしっかり機能してるなあって思います。

日本も最近政党が変わりましたが、昔のままの自民党が政権を握り続けていたら、こんな風に自分たちの政権に不利になるような調査委員会を設立させるなんてことはありえないような気がします。

ここまで書いて、一体誰の主導権でこの調査会が設置されたのか気になって調べたら、これはなんと現総理大臣のブラウン首相でした。彼はそのころはブレア政権の大蔵大臣でした。内閣内では、総選挙が予定されている今年にこの調査会をするのは自殺行為だとの意見もあったみたいです。

うーん。やっぱり政治、というよりは民主主義に関してはイギリスは先進国ですね。いつもはブレア元首相に比べるとカリズマがないと思われているブラウン首相ですが、彼もなかなか筋が通った立派な人です。イギリスの政治家って、政党間の対立は醜いんだけど、個人レベルではモラルが高い人が大半で、日本とは違う気がします。

もちろん日本にも立派な政治家はいるんだろうけど、私が子供のころはロッキード事件とか田中角栄の逮捕などで、政治は汚いもんだという意識で育ってるんです。だから私は日本にいたらすごくノンポリか左翼に染まっていたかも。

このニュースについて、現野党の保守党の元防衛大臣がコメントしていました。もちろんそのときのブレア内閣を批判しているのですが、それが本当に嬉しくて嬉しくてたまらないのが隠せないでいました。労働党の不法性が浮上してきて、ラッキーラッキーって感じです。こういう政党対政党の対決が子供っぽくって汚くて、それがイギリスの政治の玉にキズです。これがあるからニュース見なくなったんだよね。

2010年1月25日月曜日

ショックな出来事

今朝ヨガのクラスを終えて12時ごろ家に帰ってくると、入り口の椅子の上にルイの学校のかばんが置いてありました。まあ、またルイちゃん、今日は学校にかばんを持っていくのを忘れたのかしら、でもスクールバスに乗るときは持ってたような気がするけど、と思って家の中を見渡すと、おもちゃやゲームの入った戸棚が開いています。



あれ、もしかして学校から帰って来てるのかな。具合が悪くなってデイブが迎えに行ったのかなあと思ってルイの寝室に行っても、誰もいません。それでデイブに電話すると、「チャーリーの先生が昨日亡くなったので、学校が休校になったので子供をつれて帰ってきた。今仕事場でゲームしてる。」とのことでした。そういえば今日に限って携帯電話の電源を入れ忘れていたのです。



チャーリーの先生は40代半ばの女の先生です。スポーティーな男勝りなタイプの女性で、体育とか課外活動が好きで、よく子供たちを遠足に連れて行ってくれました。はっきり歯に衣着せずものをいう人なので、嫌う人もいましたが、私としてはなかなかいい先生だと満足していました。それにしてもまだまだ若い。それにいつもスポーティーで健康そうで、早死にするタイプにはぜんぜん見えない。やっぱり心臓発作かなあ。それにしても人の明日など、本当にわからない。うだうだつまらないこと悩んでないで、毎日思いっきりたのしまなければ・・・・なんてことを思いながら携帯電話のスイッチを入れると、すでにいくつか学校関係の友達からのメッセージが入っていました。ルイとチャーリー、よかったら今日面倒見てあげるよというオファーの伝言だったのですが、そのうちのひとつを読んで絶句。



死因は自殺らしいのです。

ランチタイムに子供たちをつれて帰ってきたデイブも知っていました。心なしが顔が青い。さすがに小さい町です。うわさが広がるのが早い。デイブは彼女の近所の人からの情報が回りまわって、仕事場にまで届いたそうです。

突然死というのはショックだけど、自殺はさらにもっとショックです。いつもてきぱきとした人で、女々しいところがなく、そんなに悩みを抱えて自殺するタイプには見えません。デイブが子供たちを迎えに行ったときに学校のスタッフに「とっても健康そうに見えたけれど。」というと、「感情的な問題があったんですよ、彼女は。」との返事が来たそうです。もちろん学校側は死因を言わないけれど、そこまで言うと自殺と言ったようなものですね。

詳しく入ってきた情報では、首吊り自殺らしい。昔流行って読んで完全自殺マニュアルによるとこれって一番楽に死ねるらしいんだけど、それでも睡眠薬などに比べると、バイオレントな死に方という感じがしてぞっとします。電車飛込みとか投身自殺もバイオレントだけど、衝動的にやったと言う感じがあります。でも首を吊るにはちょっとやそっとじゃ切れないような太い丈夫なロープを用意しないといけないし、いろいろ用意周到でなければいけない。それを思うと、本当にぞーっとします。

発見されたのは昨日の夜だったらしいのですが、週末でしたからいつ起こったことなのかわからない。金曜日は子供たちが最後にその先生に教わった日ですが、その日の彼女の頭には何がよぎっていたのでしょう。もうそのころは自殺をする決心をしていたのかしら。金曜日の午後生徒たちが帰っていくときに、これが最後になるんだなあ思って見送ったのでしょうか。

そしてすごく怖いことがあるんです。その金曜に彼女は宿題を出しているんです。先週そのクラスはイギリスの17世紀の内戦についての博物館に遠足に行き、そこで見た展示物の絵を午後のクラスで描きました。それで宿題はそれを持って帰って、月曜までに色を塗って持ってくることでした。チャーリーの絵は絞首刑にあって死んでいる男性でした。それをチャーリーはすごく丁寧に色を塗っていました。

その絵はまだチャーリーのかばんの中にあります。生徒たちは彼女が死んだことは知っていますが、自殺のことは知らされていないから(たぶんすぐうわさが広まるだろうけど)、チャーリーは平気な顔をして明日はそれを代わりの先生に提出することでしょう。

それにしても自殺する人とって、「思いつめる」という言葉がありますが、何かのノイローゼになってるんだろうなあ。どんなややこしい悩みでも、金銭的なことでも、事業の失敗なんかでも、苦しいけれど命に関わるわけではないから、何とか解決法を模索するか、すべてをあきらめて一からやり直すしかない。失恋だとか愛する人の死などは、悲しいけれどこれも時が慰めてくれるのを待つしかない。それでも死ぬことを選ぶとは、普通の精神状態ではない、心が病んでいるんだうなあ。彼女はそんなタイプには見えなかったけど、「感情的問題が」という人がいるくらいだから、いろいろあったんでしょう。

この先生、今年大学生になった娘さんがいます。9月にカーディフ大学に入学して、助産婦になる勉強をしているとか。彼女のところにいつどんな風にこのニュースが届いたのかを思うと、胸が痛みます。

2010年1月24日日曜日

いろいろありました











昨日は納豆が発酵している間にこのようなことがありました。

まず午前中はいつものようにルイはテニス、チャーリーはバレエ。

そして午後からルイは「人命救助とサーフィンクラブ」の競技会がありました。これは12月からはじめたクラブなので、今まで3回しか練習したことないのですが、デボンの4つのクラブが集まる大会でした。私は行かなかったのですが、話によると競技内容はというと、マネキンを引っ張って泳いだり、サーフボードの上に乗っかって手で漕いだり、足ひれをつけて泳いだり。要するに水泳の障害物競走のような感じです。

そして夕方から水泳クラブの年に一度の表彰式パーティーがありました。それで私とチャーリーが先に行って待っていると、ルイがメダルを5つも持って現れました。初心者なのになかなかがんばったようでした。マネキンレースではバトンタッチの仕方を知らなくて失格になったそうですが。

パーティーが始まりいよいよ中盤で表彰式が始まりました。これは10月から12月にかけて行われたクラブチャンピオンシップの表彰です。チャーリーは全種目、ルイは豚インフルエンザで泳げなかった日以外のすべてで一位になり、たくさんトロフィーをもらいました。

そして最後に特別賞です。これは特にクラブに貢献した人、がんばった人、進歩が著しかった人などに与えられます。チャーリーはぜんぜん期待していなくて私たちのテーブルについてジュースを飲んでいたら、名前を呼ばれました。junior progress賞です。大きい銀のトロフィーには歴代の受賞者と並んでちゃんとチャーリーの名前が刻まれていました。

ルイは12歳以下の自由形50メートルの勝者に送られるベネットカップをもらいました。これは競技会があったので、もらえることはわかっていました。そして最後に「自己最高記録賞」(クラブで一番多く自己最高を出した人)とjunior achievement 賞をもらいました。どれも銀のトロフィーで、やはり名前が刻まれてます。ルイよりいくつか年上の、ルイがあこがれている選手の名前がいくつか彫ってあり、しみじみがんばったなあ、これからもがんばろうね、という気持ちを強くしました。

そしてパーティーはディスコになって盛り上がり、11時前に帰宅になりました。皆様お疲れ様。さあ、寝ましょうという時になって、発見。ルイの新しい人命救助クラブの水泳帽が破れているではないですか。そして水泳クラブのユニフォームのTシャツがない!!

帽子は引っ張って破ったそうです。これ先月も同じことしてるんですよね。そしてクラブのTシャツのほうはなくしたのは3回目。12月にここからチャーターバスで3時間くらいかけて遠征に行ったプールで、更衣室に置き忘れてきました。それがどういうわけかこの金曜に、プールに行ったらら誰かが届けていてくれたんです。きっとあの時誰かが見つけてもって帰って、今頃返してくれたんでしょう。よかったよかったと思っていたら、それをこともあろうかその翌日の土曜にまた今度はここから車で45分くらいのプールに忘れてきたんです。

お母さんは切れましたよ、それはそれは。ルイちゃんは午後はたくさんメダルもらって、夜はトロフィーをもらって、良い一日だったのに、最後の最後思い切り起こられて寝ました。

早速今朝そのプールに電話しました。取りに行くとしても往復2時間近くかかるし、ガソリン代も10ポンド以上かかるし、どうしようかなあと思いながらも、更衣室に忘れた旨を話すと、見つかってレセプションにおいてあるとのこと。よかった。でも取りに行くの面倒だなあ、送ってくれないかなあと思っていると、誰かに預けようかと言ってくれました。

そのTシャツにはスイミングクラブの名前が書いてあるのですが、そのクラブのメンバーの一人がそのプールで、ルイのクラブとは別の人命救助クラブの練習でやって来るとのことなんです。それでその人に預けてくれるとのこと。

お礼を言ってその人に電話して留守電にその旨を話すと、夕方電話がかかってきて、今もらってきたとのことでした。そしてその人の娘が今晩ルイたちと同じビデフォードのプールに水泳クラブのトレーニングに来るとのことで、そこで渡してくれました。

30キロ以上も遠くのプールで忘れたのに、電話を数本かけただけで24時間以内に戻ってくるとは、引き寄せの法則を信じる私も思ってもいませんでした。ありがたや。

納豆のほうは最後の仕上げの発酵をしていますが、ちょっと食べてみましたが乾燥しすぎて豆が堅くなってあまりおいしくありません。残念。今晩もう少し温かいところにおいて、その後冷蔵庫に2日ほど入れて完成です。

でも失敗は成功の母。これに懲りずまたがんばって挑戦します。



写真一番上はルイの人命救助クラブ競技会のメダルと、スイミングクラブのトロフィー、2番目はチャーリーのトロフィー。








2010年1月23日土曜日

納豆48時間経過

今朝起きると、台所にかすかに納豆らしきにおいが。とってもかすかなんですが、これは確かに気のせいではありません。でも取り出してみてみると、やっぱり納豆化してる様子はありません。温度調節が良くないのか、熱すぎるのかもと別の場所を温度計でチェックしましたが、ボイラーの上は30度どまりで低すぎるので、やっぱりオーブンに入れ続けることにしました。でもオーブンの中の棚を上段から下段に変えました。それから湿気がたりないのかもと、その下に熱湯を入れたトレイを置きました。

午後ますます納豆臭は否定できなくなりつつあります。チャーリーは納豆の神様にお祈りまでしています。それで夕方また見てみると、

じゃーーーーん!!

