2018年5月14日月曜日

自分を愛することと、嫌な気持ちを受け入れること 1

最近は若者、特に中学生高校生のメンタルヘルスの問題に、ニュースでも身近にでもよく接します。

それに関して私が思うこと、そして若い人たちに知ってほしいこと、それは「自分を愛すること」が何よりも大切だということです。

私がこの考えに初めて接したのは、今まで何度もここで書いたけど、ルイーズ・ヘイ(Louise Hay)という著者のYou Can Heal Your Lifeという本でした。初めて読んだのは今から30年くらい前になるんだけど、その時ですら「これはこの手の本の中では一番影響力のある本よ。」と友達に勧められて読みました。

その時は、さらっと読んでなるほどという感じでしたが、その数年後に読み返して、頭をガツンとやられたというか、心にズーンと響いたというか。とにかくそれ以来何度も何度も読み返しましたし、これからも読み返す本だと思います。

この本は最初は「体の病気には心の原因がある。」というテーマで一番注目されたのですが、(例えば腰痛はお金の心配とか)、私は(そして著者本人も)それよりも、この本全体を貫く一番大きいテーマ、「自分を愛することが何よりも大切であり、人生のいろんな問題は、自分を愛せないことに起因する。」という部分が一番感銘を受けた部分でした。

特に若い人に知ってほしいのは、「自分を愛せないから、他人にどう思われているかが気になるんだよ。」ということです。

他人にどう思われたっていいじゃない。そういうのは簡単だけど、自分を愛せない、だから自分に自信のない人は、他人にどう思われるかがすごく重要なことになってしまう。そして何より怖いことは、いくら他人によく思われても、いくら他人に愛されても、「でも私の本当の姿を知れば、私のことなど愛せるはずがない。」と思っていること。

若者のセルフハーム、うつ病、摂食障害、自殺未遂。そこまでいかないまでも、反社会的な行為とか、過度の飲酒、ドラッグ…その他いろいろな精神の問題や、心がすさんで自暴自棄になることで、犯罪や中毒に染まっていくこと。そんな問題の底には、自己愛の欠如があるはずです。

自分を愛しているならば、薬やお酒に溺れない。犯罪に流れていかない。悪い仲間に流されない。リストカットや、拒食症になったりしない。もしもそういう方向に流れて行っても、きっとどこかで、「私の人生はこんなはずではない。」と戻ってくる力を持っていると思うのです。

子供のころから親に大切に愛させて育ち、自然に自分を大切に感じ、自分を愛せる人たちはラッキーです。でもそうでない人たちもたくさんいる、というか、きっとそういう人たちが大半なので、今こんなにいろいろ問題が出てきているんじゃないかな。

この本は、そういう大半の人たちが、少しずつ過去の呪縛から逃れ、少しずつ自分を愛することを学ぶためのレッスンや手段が、本当に丁寧に、愛をこめて書かれています。

本当に、著者ルイーズの愛が行間から感じられるような本です。

若い人みんなに読んでほしいけど、大人から押し付けられた本ほど嫌なものはないので、そのうち自分で発見してくれたらいいんですけどね。
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他にももうちょっと書きたいことがあるんだけど、それはまだ後日。

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2018年5月13日日曜日

仏の漢字

最近はスピリチュアル関係の本を読むことが多くなり、ブッダもよく登場します。

英語ではBuddha。だから私の最近のボキャブラリーでは仏様というよりはブッダなんですが、そういえば日本語の仏陀も全く同じ発音だなあと何となく考えていました。

そうしてよく考えてみれば、この仏という漢字、仏陀と仏という以外に読み方とか意味とかあるのかなあと気になりました。それで今、小学生の時以来の漢和辞典(オンライン)を使って調べてみましたが、やっぱり思った通り、この漢字は「仏」以外の意味はありません。(フランスっていうのもご愛敬ででてましたが。)

じゃあ、この日本語の漢字の「仏」は、サンスクリット語から来ているBuddhaと丸々100パーセント同じ意味で同じ音なんですね。

遥か紀元前からのインドの言葉が、今の日本語の普通の漢字や言葉として、全くそのままなのにちょっと驚いてちょっと感動しました。

そういえば、ちょっと前、日本語で書かれたインド哲学史の本を読みましたが、サンスクリットの言葉やコンセプトがいろいろ日本語(漢字)で書かれていたのに驚きました。しかも私ですらいろいろ聞いたことのある言葉。大半は忘れましたが、例えば涅槃。これは有名かもしれませんがNirvanaです。

そしてこれは日本のお寺で知ったのですが、真言密教に阿字観という修行があるそうで、この「阿」はサンスクリットのオウムと同じであるとも言われています。

オウムはこちら。
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何となく字の形が似てなくもないかな。

ちなみに仏陀は日本では仏様、神様に近いような感じに思われていますが、ブッダとは「目覚めたもの」という敬称で、この言葉が指す本人のゴータマ・シッダールタは実は元王子様の、普通の人間で、結婚して息子もいました。

