2024年12月29日日曜日

大阪での高校の同窓会

 11月に大阪に5日間帰りました。高校の35期生の還暦同窓会。私の行った高校は大きい学校で一学年に500人以上いました。同窓会の日程は1年以上前に決まってました。同窓会のためだけに帰るっていうのは、なんか大げさな感じ。仕事1週間以上お休みしないといけないし、何よりお金がかかる。でも、この機会を逃したら、次はみんなに会える機会なんてないかもしれません。それで思い切って行くことにしました。

参加とは決めたものの、それでもいろいろ不安要因があり、最後の最後まで、中途半端な気持ちでした。

母が8年前に亡くなり、いろいろ事情があり実家に帰れなくなり、泊るところすらありません。それでホテル。親がなくなると、生まれ育った土地に帰っても、ホテル取ることになるんですよね。寂しい。大阪のホテル高い。そういうわけもあり、5泊。

そして飛行機。昔はKLMで帰ることが多かったんだけど、ヨーロッパ系の飛行機はウクライナ戦争以来無茶苦茶高い。その中で激安なので、中国の飛行機。値段はなんと3分の1。しかも乗り継ぎのスケジュールもよくて、ロシアの上を飛ぶから速くて、大阪まで飛ぶし、その上スーツケース2つまで無料です。

で、これを予約したんだけど、いろいろわるい風評を耳にして、本当に本当に心配でした。

そういうわけで、100パーセント乗り気というわけでもなかったのですが、ふたを開けてみれば、すべてうまく行きました。飛行機は(食事と機内エンタメはひどかったけど)、スムーズに飛んで乗り換えも問題なし。(ただオンラインチェックインが出来ないので、なんとなく直前まで心配でした。)

予約を取ったホテルは駅にも梅田にも近くて、狭いながらも快適。

そして初日から最後の日まで、大学の友達やら高校の友達やらと毎日食事会飲み会。本当に楽しかったです。

そして同窓会自体は先生たちも入れて150人近くが集まるという大盛況でした。本当に高校の友達っていいなあと思いました。2次会のディスコ、マハラジャ(昔からある心斎橋のディスコ)ここも80人くらいが参加。還暦とは思えないエネルギー。ほぼ全員が踊りまくってました。曲は80年代の曲。YMCAとか。🤣🤣


テニスクラブの友達と同窓会の翌日に改めて会い、いろいろ人生の波をお互い語り合って、やっぱりまた帰ってこようと思いました。








ポルトガルから帰国のトラブル

 このブログの昔からのポリシーは、ネガティブなことは書かない、でした。それを続けたいので、このポストはポジティブなトーンで書きたいと思います。

日本でも同じだろうけど、最近は空港のセキュリティその他が厳しい。それでオンラインチェックしたうえで、2時間以上前に空港に行くようにしてます。ポートからの帰りも空港に早めに行きました。すごく混んでます。セキュリティの列が長くて、間に合うか心配でしたが、何とか搭乗30分ほど前に余裕をもってあちら側に行けました。

免税のポートワインを買って椅子に座ってゲート番号が表示されるとの待っていると、

ありえないショック。

😱😱😱

突然、キャンセル。。。


しばらくは何が起こったのか、どうしていいのかわかりませんでしたが、エアラインからメールが来て、フライト変更しろとのこと。

でも我々の飛行機は夕刻で、しかもロンドンではなくブリストル便だったので、もうその日は飛行機がありません。そして翌日のポート発ブリストル行は満席。見ている間にどんどんフライトが埋まっていくので、私たちも大慌てで、翌日のリスボン発のブリストル行に予約変更しました。

と言っても、ここは知らない土地。リスボンまでどんな距離か、電車があるのか、どうやって行くのか、すべてその場で調べるしかありません。

結局夜間バスがあることがわかり、4時間くらいかけてポート空港からリスボンに行きました。夜中過ぎに、エアライン指定のホテルに到着。その日は疲れ切ってバタンキュー。

私は翌日、家で予定があったので、このキャンセルはすごく困ったのですが、仕方ありません。こうなったら、転んでもただで起き上がるわけには行かない。それで、リスボンに住む友たちにバスの中からメールを送ると、翌日ランチに出てこれるとのこと。

それで、一日延びたホリデーの最終日は、午前中はリスボンをさらっと観光、ランチに美術館のカフェで友人と食事し、そのあと夕刻の飛行機でやっと帰ってこれました。

が、この飛行機が4時間くらい遅れ、本当に帰れるのか不安に。。「もうグラスゴーでもアバディーン(スコットランドの僻地)でもいいから、イギリスにかえらせてくれ~」という気持ちになりました。

