2010年3月31日水曜日

トワイライトの感想


きのう例のトワイライト読み終わりました。話の続きは以下のとおりです。

主人公のベラとハンサムな吸血鬼のエドワードは愛を告白しあいます。そしてエドワードは今までの生い立ち、家族のことなどを話し、彼女を家に連れて行き家族に紹介します。そしてその日、家族で野球をしてると、ほかの吸血鬼の3人組が訪れます。彼らはベジタリアンではなく、人間の血を吸う吸血鬼です。そしてそのうちの一人がベラが人間であることに気づき、彼女を襲おうとします。彼は固執狂的な性格で、一度目をつけた獲物はなんとしてもしとめないと気がすまない。

それでエドワードの家族が全員でベラを守ろうとします。それでもずるがしこい吸血鬼はベラのお母さんをおとりに遣って彼女をおびき出し、彼女が殺されかけるところで、間一髪で助けられるという話です。

この話には続編があり、今それを読み始めたところです。

こうしてあらすじを書くとすごく子供じみてるし、実際そうなんですが、読んだ人たちはみんなやめられなくなります。私もあっという間に読みました。エドワードという主人公の超ハンサムな吸血鬼のことを先日書きましたが、エドワードだけでなくエドワードの家族にも強くひきつけられます。吸血鬼の特徴らしく、みんな目の覚めるような美男美女。そしていうことすること、すべてがエレガント。

こうして考えると、数年前に読んだThe Secret History(Donna Tarte著)を思い出しました。これもアメリカの作家で、この本はトワイライトとは違って純文学なんですが、こちらも熱狂的に取り付かれたようなファンがたくさんいます。私も今まで読んだ本の中で、一番引き付けられたといってもいい。何に引き付けられたかというと、キャラクターなんです。

こちらも舞台はアメリカの大学で、別の土地から越してきたよそ者がひょんなきっかけからあるエリートグループに入ります。そのグループは男4人、女一人。彼らの容姿についてはあまり覚えてないんですが、そのうちの一人が特にカリスマ的なエレガントでクールな男性です。

こうして考えると、小説の魅力ってかなりキャラクターに左右されるんじゃないかな。エドワードやシークレットヒストリーのキャラクターのようにカリスマ的な登場人物は、読者に対してもそのカリスマ性を発揮するのでしょう。

明日このDVD を借りることになってます。主役のロバートパティソンという俳優は、普段の写真を見ると小汚いというか、ラフなカジュアルな感じですが、この映画の中ではすごくエドワードらしいとのこと。私は個人的には、昔のルパート・エベレットがぴったりだろうと思ってますが、みんな知らないだろうなあ。

写真は先日の水泳の競技会のチーム写真です。

2010年3月30日火曜日

チャーリーのめがね


先日チャーリーとルイを眼科に年に一度の定期健診に連れて行くと、チャーリーは近視でめがねがいるといわれました。ほんの少し悪いだけなので、必要なときにかけるだけでいいとのことです。

私たちはそんなこと少しも思っていなかったのでちょっとショックでしたが、チャーリーはその場でめがねのフレームを選ぶことになって、嬉しそうでした。めがねができるまでは1週間くらいかかるということで、それ以来毎日のように「いつめがねができるの」と聞いてきました。

そして今日の午前中に電話がかかってきて、できたから取りに来るようにとのことでした。学校の帰りに行ったのですが、チャーリーの親友とルイも一緒についてきました。3人ともとてもものめずらしく嬉しそう。今はチャーリーはそれをかけてテレビを見ています。ちょっと複雑な表情をしています。嬉しいような照れくさいような、でも友達に変だと思われたらどうしようというという心配とかが混ざった表情をしています。

今まで知らなかったのですがイギリスでは子供は16歳まではめがねは無料です。フレームを買うには国民健康サービスからバウチャーが出て、そのバウチャーで買うか、デザイナー物などで高いものはそれに差額を足して買えます。昔は国民健康サービスのめがねというのはジョークの種だったのですが、今ではデザイナー物と変わらないデザインです。チャーリーのはディズニーのハナモンタナのロゴまで入っています。

