今年は11月があたたかかったせいで、ぜんぜんクリスマスが近づいてるって言う感じがしなかったんですよ。それに多分最近はガソリンの高騰もあり出不精なので街の雰囲気に影響されることもなく、それもあるかもしれません。どうして11月からクリスマスなんだと思うかもしれませんが、正確に言うと、クリスマスショッピングを始めるのが遅かったんです。いつもなら10月くらいから商戦は始まって、「でも絶対に11月になるまでは買い物は始めない。」って抵抗するのですが。
それでも11月の後半になって、12月のはじめのクリスニングで会うひとたちへのプレゼントを買いに行きました。そのときにショッピングモールで知人に会って、「まだぜんぜんクリスマスショッピングしてない。」と言うと、「そんなの私は12月になるまではじめないわよ。早く始めると買いすぎてお金がかかるから。」といわれました。
まあそれもそうなんだよね。
でも店は11月からどんどんクリスマス消費をあおります。11月中にかえば半額だとか、ネットでは11月中に注文すれば送料無料だとか。それで早く買ったほうがお得な気がして買い始めるんだけど、やっぱりこの知人の言うとおり、時間があれば「これも買おうかな。もうひとつプレゼントあげようかな。そういえばあの人にも何かあげたほうがいいかなあ。」などと思いついてますまい買っちゃいます。
11月に近所のSalt Rockと言うサーファーショップでルイのプレゼントに財布を買ったんだけど、今日見たら半額になってました。ぐっすん。見なければよかった。
確かに今年みたいに不況不況っていわれてる年は、クリスマスに近いほど値下げされるのかもしれません。
イギリスって伝統的にJanuary Saleというのがあって、クリスマスの翌日から大バーゲンが始まるんだけど、ここ数年はクリスマス前からセールする店も増えてきました。
私はもう食料品以外はショッピング終わってるんだけど、これからクリスマスまでに、またすごい値引きで誘惑されそう。。。
また今日も人のPCで更新してます。どうやらわたしのPCはGOOGLEが全般的に調子悪いみたいです。これが直らないと、もうブログのサーバー変えちゃうよお。
あ、大きな買い物忘れてました。まだクリスマスツリー買っていませんでした。うちは本物のもみの木を買うんですが、今年は暖冬のせいで値段が高いって聞いてるけど、どうかなあ。これも遅く買えば安くなってる。。。。ってことはないかなあ。
2011年12月13日火曜日
2011年12月12日月曜日
ヨガの後のミンスパイ
今日は月曜のはヨガのクラス、 クリスマス前の最後の日でした。それで12-3人くらいの生徒さんがレッスンの後、家に来て、ミンスパイとコーヒー、紅茶などといただきました。ミンスパイというのはクリスマス前に食べられる小さいパイです。
このクラスはもう5年以上教えているし、生徒さんの中には14年も通ってくれている人もいるんですよ。でも家にみんなを呼ぼうという気になったのは今年が初めてでた。ほんの1時間弱だったんだけど、ちょうどよく日も照って、なかなか和やかに楽しく過ごせました。
中にはチョコレートやワインをクリスマスプレゼントにくれた人もいました。
さて、このブログなんですが、なぜか私のPCからはサインインできなくなってしまったのです。ぐっすん。最近なぜかグーグルが調子悪いなあと思ってたんです。ブラウザーのせいかと思い、Fairefox, Internet Explore,そしてOperaのダウンロードまでしたのに。あのPCまだ2年もたってないんだけどなあ。
そういうわけで今日はデイブのラップトップで書いています。直らないならブログのサーバーを変えるしかなさそうです。何かいいの、お勧めありますか?日本のブログでだいじょうぶだとおもうんだけど。
そういうわけでコメントのお返事が遅れるかもしれません。ちょっと辛抱お願いいたします。
ああ、もうブログランキングやる気力もない。
このクラスはもう5年以上教えているし、生徒さんの中には14年も通ってくれている人もいるんですよ。でも家にみんなを呼ぼうという気になったのは今年が初めてでた。ほんの1時間弱だったんだけど、ちょうどよく日も照って、なかなか和やかに楽しく過ごせました。
中にはチョコレートやワインをクリスマスプレゼントにくれた人もいました。