夜中2時くらいにブリストルに付き、バースの彼氏の家で2時間くらい寝て、朝の5時に起きてデボンの家まで運転しました。

まあろくでもない目にあったのですが、それでもリスボンの空はすごく青くて美しくて、友達にも会えて、〆は悪くなかったです。







ポルトガルの街、ポート

 今日は12月29日。今年も終わろうとしてます。今年は息子ルイがお医者さんになって2年目。クリスマスの翌日のボクシングデーにシフトが入ってたので、クリスマスの前の週末に3泊で帰省して、家族で、元彼(子供たちの父親)デイブと、娘チャーリーの彼氏ポールも参加して、21日にクリスマスをしました。冬至の日で、クリスマスの元々の起源は冬至と言われているし、まあちょうどよかったです。

今はルイもチャーリーもロンドンに帰って、私は一人でぶらぶらしてます。まるで学生時代のように、午前3時とかに就寝。

そう言うわけで、ずっと書いていなかったブログをまとめて書きます。

9月の頭に、ポルトガルのポートという街に行きました。リスボンの次に大きい街です。ここ数年無茶苦茶人気が高まり、観光客がいっぱいでした。

何がそんなにいいかと言うと、まるで昔ながらのポルトガルなんです。

路面電車とか。



タイル張りの壁とか。



赤い屋根瓦とか。






迷路のような細い通りとか。




それとポートと言えば、ポートワイン。個々が発祥地で、ワインセラーツアーがいろいろあります。我々も参加。ワインテーストが料金に含まれていて、しかもポートを買うと、ツアー料が返ってくるという、お得なシステム。


ポートワインはどこでも出てきて、私も飲みすぎました。

ファドって知ってます?ポルトガルのフォークソングと言うか演歌というか。そのショーに行きました。そこでもポートがただで振る舞われました。

5泊6日の旅。小さな町なので、そんなに必要なかったけど、それはそれでゆっくりできてよかったです。

が、最後に大きなどんでん返し。。。。続く

2024年8月15日木曜日

クレタ島ホリデー

 もう8月も中盤、夏も山を越えたじゃありませんか。それなのにですね、今年はまだ2回しかブログ書いてない。しかもその一つは2023年の出来事。

どうしてこんなことになったのか。このブログ2008年に始めたんですよ。ということは16年目。コロナのころまではほとんど毎日書いてたんだけど。

最近どうして書かなくなったかと言うと、仕事が忙しいからです。ヨガの先生の仕事。スタジオで教えてるほかに、オンラインでも教えるようになって、将来に向けて長期のオンラインビジネスのプロジェクトに取り組んでるので、それで毎週ほぼ週末も休みなしで(自由業ってそうなるんですよね)、1日10時間くらい働いてます。

収入は、食べてはいけてるって感じ。まあ好きなことやってこれなら文句ないかな。

ブログはこちらはご無沙汰してる分、ヨガのブログ、仕事で書いてます。


それでも7月に1週間お休みを取って、ギリシャのクレタ島に行きました。私はギリシャの島がホリデー先では一番大好き。クレタ島は前から行きたかったんだけど、なぜか今まで行けず、今回初めて行きました。ギリシャの島のうちでは一番大きく、南に位置しています。私たちは島の南部に泊ったので、海の向かいはリビア。見えるような距離じゃないですが。

ガイドブックによると、この我々の泊まったあたりは、夏は風が強いとのこと。その通りでした。結構ゴウゴウ吹いてました。時々ビーチタオルやチップの5ユーロのお札が飛んでるのを見ました。でも警報も注意報もなく、すべてちゃんと機能してました。暑かったので、涼しくてちょうどよかったくらい。

島は荒涼としてました。茶色の埃っぽい土地で、オリーブの木とタイム(らしい)ハーブくらいしか生えていません。

海はすごく綺麗だった。豪風なのに波全然なし。私はプールでは泳げるけど、足のつかない海は怖いのですが、ここは本当に琵琶湖のように穏やかな海で、何メートルも下の海底まで見えます。そんなところで、毎日1時間くらい泳いでました。魚もいたけど、カラフルではなかったです。

食べ物は、私はギリシャ料理好きなんだけど、どのレストランも似たり寄ったりのメニューだったので、1週間以上行ったら、チャイニーズとか食べたくなるかも。毎食、ランチの後でも、どのレストランもラキというお酒をただで振る舞ってくれました。そしてスイカとかアイスクリームとかのデザートもサービス。