混ぜると数本糸を引いてます。やったー!!納豆が生きてます!

これをこのまま置いておいて、今夜はこのまま水泳クラブの表彰式に家族で出かけました。

帰ってくると、家の中が臭いです。ルイとデイブは嫌な顔をしていますが、チャーリーと私は大喜び。また出してみてみました。うんうん、確かに糸を引いてます。でも納豆の作り方によると、出来上がると表面に白い粉を吹くとか。そこまではいっていません。外見は昨日とあまり変わりありません。まだもう少し時間がかかるようです。

そういうわけで今晩はオーブンをつけっぱなしにしておこうと思います。火事が怖くて納豆が食えるか。というのは冗談ですが、まあ電気オーブンだし、設定温度もせいぜい50度くらいだから大丈夫です。

ここ数日のブログを読むと私は納豆作りしかしてないようですが、他にもいろいろあったんですよ今日は。それはまた明日書きます。遅く帰ってきて疲れた。

2010年1月22日金曜日

納豆のその後


昨夜寝る時は、オーブンをつけっぱなしに寝るのも火事が気になりますから、電源を切って、代わりにオーブンの中に納豆と一緒に湯たんぽを入れて寝ました。

「納豆が出来上がると台所は納豆のにおいでいっぱいに」と、納豆の作り方のページに載っていましたが、今朝おきて台所に行くと、昨日食べたいわしのにおいしかしません。温度は冷たくはないけれど温かくもなし。たぶん30度くらいまで下がっていたんでしょう。

オーブンから出してみてみると、昨夜とぜんぜん変化なし。この時点で16時間くらいたってます。だんだん不安になってきました。そこで昨日入れた納豆菌をまた同じだけ上からかけました。菌の量が少なかったのか、それとも水にうまく溶けなくて、かけたつもりでかかっていなかったのか。こうしてまたそのままオーブンに。

午後また見てみました。外見は少し豆が乾燥して色が変わって来てます。はじめの写真と見比べると、出来立てのぴちぴちという感じがなくなってきました。でもにおいは相変わらずしません。ほんのちょっぴり食べてみると、ただの煮豆です。それでもちょっとぬるっとした気がしないでもない。これは私の想像でしょうか。

乾燥すると良くないとのことで、オーブンの下段にお湯を張ったバットをおきました。こんのさんの助言、温度が高すぎるんじゃないかということで、今日はマメにオーブンをつけたりきったりしています。それでふと思いつて、部屋にある温度計兼湿度計をオーブンの中に入れました。これってデジタルでプラスチックで出来てるんだけど、温度が測れるんだから少しくらい高温でも大丈夫でしょう。

と思うとこれが甘かった。しばらくして取り出すと、液晶のところが真っ黒に。やばい、壊れたかな。電池を取り出して入れ替えても変わりません。でもしばらく置いておくと元に戻りました。最高温度を調べてみると52度とのこと。確かにちょっと高い。 でももうオーブンには入れられません。

納豆菌は高温でも死なないらしく、52度くらいは平気なんですが、もしかしたら発酵が遅くなるのかもしれません。(適温は40度)それでまたマメに、今度は勘で温度をチェックしてます。

今、夜11時。最初に菌をかけてから31時間です。そろそろ出来るはずなのに。台所の中はにおいはしません。オーブンの前を通ると、それでもかすかに納豆らしいにおいがするような。これって気のせいかなあ。ちょっと食べてみると、はじめの煮豆の状態からは少し柔らかくなってるようです。でも納豆の味ではありません。ねばねば感もありません。

明日の朝で40時間くらいです。うーん。どうなることかなあ。今からまたあと0.1グラムくらい菌を振りかけて見ます。なんとなく希望は沸いてきてるんですが。

写真は今夜の様子。はじめより色がちょっと濃くなってきたようです。でも外観はあまり変わりなし。

2010年1月21日木曜日

Jedward シングルデビュー











昨日National Television Awardというイギリスのテレビ番組のアカデミー賞のような催しがあり、テレビで報道されました。そこでゲストであのジョンとエドワードが出演しました。あのXファクターで落選いて以来、テレビで歌うのは初めてです。歌った曲はXファクターでも歌ったUnder Pressure.ステージではジョンとエドワードと一緒にゲストでバニラアイスというラップアーティストが歌いました。

この曲はもともとQueenとDavid Bowieの合作で、それをバニラアイスがIce Ice Babyという曲に作り変えて再び大ヒットしました。今回のこの曲はこの二つの曲を再び融合したような曲で(ややこしいな)、なんと、正式なタイトルをUnder Pressure (Ice Ice Baby)として1月31日にシングルデビューします。そうそう、二人のグループ名はジェドワード(Jedward)です。

リンクを載せますので見てくださいね。11月以来御無沙汰していましたが、ファンの方お待たせしました。ジョンとエドワード、健在です。
http://www.youtube.com/watch?v=1j9XPbzbX08

Xファクターで優勝したジョーも出場していて、昔はやったジャーニーというバンドのDon't Stop Believing という曲を歌いました。ジョーはもうすでにX ファクターの後シングルを出していて、これは一位なりました。今回は2番目のシングルとしてこの曲を出すそうです。ということはジョーとジェドワードのヒットチャートでの一騎打ちになります。これは面白そう。

さて話はすごく変わって納豆のその後。

今朝起きてみてみると昨日つけておいた大豆は2倍くらいに膨らんでます。これをことことに煮ます(写真1)。朝1時間ほど煮てそのまま外出。その後10時半位から1時半まで煮てまた外出。そして3時から4時半まで煮ました。だから合計4時間半。ちょっとたりないかな。硬さは普通に食べる煮豆のような硬さ。作り方を見ると4時間から6時間ということだけど。

においがかなり強いです。納豆作りもまだ始まっていないというのに、大豆を煮るにおいだけでかなり家の中がくさい。これは納豆のにおいではなくあくまで大豆のにおい。

煮上がったところに水に溶かした菌を混ぜます。菌はパウダー状になっていて、これをついてきた耳掻きみたいなスプーンで0.1グラム入れます(写真2)。写真左側にスプーンが移ってます。この少量の水をこの大量の煮豆にかけて、豆を浅い容器に移し(写真3)40度くらいの温かいところにおいて、8時間から24時間で出来るそうです。

この温かいところというのがなかなか日本では難しいらしいんですが、こちらではオーブンがあるのでそこに入れました(写真4)。難点はオーブンの温度調節は50度位から始まって、なかなか40度というのが難しい。

今で6時間近く経ちますが、ぜんぜん納豆になっている気配はないですね。うーん。まあ24時間までにはあと18時間もありますから、希望を捨てずに見守ります。

ネットで見てみると、納豆学会という納豆を考えるサイトがありました。作り方から混ぜ方、食べ方から歴史や大豆以外の納豆など、面白いことがたくさん載ってました。納豆って好きな人も嫌いな人も、何かと話題になりやすい食べ物ですね。

そうそう納豆菌のことですが、これは高橋源三研究所というところが出しています。これがパッケージといいロゴといいレトロというかキッチュというかですごいです。住所は山形県山形市八日町でした。山形って納豆とゆかりの深いところなのかなあ。

2010年1月20日水曜日

納豆




先日NHK ワールドで納豆を紹介しているのを見て、また作ってみようと思い立ちました。

またというのは、3年位前にも挑戦したことがあるんです。日本から妹に納豆菌(東急ハンズで購入)を送ってもらって作りました。そのとき大豆は簡単に手に入るだろうと思ったのですが、実はこれが難しくて、はじめはハリコット豆というベークトビーンズに使われている大豆に似た豆で作りました。無理かなあと思ったのですが、意外なことに結構うまく出来ました。その後本物の大豆を入手して作ったのですが、このほうがうまくできなかった。大豆ってすごく長時間煮ないとやわらかくならないので、ちょっと煮方がたりなかったようでした。それでもまあ食べれるような納豆が出来ました。

そのとき何袋か大豆を買いだめしたのですが、それ以来作っていませんでした。難しくはないんだけど時間がかかるし、なんといっても家が臭くなるから・・・。

今日したことは「大豆を一晩水につける」です。これを明日煮ます。明日のブログで経過をお知らせします。

大阪育ちの私はイギリスに住むまで納豆が食べられませんでした。母と妹は好きなんですが、もともと豆類が好きでない私はぜんぜんだめ。周りがとってもおいしそうに食べるから、何度か食べてみましたがやっぱりだめでした。

それがイギリスに住むようになって、ある年帰省したら食べられるようになっていました。母いわく、最近は小粒になって昔よりおいしくなったとのことです。

こちらでも大豆は乳がん防止に効くとか、老化を防ぐとかがんの予防とかいろいろ言われてます。それもあって、日本に行くとせっせと納豆を食べてます。イギリスにも3パックもって帰りました。

夏に日本に行ったときは、チャーリーはがんばって一パック食べました。本当は我慢していたと思うのですが、一旦食べると言った手前後には引けず、「なかなかおいしい」といいながら食べてました。ルイはもう見るのもだめ。

それで今回の納豆作り、子供たちは興味津々です。チャーリーは楽しみにしています。ルイも今度は僕も食べられると思うとなぜか自信たっぷりに言ってます。

どうなることやら、次のブログ、お楽しみに・・・・。

2010年1月19日火曜日

見ないタイプ?

