2015年9月26日土曜日

雉害

先日は朝洗濯物を干していたら、銃声が聞こえてきました。

何でもこの近くのダートムーア刑務所で脱獄があり、脱獄犯が拳銃を・・・・。というのは嘘で、雉狩の音です。雉の猟が解禁の季節になったようです。

家のすぐ近くに雉撃ちの荘園のようなものがあり、そこで早速猟が始まったようです。お屋敷の裏に莫大な土地があり、普段はそこは牧草などの農地ですが、雉を狩のために繁殖させているのです。いわば、カゴなしで広い広い敷地で飼っているようなものです。もしかしたら自分たちが趣味で撃つだけでなく、お客さんも来るのかもしれません。イギリスのお金持ちはスケールが違いますから、やってることは我々にはちょっとわかりかねる部分が多いです。

狩のために飼っている、繁殖させているって言うのはかわいそうな気もしますが、酪農と変わりないと言われればそうかもしれません。撃った雉は、別に食べるわけでもないようです。売っていれば一度くらい買って、ロースト雉にして食べたいところだけど。

昔は狩は、雉が農作物を荒らすので、必要のために行われていたと思うのですが、今は完全に趣味で雉撃ちは行われています。

そういうのは悪趣味といえばそう思うのですが、他人の趣味について、ここでは意見は言いません。が、ですね。このせいで、このあたりに住む住人は、結構迷惑してるのです。

雉害です。この荘園で飼っている雉は、別に囲いもなく広い土地で飼われているだけなので、他に逃げてくるのです。(まあ気持ちはわかる。)うちにもよく来て、今は5羽ほど住み着いています。雉って、デボンに越してきてはじめてみたときはちょっと感動したけど、今はもうただ迷惑なだけです。ガーデニングや菜園の敵なのです。

きのう庭に出たら、せっかく実って収穫を待っていたりんごが、かなりつつかれてだめになってました。口惜しい!!猫のペッパーめ、最近はレイジーになってきて、雉が来ても知らん顔ですよ。昔は追いかけてたのに。

そういうわけで、仕方がないので、ちょっと早いかなあと思ったのですが、かなりのりんごを収穫しました。今日一日で、30瓶くらいピクルスやチャツネを作りましたよ。 われながら休日なのによく働きました。

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アイザック・ティグレットとサイババ

では昨日の続きになりますが、このハードロックカフェの創立者がどうやってサイババの信奉者になったかなどのいきさつを書きます。

ティグレット氏は若干19歳にしてHRCを創ったそうです。そして21歳のとき、精神のグルを求めてインドを旅していました。そしてあるホテルに、サイババの写真がかけてあったのです。そのとき彼はまだそれがサイババとは知らなかったんですが、その写真が、「お前を待っているよ。」(I'm waiting for you)と語りかけたのです。

それで、すぐにバンガロールに飛行機で飛び、サイババのアシュラムに行きました。アシュラムに行ったからとて、簡単にサイババにあえるわけではありません。そのころはまだ小さかったアシュラムの一番後ろの壁に、黒い服を着てサングラスをかけてもたれていると、サイババがやってきて言いました。
“You’ve come at last! I’ve been waiting for you. We are old friends. Wait here. We have much work to do together!”
「やっと来たか、待っていたよ。懐かしい友達。ここで待っていなさい。一緒にすることが山ほどある。」

そしてそれ以来、15年間もの間、サイババは彼に一言も声をかけないどころか、一瞥もくれませんでした。それでもティグレット氏は、毎年サイババのアシュラムに向かい、時には1ヶ月も滞在し、毎日そのダルシャン(何千人もの信奉者が待つ中をサイババが登場し、手紙を受け取ったり数人に話しかけたり、手から灰を物質化して信奉者に渡す日課)に行ったのです。

言われたとおり、15年間そこで待ったわけです。

ここまでが英語のサイトからの抜粋です。

ここから先は、青山圭秀さんの本に書いてあったことです。

そういう日々をすごしているころ、ティグレット氏は車が崖から滑り落ちるという大きい自動車事故に遭いました。車は原型をとどめないくらい損傷をうけたのですが、ティグレット氏はかすり傷ひとつなしで助かりました。サイババが横から現れて、空中で受け止めてくれたのです。