この普通の人間であったというところが、私は何となく感動します。

で
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すごくラッキーだったこと

娘のチャーリーが3月に車の免許を取りました。が、自動車保険があまりに高くて、私の車を運転させてあげられませんでした。それがやっと今月何とかお金の工面がついて、私の保険に一緒に加入させることができました。それで木曜日の夕方、初めて一人で私の車を運転して、ちょっと遠くに住む(30分くらい)ボーイフレンドの家に行きました。

その翌日の金曜、昨日の出来事です。

私はこの日はすごく忙しい日になることが分かっていました。午前中とランチタイムに2件続けてヨガのレッスンがあり、しかもこれが車で30分くらいの距離です。そしてそのあと、直接お葬式に行くことになっていました。お葬式の後またそのまま夕方別の場所のヨガに行く予定でした。

なので、前日からお葬式の服装一式を車に積み、同じく前日夜に翌日の晩御飯の下準備をして、朝仕事に行く前にスロークッカーにかけていくつもりにしていました。

その朝、仕事に行く前にまずチャーリーを学校に車で連れて行きました。予定では、チャーリーを送り届けた後、家に戻って朝ご飯を食べて30分ほどゆっくしてから仕事に出かけるはずでした。

それが家に戻る途中、国道のような大きい道から私の住む村に入るあたりで、なんかタイヤがおかしい感じがしました。それで国道を降りて村の方向に入ったところで車を降りてみると、パンクしていたのです。

自分でタイヤを換える方法、知ってはいるのですが、自分でやったことはないし自信がありません。家人デイブは出張が多い人なんですが、この日はたまたま町のワークショップにいるはず。それで電話をすると、すぐにやってきて、タイヤを取り換えてくれました。

取り付けたスペアタイヤを見ると、かなりすり減っています。空気の入り具合も不安だし、よく見るともう一つの前輪のタイヤもすり減ってるので、時間ギリギリですが、仕事の前にそのまま町のタイヤ屋さんに行って、取り換えてもらうことにしました。

そのパンクしたタイヤなんですが、これをよく見てみてビックリでした。パンクの原因なんですが、ラバーの黒い部分がひどくすり減っていて、白い糸のようなものまで見えるほどでした。なのでパンクの原因はタイヤの消耗です。すり減って穴が空いたんですね。

ということは、釘が刺さったとかいうアンラッキーな原因ではなく、起こるべきして起こったパンクでした。

それがたまたま起こったのが、制限速度100キロの国道を降りる辺り。私はかなりスピードを落としていたはずです。これが100キロで走っているときに起こっていたかと思うとぞっとします。

しかも前日はチャーリーが初めて運転し、その時に起こっていても全然おかしくないことでした。

これだけでもすごくラッキーなんですが、まるでおまけのように、タイヤ屋さんではちょうどすいていてその場で30分以内でやってくれて、私はぎりぎり仕事に間に合ったし、しかもその待っている間、行く時間がないなあと思っていた郵便局にも行けたました。チャーリーを学校に送り届けてから家に戻ってスロークッカーのスイッチを入れるつもりでいましたが、これもなぜかたまたま家を出る直前に、「ま、今入れとくか。」と思ってスイッチ入れておいたのでした。しかも、学校の送り迎えは携帯も電話も持たずに行くことが多いんだけど、この日は財布も携帯も郵便物も仕事に必要な小道具(?)も、しっかり全部車に積んでいました。

で、結局、何一つ問題なく、何一つ遅れることもなく、おまけにタイヤも二つ取り換えてしてもらって安全になったし、100ポンドくらいお金がかかったけど、それ以外は本当に本当に不幸中の幸いもいいところでした。

サイババ様、ありがとうございます、と何度も心の中で唱えましたよ。

では皆さんも今から外に出て、タイヤをチェックしましょう。私は10月にタイヤを直してもらったところだったんだけど、半年でずいぶんすり減ってたんですね。

長々と読んでくださってありがとうございました。ついでにこちらも宜しくお願い致します。

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2018年5月10日木曜日

まあええか

もう人生も半分は過ぎたなあっていう年になったんですが、最近思うことは、人生で一番大事な言葉は「まあええか。」かも、ということです。

ここ数年スピリチュアル関係の本をたくさん読んでるのですが、よくあちこちで見かける言葉は、「我々は人生をシリアスに考えすぎ。」って言葉です。

私は社会的政治的にはかなりリベラルなんですが、個人的なことになると固いというか律義な面も強いようで、自分で決めたルールとか、こうするべきだという思い込みだとかに 縛られすぎてるなあと思うことがあります。そういうのでちょっとしんどくなった時に、「まあええか。」というと、本当にそんな気がしてくるから、あんなに頑張ってたのはなんだったんだっていう気になります。