今日は久しぶりに友達と3人でここよりももっと田舎道を奥深くいったところにあるパブにランチに行きました。普段はあまり人前に出ることもなく生活していて、友達と食事に出かけるなんてことほとんどないんですが、この面子では年に数回行きます。友達と気軽に出かけるなんてめったにないことですから、すごく楽しいです。

行くのはいつもおなじみの古くて小さいパブです。そのパブが数週間前地元の新聞に載っていました。記事は「北デボンで幽霊の出る場所」です。そのはなし前にもきいたことがありました。友達によると、このパブはその昔の中世のころ裁判所だったそうで、そこで死刑判決を受けた人たちの幽霊が出るとか。

そういう話をしていたら、実は私たち3人の中の一人、ジャッキーの経営する美容院にも何かあるという話でした。彼女がこのサロンをオープンしたのは3年前。ビデフォードの街の川に面した一番条件の良い立地で、わたしが知ってるだけでも3回くらい店が入れ替わった場所です。だから今まで一体何件の商売がここで行われたか、数え切れないくらいと思います。

そういえばオープン当時、ちょっと聞きました。棚にあるものが落ちてくるんです。それも下にぽとりと落ちるんではなくて、棚にある瓶などが横に飛び出すそうです。それから入り口のレセプションデスクの上に開けてある予約帳のページがぱらぱらとまくれたり。そしてジャッキーは何か赤いものが横切っていくのを目の端で見たのですが、同じくそこにいた別の美容師も見たそうです。探してみるともちろん何も落ちていません。ポルターガイストじゃないの、これって。

でもそれ以外は実害がなく、商売もうまく行ってます。ジャッキーの相方の美容師のお兄さんが若くして事故でなくなったそうで、彼が会いに来てるのかしらと彼女は言ってるるらしい。

こういう話ってしだすとどんどん出てくるんですよね。

共通の知人で、チャーリーの友達のおうちでは、家族がテーブルに座っているときにその娘が階段から誰かが降りてくるのを見たとか。これはちょっと怖い。

そして別の友人の話。彼女の妹とそのだんなさんが、病気で高齢の旦那のお父さんと一緒に住んでしました。そのお父さんはしばらくして亡くなり、その家を売ることになり、彼らの知人に売りました。

するとしばらくするとその知人から連絡があったそうです。

「お前のお父さん、まだいるよ。俺は別にかまわないけど、家内が怖がってるから、お祓いしてもらってもいいかな。」

とのことでした。結局お祓いして、それでもまだいるんだけど、まあ悪さするわけでもないし良いかということになってるようです。

私ってこういう話、怖いけど好きで、一度決して疑えないくらいの体験をしてみたいと思ってるんだけど、ぜんぜん見たことありません。本当に見たらすごく怖いかな。案外そのときは平気な気がするんだけど。

わたしが見たことがないように、見る人っていますよね。友人でも二人いました。彼女たちはすごく普通の人で、特に迷信深いとかスピリチュアルというわけでもなく、こういうこと割と普通に受け止めてるようでした。昔友達に、「厚子は絶対に見ないタイプだ」といわれましたが、それ当たってるようです。

2010年1月18日月曜日

詩のコメント

今朝郵便受けに日本からの郵便が着ていました。インターネットができてからというもの、日本から郵送で手紙が来ることなんてめったにないので何かと思いきや、春に応募した現代詩賞の主催者の会社からでした。結果発表のときに、希望者には有料で(後払い)詩の批評をお送りしますということでしたので、めったにない機会なのでお願いしていたのがやっと届いたんです。

送ったのは「私たちが求めるもの」、「ボブ・ディラン」、「裏切る」という3作でした。これ全部に批評して、わざわざイギリスまで送ってくれました。

内容は全体的に批評をいただいて、それから個別の詩についてコメントしてくださいました。褒めていただいたとこだけ載せます。

「予選の総合評価はBに丸 がついてますが、これはB のランクの上位、もう少しで最終選考対象であるAにはいるというレベルということです。

全体的に、表現の切れ、リズム感はかなりあるように思われます。ですから詩作品として拙さからの揺らぎがなく、安心して読んでいくことが出来ます。その点は自信を持っても良いのではないでしょうか。」

ここから個別作品についてコメントしてありました。

一つ目の「私たちが」については、テーマが普遍的過ぎて、面白い表現もあるが、読者の予想の範囲を超えられていない。3番目の「裏切る」については、テーマが抽象的過ぎてわかりにくいとのコメントでした。

「ボブ・ディラン」が一番よかったようで、
「とても特色のある作品になってます。この歌手の肖像として生き生きした表現で、読者はそれぞれ抱くボブ・ディランのイメージと絡み合わせて十分に楽しむことが出来ます。」と評価していただきました。「愛を歌わず」以降の10数行は単調とのことでした。

全体として、良いところを見つけ出して褒めてくださって、一方ではきちんと欠点が指摘されていて、自分でもとっても気分よく読めましたし、これから何を心がけたら良いのか、抽象的にならず具体的に方向を示されたようで、ますますがんばるぞという気になってます。

詩の文学賞に応募したのは初めてでした。人に見せることもまずないので、こういう公募に送って読んでもらえるだけでもありがたいという気持ちでした。人に見せないから、自分の詩がどの程度のものなのか、人様に読んでもらえるだけの価値があるのか、箸にも棒にもかからないものなのか良くわからなかったんですが、今回こうやって客観的にコメントをいただいて、がんばって書くぞという気になりました。

この文学賞、応募したのはエッセイと詩なのですが、その後有料で「文学思潮」の雑誌を送料サービスででイギリスまで送ってくれたり、今回はこんな風なコメンをしてくれました。どれも有料ではありますが、代金はあとで結構と、先に送って来てくれます。

この文芸思潮という雑誌、編集長は五十嵐勉さんといって、群像新人賞作家だそうです。そしてその編集人グループ「塊」には芥川賞作家の高橋三千綱さんをはじめとする、群像新人賞や文学界新人賞といった肩書きがつく作家の人たちが肩を並べています。

でもこの雑誌自体は、かなりマイナーなようです。文芸思潮取り扱い書店として何軒か本屋の名前が載っていましたから、どこでも買えるというわけではなく、要するに同人誌に毛の生えたようなものか、自己出版の本の雑誌版というところのようです。バックナンバーは申し込めば無料で送ってくれるそうです。ウエブサイトはこちら。 http://www.asiawave.co.jp/bungeishichoo/index.htm 


こんな丁寧に作られた雑誌でも、なかなかメジャーには売れないんですね。たぶん赤字赤字で、それでも文学を志す有志が集まって運営してるんだなあという感じがします。昔昭和の初期ころ、たくさんの同人誌が出てそういうところから著名な作家も生まれましたが、ああいうのっていまだにあるんですね。大きい本屋に行くと、聞いたこともないマイナーそうな文学雑誌がたくさんありますが、こういうの他にもたくさんあるんだろうな。なんだかそういう赤貧の文学者という雰囲気、昔はあこがれていました。今もあこがれてますが、赤貧は嫌ですね。

ボブ・ディランは昔このブログに載せたんですが、あらためて詩のブログのほうに載せておきます。
http://fordfarmpoems.blogspot.com/2010/01/blog-post_18.html

2010年1月17日日曜日

眠い

この週末、眠くて眠くて朝が起きられませんでした。昨日などは目覚ましをかけて寝たのに寝過ごして、チャーリーのバレエに遅れるところでした。それになんかお腹がすく。普段食べない甘いのもが食べたくなったりします。

冬休みが終わってやっと学校がと思ったとたんに、雪で3日休校。先週は前半はまだ雪の影響で普段どおりとは行かず、やっとすべてが軌道に乗ったのは木曜以降でした。

何やかんだで、体調が悪いというわけではないけど、今ひとつ気分がすっきりしない。イギリスではSAD(Season Affected Depression)という病気があり、これは日射時間が減ることからなるうつ病です。そんなたいそうなものでもないんだけど、冬がだんだん骨身にしみてきたというところでしょうか。

今日も朝はつらかったんですが、日曜とはいえいつまでも寝てるわけには行かないので、無理して起きると外は太陽がさんさんと輝いていました。こういう日は普通は寒いんですが、今日はほんのちょっと温かい。

それで野菜とをとってくるという必要もあり、庭に出ました。野菜畑自体はかなり荒れてます。去年は夏に日本に行ったのでそれほど手をかけなかったし、夏以降はほぼほったらかしなので仕方がありません。果樹園のほうは去年の秋にずいぶん枝を切ったので、畑よりは手入れされてる感じがします。良く見るとたくさん小さいつぼみが出来ていました。

まだまだどこから見ても冬景色で、木には葉っぱの一枚もなく、畑に残っていた白菜も大根も半分凍ってしなびてます。それでも温かい太陽の光の中に立つと、この荒れ果てた畑にもまた手を入れて、春になったら菜園をがんばろうという気が沸いてきました。

考えてみれば1月の半ば。例年通りなら水仙の芽がかなり伸び、今月末にはスノードロップの花が咲き出します。まだまだ寒さは厳しいけれど、少しずつ春は忍び寄って来てるんですね。

ということは、わたしが眠いのは春眠暁を覚えずというやつか。

2010年1月16日土曜日

英語と日本語

日本語にはあるけど英語にはない表現、もしくはその逆というのを考えてみました。

日本にいるときに、外国にはないと聞いていた物にまな板と肩こりがあります。この外国というのがどこのことか、たぶんアメリカだと思うんですが、どちらにしてもこれはウソです。

イギリスにはChopping Boardという物があります。これはまな板。アメリカにも絶対あると思います。それから肩こり。これはstiff shoulders。もちろんあります。ないわけがない。なければマッサージなんて発明されませんよ。

一体どこの誰がこんなこと言ったのでしょう。イギリスに来る数年前から、アメリカやイギリスの生活記をよく読んだのでそこに書かれていたように思います。まな板なしであちらの人はどうやって料理するんだろうと思ったのを覚えています。ほんと、いい加減なものです。

他に有名なのは「甘え」。これはいくら頭をひねっても、的確な言葉が思いつきません。depend on, rely on というのは似てるけど「頼りにする」という意味で少し違う。日本語の持つ否定的な、人間関係に頼りきった、気持ちの悪い依存の仕方というのは、やっぱり英語ではないようです。

ちなみに手元の辞書を引いてみると、
behave like a spoiled child
be coquettish
presume on, take advantage
と載っていました。はじめのは「甘やかされた子供のように振舞う」という意味で、説明が長ったらしいし、意味もはっきりしません。2番目のは女性が男性に甘えるという意味なので、片手落ち。最後の二つは「利用する、つけ入る」という意味で、ちょっと直接的過ぎる。


昔「甘えの構造」という本が話題になったのを覚えています。そのときに甘えというコンセプトは日本独特ときいたんですが、間違っていなかったようです。

「心細い」という言葉も今思いついたのですが、なかなかちょうど良い英語がないですね。日本語の辞書によると、頼りない、不安だということですが、unreliable, undependable  といってしまっては「頼りにならない」というきつい意味になるし、anxious worriedというのは「心配」ということで、これのほうがちょっと近い気がするけど、少し違う。