まあこんな感じで、昨日書いた膨大な額の寄付につながります。

私が一番感銘を受けるのは、彼が最初に現実のサイババに話しかけられてから15年もの間、何の言葉も受けなかったのに、かれの気持ちが離れなかったことです。それには、直接なコンタクトはないにしろ、サイババを遠くで見ることで心が満たされたり、瞑想の中でなにかスピリチュアルな覚醒があったに違いないと思うのです。それも一度あっただけでなく、継続して彼の心を捉える絆のようなものが確立されたんじゃないかな。

私も、なにかそういう、確固とした何かが欲しいです。 サイババでなくてもいいです。スピリチュアルですらなくてもいい。15年間何の具体的な見返りがなくても、ぶれることのない心の中の確固とした礎。人間世界の恋愛や、人間関係、親子関係さえ、10年20年と時が経てば変わっていくもの。変わらない何か。普遍のつながり。

そのために、毎日ヨガをしたり本を読んだり瞑想したりしています。この探求の旅、まだまだ続きそうです。いえいえ、けっして大変じゃないですよ。楽しい探索です。

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2015年9月24日木曜日

アイザック・ティグレットの48億円

半年ほど前から急にサイババが気になりだし、いろいろ本を読んでいます。サイババって知ってますよね?日本では昔、青山圭秀という人が理性のゆらぎという本で紹介して、爆発的に有名になったとか。3年前に亡くなったインドの聖人です。

サイババの信奉者は世界中に何万といるわけですが、有名な信奉者の中に、アイサック・ティグレットというアメリカ人がいます。彼がなぜ有名かというと、あのハードロックカフェの創始者なのです。

その彼が80年代に、大成功となったその店の利権を売り、その売り上げのすべてをサイババに寄付し、サイババのアシュラムのあるプッタパルティに、近代的な病院を建てました。貧しい人達に無料で最新の治療を提供しています。その寄付した額は、一部では4千万ドル近く(48億円!!)と言われています。

そのお金をサイババに差し出したときの話を昨日ネットで読んだのですが、いい話だと思ったので紹介します。

ティグレット氏はこのお金の小切手を手に、サイババのところに向かおうとアシュラム内の自分の部屋を出ようとしました。すると、体が硬直して前に進めないのです。冷や汗が出て、一歩も進めません。(サイババの周りではこういうことはいろいろあるようです。)それで自分に問いただしました。「これは自分のエゴのためにやってるのではないか。」「自分がいい人間だと証明するためにやってるんじゃないか。」と。

それで気がつきました。「自分じゃないんだ。われわれ皆のためにやってるんだ。」。そう思うと、やっと足がすっと前に進みました。

サイババの前に出て、小切手を差し出して言いました。
“Swami, this is a gift for you to do whatever you wish with. And it is from all of us. It is especially from all the ones who would like to give it, but don’t have it to give, they just have their love. We love you. We adore you. We want to help you. This is from all of us.”
「先生、これはあなたへの贈り物です。あなたの望むとおりにお使いください。そしてこれは、我々全員からの贈り物です。特に、あなたに贈り物をしたいけどすることができず、愛だけしか差し上げることができるない者達からの贈り物です。」

サイババはこれを受け取りました。

このあとにはちょっと続きがあります。

ティグレット氏が、「お願いです。これを私がお渡ししたことは誰にも言わないでください。匿名で寄付したいのです。」と言うと、サイババはベランダに出て、外に集まっている信者たちに、

「ティグレットが現金をくれたぞ!ティグレットが現金をくれたぞ!ティグレットが現金をくれたぞ!」と叫んだそうです。サイババにはそういったユーモアーのセンスもあるそうです。

その病院がこちら。すごい建物ですよ。さすがタージマハール の国。
psnsup
https://sathyasaimemories.files.wordpress.com/2014/03/hospital.jpg

ちなみにティグレットさんはこちらです。今ではずっとこのアシュラムに住んでるとか住んでないとかですが、本当かな。

ティグレットさんが信奉者になったきっかけなどもすごく興味深い、いい話なので、またそのうち紹介するかも。 しないかも。・・・・という感じで、方向性のないブログです、ここは。
 Founders Day 2013 Hard Rock Cafe turned 42 in style on the 14th June 2013. The staff went wild with the fancy dress, and the first 71 guests received a special menu at 1971 prices!