泊まったアパートメントのご家族もすごく親切で、最後の日はお土産までくれて、クレタ島の人たちってすごくホスピタブル(お客さんを歓迎する性質)なのかな。どこであった人も親切でヘルプフルでした。

でも実はクレタ島の歴史は、結構血まみれなのですよ。拳銃の所有率もすごく高いとかで、道路の脇のサインが銃のターゲットに使われてるのが見て取れました。撃ち抜かれた穴がいっぱいあいてました。

久しぶりに日本語書いて、楽しかった。9月にポルトガルのポートに行くので、また次のブログはその時だな。












2024年1月28日日曜日

ピートとミニ旅行

 1月はお正月から1週間お休みを取っていたので、ピートと一緒にコーンウォールに一泊で旅行に行きました。コーンウォールは隣の県で、車でたったの1時間半で行けます。

去年もこの時期に知り合いのコッテージを1週間借りたのですが、寒くて雨が降り続いて、あまり楽しくなかったので、今年は1泊と期間を短くし、しかしちょっと高いホテルに泊まりました。

海の近くで天気もまあ一月にしたら許される程度の雨天で、なかなかリラックスできました。

このホテルはレストランも評判がいいとのことで、夕食と朝食をホテルで食べました。ワインが高かった!まあ、ホテルからほぼ一歩も出ず過ごしました。日本で温泉旅行に行く感じかな。

が、帰宅後、今後はこの季節は、やっぱりスペインやイタリアなんかの南欧に行こうではないかという話になりました。イギリスの1月はどこに行っても楽しくないです。








11月、またロンドンへ

 今回は2泊チャーリーの家に泊めてもらいました。チャーリーは毎年引っ越しするので、また新しい住所と新しいフラットメイト。今回のフラットは今までで一番きれいで、場所も便利でよかったです。ここに数年住むことになるといいんだけど。

まず初日は夕方にロンドンについてルイと賑やかなロンドンブリッジのシャングリアホテルの前で待ち合わせ。もうすっかりクリスマス前の雰囲気でした。ルイは8月からやっと社会人になってくれたので、パブでは一杯目のドリンクをご馳走してくれました。初めてルイが買ってくれたドリンク。。。借金もそのうち返してね。。。。


その後チャーリーが参加し、マレーシア料理を食べに行きました。混んでた。。。


翌日は、私が前から行きたかったソーホーのクリシュナレストラン。ベジタリアンのインド料理をおいしくいただいた後、ホルボーンのSir John Soane's Museum という不思議な小さい博物館に行きました。何が不思議かと言うと、これは個人の博物館で、Sir John Soane'sが生前趣味で集めたありとあらゆるものが展示されていました。しかも場所は、ロンドン中心の街中の家。ロンドンの基準からするとすごく大きいけど、博物館にするには狭すぎます。

あまり知られていないので空いてるかと思ったら、長い列がありました。しかも無料。いろんな意味で、イギリスのエッセンスが凝縮された博物館です。

その後チャーリーの彼氏も参加し、晩御飯。

そして最終日は、ロンドンのイーストエンドのYoung V&Aという子供向けの博物館に行きました。ここで日本のアニメ等の展覧会があったからです。展覧会自体は大したことなかったけど、博物館は結構面白かったです。

しかし今回、クリスマスに近いこともあってか、とにかくロンドンは混んでました。人が多くて物価が高くて、何をするにも予約が必要。初めて、「もう私ロンドンには2度と住めないかも。」と思いました。たまに訪問するのは楽しいです。




クリシュナレストラン

上記の謎の博物館

チャーリーの彼氏ポールも参加




2023年11月12日日曜日

ロンドン日帰り旅行

 私の家からは、ロンドンまでは片道4時間くらいで、よっぽどのことがない限り日帰りはできないんですが、先日は彼氏ピートの住むバースから日帰りで行ってきました。電車で片道1時間20分なので、十分可能。しかも最近はロンドンはとても高くて、安いホテルでも1泊200ポンドくらいなので、とても泊まろうという気にはなりません。

行った理由は、息子ルイのバンドのギグが小さいパブであったからです。ルイが実家に住んでいたころはよく行ったのですが、そのころのバンドはヘビメタで、ちょっときつかった。今のバンドはなかなか洗練されたちょっとジャズっぽいバンドなのですが、今まで一度も見る機会がなかったので、この機会に行ってきました。


が、まず昼間にチャーリーとランチ。子供二人が同じロンドンに住んでいるので、助かります。担々麵のレストランに行って、そのあと、トルコのケーキショップに行きました。麺はお値打ちで美味しくて、ケーキは高くておいしかった。ケーキ一つの値段が、担々麵ランチセットと同じくらいでした。