逆に英語であるのに日本語でないと思うのは、いろいろあるけどまず思いつくのはワニとかえるとウサギ。

ワニはご存知のとおりcrocodile とalligator があって、外見は似ているけれど、実はこの二つは遺伝子的にはずいぶん違うらしい。 frogは蛙で toad はヒキガエル。これも日本では区別しないけど、イギリスでは必ず区別してます。言い間違えると直されます。rabbit というのは普通に言うウサギ。hareは後ろ足の長い野生のウサギです。これも絶対こちらではスズメと鳩のように区別します。日本語では適切な言葉がないので、日本にはいないとばかり思っていたら、去年こんのさんのブログにこのHareの写真が出ていました。

そして極めつけはmouse とrat。マウスというのは大きさにしたら5センチくらいまでのねずみで、家ねずみ野ねずみのほか、いろいろ種類はありますが、特に毛嫌いされるほどではないです。さすがに家の中にはいられると食べ物をかじられたりして困るのでネズミ捕りをかけたりしますが、問題になるほどではありません。

でもラットは違います。イギリスでは昔、1340年代に黒死病という疫病で多くの人が死んだのですが、それがラットにつく蚤が原因で広がったので、恐れられています。ラットは日本語ではどぶ鼠ですが、そんなかわいいものではありません。大きさは30センチ近く、マウスよりも格段に大きい。赤ちゃんがラットにかじられて殺されなんてはなしも、本当かウソか知りませんが聞きます。

これが出ると必ず毒をまいて殺したり、保健所に通達します。うちの近くでもいます。都会でも田舎でも人間のいるところには必ずいるといわれています。怖いですよー。

なんだかはなしが甘えからねずみまでずいぶん飛んでしましました。他にもいろいろあるだろうなあ。ちょっと考えて見ます。

2010年1月15日金曜日

大失敗

今日はチリ・コンコーネという晩御飯でした。外見はスパゲッティーにかけるミートソースのような感じでその中に大きな豆が入ってます。これをパスタやご飯にのせて食べます。今日は玄米ご飯でした。

このチリコンコーネの材料、ひき肉、たまねぎ、豆、トマト缶などのほかに欠かせない材料が、チリパウダーとパプリカです。チリパウダーは唐辛子を粉状にしたもの、パプリカは赤ペパー(日本ではスーパーでパプリカという名前で売っていました)を乾燥して粉状にしたものです。チリはかなり辛くて、パプリカはほとんど辛味はありませんが、外見はどちらも赤い粉でとても似ています。

簡単な料理なのですが、なぜか最近長いこと作っていなくて、今日久しぶりに作りました。それでたまねぎとひき肉を炒めてトマトを入れて、さあチリを入れようというときに、今年自分で育てて乾燥させたチリがあるのを思い出し、チリパウダーはやめてこれを使うことにしました。うちはチャーリー以外は皆辛い物が好きなのですが、チャーリーは苦手なので、一番小さいチリをひとつだけ小さく刻んで入れました。

それからパプリカ。しばらくこの料理していなかったので、棚の後ろのほうにありました。パプリカの小瓶ではなく、ジャムのビンに入れ替えてあります。そういえば前回この料理を作ったときにスパイスのビンが割れて、中身だけジャムの空き瓶に移し変えたのでした。

パプリカは結構たくさん入れます。それで大匙3倍くらい入れました。

そしてぐつぐつ炊きます。30分ほどしてちょっと味見・・・・

をして驚きました。激辛なんです。今年育てたチリ、確かに辛いんです。それにしても1センチくらいの小さいのをひとつ入れただけなのに、強烈だなあと思っていました。これじゃあチャーリーは食べられません。困った。それでもうひとつトマト缶を入れて、普通入れないケチャップで甘みをつけて。でもやっぱりすごく辛い。辛い物好きの私にはおいしいけど、子供には無理。一体どうして・・・・

ここではっと気がついて調味料の棚の奥をもう一度見てみると、別のパプリカの瓶が出てきました。ちゃんとお店で買ったパプリカのラベルのついている瓶です。これでわかりました。ジャムの瓶に移し変えて、てっきりパプリカだと思っていた赤い粉は、チリパウダーだったんです。パプリカの代わりに自家製のチリひとつとチリパウダーを大匙3倍も入れたんだから、辛いはずです。

晩御飯、水泳のあとでおなかがすいているけど、食べれるかなあ。とりあえずご飯をたくさんお皿に載せて、その上にちょっと、大匙2杯くらいのせました。そしてその上にチーズをたっぷり掛けて辛さをごまかし、食卓にはケチャップの大きいピンを置いて、これもかけていいよといいました。

私には辛いことは辛いけど結構おいしくて、結局ご飯の上にもっとチリコンコーネをかけて食べました。ルイも辛いものは好きなので、もっと掛けました。チャーリーはご飯のほうから恐る恐る食べてました。残してもいいよいっても、ケチャップも掛けず食べ続けてます。そして全部食べた後、2杯もお代わりしました。

これでチャーリーも辛い物好きになったようです。よしよし、これから家族で辛いものどんどん食べれるな。

ジャムの瓶に入ったチリパウダーのほうは早速ラベルをつけました。そのときは忘れないと思っていても、忘れることが多くなってきたような気がする。これは決して年のせいなどではなく、自分のことや子供のことや、とにかく覚えておかなければいけないことが多くなりすぎたからだ、と思っていますが・・。

昨日の後でお恥ずかしいといえばお恥ずかしいのですが、詩のブログ更新しましたのでよかったら見てください。死についての詩、結構多いですね。死が当たり前に用に題材になるというのも、自然でいいと思ってます。
http://fordfarmpoems.blogspot.com/

2010年1月14日木曜日

母ア

12月5日のブログに現代詩は難解であるということを書きました。
http://myfordfarmdiary.blogspot.com/2009/12/blog-post_05.html

おととい日本から船便で文芸思潮という雑誌が届きました。去年春にこの現代詩賞に応募したので、入選作の掲載された雑誌を応募者に日本から送ってくれたんです。そこに10作ほどの作品が載っていました。最優秀賞は2作です。そのうちのひとつは若い女性の作品で、長くてわかりにくいといえばわかりにくい。でも妙に心惹かれるというか、なるほど何かがあるなあという作品でした。

もうひとつは福地順一さんという73歳の男性です。これは津軽弁で書かれていて、はじめだけちょっと読みにくいんですが、長すぎずわかりやすい内容で、泣けました。振り仮名が打てないので、読み方をカタカナでカッコに入れますので、辛抱して読んでみて下さい。

「母(カッチャ)ア」

母ア、俺(ワ)七十三ネなたネ
元気良(マミシ)ぐしてるよ

母ア 俺母アの事(ゴト)、何(ナ)も覚(オ)べねエンだネ
顔(ツラ)コも声コも覚でねエンだ
写真コも見だ事(ゴト)ねエンだ

母ア 母ア、俺三つの時(ツギ)
俺ど離されだンだってのオ
急性の流行性脳膜炎で
伊東(イドウ)病院の隔離病棟サ入られだンだってのオ
そのとき母ア泣き叫(サガ)ンだべアなア
だして呉(ケ)へってよオ
其処(ソゴ)ア如何(ド)したンだ部屋だべなア
鉄格子嵌(ハマ)てンだがア

母ア、母ア、俺四つの時
其処で亡ぐなったンだってのオ
誰(ダ)ネも看取(ミド)られなくてのオ
その時母ア俺の名前コ呼ンだベアなア
一人(ツトリ)息子の俺の名前ばよオ

母ア、母アの声、そえでも俺の耳サ残(ノゴ)ってねエンだネ
何(ナ)も覚えでねエンだ
情(ナサゲ)けねエ息子だと思(モ)てるンでねべがなア
それでも俺、母アの亡ぐなった時の事
何時(エッツ)も気ネ掛げ出るンだネ
この七十過ぎた今(エマ)でも気ネ掛ゲデるんだネ
あの一年(エツネン)、何ンぼ切ねがったべアなアど思てるンだネ

母ア、俺七十三ネなた
元気良ぐしてるよ


これが泣けるなあと思うのは自分が母親だからかなあ。小さい一人息子を残して死ぬお母さんの無念さが胸にひしひしせまってきます。

方言で書かれてるところがまた70年前の情感が出てるし、土着した感じが母と子供の絆をしみじみ感じさせます。それに何よりも、自分はもう70を過ぎたけど気に掛けてるというところが良いですね。これが50くらいじゃだめで、73歳というところが良い。何も覚えてないというところが、センチメンタルになりすぎるのをとどめている一方、お母さんのことを何も覚えていないというのは寂しいものだろうなあと想像させます。 泣ける詩なのに、最後の「元気良くしてるよ」というのが、ごく普通の親子の会話という風で、全体としてさらっとした印象が残るところが特に良い。 

幼くしてお母さんを失って、寂しい幼少時代を送ったものの、今ではそれも大昔で70年近く月日が経ち、おそらくそれ相応に苦労しながらも元気で成人して、普通に社会人となり家族を作り平凡に生活してきたけれど、それでも自分を残していったお母さんのことを時々思い出す。

と書いてしまえばそれまでなんだけど、それが詩になってるところがすごいなあと思います。

これって津軽弁だから特にいいのかな。大阪弁ではどうかなあと思ってちょっとやってみましたが、ちょっと柄が悪くなる気もするけど、なかなかいけると思います。標準語では味は出ないけど、東京弁(東京の落語家のような語り調)でも良いんじゃないかなあ。

こう考えると方言っていいですね。私は大阪弁が一番良いと思ってるけど、皆さん自分のふるさとの言葉が一番と思ってるんでしょうね。

この人は若いときは詩を書いていたけれど、現代詩の観念的独善的な経口が嫌になり、興味を失ったそうです。それが去年から急に津軽弁で書きたくなり、物の怪に疲れたように70編ほど書いたとの事。

こういう現代詩、このコンテストで入選して雑誌に載って、私も読むことが出来て本当によかったと思ってます。

2010年1月13日水曜日

雪融け

昨日は大雪警報が出ていたにもかかわらず、夕方から夜にかけてちらちらと降っただけに終わりました。だんだん気温が平常に戻ってきたので、根雪も融けはじめ新しい雪も積もりませんでした。



この辺は警報が外れたのですが、雪は北東にずれたようで、デボンでもちょっと東のエクセターだとか、さらに北東のブリストルやウエールズではまた大雪で、学校が閉鎖になってるようです。



小学生は学校が休みになっても働くお母さんが困るだけですが、中学生高校生は、GCSE, Aレベルという大きい全国試験が今週あり、これがキャンセルになると6月まで延期だそうで、本当に困るらしい。そりゃあいままで準備してきて、いよいよというときにまた半年延びるなんて、考えただけでもかわいそうです。

今晩は私は15キロくらい先の町に教えに行く予定だったので、雪でキャンセルだとややこしいなあと心配していたんですが、雪は大体融けていました。金曜からは寒波が去るそうで、この30年ぶりの大寒波もこれで終わりのようです。やれやれ。