さて、このブログなんですが、なぜか私のPCからはサインインできなくなってしまったのです。ぐっすん。最近なぜかグーグルが調子悪いなあと思ってたんです。ブラウザーのせいかと思い、Fairefox, Internet Explore,そしてOperaのダウンロードまでしたのに。あのPCまだ2年もたってないんだけどなあ。
そういうわけで今日はデイブのラップトップで書いています。直らないならブログのサーバーを変えるしかなさそうです。何かいいの、お勧めありますか?日本のブログでだいじょうぶだとおもうんだけど。
そういうわけでコメントのお返事が遅れるかもしれません。ちょっと辛抱お願いいたします。
ああ、もうブログランキングやる気力もない。
2011年12月11日日曜日
オリンピック
来年のロンドンオリンピック。今年の3月にチケットの抽選があり、我が家は6種類くらい申し込んだんですが、全部外れました。身近であたった人は数人しかいません。
といってもこれは一時抽選で、年が明けて会場の座席がはっきりしてからまた余分な切符が売りに出るとの噂です。前回は水泳と開会式に申し込んだんですが、さすがに水泳とか陸上とか体操とかは競争率がすごく高いらしい。なので今度は柔道と重量挙げに申し込んでみようかと話しています。柔道はなんとなく子供達が興味持ってるし、重量挙げはなぜかチャーリーが赤ちゃんのときから大好きだったので。
もしも切符が取れなくても、ただのイベントをロンドンまで見に行こうという企画もしています。ただのイベントとはマラソンなどのロードレース。マラソン、サイクリング、競歩、そしてトライアスロンの一部が無料イベントだそうです。でもサイクリングはスピードが早すぎてあまり見れないし、マラソンも混んでそうなので、マイナーな競歩でも見に行くかと思ってます。
それから聖火リレーがイギリス中の各地を廻ります。ここビデフォードにも5月にやってくるので、これは学校を休ませてでも見に行くつもりです。
・・・・・・と思っていたら、金曜にすごいニュースが届いたんです。ルイたちのスイミングクラブのヘッドコーチはローラという若い(22歳かな)女性なんですが、なんと彼女が聖火リレーのランナーに選ばれたんです。
これは地元民から推薦された人の中から厳選されるらしいんですが、クラブの誰かが推薦したようです。クラブのメンバー、特に子供達にとっても、自分のクラブのコーチがオリンピックの聖火リレーをするなんて、すごく嬉しいだろうし、オリンピックが身近に感じられるんじゃないかなあ。
彼女は結構そそっかしいというか、車を生垣にぶつけて腕を折ったり、早朝の道でぶっ倒れたり、自転車でこけたりということが近年続いたので、みんなから「とにかく聖火を落してその辺を火事にしないように。」と早速釘をさされていました。
では是非こちらのワンクリック、お願いいたします。
といってもこれは一時抽選で、年が明けて会場の座席がはっきりしてからまた余分な切符が売りに出るとの噂です。前回は水泳と開会式に申し込んだんですが、さすがに水泳とか陸上とか体操とかは競争率がすごく高いらしい。なので今度は柔道と重量挙げに申し込んでみようかと話しています。柔道はなんとなく子供達が興味持ってるし、重量挙げはなぜかチャーリーが赤ちゃんのときから大好きだったので。
もしも切符が取れなくても、ただのイベントをロンドンまで見に行こうという企画もしています。ただのイベントとはマラソンなどのロードレース。マラソン、サイクリング、競歩、そしてトライアスロンの一部が無料イベントだそうです。でもサイクリングはスピードが早すぎてあまり見れないし、マラソンも混んでそうなので、マイナーな競歩でも見に行くかと思ってます。
それから聖火リレーがイギリス中の各地を廻ります。ここビデフォードにも5月にやってくるので、これは学校を休ませてでも見に行くつもりです。
・・・・・・と思っていたら、金曜にすごいニュースが届いたんです。ルイたちのスイミングクラブのヘッドコーチはローラという若い(22歳かな)女性なんですが、なんと彼女が聖火リレーのランナーに選ばれたんです。
これは地元民から推薦された人の中から厳選されるらしいんですが、クラブの誰かが推薦したようです。クラブのメンバー、特に子供達にとっても、自分のクラブのコーチがオリンピックの聖火リレーをするなんて、すごく嬉しいだろうし、オリンピックが身近に感じられるんじゃないかなあ。