担々麵のお店
このケーキ屋さんは、とにかくキラキラと言うか、ギラギラというか。これでもかというくらい照明が付いてました。イギリス人は電気をあまりつけない暗い部屋が好きなので、明るい部屋が好きな私にはぴったりでした。一歩足を踏み入れた時点から、トルコ感がいっぱいでした。ロンドンにはこういう、中東風のお店がたくさんあって、そのほかにもアフリカとかインドとか中国とかそのままのお店がたくさんあり、私は大好きです。


ケーキ屋さん
そして夕方にルイのバンドを見に南ロンドンの小さいパブに。全くの住宅地の中にあるパブなのですが、これもまたすごい(いい意味で)内装でした。ミニマリズムの逆、マクシマリズム。

ルイのバンドは6曲演奏しました。せっかく行って短いなあと思ったけど、ルイの彼女やバンドのメンバーやハウスメイトにも会えて、行った甲斐がありました。

そうそう、バンドの名前はFacelift。スポティファイで聞けます。


そしてまたこの週末、今度は2泊で一人でロンドンに行きます!





息子。淡々とギターを弾いてました。

マクシマリズムの内装


2023年10月23日月曜日

知人の結婚式

 ちょっと前ですが、9月に知人の結婚式に行きました。ウェールズの南部のスワンジーという都市の近くです。その知人は、彼氏ピートの同僚。100パーセント在宅の仕事なので、お互い会社のあるロンドンから遠くに住んでいます。

この年になると結婚式に呼ばれることって減りますよね。葬式のほうが多いくらい。。。結婚式は、姪などの若者の式に家族の義理で呼ばれるか、再婚。

この同僚(女性)の場合も再婚。が、ちょっと事情が込み入っているのです。

この人とその元旦那さんはどちらも弁護士で、とても裕福な人たちなのですが、だんなさんが数年前自殺したのです。それでそのあと、いろいろ相談に乗ってくれた人が、隣の教会の牧師さん。

今回その再婚相手は、その牧師さんなのです。

これはちょっとした町のスキャンダルとなったことでしょう。しかもこの女性はすごくお金持ちなのですから。

わざわざ結婚したのも、多分信者さんの手前、同棲関係ってわけにも行かなかったからでしょうね。

式は、出席者は多かったですが、この教会で式をあげて、披露宴はとなりの教会のホールで、という、ある意味質素なものでした。(でもワインとかシャンペンは高そうなのが振る舞われましたが。)この女性の経済力なら、お城を借りて披露宴だって十分できただろうに。

記録のために写真を数枚載せておきますが、肝心の新郎新婦の写真を取り忘れた!

翌日天気が良かったので、海辺によって帰りました。踊りすぎで膝が痛かった!








2023年9月26日火曜日

大学の卒業式

 イギリスに長く住んでいるので、新たな体験というものは少ないのですが、今年初めて、続けて二回も経験したのが、子供たちの大学の卒業式でした。今まで小、中、高と卒業してるわけですが、パーティーやらお祝みたいなものはあっても、卒業式はありませんでした。

ルイは6年間の大学生活を終えて、医学部の卒業、チャーリーは医学部の途中に一年お休みして取ったAnatomy(解剖学)の学位の卒業です。

いやー、初めて体験しましたが、いいですね。結婚式のような感じの、ちょっと厳粛で晴れ晴れしく、いろんな人と会って話をする機会です。

卒業者はそのためのローブを着ます。帽子のある大学が多いですが、子供たちの大学は帽子なし。ビビアン・ウエストウッドのデザインだそうです。首から下がっている帯のようなものは、学部によって色が違って、医学部は紫、チャーリーは医学科学のオレンジ色でした。

卒業式自体は日本のように、名前が呼ばれて、証書をもらいに行きます。これが長くて退屈。

親などの出席者はチケット代がいります。一人27ポンドだったかな。5000円以上です。毎年毎年200万円近く授業料取って、卒業式くらいただで出席させろってちょっと思いますよね。

そして式の後は、ドリンクやカナッペがでるレセプションがあります。

そしてその間とその後は、友達の親御さんたちとおしゃべりしたりパブに飲みに行ったり。そして夕方は親と食事というパターンが大方のようです。

ルイは日本に行く前日、チャーリーは日本から帰ってきた翌日に卒業式で、どちらも天気が良くて、とてもいいイベントでした。あとはチャーリーの2年後の卒業式。