やれやれとは言ったものの、少し残念な気持ちもあります。台風でも雷でもそうなんですが、大変だ大変だ、困った困ったとは言うものの、そこにはちょっと非日常的なスリルがあります。それが去ってほっとはするものの、またこれから春まで毎日毎日灰色の空と寒さと雨が続くのかと思うと、心が重くなります。

特に雪の場合は雪合戦や雪だるまつくりやそり遊びが出来るというだけでなく、毎日見慣れた景色が、一夜明けてみるとすっかり違う景色になっていたというマジカルな驚きがあります。スキー場とか、雪があって普通のところではなくて、めったに雪なんか降らないところに降るところが、また特別な感じで良いんですよね。

マジカルといえば、今日は午後からすごく霧が出てきました。100メートルくらいしか見えません。その中を夜車で仕事から帰ってきたんですが、これも非日常的な光景といえばそのとおりでした。しかも夜霧の中を田舎道を走るというのは、妙に静かで、一瞬どこを走ってるのかわからなくなるような、ちょっと不気味な不思議さがあってよかった。

帰ってきてニュースを見ると、まだまだ今日も大雪が降ったところもたくさんあったらしく、イギリス中で2000校が休校になったそうでした。凍りついた道でスリップ事故や転んだ人が続出、病院の急患は普段の3倍だそうです。道が余りにすべるので、四つんばいになって這っている人たちの写真まで出ていました。

こういうの見ると、やっぱり雪が融けてよかったって思いますね。

2010年1月12日火曜日

読書感想文 Think and Grow Rich

ナポレオン・ヒル著の上記のタイトルの本を読みました。

読んだきっかけは、アブラハムをチャネルしているエスターヒックスの旦那さんのジェリーがこの本について時々話すからです。だから興味津々でした。金儲けのはなしとスピリチュアルなはなし。対極にあるようなこの二つのコンセプトがどんな風につながっているのかと。

ナポレオン・ヒルというのは実はかなり有名な人らしい。この名前、注釈もなしに映画「おくりびと」の原作の「納棺夫日記」にも出ていました。この本は1930年代、大恐慌の後に書かれたもので、時々時代を感じさせることが出てきます。たとえばテレビではなく、ラジオドラマのはなしが出てきたり、結構女性蔑視な側面もあり、時代は変わったなあとしみじみ思わせます。

ウィキピディアからの著者についての解説をコピペします。

「1908年、新聞記者として世界の鉄鋼王アンドリュー・カーネギーにインタビューをした事をきっかけに、「20年間無償で500名以上の成功者の研究をして、成功哲学を体系化してくれないか」と頼まれる。 彼は「やらせてください」と即答、それから20年間苦悩の末、約束通り1928年にプログラムを完成させる。そしてさらに、実践の場での有効性を調査し度重なる検討を繰り返した後、1960年、PMAプログラムを完成させる。
ウッドロウ・ウィルソン大統領の補佐官、フランクリン・ルーズベルト大統領の顧問官を務めた。1970年に87歳で死去。
現在、日本で販売している書籍は50冊を超える。特にベストセラーの『思考は現実化する』(Think and Grow Rich)は、今なお売れ続けている。」



うーん。ニューエージの延長で読んだんですが、実は経済だけでなく政治にもかかわりの強い人だったんですね。

内容は前半はかなり実用的です。成功の秘訣はまずDesire。成功したいと強く欲望することです。そしてそれを信じること。Faith。それ以降は計画だとか自己教育だとか、ちょっと当たり前というか、実用的なあまり面白くないことが続きます。そのうちで印象に残ったのが、根気と決断。何事もちょっとやそっとの失敗で辞めない限り必ず成功するということと、優柔不断さが失敗の元ということです。

後半はいきなりトーンが変わります。かなり話がスピリチュアルになり、引き寄せの法則と同じ話になります。



思考がすべての始まりで、個人の思考は他の人の似たような思考も呼び寄せる。
現実とはすべてエネルギーからなる。思考が現実を引き寄せる。
人間の意識は「神の知性」につながっていて、自分の意識のレベルと高めれば、その「神の知性」とつながることが出来る。これがすなわちインスピレーションである。
など。

人間のBasic fearについては先日書きました。そしてその恐れは心配として現れます。心配とはまったく意味のない不毛なもので、どんなことも心配をしないという決心をしなければいけない。これは簡単に書くと良くわからないんですが、なかなか順を追って読むと説得力があります。「どんなことがあっても、頭を切り替えて心配をしないようにするぞ。」と決心しようという気になります。

それから周りのネガティブな影響に対して防備しなければいけないとのこと。これは長々とネガティブな影響のリストとその対策が載っています。世間にはネガティブな人がごまんといます。そういう人が大半といっても良い。だからそれに影響されないことは、心配しないことと同じく、一番大切なことなんです。

後半は、ビジネス書として読んでる人にはわけがわからなくなるかもしれませんが、私にとっては面白いこと、含蓄のあることがたくさんつまっていました。成功の秘訣とは、きっとこれなんだろうなあということです。

最後から数ページ目の次のようなパラグラフが、内容を要約してると思います。

You have absolute control over but one thing, and that is your thoughts. This is the most significant and inspiring of all facts known to man! It reflects man's Divine nature. This Divine prerogative is the sole means by which you may control your own destiny. If you fail to control your own mind, you may be sure you will control noththing else.

(人が完璧にコントロールできるものはただひとつ、自分の思考しかない。これは一番重要でインスパイアリングな事実である。これは人間の神的性質のあらわれだ。この神的特権こそが、自分の運命をコントロールする手段である。自分の頭をコントロールできないものは、何もコントロールすることが出来ない。)

1930年代に出版以来いまだに読まれているこの本、なかなかためになる本でした。興味のあるひとにはお勧めです。ところでウィキに出ていたPMAプログラムって一体なんなんでしょう?知ってる人がいたらコメントください。

今は同じようなテーマでDeepak Chopraというインド系アメリカ人のお医者さんの書いたCreating Affluence という本を読み始めました。これも面白そうです。短い本ですのでまたレポートします。

Think and Grow Richに戻りますが、心配をしてはいけないというところで、次のような1文があり、全体としてはちょっとドライなビジネス書であるのに、ここにだけ人生の寂しさを感じてちょっと胸がつまされました。

Master the fear of loss of love by reaching a decision to get along without love, if that is necessary.
(必要があれば、愛なしで生きていく決心をして、愛を失う恐怖を克服しなさい。)

2010年1月11日月曜日

雪かき

ご存知のようにイギリスはここ1週間くらい大雪です。スキー場以外ではこんなに大量の雪を見るのは初めてです。先週は丸々学校がお休みだったんですが、今日は学校でした。それで朝バス停でバスを10分待ちましたが、やってきません。それでお隣さんが自分の子供と一緒に連れて行ってくれました。

雪自体は今朝は降っていず、気温もやや上がったのですが、凍りつきが激しく家の前の坂を普通の車は登れません。私の車は先週木曜に乗って以来、その坂の隣の傾斜に停めてあります。家のドライブさえ出ればあとは何とか運転できるんですが、とにかく車の回り自体が凍り付いて、スリップしそうで怖い。

それで今日初めて雪かきというものをしました。44歳にもなって、同じところに10年以上すんでいて、こんな初めての体験が出来るとは。午後にならないと溶けてこないだろうから、まず朝11時ごろ食卓塩をドライブの氷の厚いところに撒きました。そして昼過ぎからはじめましたが、雪かきなんて生易しいものではない!これは氷かきといった方が正解です。

結局全部どころか半分もきれいにならなかったのですが、仕方ありません。明日の午後からまた大雪が予想されてます。だからそれまでに根雪の部分を取り除きたかったのに。たぶん何もしないよりはましといった感じじゃないでしょうか。

イギリス人は、というよりはこの辺の南西地方の人は、雪かきなんて思いつかないようです。中にはきれいにドライブの前から雪が取り除かれている家もありますが、たいていの人はそんなこと一度もしたことがないし、雪が凍ったときの怖さも知りません。私も知りませんでした。

雪ってはじめが肝心なんですってね。雪が降って、そのあと気温が下がることが予想されてるときは、とにかく早め早めにかかないといけないらしい。でも私たちには雪は珍しいから、せっかく降ったきれいな雪をどかすのがもったいないなあという風流な気持ちも多少あるんです。

これから心して、ドライブの雪は凍る前にかくようにします。でももうそういうこと、二度とない可能性のほうが高いんだけど。

2010年1月10日日曜日

今年の抱負
















今ナポレオン・ヒル著のThink and Grow Richという本を読んでます。その内容についてはまた別に書くことにしますが、そこに人間の6つの基本的恐れ(The six basic Fears)というものが載っていました。

the fear of poverty (貧困)
the fear of criticism (批判)
the fear of ill health (病気)
the fear of loss of love of someone(失恋)
the fear of old age (老化)
the fear of death (死)

この中で「批判」が目に留まりました。直接的に非難されることや、要するに他人の批判的な目です。私は前にも書いたけど、今のところ、というかきっとこのまま一生、私のことをしかったり、あれこれ言う立場にあるひとは一人もいません。それにたぶん私を昔から知る人にいわせれば、私ほど周りの目を気にしないでやりたいことする人はあんまりいないというのではないかな。

それはそうなんですけど、それでも妙なところで人がどう思うか、人の目が気になります。たとえばよく気になるのは、こんなことでは悪いお母さんと思われるのではないか、ということです。それはこれといった特定の人ではないけれど、やっぱり世間だとか一般の目を気にしてのことだと思います。

それからこのブログでも、たとえば数ヶ月前戦争について何回か書きましたが、あんなふうに反対意見がたくさん出るだろうなあというようなことを書くのは、ちょっと勇気が要りましたね。そして予想してはいたものの、反対意見が出るとやっぱり気分がよくない。

ほかにはちょっとしたことでは、人の気分に影響されやすい。意外に敏感なので、周りに機嫌の悪い人がいるとすぐにそれを察知して、それによって自分の気分も害されます。

アブラハムは「ほかの人がどう思おうと、そんなことは気にしないという決心をしなさい。」といいます。人を喜ばすために自分の行動をあわせていたら、いくらやってもきりがない。周りを喜ばすなんで所詮不可能なこと。周りの人がどう感じるかは、彼らの問題で、彼らに任せておけば良いのです。

そこで遅ればせながら、2010年の一つ目の抱負は、人にどう思われるか、なんといわれるか気にしないことです。

それからもうひとつの抱負は、人を批判しない、です。人は人なりの考え方ややり方があるんだから、いちいち気にしていたらこれもきりがない。気に入らなければ、それこそ私の問題で、気にしないようにするだけです。

特にこれは子供たちに対して、心がけようと思ってます。今まではしつけが大切と、結構厳しく叱ってきましたが、もういいや。ずいぶん大きくなったから、もう大体基本的なしつけは出来てるし、今まで口をすっぱくしてもしつけられなかったことは、もういまさらいっても仕方ないでしょう。もうお母さんは文句も言わず放っておくから、勝手にやってね。