彼女は結構そそっかしいというか、車を生垣にぶつけて腕を折ったり、早朝の道でぶっ倒れたり、自転車でこけたりということが近年続いたので、みんなから「とにかく聖火を落してその辺を火事にしないように。」と早速釘をさされていました。
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2011年12月9日金曜日
商品名
英語の重箱の隅つつきの続きです。今日はもともとは商品名なんだけど、いまや普通に動詞、名詞として使われている言葉です。ただしアメリカでは通じないかもしれません。
掃除機のことをHoover(フーヴァー),掃除機をかける事をHooveringといいます。このHooverというのが掃除機の会社の社名です。だからHoover社は掃除機の老舗ということになるんですが、今はそれほど人気のあるブランドではありません。Hooverって言う言葉はすごく昔から使われてるので、昔は先駆けだったのでしょう。
ボールペンのことをBiro(バイロ)といいます。これも昔Biro社のボールペンが使われていたからだそうですが、今はBiro社、見たこともありません。あんまり発音しやすい言葉でもないのに、普通に皆使います。
この二つは本当によく使われる言葉で、掃除機をかけることをVaccum Cleaningなんていう人はあまりいず、普通の人はHooveringといいます。ボールペンもBall point penという長ったらしい正式名を使う人はまずいません。大体ただPenというか、Biroといいます。
コンドームのことはコンドームと呼ぶこともありますが、Durex(デュレックス)という社名で呼ぶこともあります。英国作家、Margarett Durableの小説の中で普通に使われているのに出くわしたこともあります。たぶん昔はそう呼ぶことが今より多かった気がします。今はエイズ禍以来コンドームが昔よりステータスが上がって名前を口にしやすくなったし、メーカーも増えたので、それほど使われていないかもしれません。
薬屋関係では、ティシューのことをクリーネックスと呼ぶ人もいます。これはもしかしたらイギリスよりはアメリカのほうが多いのかもしれない。サリンジャーの小説、フラニーとゾーイーで出てきました。
日本語で定着しているセロテープは実は商品名です。Sello Tapeです。イギリスでは本物のセロテープ社のセロテープが売っています。ややこしいことに、名詞としてのセロテープはセロテープではなくSticky Tapeといいます。 セローテープでも伝わると思うんだけど、これはセロテープ社のテープをさすことが多いんじゃないかなあ。
文房具で言うと、修正液はTipp-Ex(ティペックス)、黄色で上から1センチくらいがくっつくようになっているメモ帳はPost-it。これはどちらも商品名ですが、競合商品が少ないのか、商品名以外の言葉がないようです。Tipp-ExはCorrecring Fluidという長い名前がありますが、Post-itについては、説明する言葉もないですね。そう考えたら本当によくニーズを捉えた商品。
日本語で言うバンドエイドは英語ではPlaster(プラスター)と普通の名詞で呼び、 バンドエイド(Band-Aid)とはいいません。そういう商品はこちらでもあるし、そう言っても伝わるとは思うけど、あまり普通ではないですね。
余談ですが、高校の時のテニス部の顧問の先生がバンドエイドのことを指して、「誰かハンザプラストもってない?」といったことを今でも覚えています。ハンザプラストか。今でもあるのかなあ。
ではよろしければこちらのボタンのクリックよろしくお願いいたします。
掃除機のことをHoover(フーヴァー),掃除機をかける事をHooveringといいます。このHooverというのが掃除機の会社の社名です。だからHoover社は掃除機の老舗ということになるんですが、今はそれほど人気のあるブランドではありません。Hooverって言う言葉はすごく昔から使われてるので、昔は先駆けだったのでしょう。
ボールペンのことをBiro(バイロ)といいます。これも昔Biro社のボールペンが使われていたからだそうですが、今はBiro社、見たこともありません。あんまり発音しやすい言葉でもないのに、普通に皆使います。
