昨夜スイミングクラブの表彰パーティーに行って、チャーリーがいくつかトロフィーをもらって帰ってきました。これは1年間後に返還しないといけないのですが、受賞者はそこに名前が刻まれます。
そのうちの一つがこれです。たぶん100メートルか200メートルの背泳ぎのトロフィーだと思うんだけど、最初の受賞者が1935年からはじまっています。最初はトロフィーの後ろから名前が刻まれ始め、背面全部が名前で埋まり、1980年くらいからは、後から取り付けられたであろうこの台座の部分に名前が書かれます。 最初の名前から80年です。すごいですね。この最初の10年くらいの受賞者は、たぶんもうみんな亡くなっていることでしょう 。
細かく名前を見ていて、気づきました。1940年のあとは1946年まで飛んでいます。第2次世界大戦の間は、クラブが閉鎖されていたか、クラブ内の競技会が行われなかったか、それとも水泳どころではなかったか。46年には早速再開されていますが、当時の終戦直後の日本では、まったく水泳どころではなかったでしょうから、やっぱりそこは勝戦国と敗戦国のちがいですね。
イギリスが参戦したのは39年なので、それでも2年間はクラブ競泳大会が行われたわけですが、その頃は停電も多かっただろうし、さぞやプールは水が冷たかったことだろうなあ・・・・。
と思っていたら、思い出しました。当時は室内プールはなくて、屋外のプールだったそうです。室内プールが出来たのは、たぶん過去30年くらいなんじゃないでしょうか。イギリスの屋外プールって、どんなに寒かったことだろう。。。。
それにしても、戦争中、5年間分の名前が抜けているこのトロフィー、その頃の敵国だった日本人(ハーフですが)が今年はこうしてこのトロフィーを受賞していること。それも考えてみれば、いろいろ感慨深いです。
私は歴史って苦手と言うか、全然興味ない科目なのですが、今日このトロフィーの名前をじっくり観察して、この年にして初めて、歴史と自分の人生のつながりを感じました。
こうして考え出すと、私は1965年生まれで、物心ついた頃から、戦争なんて、終戦なんて、すごく遠い昔の出来事だったのですが、私が生れるたった20年前に戦争が終わったところだったんですね。私くらいの年になると、20年ってそんなに長く感じないから(だって、私がロンドンを離れてこの田舎に越してきてからそのくらいになるんですから。)、それを改めて感じると、自分の認識が変わってきます。
うちの母の以上の世代の人にとっては、終戦から19年後には東京オリンピックに新幹線開通なんて、当時の日本の世の中の移り変わりは、インターネットどころではなかったのでしょう。
・・・・など、このトロフィーを今日眺めて考えてましたが、よく見てみると、去年もチャーリーはこのトロフィーをもらっていたのでした。1年間棚で埃をかぶっていただけで、全然手にとって見ることもなかったのでした。
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2 件のコメント:
おお、これも深いお話ですねぇ。
戦後の日本の変化、そう考えるとすごいねぇ。
そのトロフィー、どこまで続くんでしょうね。そうやってつないでいくっていいね。
こういう歴史のつながりって、なかなか日本では実感したことないけど、それも敗戦国だからかなあ。
トロフィー、名前が刻まれると、「永遠」って感じがしますね。貴重なトロフィーなのに、磨きもせず埃にまみれされて、申し訳ない。
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