今朝起きたらまた雪が降っていました。今日の写真です。

2010年1月9日土曜日

暴飲暴食のあと

ご存知のとおり、というかお察しの通り、クリスマスから暴飲暴食が続いていました。普段あまり飲まないお酒を飲んで、クリスマスの日はローストビーフのほかに、チョコレートケーキ、トライフル、サマープディングと3つも山ほどデザートを作りました。

クリスマスの次の日からもこのデザートがなかなか食べきれなくて、何日も食べ続けました。そしてカロリーの高いパテとチーズを何種類も買って、ランチや夜食に食べたり。そのほか、プレゼントにもらうチョコレートやビスケット、ポテトチップなどを食べ、クリスマスが終わってからも家に子供たちがいるので、ちょこちょことスナック類が続いたり、出かけた帰りにファーストフードで済ませたり。普段は怖くて食べないクロテッド・クリームというデボン名物のダブルクリームをさらにこってりさせたようなクリームも、年に一度のクリスマスだからと何回も食べました。

暴飲のほうは、2週間でワイン3杯くらいだから、やっぱり問題は暴食のほうですね。

それでそろそろこれではいけないと、ここ数日なるべく健康な食生活に戻そうとしていますが、悪い習慣というのは簡単に身につくもので、なかなかきっぱりと生活を正せていません。来週子供が学校に戻って、私の仕事も再開すれば、もっときちんと昔どおりの食生活に戻そうと思っています。

それで、たった2週間くらいだったのですが、暴食のせいでの体調の変化、いくつか気がつきました。

まず胃が重かったり、お中が張ったりしますね。普段はしたことないのに便秘しました。これはたぶんいつもより肉食が多くなって、果物や野菜の量が減ったからかな。

そして夜ぐっすり眠れませんでした。おなかが苦しいのもあったし、塩分の多いものを食べたのか、夜中にのどが乾いて目が覚めたり、逆にトイレに行きたくなったり。それからお酒の量は少なかったものの、普段飲まないので、そのせいもあったのかもしれません。

そしてすごく走りたくなりました。クリスマス中も運動だけはするように心がけていて、クリスマスの日を除いては毎日ヨガをしたり、散歩に出かけたりしていましたが、それでもある日どうしてもしたくなり、2キロくらいでしたが走りました。これもたまっていたカロリーを体が消費したくなったからか。

気になる体重のほうは怖くて計っていませんが、裸で鏡の前に立ってみると、たった2週間でも皮下脂肪が増えたなあって言う感じはしますね。それからヨガのポーズで出来ないものが出てきた。正確に言うと、ぐるっと体の周りに手を回してもうひとつの手をつかむようなポーズで、手が届かない。これはひとつには厚着のせいもあるんだと思うんですが、太ったせいもあるだろうなあ。

でもひとつよかったことは、それほど寒さを感じなくなったことです。私はすごく寒がり屋で、夜寝るときなど3枚も着て寝るんですが、クリスマス以来それだと暑いんです。昼間も、最近まではジーンズの下にレギンスをはかないと寒いということがよくあったのですが、それもなくなりました。今こんなにすごい寒波が着てますが、もしかしてクリスマスに食いだめしていなかったら、もっと寒かったかも?

そう考えると、冬に食べてしまうというのは、自然にそったことなのかもしれませんね、皮下脂肪を蓄えて、寒さを防ぐ・・・。ということは冬ってカロリーの消費量が多いのかな?もしかして冬は太りにくい?そんな話聞いたことないけど、どうかなあ。

2010年1月8日金曜日

NHK World
















休校3日目。昨日も今日も雪は降ってないんですが、とにかく道が凍り付いて危ないとのことで、お休みです。バレエの先生とテニスの先生からも電話があり、明日レッスンはなし。昨日と今日は日がさんさんと照って、まるでスキー場のようにすばらしい天気だったんですが、週末は身を切るような風が吹き、また日曜には雪が降るそうで、月曜も休校という話ももうでてます。

雪で思う存分楽しませてもらったので、もうそろそろ普通に戻って欲しいものです。

先日家族がいないときにテレビのチャンネルとまわしていたら、CNNやBBC ニュースなどが連なって並んでいるあたりで、NHK worldというチャンネルを見つけました。内容は英語で、日本のニュースや日本の紹介の番組、日本のテレビのダイジェストなどを放送してます。

その中で「日本語QUICK LESSON」という番組がありました。夕方5時15分と7時15分に流している15分の番組です。ちょうど日本のテレビ英会話のような感じで、日本語のフレーズ等を教えてくれます。今日は「行ってきます」。先日は「トイレはどこですか」「大変です」「大丈夫ですか」などでした。
ほかにもオナマタピア(ゆらゆら、すやすやなど)、数え方(1匹、2匹、3匹、これが外人には難しい)、そしてあけます、閉めますという動詞。

そのあと5分くらいの「アンディーのお作法教室」というのがあり、日本の作法や文化について簡単に教えてくれます。今日のテーマはお歳暮。

これを子供たちと1週間くらい前から見てます。嫌がるかと思ったら、結構熱心に、ほかの番組を見ていてもきちんと思い出してチャンネルを変えてみてます。日本のことをかなり知ってることと、レッスンで紹介される日本語が簡単なので、特に気分よくみてるようです。

去年夏に日本に行く前は、2年以上毎日15分早起きして学校に行く前に日本語を教えていましたが、夏以来レッスンはやめました。その代わりいつも日本語で話そうと思うんですが、ついつい英語になってます。95パーセントは英語ですね。それなので、この番組見て少しは日本語を思い出してくれればと思ってます。

このNHK WORLDというチャンネル、おそらく日本の人が払ってる受信料でまかなわれてるんでしょうね。一日中放送してるようですが、たぶん2-3時間分位の番組をぐるぐる日に何度もやってるんじゃないかな。

それにしても、この放送は一体誰をターゲットにしてるのでしょう?海外に住む日本人なら日本語のままのほうが嬉しいから、英語でやってるところ見ると、外国人相手、日本に興味を持つ人や、知らない人に日本を紹介するためにやってるんだろうけど。でも一体世界中で何人位の人が見るんだろう?欧州やアメリカでは少ないような気がするなあ。でももしかしたら、インドやアジアなどではよく見られているのかもしれません。

日本でもこの番組のこと知られてるのかな?私は年末にたまたま初めて知ったんだけど。

写真は今日散歩に行ったときのもの。農家の道端に死んだ羊が出してありました。この寒さで羊も死傷者が出てるというようなこと、そういえばニュースで聞きました。最後の写真は庭でのそり遊び。

2010年1月7日木曜日

読書感想文 真鶴

今日は朝まだ暗い時間に、バリバリバリという音で目が覚めました。デイブが氷を割って車を出す音です。本格的に9時ごろ起きると、外は朝日がきらきらと美しく輝いています。雪は新雪は降ってませんが、まだ融けていません。子供たちは休校の二日目。まだ今年は一度も学校に行ってません。

まだまだ氷が張っていて怖かったのですが、冷蔵庫のものがミルクまでなくなったので、仕方なしに子供をつれて買い物へ。家の周りや村はまだまだ雪が美しく、こんなことしてないで雪の中を散歩したいという気持ちがもくもく。でも仕方ありません。大通りに出るとさすがに雪はなく、街中でもほとんど見ませんでした。スーパーは平日の午後というのに混んでます。そして結構品不足。特に売り切れてるのがパンと缶詰。そして塩。今日は雪がやんで午後は晴れ渡ってきたので、皆ぞろぞろと買出しに出てきたようです。塩が売り切れてるのは、氷を溶かすために家の前に撒くからです。

買い物を済ませて家に戻ると3時半でした。日が少し傾きかけていましたが、買い物を車の中におきっぱなしにして、早速帽子と手袋をして散歩に出ました。行き先は元旦の日に行った歩いていける海が遠くに見える散歩道。

あわてていったのでまたカメラを忘れました。あまりにも近いので財布も電話も何も持たずに出かける癖になっていて、時には鍵すらかけずに出かけるくらいなので、カメラをいつも忘れます。いつも良い景色なんですが、今日はちょうど海岸の隣の丘に夕日が沈むところで、特別にきれいでした。雪景色だし。あー、残念。

帰りも子供たちと一緒に雪を踏みしめながらのろのろと帰ってきたら、日が沈んで急にすごく冷え込んできました。

今日は雪は降らず、晴れていたのですが、そのせいで余計寒く雪が凍りに変わって、道は危険です。というわけで明日も休校です。私は今週は働いていないので良いんですが、働いてるお母さんは困るだろうなあ。来週も同じような予報なんですが、そうなると私も本格的に困る。2日間郵便が来ていないし、今日はごみ回収がこなかったし。北デボン総合病院では外来は閉鎖だそうです。うーん、来週もこれとなると、笑い事じゃすまないなあ。

川上弘美という作家の真鶴という小説を読みました。日本の知人が面白かったからよかったらと送ってくれた本で、作家の名前も知らなかったから先入観なしで読めました。

主人公は40代半ばの女性。10年ほど前に夫が3歳の娘と自分を残して蒸発します。その彼のメモ帳に残してあった真鶴という地名に引かれ、何度かそこを訪れる話です。

彼女は「見える」人で、よくまわりにいろんな男女の気配(霊って言ってしまっても良いかな)を感じます。真鶴ではある女性(の霊)がついてきます。その女性とどんどん深い仲になっていく。そしてその女性が主人公を蒸発しただんなのところに連れて行く。とういかそんなに簡単ではないのですが、とにかくその女性が媒体となって、いなくなっただんなに対する気持ちに折り合いがつくような経験をします。

主人公には夫の蒸発以来付き合っている男性がいます。でもその人は離れて行きます。それもこの真鶴でのことが原因と言えば原因。

でも私にとっては、話の本筋は彼女と16歳の娘との関係のように思えました。3歳の娘を残して蒸発されたので、彼女は母親と一緒に暮らすようになります。つまり祖母と母親と娘との女の3世代同居。

その赤ちゃんのころからの娘との関係、そして今の関係、その距離のあやふやさ。主人公の母親との関係。そういったものが、いなくなっただんなよりも、つかず離れずの愛人よりも、強烈にリアルに描かれていて、かなり胸を打たれます。

どうして子供など生んでしまうのだろう。令(夫)にむかう気持ちも、青磁(愛人)にむかう気持ちもくもりがないのに、百(娘)に向かう気持ちはくもりだらけだ。
「子供でない、よそのものは、かんたん。」

話の本筋は夫の蒸発なんですが、その夫自体が出てこないし、蒸発の手がかりもないので、その辺はあやふや。でもそれが効果的に働いて、逆に言葉少なく書かれている娘との関係が、しっかりと胸に迫ってきます。