この二つは本当によく使われる言葉で、掃除機をかけることをVaccum Cleaningなんていう人はあまりいず、普通の人はHooveringといいます。ボールペンもBall point penという長ったらしい正式名を使う人はまずいません。大体ただPenというか、Biroといいます。
コンドームのことはコンドームと呼ぶこともありますが、Durex(デュレックス)という社名で呼ぶこともあります。英国作家、Margarett Durableの小説の中で普通に使われているのに出くわしたこともあります。たぶん昔はそう呼ぶことが今より多かった気がします。今はエイズ禍以来コンドームが昔よりステータスが上がって名前を口にしやすくなったし、メーカーも増えたので、それほど使われていないかもしれません。
薬屋関係では、ティシューのことをクリーネックスと呼ぶ人もいます。これはもしかしたらイギリスよりはアメリカのほうが多いのかもしれない。サリンジャーの小説、フラニーとゾーイーで出てきました。
日本語で定着しているセロテープは実は商品名です。Sello Tapeです。イギリスでは本物のセロテープ社のセロテープが売っています。ややこしいことに、名詞としてのセロテープはセロテープではなくSticky Tapeといいます。 セローテープでも伝わると思うんだけど、これはセロテープ社のテープをさすことが多いんじゃないかなあ。
文房具で言うと、修正液はTipp-Ex(ティペックス)、黄色で上から1センチくらいがくっつくようになっているメモ帳はPost-it。これはどちらも商品名ですが、競合商品が少ないのか、商品名以外の言葉がないようです。Tipp-ExはCorrecring Fluidという長い名前がありますが、Post-itについては、説明する言葉もないですね。そう考えたら本当によくニーズを捉えた商品。
日本語で言うバンドエイドは英語ではPlaster(プラスター)と普通の名詞で呼び、 バンドエイド(Band-Aid)とはいいません。そういう商品はこちらでもあるし、そう言っても伝わるとは思うけど、あまり普通ではないですね。
余談ですが、高校の時のテニス部の顧問の先生がバンドエイドのことを指して、「誰かハンザプラストもってない?」といったことを今でも覚えています。ハンザプラストか。今でもあるのかなあ。
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2011年12月8日木曜日
預言者モハメッド
今Napoleon Hillと言う著者のThink and Grow Richと言うすごく古い本を読んでいます。前にも読んだことあるんですが、年に一度は読み返そうということでまた読んでいます。その本のことは前にも書いたし、また別のことも書くつもりですが、今日はまた違う話。
おとといこのブログでイスラム教のことを書いて、美しい教えだということなのでコーランを早く読んでみたいものだと書きました。
昨日は風邪気味なのでちょっと早く寝たのですが、ベッドで数ページこの本を読みました。そしたらそこに2ページにわたってコーランを書いた預言者モハメッドの伝記からの抜粋が載っていました。この本前に読んだときには、そんなことが書いてあったのはぜんぜん覚えていません。
それはなんて偶然 、って思うかもしれませんが、エイブラハムの教えを勉強(?)している私は、偶然とは思っていません。「イスラム教のこと知りたいなあ。」と思ったので、それがすっとやってきたんだと思っています。引き寄せたんですね。
普通に生活してると普通にイラッとすることや心配ごとなどがありますが、そういうのを極力コントロールして、できるだけいいことに心を向けるようにしていると、こんな風に願ったことがあっさりと向こうからやってきたりします。こういうのはなかなか嬉しいです。
さて、せっかくなのでモハメッドの生涯についてちょっとだけまとめてみます。
彼はメッカのあまりお金のない良家に生まれました。メッカは不衛生な都市なので、子供達は砂漠に送られてべドゥインたちと暮らしながら教育を受けます。成長したモハメッドはそこでお金持ちの未亡人の隊商のリーダーの仕事を引き受け、アジアや中東を隊商を率いて旅します。