しかも16歳までは毎年定期健診に行くたびに新しいめがねに取り替えることができます。そしてもしも壊れたときは、修理バウチャーまで出て、ただで直してくれるらしい。

そういえばルイも先日歯科医で矯正がいるといわれました。5月に専門医に会いに行きます。これも18歳までは無料です。こういうところが本当にイギリスってありがたいんですよね。イギリス人はこれは当たり前だと思ってるようですが、日本の事情を少し知ってる私は、やっぱりイギリスって懐が広いなあと改めて思ってます。

2010年3月29日月曜日

トワイライト


先日トワイライトという本を友達に借りて読み始めたと書きました。火曜、水曜と読んで、木曜くらいから面白くなってきて、週末は夜中まで読んでいました。まだ100ページくらいあるんだけど、今晩読み終わるんじゃないかな。 

ここまでのあらすじをさっと書くと、17歳の高校生の女の子がとある田舎の町に引越ししてきます。そこで目も覚めるような美男美女のグループを見つけます。話に聞くと、彼らは兄弟なのですが、町のお医者さん夫婦に引き取られた里子ということでした。彼らもよそ者で、この学校では浮いていて、あまり受け入れられていません。

そのうちの一人エドワードと主人公はたまたま席が隣になります。すると彼はその瞬間から彼女に対してひどい嫌悪感をあからさまにします。そして数日学校に来ない。そして今度学校に来たときは、手のひらを返したように親切です。

このエドワードが、この世のものとは思えないほどの完璧な男前なのです。外見だけでなくマナーやすることも完璧。それで主人公はどんどん彼に引かれていきます。でもその一方で、彼のミステリアスさはますばかり。

で、結局彼は実は吸血鬼だということがわかります。でも彼と彼の家族は「菜食主義」になった吸血鬼で、人間の血をすわないで、動物の血をすって生きています。初日にエドワードが主人公を避けたのは、彼が彼女を見たとたんに、その血を吸いたいという激しい欲望に駆られたからです。

エドワードは主人公に恋しているのですが、近づきすぎると本能に流されて彼女の血を吸ってしまうかもしれない。彼女のほうは、彼が吸血鬼だとわかってももう後戻りできないくらい、彼に恋をしています。

と、今までのストーリーはこんな感じです。後半から彼の吸血鬼の家族やその習性が明らかになっていきます。

今日の午後もヨガをしようと自分の部屋に行って、ふとその本を取り上げてしまって1時間くらい読んでしまいました。

この本って読む人読む人、すごく取り付かれるようです。それは思うんですが、ひとえにエドワードが完璧な男前だからです。「男前」という言葉さえはばかられるような美形です。といっても別に写真があるわけではないから、この辺は勝手に想像してるんですが、そこまで想像させるところが文章力ですね。

このDVDも友達に借りていて、読み終わったら見るつもりですが、見たいような見たくないような。どんなにかっこいい俳優がやってるとしても(ロバート・パティソン)、想像の中よりかっこいいということはありえないですからね。

写真は庭の水仙。いろんな種類の水仙がありますが、これは白で真ん中が黄色い。

2010年3月28日日曜日

夏時間

今日も水泳の大会でした。今日のは前回のような個人対抗ではなく、クラブ対抗の試合だったので、気分的に楽だし楽しいです。ルイとチャーリーはそれぞれ4種目くらい出場しました。リレーが主だったので、勝ったのもあり負けたのもありでした。結果は3チーム中で一位になりました。

大体こういう競技会は土曜なんですが、今回は日曜でした。そしてこの週末からイギリスは夏時間が始まりました。土曜の夜中、日曜の未明に時計が1時間進みます。だから1時間減るわけです。

この競技会は車で1時間くらいのところだったんですが、途中で同じクラブのメンバーのお母さんAさんから携帯にメールが入りました。家を出るのが遅くなったから、先に行ったら席を取っておいてくれとのこと。彼女はいつも早めに来る人なのにどうしたのかなと思っていました。

彼女は時間ぎりぎりにべつのお母さんBさんと同じ車で来ました。話を聞くと、B さんが夏時間が始まったのを知らなくて、今日の午後たまたまAさんと電話していて、家を出なければいけない15分くらい前に気づいたとのことでした。