真鶴でついてくる女性に主人公が、「令のこと何にも知らないくせに。」というと、「つまんない男よ。」という返事が返ってきます。彼のことだけでなく、きっとあてにならない愛人も含めて。幽霊の口から出るこの返事こそが、一番リアルな言葉のような気がしました。

なかなか良い小説でしたので、お勧め度は4つ星です。機会があればぜひどうぞ。

2010年1月6日水曜日

雪で休校、ジョニーロットンをテレビで見る











今朝7時半におきると、静かで暗くて、外は雪景色。今日から学校のはずの子供たちはまだ寝ています。そうっときがえて台所でローカルラジオのスイッチを入れると、北デボンの学校60校が休校とのこと。そのリストをDJが読み始めると、5番目くらいに出てきました。それでまたこっそり自分の寝室に戻ってベッドにもぐりこみました。極楽。

遅い朝ごはんのあと子供が遊びに外に行った後、私は屋根裏にスキーをとりにいきました。最後にしたのは15年位前かなあ。それをつけて、残念ながらリフトがないので、庭をせっせと上がっていくと、子供たち(うちのと隣の)がやってきました。2回庭の中間から下まですべって(100メートルくらい)、そのあと興味津々のチャーリーと隣のエミリーに2回ずつ滑らせて上げると、スキーブーツが壊れちゃいました。だんだんひびが入ってきて、エミリーがすべってるときに二つに割れました。まあ、買って20年くらいになるんだから仕方ありません。それにもしもまたスキーにいくことがあれば、どうせ最新の新しいブーツが必要になるからね。

そのあと私はお隣さんのプラスチックのそりに2回乗せてもらいました。久々に子供に混じって遊び楽みましたが、さすがに私は午後は家にいました。子供たちは寒い中をまた元気に午後も遊んでいました。

天気予報はこの辺は明日は雪は降らないそうですが、気温が下がって今夜はマイナス7度とか。それなのでこの雪が凍ってますます危ない状態になりそうです。それで学校は明日も休校です。雪で休校っていうのは、子供たちにとっては最高でしょうね。こうなったらまだ遊べるだけの雪が明日も残っていることを祈るのみ。

話は変わりますが、昨日ちょこっとテレビのチャンネルと変えていたら、ジョニー・ライドンがインタビューされているのが目に留まりました。ジョニーライドンというのは、昔はジョニー・ロットンという名前で、セックスピストルズという1979年か1980年位に爆発的に有名になったパンクバンドのヴォーカリストです。パンクロック=セックスピストルズといっても過言ではありません。

その彼は今では50歳代。パンクの全盛のころが過ぎると、マスコミに現れることもなくなり、忘れ去られることはないけれど、話題にもならなくなりました。それが数年前からイギリスのリアリティ番組に出たりCMに出たりして、時々また顔を見るようになりました。

インタビューは結構長くて、まじめなカルチャー番組でした。子供のころの話になって、彼はカトリックの学校に行ったのだけれど、そのころは左利きの子供は悪魔の影響を受けてると言われていて、左で字を書こうとすると、ものさしで叩かれたそうです。するとインタビュアーも、僕もそうだったといっていました。私より5歳くらい上にしか見えないんだけど、イギリスって結構野蛮な国だったんですね。

それから彼は7歳のときに脳膜炎にかかり、11歳くらいまで、それにかかる以前の記憶が戻らなかったそうです。だから7歳から11歳まで、自分の親が本当にそうなのかどうか、よくわからなかったとのことでした。

それから学校時代は勉強をよくして、試験で良い成績だったとか、学校に入る前から本が好きで、中でも一番すきなのはディケンズとシェークスピアといっていました。そしてシェークスピアの言語についてコメントしていました。シェークスピアを読んだことがない私にはわからない内容でした。

彼ってこんな超アンチエスタブリッシュメントな音楽をやっているけれど、実はなかなかインテリジェントな人なんじゃないかなあと思っていました。何をやるにも成功するには、頭が悪いとうまく行かない。ほんと、そのとおりだったんですね。

それにむかーし彼が音楽番組に出て、そのときのヒットソングについてどう思うか聞かれた場面を見たことがあるんですが、そのとき彼は本当に苦しそうな顔をして、「凡庸なんだよ、凡庸。」と吐き捨てるように言っていたのが強く印象に残ってます。その中産階級的な凡庸さが我慢できない、その若い彼の感性と怒りの原点が象徴されているようでした。

私パンクってそんなに好きじゃなかったし、彼のことも昔は好きじゃありませんでした。今でもそのころのセックスピストルズの曲も音楽として好きになれないんだけど、それでもやっぱり彼ってすごい人なんじゃないかなあとうすうす思っていました。

彼の場合も、あの鋭い感性がそのころの同時代の若者を刺激し、パンクムーブメントのきっかけになったんだなあ。それがたまたま反社会的だったから、彼についてはいろいろマスコミで悪いイメージが出来たけど、本当は独特の見方と、それを表現する勇気を持ったまれな芸術家なんだなあとあらためて思いました。

そのころは警察の目の敵にされて、週に2回は家宅捜査され、辟易していたそうです。そりゃそうだろうな。でも考えてみると、彼はステージで過激な歌を歌っていた以外は、何も犯罪どころか反社会的なこともしていなかったのになあって、今になってわかりました。

もう40年前ものことですけどね。彼くらいのすごい個性を持つ個人を受け入れるには、イギリスという社会もそのくらいの月日が必要だったんだなあ。 また同時に、彼自身も年をとって丸くなって、イギリスの大衆と何とかやっていくか、という気持ちになることも必要だったのかなあ。

一番上の写真は、雪の中に見つけた水仙の芽です。こんなに寒くても、春は一歩一歩やってきてるんですよ。

2010年1月5日火曜日

あの世からの友達

2日の晩、明け方近くに、去年2月に亡くなった高校のときの仲のよかった友達がやってきました。

彼女は6年間も白血病と戦っていて、骨髄移植も2回もしたんだけど、結局だめで、一人娘のMちゃんが東京の名門大学の推薦入学合格の知らせを聞いて、そのしばらく後に死んじゃいました。2度目の移植がうまく行かなかったことを知っていたのは、友達では私だけでした。

遠くに離れてはいたものの、メールやら手紙でしょっちゅう連絡を取り合っていたのだけど、年が明けて入院してからは、お互いにもう別れが近いことがわかっていました。

2日に会いにきてくれたときは、夢の中でほかの友達も2人いて、一緒にアメリカ風の大きいダイナーというかレストランのようなところにいました。そのときにありありと、「あの世から会いに来てくれたんだなあ。」というはっきりした実感があり、彼女はチキンナゲットのようなものを食べていたのですが、とにかくおなかがすいてるから、もっと注文してくれと言いました。それで私たちは、あの世っておなかが減るところなんだなあと思いながら、せっかく帰ってきたんだから今のうちにどんどん食べろと、彼女のお皿にどんどんチキンを大盛りにしました。

そのときは本当にはっきりした出来事で、これは夢ではないなあと思ったんですが、目が覚めてしばらくすると、だんだんいろいろな部分がぼやけてきました。

普通に考えると夢なんだろうけど、でもそのときはこれは夢ではないと言うはっきりとした確信があリました。死んじゃって初めてのお正月だし、やっぱり会いにきてくれたんだろうなあ。

でもあの世っておなかがすくところなんですね。そしておそらくチキンナゲットのようなジャンクフードはないんですよ。 それにしても、彼女、チキンナゲット好きだったかなあ。そういえば好物だとか、ぜんぜん知らないなあ。

さて話は大きく変わって、今朝起きてみると外はうっすら雪でした。ここずっと寒い日が続いてましたから、まあ不思議はありません。昼前からはどんどん降り出して、子供たちは小1時間外で遊んでいました。気温的には曇ってきたことで温度が上がったようで、停めてある車を見ると、昨日のように凍ってはいません。

天気予報によると、イギリス南部、特にロンドンを含む東南部で大雪とのこと。ここは南西ですからどうかな。海に近いから、雪は降りにくいんですけど、24時間予報では明け方に多く降るとのこと。

子供たちの学校が明日からなんですが、この雪のせいで私と子供たちはなんか落ち着きません。雪が多いと休校になるんですよね。私は明日は仕事がないので、休校のほうが良いかなあって思ってますけど、そろそろ冷蔵庫の中が空っぽになってきたので、買い物にいけないと困る。デイブは仕事がたまってるので、自分のことだけでなくほかのスタッフが出勤できないと困るし、ストレスためてます。でもこればっかりはね。

自分勝手ながら、明日に限っては雪で休校になると良いなあ。

今のニュースによると、イギリスは30年来の寒波だそうです。写真はお隣のポニーとチャーリー、隣の子供と遊ぶルイ。家の前のドライブ。右の石造りの家が家です。



2010年1月4日月曜日

寒い日の散歩









えー、まずは本読みと山歩きさん、先日のコメント(ハートランド)、今気がつきました。ありがとうございます。お返事遅くなりましたが、入れておきました。
今日もすごく寒かったけど、太陽が出ていて青空。子供たちは水曜から学校ですから、今日と明日が最後の数日の貴重な休み。それで午前中、ちょこっと近所の海まで行こうと思い立ちました。アボシャムクリフというこの場所は、車で3分くらい行って、そこから2キロほど歩きます。

家を出たのは11時半くらい。その前に天気が良いので、11時くらいに洗濯物を干しました。残念ながら北向きなので冬は日が当たらないんですが、少しは乾くかなあという期待して。

まず車のエンジンをかけっぱなしにして、窓をプラスチックのてこのようなものでごしごしと霜を取ります。そして中に入ると、なんと窓が内側から凍っていました。窓についた水滴が凍っていたんです。そう言えば最後に乗ったのが12月30日だったので、しばらく寒い中に放置していたから仕方ないのかも。エンジンがかかっただけでもありがたいと思わねば。

そして目当てのアボシャムクリフの入り口に着きました。われわれが唯一の車。一番良い場所に停めると、目の前に15センチくらいの厚さの氷が張っていました。

そこから長靴に履き替えて歩いたのですが、早速チャーリーは足が冷たいと文句を良いはじめました。長靴自体が冷たいから、仕方ありません。海までの2キロほどの野原の道が、草も泥も水溜りも見事に凍っていました。海の近くの小川のせせらぎも凍ってます。海岸の石にも霜が降りてきらきらしています。

もしかしたら海も凍っているかもと思うくらいでしたが、塩水だからそれはないでしょう。水際までの石が凍っていたので、すべるのが怖くて水の近くまではいけませんでした。

そして同じ道を通って帰ってきました。車の前の氷が気になりましたが無事にスリップせず車の方向転換。そして1時間後くらいに帰ってくると、さっき干したばかりの洗濯物がすっかり凍っていました。