特にティーンエージャーの子供たちに対応するとき、彼らのすることに対して、それはいかんとか、とんでもないとか思うことも多いんですが、それも結局「まあハッピーならいいか。」で収まることが多いです。

母が2年前に亡くなるちょっと前に、「ああ、あっという間(の人生)やったなあ。」と言って死んでいきました。きっとそんな感じなんだろうな。昔から私は、死ぬときって、「人生って、これ、いったい何やったん?」って思うんじゃないかという気がしてしょうがないんですが、それならまさに、頑張ってしんどい思いするより、「まあええか。」で楽に行ったほうがいいです。

でも私よりも年長の人で、そういう助言をしてくれた人は一人もいなかったな。もしかしたら、そう思っていても、「若い人はそんなこと思ってはいかん。」という気持ちから、アドバイスしてくれなかったのかな。

確かに、自分の子供たちに「まあええやん。」をあんまり連発すると、それはそれで怠け者でぐうたらな人間になってしまうかもしれません。

やっぱりこれは、私くらいの年になって、「まあええやん。もうなんでもいいわ。」と、自分で悟るものなのかも。

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2018年5月8日火曜日

藤とバラ

7-8年前になるのですが、うちの表に藤とバラを植えました。どちらも大きなプランターにです。プランターよりも地面に直接植えたほうが断然いいのですが、場所的に仕方がありません。

バラのほうは植えた翌年くらいから咲き始め、毎年きれいな花を咲かせてくれます。

でも藤のほうはなかなか大きく育ちませんでした。元々、花が咲くまで何年もかかるとは知っていたのですが、プランター育ちだし、あんまり大きな期待をせずに育てていました。苗の値段はすごく高かったんですよ。20ポンドくらいしたかな。4000円くらい。なので、これが死んだら、二度と草花の苗は買わないなどと宣言してました。

そしたらうれしいことに、去年初めて花が咲いたのです。房が4つくらいついたかな。大したことはないんですが、それでも初めての花でうれしかったです。

今年はもっとたくさん咲いてます。この写真は数日前に撮ったのですが、房が10くらい花開いてるかな。そして、これから咲くであろう予備軍がいっぱいあります。今はもう少し花が開きました。

ご覧の通り、場所が大きい窓の下なので、この窓から見れるのがいいです。

満開になったらまた写真を載せます。

こちらはバラ。

つぼみはこちら。明日か明後日くらいに花が開きそう。こちらはたくさんつぼみがあります。100くらいはあるかな。

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2018年5月6日日曜日

ネズミ捕ってきたよ、食べて食べて~

私はすごい田舎に住んでいまして、そこで外を自由に出入りする猫を飼っているので、時々(週に1-2回くらい)獲物を捕まえて家に入ってきます。大体がネズミですが、小鳥のこともあるし、トカゲやモグラやコウモリを捕まえたこともありました。

どうして家に持って帰るのか。それについてはいろいろセオリーがあるようで、ここでも書いたことが何度もあります。

ひとつは見せびらかし。それから人間に対する哀れみ。そしてもう一つは本能。猫は自分の子供に狩りの教育をするのに、半殺し状態の獲物をもってきて子猫に与えて殺させるそうで、それの延長のようなものだとの話をネットで読みました。

それで私も、この本能説を信じておりました。

すると先日、こんな記事を読みました。猫は猫同士とかほかの動物に対しては、喧嘩以外で鳴くことはなく、人間に対してだけミャオミャオ鳴く。それは、猫が自分も人間と同じ言葉をしゃべっているつもりだからだ。とのことです。

つい昨日も、また猫のペッパーちゃんがネズミを咥えて家の中に入ってきました。

まず入ってくるときにミャオ~と大声で宣言するように鳴いて、ずかずかと台所に来て意気揚々とネズミを床に置いて、どや!という感じでネズミの横に座り、また何回かみゃおりました。

その感じがですね、人間語に直すとまさにこんな感じ。

(ドアを開けて)「 たこ焼き買ってきたよ~。」そして台所のテーブルにたこ焼きを置いて、「ほら。食べよ食べよ~、早くおいで~、冷めるよ~。」

そう考えたら、やっぱり猫って、呑みに行ったお父さんが家族にお土産を買ってくる感じで、自分は外で十分ネズミを食べたので、お土産に家に一匹持って帰ろうと思うのでしょうか。

そういえば昔、まだ自分は猫を飼っていなかったころ、隣の猫を猫かわいがりしていたら、家の入口の前にネズミを置いていったことが何回かありました。

案外律義な動物かもしれません。ツンデレですね。

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2018年5月4日金曜日

やるべきことも切り上げて、定時で帰宅

先日、夜早く寝ることが苦手な件について書きました。

どうして早く寝られないか。それは朝から晩までやることがあるから。そして深夜になって家族が寝静まると、今度は自分の時間で自分のしたいこととかがあり、その上、毎日毎日毎日、「今日もいろいろできないことがあったなあ。」という敗北感が残って、一日が終わるからという話でした。