そうしてるうちにもう一人のお母さんCさんが来ました。彼女も夏時間が始まったのを忘れていて、遅れたとのこと。彼女もAさんと電話して、思い出したらしい。

そういう私も、今日はウォームアップは5時だとばかり思っていたのですが、念のためにとAさんにメールで確認すると、4時15分だとのことで、あわてて家を出ました。

そういうわけで、私もBさんもCさんも、Aさんがいなければ大幅に遅刻するところでした。

実はCさんって、去年も同じことやってるんですよ。そのときは早朝にデボン州の大会でプリマスまで、スピード違反しまくりでやってきました。私もその昔一度やったことがあります。きっとイギリス全土で今日は遅刻したり、猛スピードで車を走らせたりということが起こってるんだと思います。

とにかく夏時間が始まりました。朝がちょっと暗くなって、夕方が明るくなります。気分はいいですね。

この週末はにんじんと鞘豆とパースニップという白いにんじんに似た野菜の種をまきました。そしてジャガイモを植えたいので、畑を耕したり堆肥をまいたりと、忙しかったし力仕事でくたくたになりました。まだ今の時期にまかなくてはいけないものがたくさんあって、ちょっとパニック状態です。来週晴れてくれるとはかどるんだけど。

2010年3月27日土曜日

誰にも属さない土地




うちの家は道路からプライベート・ドライブに入って、30メートくらい先に家が建ってます。このドライブはうちとお隣さんとお向かいさんの3軒で共有していています。そのドライブの左側が私たちの土地で、右側に道路に面して別の家(Aさんの家)が建っています。

このAさんの家とドライブの間にドライブに沿って長さ5メートル、幅1メートルくらいの草地があります。この土地が誰に属しているかわからない。草が生えていますからほうっておけばぼうぼうになりますから、時々誰かが草を刈ります。昔はお向かいさんが世話をしていたのですが、おととしこのAさんたちが引越ししてきて以来、彼女たち夫婦は普通以上の情熱を欠けて整備しています。壁沿いに花を植えたりまで。

それで私たちはちょっと危機感を感じていました。イギリスでは誰にも属していない土地は、世話をしてる人のものになるという法律があります。(何年か世話をし続けなければいけないとは思いますが。)どうやらAさんたちはそれを狙ってるようなんです。確かに位置的には彼らの家の真横なので、彼らが所有するのが理にかなってるようではあるんですが、私たちにはそうなると困る事情があるのです。

というのはこのドライブは、自家用車が通るにはぜんぜん狭くありませんが、トラックが通るのはぎりぎりで、そういう時はこの草地に乗り上げて入ってきます。日本では聞いたことありませんが、うちはガスが通ってないので、暖房や給湯の燃料はディーゼルオイルを使っていて、これを年に数回1回につき1トンずつ、大きいタンクロリーで家の裏にあるタンクに届けてもらうんです。だからこのドライブが狭くなるとすごく困るんです。

もちろんディーゼルだけでなく、大きいものの宅配だとか、緊急の救急車や消防車もここに入れないと困ります。

今週木曜に私が買い物から帰ってくると、このAさん夫婦がまた熱心にここを世話をしてるのが目に付きました。それでどうしようかなあと思ったんですが、思い切って話しに行きました。

花を植えたり草を刈ったりして世話をしてくれるのはすごくうれしいが、実はこの土地を所有されては困る理由がある。なぜなら、ここに建て増しなどをされてドライブが狭くなると、生活ができなくなるからだ。あなた方はそういうことをしないだろうけれど、将来この家が売りに出たときに、次の所有者がそうしないとも限らない。だからこの土地はこのまま誰にも属さないままにしておきたい。というような旨でした。

すると彼女はとってもよく理解してくれました。ガーデニングがすきだし、自分たちは年金生活者で仕事も退職してるし、時間があるから世話をしている。そういう事情はちょっと聞いていたので良くわかっている。この土地を自分たちのものにしようとは思っていないし、ぜんぜん心配しなくてもいいとのことでした。

このことは実は去年の夏からちょっと懸念事項になっていたので、とってもほっとしました。だってこういうことってこじれると必ずや弁護士が中に入って、すごくお金がかかってややこしいことになって、近所づきあいが無くなるからです。そうなると誰もが居心地が悪い。