28歳のときにその未亡人に認められ結婚し、その後商人として成功し、大金と名声を手に入れます。そしてある日砂漠にふらりと出かけ、コーランの最初の章を手に帰宅しました。妻に、天使ガブリエルが現れ、今日から神のメッセンジャーとなるといいました。
こうしてイスラム教は始まりました。イスラムとは民主国という意味です。モハメッドは新しい宗教をはじめることには興味なかったので、キリスト教徒とユダヤ教徒に呼びかけて、唯一の神を信じるもの同士団結しようと呼びかけました。もしもこれが実現していれば、イスラムは世界を制覇していたことでしょうが、キリスト教徒とユダヤ教徒は拒絶しました。それだけでなく、モハメッドの人道的戦争の呼びかけも拒絶しました。
モハメッドの軍隊がエルサレムに侵入した時は、異教徒は一人も殺されませんでした。けれどその何世紀も後に十字軍が侵入した時は、女子供まで含めイスラム教度は惨殺されました。
そのなかでキリスト教が受け入れたイスラム教のアイデアが一つだけあります。学びの場所であるUniversityです。
以上です。ますますコーランを読んでみたくなりました。美しい韻文だそうですが、これは英訳で読んでもわからんやろうなあ。長いのかなあ。何か忠実な解説書かなんかが手に入ったらいいんだけど。
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おとといこのブログでイスラム教のことを書いて、美しい教えだということなのでコーランを早く読んでみたいものだと書きました。
昨日は風邪気味なのでちょっと早く寝たのですが、ベッドで数ページこの本を読みました。そしたらそこに2ページにわたってコーランを書いた預言者モハメッドの伝記からの抜粋が載っていました。この本前に読んだときには、そんなことが書いてあったのはぜんぜん覚えていません。
それはなんて偶然 、って思うかもしれませんが、エイブラハムの教えを勉強(?)している私は、偶然とは思っていません。「イスラム教のこと知りたいなあ。」と思ったので、それがすっとやってきたんだと思っています。引き寄せたんですね。
普通に生活してると普通にイラッとすることや心配ごとなどがありますが、そういうのを極力コントロールして、できるだけいいことに心を向けるようにしていると、こんな風に願ったことがあっさりと向こうからやってきたりします。こういうのはなかなか嬉しいです。
さて、せっかくなのでモハメッドの生涯についてちょっとだけまとめてみます。
彼はメッカのあまりお金のない良家に生まれました。メッカは不衛生な都市なので、子供達は砂漠に送られてべドゥインたちと暮らしながら教育を受けます。成長したモハメッドはそこでお金持ちの未亡人の隊商のリーダーの仕事を引き受け、アジアや中東を隊商を率いて旅します。
28歳のときにその未亡人に認められ結婚し、その後商人として成功し、大金と名声を手に入れます。そしてある日砂漠にふらりと出かけ、コーランの最初の章を手に帰宅しました。妻に、天使ガブリエルが現れ、今日から神のメッセンジャーとなるといいました。
こうしてイスラム教は始まりました。イスラムとは民主国という意味です。モハメッドは新しい宗教をはじめることには興味なかったので、キリスト教徒とユダヤ教徒に呼びかけて、唯一の神を信じるもの同士団結しようと呼びかけました。もしもこれが実現していれば、イスラムは世界を制覇していたことでしょうが、キリスト教徒とユダヤ教徒は拒絶しました。それだけでなく、モハメッドの人道的戦争の呼びかけも拒絶しました。
モハメッドの軍隊がエルサレムに侵入した時は、異教徒は一人も殺されませんでした。けれどその何世紀も後に十字軍が侵入した時は、女子供まで含めイスラム教度は惨殺されました。
そのなかでキリスト教が受け入れたイスラム教のアイデアが一つだけあります。学びの場所であるUniversityです。
以上です。ますますコーランを読んでみたくなりました。美しい韻文だそうですが、これは英訳で読んでもわからんやろうなあ。長いのかなあ。何か忠実な解説書かなんかが手に入ったらいいんだけど。
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2011年12月6日火曜日
イスラム教
先日法人内の差別を無くすために研修に行ったときに聞いた話を書きます。