気温的にはマイナス1度とか2度なのでそれほどでもないんですが、こんなに氷が張っている年は初めてです。雨が多かったから、水分が多いのかなあ。

夕方ルイとチャーリーは待ちかねるように今年初めての水泳のトレーニングに行きましたが、チャーリーは咳が出て、途中でプールから上がりました。ここ10日ほど咳が続いてるんだけど、おととい位からよくなってるような気がしたんだけど。今日寒いところを歩いたからよくなかったのかなあ。

下のリンク、また家族出演のアニメを作りましたので、よかったら見てください。二つ目のほうはウォーニングのぺージで緑のボタンを押してください。
http://sendables.jibjab.com/view/XwJifL1SYglacFgY
http://sendables.jibjab.com/view/vXoNMCqmL3LHbPhi

それから詩のブログ更新しましたので、これもよければ見ていってください。
http://fordfarmpoems.blogspot.com/

2010年1月3日日曜日

2010年10大ニュース

昨日に続いて、今年2010年の先行10大ニュース、つまりこうなれば良いなあ、という夢の10大ニュースを考えました。思いつくままに書きますので、順不同です。

1.詩のコンテストに入選。雑誌に掲載される。

2.デボンについてのエッセイ、やっと出版にこぎつける。

3.ヨガのクラスは週に6クラス、盛況。学校で教えてるクラスは、時給が大きく上向きに見直される。

4.アロマセラピー、リフレクソロジーのお客さんが、コンスタントに週一人位のペースで来る。

5.宝くじで1万ポンド当たる。これで家族でフランスにスキーに行く。

6.日本にまた夏4週間行き、家族と楽しい旅行。そしてまたたくさんの旧友と親交を深める。

7.子供たちの日本語はますます上達。簡単な会話なら不自由しなくなる。

8. ルイとチャーリーは水泳でデボンのトップ3に入る。チャーリーはロイヤルバレエのジュニアアソシエーツのオーディションに合格。月に一度エクセターでレッスンを始める。

9.デイブの仕事が軌道に乗り、お金ががっぽり入ってくる。

10.宝くじの当選金の残りで、家族を置いて1週間一人で旅行にいく。出来れば中国かな。

なかなか10も思いつかないのではと思っていましたが、実際に書き出してみると、10に絞るのに苦労しました。へへへ、このうちの半分と言わず、大半が実現すると良いんですけど。これに限らず、今は思いつかないようなことでも、いろいろ楽しいこと、わくわくするようなこと、新鮮な面白いことがたくさんある年にしたいです。

引き寄せの法則によると、こういうのを楽しく考えて、考えた後はそれにこだわらず放っておくのが良いそうです。「こうなったら良いなあ」というのを楽しく想像して、良い気分になるのが幸せを引き寄せるコツなんです。

ところで宝くじのことなんですが、イギリスの宝くじは、1から49の中から6つ数字を選んで、それが3つ以上当たれば当選です。3つだと10ポンド(チケット1枚1ポンド)。4つだと、週によりますが50から100ポンドくらい、6つ当たれば100万ポンド以上です。円にすると1億位かな。

これは毎週2回、水曜と土曜に抽選があります。15年位前に始まったときは土曜だけだったのですが、すぐに週に2回に増えました。私はそのころから買っている番号があります。自分の誕生日と、その他関係ある数字からなる6つです。一時は買っていない時期もあったんですが、買っていないときはすごく怖いです。もうすっかり暗記してある自分の番号が6つとも当選して、1ポンドケチって(もしくは買い忘れて)100万ポンド儲け損ねたらどうしようって。

それでここ2年ほどは週に2ポンド、水曜と土曜の分を買っていました。でも10ポンドですらめったに当たりません。それで夏くらいに決心しました。もしも年内に一度も当たらなければ、もう宝くじを買うのはキッパリ辞めようって。

それが昨日、財布にたまっていた12月分の宝くじの番号をチェックしたら、なんと12月16日に10ポンド当たっていました。

こうなったら、来年も買い続けるしかないようですね。

実は5年ほど前、デボンのアダルトエデュケーションの削減があり、ヨガのクラスが打ち切りになったことがありました。そのときは週に8クラスくらいそこで教えていましたから、実質失業です。それでどうしようかと考えて、自分でホールを借りて自営という形でヨガのクラスを始めるか、それともヨガは辞めて普通の仕事を探すか、と悩んだことがありました。もちろん普通の仕事のほうが金銭面は安定はしているけれど、やりたいのはヨガを教えることです。

そのとき手元に宝くじのチケットがあったので、「これが当たっていたら、お金の心配なんかしないでヨガを続けよう。外れていたら、仕事を探そう。」と思い立ちました。それでインターネットでチェックしてみると、このときも10ポンド当たっていたんです。

それでそのしるしにしたがって、ヨガのクラスを始めたわけですが、それが今もたくさん生徒さんに来ていただいて、お互いに毎週楽しくやっています。

だから今回のしるしも、これに従って買い続ければ、一攫千金なるか?

ちなみに蛇年は金運は良いものの一攫千金はだめ。うお座は今年は宝くじには当たらない、とのことですが、どうなるか?

2010年1月2日土曜日

10大ニュース



去年の10大ニュースを振り返ってみました。自分のことというより、家族のことが中心で、ちょっと残念と言えば残念な気もしますが、子供が小さいうちは仕方ないですね。順不同です。

1.日本に5週間子供たちといって、あちこち出かけたり、懐かしい人たちとたくさん会った。

2.子供たちが日本語がちょっと喋れるようになった。

3.沖縄に母と妹とわれわれの5人で行った。

4.5月に南デボンにキャンプに行った。天候に恵まれ、楽しい3日間だった。

5.詩の文学大賞に応募し、2次選考まで通過。

6.デイブが仕事で(経営の)パートナーになった。(これは実際にはぜんぜん何も変わりはないのですが、自営になったのでやっぱりニュース)

7.ルイとチャーリーが水泳で大活躍

8.チャーリー、バレエのコンクールで3位に入賞。

9. 引き寄せの法則、ますます熱心に勉強するようになった。

10.子供たちが大阪天王寺動物園で、一日飼育係を体験。日本語があまり出来ないのに自分たちだけでよくがんばった。

こんなところですね。やっぱり自分のことはあんまりないのは、ちょっと寂しいなあ。オバマ大統領のことも感動が大きいことでしたが、個人的なことではないので省きました。

ところで去年の1月5日のブログに、
http://myfordfarmdiary.blogspot.com/2009/01/200910.html
2009年の10大ニュースとして、「こうなったら良いなあ」という希望的な事を書いたのですが、このうちで、5番と7番と9番が大体当たりました。(ヨガのクラスが増える、日本に帰って同窓会に出席、子供たちの日本語)半分くらい当たったのが1と2。(体重が5キロとは言わないけれど、ちょっと減って、それから日本から帰ってから、肌の調子がすごくよくなった。)ちょっと関係なくもないのが、6番のエッセイのことかな。実際には詩の公募でしたが。

これを書いたのは、引き寄せの法則で引き寄せられたら良いなあという気持ちだったのですが、まあまあ悪くない結果でした。今年の分の先行10大ニュースも考えなければ。

写真は今日ハートランドに行く途中であった逃げ出した羊と、帰りに見かけた羊を追う羊飼いです。このひとつ前のブログに、メインの写真を載せましたので見てくださいね。


ハートランド


今日も天気がよかったので、ハートランドに車で行きました。行ったのはハートランドポイントという灯台のある岬と、ハートランドキーというパブと店のある場所の二つです。デイブのひざが悪いこともあり、歩いた距離はせいぜい2キロくらいでしたが、海岸のごつごつした岩場を歩くのは結構運動になりました。上の写真はキーのほうの海の景色。下の写真は、同じ場所の断崖の地層です。よく見ていただくと下のほうに人間が数人歩いているので、そのスケールの大きさがお分かりいただけるでしょう。



これはハートランドポイントの灯台。数年前は灯台まで歩くことが出来たのですが、年々崖が崩れていって、今は15メートくらいはなれたところまでしか歩いていけません。


ハートランドキーのルイとチャーリー。










2010年1月1日金曜日

お正月

あけましておめでとうございます。

昨日は大晦日でしたが、イギリスでは元旦よりも大晦日が盛り上がります。我が家ではすごく寒かったことと、チャーリーがちょっと夜の咳が続いているため、どこにも行かずに家で新年を迎えました。今年は子供たちが大きくなったので、夜中まで起きていて良いことにしました。それで晩御飯に手巻き寿司を食べた後、家族で遅くまでWIIで遊んで、12時前にイギリス版の行く年来る年のようなものを見ました。

今日はお正月ですが、最近ワーカホリック化してるデイブは朝から仕事。すごく寒くて、でも快晴だったので、私は子供たちと3人で近所を散歩に行きました。はじめはぶつぶつ言っていた子供たちも、外に出るやあちこちに霜や氷が張っていて、大喜び。それをいちいち靴や棒でつついて遊んでいました。海の見渡せる丘まで片道1キロくらい。元旦の澄んだ空の下の海岸の景色は 遠くの丘まで見渡せて最高にきれいでした。カメラを持っていかなくて残念。

そのあと昼食の後今度は家族4人で話題の3D映画、アバターを見に行きました。長い映画だったけど、ルイもチャーリーも集中してみています。

終わったらルイとデイブは興奮状態。すごいすごいといってます。チャーリーも、男子ほどではないけど、楽しかったようです。

私は面白かったけど、ちょっとだけ期待はずれかな。前評判がすごく大きかったので、期待が大きすぎたんだと思います。もっとニュートラルな状態で行ったら、もっと素直にすごいと思ったかもしれない。

確かに3時間ぜんぜん退屈しなかったし、スペシャルエフェクトとか、すごくよかったんだけど、ちょっとストーリーラインとキャラクターが、もうちょっと一息足りなかったかなあ、私にとっては。見終わって感想を聞かれて、「ロード・オブ・ザ・リングスのほうがよかった」と言っていきなり場をしらけさせてしましました。

その中で印象に残ったのは、シゴーニー・ウィー・バー、やっぱり存在力あるというか、すごい力のある女優だなあと思いました。

それからこれは意図的なのかどうか、たぶんそうだと思うんだけど。人間の軍隊が宇宙人たちの聖なる木をなぎ倒してこれが倒れてくる場面、ニューヨークのツインタワーを思い出しました。もしもこれが意図的だとすれば、かなり反愛国的というか、テロリストの脅威にオブセスされているアメリカのサイケを皮肉ってるなあと思いました。

明日とあさっては普通の土日ですが、さすがに子供たちの水泳もラグビーの試合もないので、のんびりとすごせそうです。天気がよければまた散歩に行きたいなあ。

そうそう、家族総出演のアニメのビデオを作りました。よければ見てください。1分くらいです。(ダウンロードに時間がかかったらお許しください)。これをロンドンの友達に送ったら、家にばかりいないでもっと遊びに出かけないとだめだよといわれました。お宅化してるかな。http://sendables.jibjab.com/view/F8vDFLeVj2NGT5sZ