実はこのA さん、1年位前からヨガに来てくれてるんです。それで仲良くなったし、先日はヨガの後お茶に招いていただいて、1時間ほどあれこれおしゃべりするということもありました。

こういう田舎って実はこういう土地の境界線についての問題が絶えないんです。図面を見ても良くわからないことが多くて、境界線がどこか良くわからない。

でも普段から仲良くしている人とは、こういうことがあってもちゃんと誠実に話し合えば大体解決するし、近所づきあいって大切ですね。先日お邪魔したときは、昼間からこんなことして油売ってていいのかなとちょっと思いましたが、それが良かった。

今週はずっと雨でしたが、今日はちょっと晴れたので、たまっていたガーデニングをしました。庭の様子を写真で上げときます。

2010年3月26日金曜日

楽な生活

今日友達の家に行ってマッサージをしてもらいました。彼女はもともとヨガの生徒だったんですが、ここ数年たまにマッサージの交換をする仲になりました。

彼女の家はうちなんて比較にならないくらい田舎にあります。彼女の家から3キロくらいに家が2件くらいしかありません。周りは大体農地です。彼女の家はお屋敷というほどではないけれどなかなか大きく、かなりの土地が回りにあって、これを近くの農家に貸し出してるそうです。

彼女は年は私より10歳くらい上かな。でもとてもそうは見えない魅力的な人です。だんなさんはもうちょっと年上に見えます。私と彼女はかれこれ10年近く知り合いなんですが、ずっとこの人たちどうやって生計を立ててるんだろうと思っていました。

だんなさんは何をしているのかと聞いても、自然療法の研究を何年もしているという以外は、別に仕事のようなものはしていないようです。彼女はセラピストなんですが、週に10人くらいお客さんが来るとしても、せいぜいそれからの収入はつき千ポンドくらい。土地を貸すといっても、農地からの収入なんてすずめの涙のようなものです。彼女たちにはもう成人しましたが子供が4人もいるし、家も大きいし、いったいどうしてるんだろう。それで前回あったときに思い切ってはっきり聞きました。

すると、実はだんなさんが資産家の家の出で、彼の両親が彼が若いころ亡くなったときにかなりの遺産を受け取り、それでずっと生活しているそうです。

ふーん、そういう人もいるんですね。彼ら自身はそんな資産家というタイプでは全然なく、むしろスピリチュアルな生活の追及を目指してるような人たちです。家はまあ大きいけど、車は小型の車を共有してるようだし、お金に汲々している感じでは全然ないけど、贅沢している様子もありません。

うらやましいな、そんな生活。私もしてみたいなあ、と考えて、よく考えると私も似たような生活してることに気がつきました。毎月毎月赤字ではあるものの、別に食べ物に困るわけでもガソリンが入れられないわけでもないし、田舎の大きい家にのんびり暮らしています。デイブが働いてくれるので(ホッホッホ)私はちょこっとヨガを週に何回か教えるくらいだし、時間の拘束も少なくて、昼間こうして友達の家に行ったり、ヨガをしたりできる。

考えたらありがたいことです。なんか今日のブログ、まとまりがなくなってしまいました。失礼。

2010年3月25日木曜日

ボストン

最近近所に大きいスーパーができて、食料品だけでなく洋服や電化製品なども買えます。そしてCD やDVD も買えます。と言ってもレコード屋ではないから、通のCDなどはもちろんなく、売れ筋のが50枚から100枚くらい安く売っています。

そこで前日ボストンのCDを見つけて買いました。ボストンと言うのはアメリカのロックバンドです。私が昔このバンドのレコードを買ったのは中学2年のとき。13歳です。だからなんと32年前になります。1970年代の後半。一応ハードロック系なんだけど、その中ではソフトな感じで、気持ちの高揚するようなアップビートの曲が多くて好きでした。そのころ周りにロックを聞くような友達は2人しかいず、そのうちの一人でとっても好きだった友達がこのボストンが大好きで、「死んだら葬式でかけてほしい。」といっていました。