ここ北デボンはさすがにイギリス人以外は少なく、日本人もめったにいないし黒人やインド人などもめったに見かけません。でもこの研修の講師は40歳くらいの、おそらくパキスタンかバングラディッシュか、とにかくアジア出身の人でした。イスラム教徒です。
その先生が最近どこかの会議でプレゼンテーションをしたときのこと。レクチャーの後で同じくアジア系の人が話しかけてきました。
その人は国籍はアメリカ人で、 現在はイギリスのシェフィールド大学の教授でした。9人兄弟だか8人兄弟だかで、兄弟合わせると60以上も学位があるというエリートの家系の出身で、お父さんはシーク教徒、お母さんはヒンズー教徒とのことです。
その教授が「あなたはイスラム教徒ですよね。(名前でわかる。)」と話を始めました。
御存知でしょうが、ヒンズー教徒とイスラム教徒というのはいろいろ歴史的にもいざこざが多く、仲がよくないとされています。この教授の家庭は、シーク教徒のお父さんはそうでもないのですが、とにかくお母さんがイスラム教徒を毛嫌いしていました。
それで教授はことあるごとに、そのような闇雲な差別や偏見はよくないとお母さんに言っていました。少なくともイスラム教の教えがどういうものであるのか理解して欲しい。そのためにはコーランを手にとってみて欲しいと訴え続けていました。
それで今年のお母さんの誕生日にコーランをプレゼントしました。ラッピンクを開けたお母さんは、「また今年もコーランか。これで10年以上になる。」と、例年のように本をその辺に放り投げました。
でも今年はなぜかお母さんはコーランを手に取る気になったそうなんです。そしてまず初めのページを読んだだけで、涙があふれてきたそうです。そしてこの息子に、自分は今まで何も知らずに謝った偏見を抱いていたと謝ったそうです。
アジアの地域紛争や宗教紛争というのは今も続いているし、そんなインテリなお母さんがそこまで偏見を持つとは、それなりの体験があったからなんだろうけどね。それがイスラム教の本質を知らずに偏見を抱き続けることになったんでしょう。
教授のお母さんなんだからかなりの年だと思うんだけど、それでも偏見からほんの少し心を開いて歩み寄ることで、長年のイスラム教徒に対する嫌悪や憎しみから開放されたんですね。それってまるで心の中の囚人を解放したようなものだと思います。
この話を聞いたときに、1時間の講習の途中だったんだけど、ちょっと涙が出そうになりました。鼻をかむ音とかも聞こえたので、私だけじゃなかったのかも。
イスラム教徒ってアメリカでは眼の敵にされてるようだし、イギリスでも胡散臭い宗教だと偏見を持つ人も多いんですよ。私もイスラム教のことはほとんど知りません。でも美しい教えだと言うことは聞いていたので、これを聞いて私もコーランを読んでみたいなあと思いました。
こういうことは善は急げですから、次に図書館に行ったときに調べてみます。
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ここ北デボンはさすがにイギリス人以外は少なく、日本人もめったにいないし黒人やインド人などもめったに見かけません。でもこの研修の講師は40歳くらいの、おそらくパキスタンかバングラディッシュか、とにかくアジア出身の人でした。イスラム教徒です。
その先生が最近どこかの会議でプレゼンテーションをしたときのこと。レクチャーの後で同じくアジア系の人が話しかけてきました。
その人は国籍はアメリカ人で、 現在はイギリスのシェフィールド大学の教授でした。9人兄弟だか8人兄弟だかで、兄弟合わせると60以上も学位があるというエリートの家系の出身で、お父さんはシーク教徒、お母さんはヒンズー教徒とのことです。
その教授が「あなたはイスラム教徒ですよね。(名前でわかる。)」と話を始めました。
御存知でしょうが、ヒンズー教徒とイスラム教徒というのはいろいろ歴史的にもいざこざが多く、仲がよくないとされています。この教授の家庭は、シーク教徒のお父さんはそうでもないのですが、とにかくお母さんがイスラム教徒を毛嫌いしていました。
それで教授はことあるごとに、そのような闇雲な差別や偏見はよくないとお母さんに言っていました。少なくともイスラム教の教えがどういうものであるのか理解して欲しい。そのためにはコーランを手にとってみて欲しいと訴え続けていました。
それで今年のお母さんの誕生日にコーランをプレゼントしました。ラッピンクを開けたお母さんは、「また今年もコーランか。これで10年以上になる。」と、例年のように本をその辺に放り投げました。