しかしどれだけ頑張っても、今日はやるべきことをすべてやったし、やりたいことも一杯できたなんて日はないでしょうね。大体大人は誰でもやるべきことがいっぱいあるし、このインターネットの時代、夜中まで見たいビデオとか調べたいこととかチェックしたいウェブサイトとかあるし。ゲームとかやりだすと、それこそキリがないです。

夜更かししないっていうのは、残業しないっていうのと同じように捉えないといけないのかもしれません。

今日中にやらないといけない仕事でも、絶対の絶対にやらないといけないことと、今日中にやっておくべきということと、その中間あたりのことがいろいろあり、「絶対の絶対」以外は 、やるべきこともほったらかしで帰宅しないと帰宅できない。

そんな感じで、夜も勇気を出して寝ないといけないですね。今日送っておくべきメールの返事も、ブログのコメントのお返事も、今日調べておくべき野球の結果も、 調べておきたいことも、今週中に読み終わりたい本も、そういうことをすべてほったらかしにして寝ないと、どんどん寝る時間が遅くなる。

それはわかってるんだけどなあ。

今週は結構頑張って、30分くらいは早く寝たかなあ。別にだからと言ってすっきりしたという感じも、体調がよくなったという感じもないですが。

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2018年5月3日木曜日

書道と俳句

毎週水曜の夜、隣町の小学校でヨガを(大人に)教えています。

今週行くと、ドアの向こうにこんなものが貼ってありました。ちょっとピンボケだけど、見えます?日本の書道みたいなもの、「朝」と「強」です。字の感じ(下手さ)からして、イギリス人の生徒か先生が書いたみたい。

何か、文化とかアートの時間にやったのかな。

うちの子供たちが小学生のころは、書道はやらなかったけど、俳句はやりました。

俳句って言っても、要するに17シラブルの短い詩というだけなんですが、イギリスでは実は結構知られていて、特に子供にとっては短くて簡単でとっつきやすいし、小学校で俳句を授業で作ったり するそうです。

チャーリーも昔俳句を作りました。



Charlie’s Haiku


The Bat


While little wings beat
Like a scuttling little mouse
It flies through the sky.

Cats


It cutely meows
While making a giant mess
Like a little bear

The Deer


Hunters are running
While the deer is hiding
Like the mice in holes

The Daisy


The Daisy is small
But only comes out in spring
Like the springy lambs

なかなか俳句らしいですが、17音節かどうか、なんかよくわからないな。

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2018年5月1日火曜日

毎晩の後悔とかメンタルヘルスによくない考えとか

私がこの世で一番苦手としていることの一つは早く寝ることです。毎晩寝る時間が遅くなって、やっと目をつむるころには、「あ~、今日も早く寝るのに失敗したなあ~。」って敗北感で寝ます。もちろん朝一番に考えるのは、「どうして夜更かししてしまったんだろう。今日こそ早く寝るぞ。」です。

毎日毎日、過去30年以上、一年の350日くらいはこんなこと考えてるんだから、本当学習しないにもほどがあります。

そして夜寝るときは、いつも何となく、「ああ、今日もやりたいことややるべきこと、あんまりできなかったな。」って思います。そもそも早寝できない原因の一つはこれなんですから。夜中になってもまだやること、やりたいことがあって、それでもやっぱりいくら何でも寝ないといけないという時間になって、毎晩寝てます。

この、「できなかった」っていう敗北感はメンタルヘルスによくないですよね。

でもよく考えて、一つ一つ思い出してみたら、実は毎日いろいろこなしてるんですよね。仕事にしろ家庭内のことにしろ。朝7時から夜12時過ぎまでずっと、仕事、仕事関係、家の雑用、庭仕事などをしてます。

PCに向かってる時間が長いと、なんとなくコンピューターで時間を無駄にした気がするんですが、仕事のメールとか、個人のメールでも、必要なメールもあるし、こうしてブログを書くのも、自分の楽しみとはいえ、一応記録とか自分の考えをまとめるという機能もあるわけだし、無駄というばかりでは全然ありません。

というわけで、そんなに無駄に時間を過ごしてるわけでもないのに、毎晩のように、今日もあんまりできなかったって思うのはどうしてでしょう?やってもやってもこなしきれないくらい、いろいろやることがあるからなか。でも、これって私だけでなく、現代人ってこんなものですよね。

というわけで、今晩は意図的に、寝るときに「今日はこれとこれとこれをやった。」と、やったことをリストして、達成感に包まれて寝たいと思います。

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