その後そのバンドはレコードを作らず、解散したものだとばかり思ってました。ボストン、大ファンというわけではないけれど、大好きな曲もあったし、何よりも親友の葬式にかけるレコードなので良く覚えていました。

それが先週このスーパーに行ったら、マイケルジャクソンなどのCDと並んで、棚にずらっと置いてありました。すごく懐かしかったし、すごく驚いた。どうして?最近は昔の音楽が良くリバイバルされているし、そういえばボストンの曲、コマーシャルか何かで最近聞いたことがある気もするけど、いったいどうしてだろう。

でもとにかく安いこともあってためらわず買って帰りました。子供たちに、私が12・13歳のころ好きだったバンドだと言うと、興味を持ったようです。一緒に聞いてみて、なかなか気に入ったようでした。そのころ好きだったDon't look back. と言う曲、当時は意味が良くわからなかったけど、今ではちゃんと聞き取れます。昔思ったとおり、前向きないい曲です。ギターの前奏がいいんだな。ギターを弾くまねしてみたくなります。(空想のギターを弾くまねをすることをエアー・ギターAir Guitarといいます。)

それでふと、どうして急にボストンのCD(そのころはCDすらなかったのにね)が売られているのか思いあたりました。子供のゲーム、任天堂DS と任天堂Wiiで、ギターヒーローというゲームがあるんです。Wiiのほうでは弦のついていないギターのようなもので、いろんな曲に合わせてギターを弾きます。まあいえばカラオケのギター版のようなものです。

これは憶測ですが、きっとボストンとかボンジョビとかの昔の70年、80年代のロックバンドの曲がギターヒーローで受けてるんですよ。

それにしても私が昔好きだった曲を子供たちが聴いてるというのは、なんだか面白いなあ。

私もこのボストンのDon't look back, お葬式でかけてくれといっておきました。QueenのAnother One Bite The Dust(また一人死んだという意味) といっしょに。

http://www.youtube.com/watch?v=KiOqHLVxZvA

リンクを載せておきました。イントロだけでも聞いてください。このギターソロが最高なんですよ。

2010年3月24日水曜日

Twilight

Stephenie Meyer と言う作家のTwilight(トワイライト)と言う本を友達に借りて読み始めました。

この本のことをはじめて聞いたのは、1月に友達二人とランチに行ったときです。友人A がたまたま読んだこの本にはまってしまって(3部作ある)、友人Bも取り付かれるように読んだとのこと。クリスマスの期間夜中まで読んで、翌日朝6時におきて続きを読むというくらいはまったらしい。そしてその中毒はどんどん広がり、友人Aの経営する美容院の従業員もみんなはまり、小学校の他の父兄にも蔓延しつつあるとのことでした。

この本は吸血鬼についての本です。ハリーポッターのように、ティーンエージャーを対象に書かれているらしい。そして同じように長い本です。知らなかったのですが実は映画も2作目までできているらしい。主役の男優はまだ20歳そこそこにして、昨年は世界で一番セクシーな男性に選ばれたとか。(個人的には30歳以下の男はセクシーにはなりえないと思ってますが。)

その話を聞いたのは1月だったのですが、私は吸血鬼の小説にどうも食指が動かなくて、勧められてもなかなか読もうという気になりませんでした。

それが先日チャーリーの水泳の大会に行ったとき、隣に座ってい女性と、彼女の読んでいた本についての話になりました。そこから最近読んだ本の話題になって、私はちょうどハリーポッターを呼んでいたので、「実は子供の本といえばそうなんだけど、今ハリーポッターにはまってる。」というと、その人は「実は私も今ティーンエージャー向けの本にはまっていて、取り付かれるように読んでるの。」とのこと。その本はこのトワイライトだったんです。

そういうわけで、いよいよ読む気になりました。電話1本で友人AとBが二人あわせて三部作全部と、映画のDVDを貸してくれました。話が早い。長い本なんだけど、読み終わったら報告します。日本でも映画が出てるくらいだから、はやってるのかな。

2010年3月23日火曜日

マイケルジャクソンの死

遅ればせながら、マイケルジャクソンのThis is itをDVDで見ました。これは彼が死ぬ数ヶ月前の、ロンドンのコンサートのためのリハーサル風景のドキュメンタリーです。