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2015年9月22日火曜日

17年の魔法

うちの息子ルイはこの9月から、’6TH フォームス’に進学しました。ややこしいのでちょっと説明します。

イギリスは満5歳になる年の9月から小学校に入ります。最初の年は「準備科」で、翌年が1年生で、6年生まで小学校です。

そのあとセカンダリースクールに、7年生から11年生までの5年間行きます。11年生でGCSEという試験を受けます。

そのあとは、仕事につきたい人は、専門学校に行ったり、会社に「丁稚・見習い」として入社します。

大学に行きたい人は、6TH フォームスと呼ばれる学校で2年間勉強して、Aレベルの試験を受けます。これが12・13年生です。

で、この12年生になったわけです。ルイの学校は、今までのセカンダリースクールと同じ敷地内で、付属しているのですが、今までのように制服を着なくてもいいし、自分の選択した授業が終わったら家に帰れます。 なので大学っぽい雰囲気です。

今週でこの学校に行きだしてまだ3週間目なんですが、もうすっかり雰囲気が大人っぽくなっちゃいました。夏休み、日本に行っていた間はまだあんなに無邪気に私と、ユニバーサルに行ったりワンピースショップに行ったり旅行したり、わいわいやってたのに。今では、「親なんかと時間を過ごしていられるか」という顔してます。まあ学校が始まって、ルイ自身も学校モードになってだけるかもしれませんが。

夏の間、心斎橋でも梅田でも、Tシャツに短パンにビーサンで 出かけてたのに、今じゃ学校に行くだけで何度も何度も鏡やら窓に映る姿やらをチェックして。そんなに虚栄心の強い男に育てた覚えはない!

こうして振り返ったら、ルイが生まれてから今まで17年近くが、まるで魔法の時間のようでした。もうあの魔法はとけて、ルイは普通の男になってしまったのか。

しかも妹のチャーリーなんか、とっくに、小学校卒業したくらいで完全に魔法なんてとけてるからな。

子供は大変だけど、小学生くらいまでが一番楽しいですよ。ティーンエージャー(13歳以上)になったら、寂しいものです。

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2015年9月21日月曜日

信じますか?

先日の話の続きになりますが、近所の悪性脳腫瘍を治療をしないことを決めた人の話です。

彼女の近しい人によると、彼女は信仰心が強いとのことです。(キリスト教でしょうね、おそらく)それで、そのために「何もしないで死を選ぶ」ということができる強さが備わってるんじゃないかとのこと。

どうなんでしょうね。普段信仰心が強くても、死を受けられない人もいると思うし、その逆も十分ありえるんじゃないかな。

私は昔はキリスト教徒でしたが、ここ15年くらいは、宗派的な宗教はどれも信じていません。今は、神や全能な存在やスピリチュアルな存在を信じています。

死んだらそれまでとは思ってなくて、生まれ変わると信じてます。でも、生まれ変わったって現世の記憶はなくなるわけだから、生まれ変わること自体は、それほど重要とは思ってないです。それよりも、今の人生はこれしかないから、思いっきり思う存分生きようと思ってます。

でも、ふと思いました。

こんなのもすべて私の、そして人類の思い込みだったら?あらゆる宗教も神もスピリットも全部人間の空想の賜物で、本当は物質だけがたまたま存在して 、いろんな化学反応や物理反応によって偶然意識というものが生まれただけだとしたら?

そう思ったら、不思議と、それならそれですばらしいことのように思えてきました。

 もしも魂や神がないのなら、世界中のこんなにすばらしいものや美しいものが、神なしで、偶然だけでできるなんて、そのほうが感動的過ぎるくらい。この美しい自然や環境も、それを美しいと感じる心も、人間間の愛情や、人間の作り出す芸術や技術も。それが全部、たまたま物質的な偶然で存在するだけの人間の意識によって作られたなら、それはすごいことじゃありませんか?

それならばこの世の限りある時間で、このたまたま出来上がった私という人格とその意識で、できるだけ世界のすばらしい物事に貢献しようと思いました。

やっぱり命ってすばらしいですよ。もっと体と頭と心を鍛えて、今の人生をさらに精一杯生きようと思います。

そうやって生きることができて死期が来れば、神がいようといまいと、それでいいような気がします。(いると思ってるけどね。)

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2015年9月20日日曜日

ワークショップ、カフェ、ラグビー

今日はデボンの県庁所在地みたいなエクセターに、ヨガのワークショップに参加するために出かけました。エクセターまでは車で1時間20分くらいかかるんですが、今朝は途中で警察が車を止めていて、私も止められました。