彼って死んだときは、死因は薬漬けになったことで、廃人のようになって死んだかのような報道でしたが、このビデオで見る限りでは、ぜんぜんそんなことはありません。声も踊りも今ひとつ力が入っていないけれど、それはリハーサルだから当たり前のことで、彼自身も「声をセーブしないと」と言っています。

それから報道ではリハーサルはぜんぜんうまく行っていなくて、それも薬漬けになった原因のひとつと言うことでしたが、そんな感じではありません。着々と進んでます。ほんと、報道って当てにならないよなあと思いました。

彼の音楽はファンキーなので、普段はあまり歌唱力を感じることはないけれど、リハーサル風景では、楽器もなしで音程がぴったりだし、そういえば昔ジャクソン5であんなにうまかったんだから、今でもすごくうまいです。でもそれにもまして、踊りがすごいなあと思いました。

ダンサーのオーディション風景があって、100人以上のダンサーが集まるのですが、そこから厳選された数人とマイケルが踊ります。それが、ぜんぜん劣ってないどころか、プロのダンサーたちよりうまい。しかもダンサーたちは20代くらいだろうに、マイケルは50歳になろうというのに。そして良く考えたら、彼の本職はダンサーですらない。

このビデオで見ると、どうしてそんなに薬漬けになって死んだのか、ぜんぜんわかりません。これだけ踊れるくらいだから、きっとフィットネストレーニングもしてたんでしょう。まだまだこんなに歌って踊れるのに、本当に残念。

でもその反面、彼がどうして死んだのか、わかるような気もします。彼ってまだまだすごいけど、それは20年位前の彼のすごさで、そこから変化や進歩をしていない。コンサートではスリラーやビリージーンといった昔の大ヒットがメインで、もちろんファンもそれを望んでる。でも20年前の自分と今の自分は違うはずなのに、それでも同じことをし続けなければいけない。そうすることが期待されている。自分の盛りは過ぎてしまって、今も人気はあるものの、それは昔の名残で、もうあのころ以上のものは新しく作り出すことはできないというのは結構苦しいものがあるんじゃないでしょうか。

話は私の好きなボブ・ディランに飛びます。彼ってもともとはフォークシンガーで、それからロックに変わったとき、ファンにすごく批判されました。その後も彼は常に変わり続け、そのたびにこき下ろされるけど、ぜんぜん気にせず好きな方向に変化し続けます。コンサートでは昔の曲を歌っても、そのアレンジをまったく変えてしまって、オリジナルとはぜんぜんかけ離れたものになることも良くあります。評判がいいこともあるけど、「ああ、彼ってまた自分で自分の歌を無茶無茶にしたな」と言うことも良くある。

今は彼はブルースシンガーになりました。そしてNever ending tour(終わりなきツアー)と言うのを何年もしています。最近(といっても6年位前かな)出したアルバムは、どういうわけかアメリカで20年ぶりくらいに1位になりましたが、それでも本人は特にどうこうすることもなく、マイペースでやってるようです。私は彼の最近の音楽はぜんぜん興味ないので聞いてません。コンサートが近くであれば行きたい気もするけど、行っても昔の曲は、少なくとも昔のアレンジではやらないだろうし、いっても面白くないかな。

マイケルもさあ、ボブ・ディランのように、商業的な成功は関係なく、そのときに好きな音楽を好きなようにやっていれば、ああいうことにならなかったかもなあってちょっと思います。きっと彼は、サービス精神が強すぎるんだろうな。そしてディランのように強く自由に、好きなことをできなかったんだろうな。そして芸術家にとって、好きなことを自由にできないと言うのは、死んでしまうのと同じことなんじゃないかな。

芸術に限らなくとも、人間って変わらなくなったら終わりじゃないかなあ。生きていれば変わり続けるもので、でもそれがさまざまな状況で自由に変われなくなると、いろいろな不都合が生じてくる。特にマイケルジャクソンのような芸術家にとっては、そういうのは普通以上に苦しいもので、そう思うと彼の魂が「ああ、もうマイケルジャクソンでいる限りは自由に成長できないから、もうやめよう。」と思ったとしてもすごく納得が行く気がします。