職務質問か?何かこの辺で事件が起こって、聞き込みか?とちょっとどきどきしました。

そうしたら、「この先で火事があったので道路を閉鎖してるから、別の道から行ってください。」とのこと。やっぱりね。この田舎町で、エキサイティングな事件などないよね。(でも火事は結構ある。)

「どこに行くのですか?」ときかれ、エクセターと答えると、すごく丁寧に行き方を教えてくれました。ここを通る車すべてを止めて、これをやってるようです。すごい親切、やっぱり田舎や。

親切はいいけど、道はかなりの回り道です。15分くらいの余裕を持って出てきたつもりだけど、間に合うかどうか心配。が、いらいらしてもどうにもなりません。とにかく制限速度以内で できるだけ速く運転するのみ。地図を持ってきてよかった。

「どうせ同じことをするだけなら(この場合は、スピード違反しない程度に速く運転する)、どんな気持ちでもやることは同じなんだから、あせってもばからしいし、リラックスしないと損。」ということは、マンガ、ワンピースで最近改めて学びました。

結局ワークショップには10分遅れましたが、別に問題はありませんでした。

ワークショップには7人が参加してました。終わったあと、一人の女性とスタジオを出るとき一緒になったので、ちょっと世間話などをしながら歩き始めました。スタジオのすぐ外にカフェがあり、その人が「私じゃあ、今からここでコーヒーを飲んで帰るわ。」と言ったので、自然に「一人?じゃあもしもお邪魔じゃなかったら、私もご一緒していい?」と聞いて、30分ほど一緒にコーヒーを飲んで別れました。

初対面の知らない人とこんな風にカフェに入ったりするのって、初めてだなあ。しかも、自分から言うなんて、珍しいわ。

そう思ってたんですが、思い出しました。そういえば昔アイルランドを一人旅したときも、こんな感じでユースホステルやフェリーなどで一緒になった人とカフェに行ったり食事をしたりしました。一人旅という自由な気持ちが、そういうことを平気にさせたのだと思います。

今日はヨガのワークショップに行って、そんな風にちょっと心が自由に解き放たれたのかな。この気持ちが今週も続くといいな。

ところで話はぜんぜん変わりますが、昨日のラグビーワールドカップ、日本が南アを下したのは、こちらではすごい大ニュースでしたよ。今日も別の試合で、何かあるとその話になってました。もしかしたら日本でよりも大騒ぎになってるのかも。

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2015年9月19日土曜日

Rickie Lee Jones

昨日の夜、例のごとくデイブがテレビの前で眠りに落ちてました。ついている番組は、ジュールズ・ホランドというミュージシャン司会の音楽番組です。若者向きというよりは、音楽通が見そうな、大人向けの番組です。登場するミュージシャンも、あんまりメジャーな人は出てきません。時々ポール・ウエラーが出てます。

私はネットでいろいろすることがあったので、普通ならデイブが寝た途端にテレビを切るのですが、たまたまその時映っていたバンドが悪くなかったので、この曲が終わってから消そうと思ってました。

そうしたら、司会者が今日のゲスト(4組くらい)を紹介しはじめました。なんとそのなかに、私が中学生のときからずっと今でも好きな、リッキー・リー・ジョーンズというアメリカ人の女性アーティストがいたのです!

彼女は私が15歳のとき、今から35年前に、「恋するチャック」という曲で有名になりました。そのデビューアルバムはよく売れたのですが、その次に出た「パイレーツ」というアルバムが、それにも増してすごくよかったのです。

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「恋するチャック」のジャケット


パイレーツは評論家の間ではすごく評価が高かったものの、結局それ以降は、「恋するチャック」のようなヒットシングルはうまれませんでした。それでもその後も2-3年に1枚くらいアルバムを出して、私も出るたびに買っていました。ライブも、日本で大学生のときに一度、ロンドンで一度行ったことがあります。それでもここ10年くらいは、ぜんぜん話も聞かないなあと思っていたのです。

そうしたら、昨日出てたんです。10年ぶりにレコードを出したと言ってました。2曲歌って、ひとつは新しいもの、そして「恋するチャック」を歌いました。

リッキー・リー・ジョーンズをテレビで見たのは初めてです。最近は人気もぜんぜんないどころか、彼女を知ってる人も少なくなり、一時はレコードを作るお金もないようなことをどこかで読んだんだけど、今はまたこうして新しいレコード出して、イギリスにプロモーションに来てるんだなあ。

それにしても、めったに見ないテレビで、たまたま出ていたなんて、本当にすごい偶然。

いえいえ、もちろん偶然なんて思ってないですけど。

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新作のアルバムカバー


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2015年9月18日金曜日

決断

夏前に近所の知り合いの女性が悪性脳腫瘍になりました。仲がいいというほどの仲でもないのですが、村のホールの世話役をやってくれている関係で、時々話をします。共通の知り合いがいるので、結構お互いの内情は聞いています。

夏休みが終わり日本に帰ってきて、その人のことが気になったので、共通の友人に聞いてみました。

癌は進行が早くしかも場所が悪いので、手術で摘出することも放射線療法もできないとのこと。抗がん剤だけしか治療の方法は残っていないのだけど、それをすると副作用が激しく、延命効果も知れているそうです。

それで彼女は、何も治療しないという選択をしました。延命効果が限られてるなら、副作用で苦しい思いをするよりも、残された日々を大切に行きたいという決断です。

それで、まず葬式の指示をはじめ、必要な事務的事項はすべて済ませました。そして今は、できるだけ普段どおりに、でも今まで以上に毎日を楽しむように生活しているそうです。

先日はだんなさんと遠出して、有名なシェフが腕を振るうレストランに行ってきました。レストランに着くと、彼女たちがその日そこに行くことを知っていたお姉さんたちが、テーブルに飾る特別の花や、持って帰るお土産を頼んでいてくれたそうです。

そんな風に元気な限り、今まで控えていた贅沢なことも存分に楽しむようです。

そういう決断をした彼女の強さも、それを認めた家族たちも、すごいと思います。

このことを聞いた後、考えていました。

彼女がこの決断をしたのは、副作用で苦しい日々なら生きていてもしょうがないと思ったからですが、私の今までの人生を振り返って、「この日は生きていないほうがよかった。」って思ったことあったかな。

戦争とか飢餓とか命にかかわる重病をしたわけじゃないけど、一般的な意味の不幸も味わってきたけど、「こんな日ならないほうがいい。」と思った日はなかったんじゃないかな。死にたいと思ったことはないけど、「しばらくこの世から消えたい」と思ったことはあったかな。でもそんな日でも、なにやら一つや二つは、生きてる価値のあることがあったんじゃないかな。

そういう意味では、私は幸せな、意義のある人生を送っているのかもしれません。

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2015年9月16日水曜日

村上春樹野球少年

先日村に月に一度の移動図書館が来たのですが、そこでこれを、子供たちが読むかもと思って借りてきました。村上春樹の1Q84です。

村上春樹といえば、私は大学一年のときからのファンでした。そのころは「羊をめぐる冒険 」が出たころで、春樹さんはまだ将来有望な阪神圏出身の新人作家でした。が、私はその才能を見抜いていました(笑)

そのころ関西には、プレーガイドジャーナルというぴあみたいな情報誌がありました。でもメジャーなぴあと違って、プレーガイドは、なにかアングラなサブカルチャーを感じさせる空気があり、私にとっては、私を関西独特のアングラ世界に導いてくれる バイブルのように感じてました。

発行部数は、メジャーなぴあにかなり抑えられてたと思います。懸賞(映画の切符など)に出すと、かなりの確率であたるし、あたると心斎橋のオフィスに取りに行かないと行けませんでした。それがまたちょっと胸ときめくものでした。

でも、残念ながら、私が大学2年位には廃刊になってました。

そのマイナーな情報誌に、絶対にそのころ、村上春樹氏がエッセイを書いていた記憶があります。内容も覚えています。春樹氏は関西の出身なので、不思議ではありません。

でもその後村上先生は大作家になられて、「もしかしてあれは、私の思い違いだったの?」「あんな大作家が、関西の仲間うちの機関紙に毛が生えたようなアングラ雑誌に、連載なんて本当にしたのかな。」と、自分の中での記憶が心配になってきていました。

それで今ネットで調べたら、やっぱり私は正しかった!!

それだけではなく、今ではこのぷがじゃ(プレーガイドジャーナルの愛称)は、その時代の関西のサブカルチャーの代表のように評価されてるようで、結構長いウィキのページまでありました。

そうか、やっぱり春樹さんは、あのぷがじゃに書いてたのか。それが今は、ノーベル賞なんていう話がでるまでになって。なんかそれって イチローとかのように、近所の野球少年が大リーグで大活躍してるようなかんじ。ちょっと鼻高いような、寂しいような。

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