でも今年はなぜかお母さんはコーランを手に取る気になったそうなんです。そしてまず初めのページを読んだだけで、涙があふれてきたそうです。そしてこの息子に、自分は今まで何も知らずに謝った偏見を抱いていたと謝ったそうです。
アジアの地域紛争や宗教紛争というのは今も続いているし、そんなインテリなお母さんがそこまで偏見を持つとは、それなりの体験があったからなんだろうけどね。それがイスラム教の本質を知らずに偏見を抱き続けることになったんでしょう。
教授のお母さんなんだからかなりの年だと思うんだけど、それでも偏見からほんの少し心を開いて歩み寄ることで、長年のイスラム教徒に対する嫌悪や憎しみから開放されたんですね。それってまるで心の中の囚人を解放したようなものだと思います。
この話を聞いたときに、1時間の講習の途中だったんだけど、ちょっと涙が出そうになりました。鼻をかむ音とかも聞こえたので、私だけじゃなかったのかも。
イスラム教徒ってアメリカでは眼の敵にされてるようだし、イギリスでも胡散臭い宗教だと偏見を持つ人も多いんですよ。私もイスラム教のことはほとんど知りません。でも美しい教えだと言うことは聞いていたので、これを聞いて私もコーランを読んでみたいなあと思いました。
こういうことは善は急げですから、次に図書館に行ったときに調べてみます。
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2011年12月5日月曜日
クリスニング
この週末はデイブの友人の赤ちゃんのクリスニングに行ってきました。日本語で言うと幼児洗礼です。
どうやって洗礼をするかはキリスト教内でも宗派によって異なります。私は昔日本でバプテストの教会に通っていてそこで洗礼を受けたのですが、バプテストと言うのはキリスト教のなかでもハードコアな宗派なようで、ここでは頭から全身水に浸かります。
私の行っていた教会では祭壇の下に普通の倍くらいの深さの 風呂桶のようなものがあり、そこに頭までどぼんと浸されました。
イギリス国教会はかなり軟派な宗派なので、洗礼のときは額に水をぴたぴたとつけて終わり。なのでデイブに私は頭まで水に浸かったと言うと、信じてもらえませんでした。
日曜に行ったクリスニングは10時に教会で行われました。日曜の普通の礼拝が行われ、その最後にちょこっとクリスニングが行われます。その日の出席者は2割くらいが普通の信者で、その他が我々のようにこのクリスニングのためにイギリスのあちこちからやってきた家族や友人たちでした。
最近は結婚式だとかクリスマスだとか、普段教会に行かない人が冠婚葬祭で出席するような場合、説教も礼拝自体も短めにする傾向があるのですが、昨日の説教はだらだらと20分以上も続きました。内容も「だから何が言いたいんか、はっきりせい。」といいたくなるようなつまらないものでした。(大阪ならオチはないんかとさらにつっこまれる。)わたしは今は教会嫌いなのでそもそもろくに聞いてもいませんでしたが、他の人たちからも評判悪かったようです。
赤ちゃん(生後6ヶ月)もこの間礼拝に出席(?)しているのですが、さすがにこの説教の途中でぐずり始めました。まあ無理もないですね。
1時間ほどこんな感じで賛美歌だとか聖書を読んだりだとかがあったあと、洗礼になりました。赤ちゃんを抱いた両親と、ゴッドファーザーとゴッドマザーが洗礼台のある場所に行きます。洗礼台というのはまあ言えば石でできた洗面台のようなものです。ここに水が入れられ、牧師さんがむにゃむにゃと何かお祈りやら唱えごとをしながら額に水を3回かけました。赤ちゃんは絶対泣くだろうなあと思っていたけど、不思議そうな顔をしてましたが、泣くにはいたりませんでした。
その後また10分くらい賛美歌やらお祈りやらが続き 、やっと長い長い礼拝が終わりました。
個人的なことなんだけど(といってもこのブログは個人的なことが9割ですが)、私も上に書いたとおり、実は昔は熱心なキリスト教徒だったのです。大人になって教会に毎週通うことがなくなっても、キリスト教徒であることは変わりなかったんだけど、同時になんとなくその型にはまった教えや、壇上で誰かにあれしろこれしろ言われるのが、居心地悪くなってきました。それが3年位前にエイブラハムの教えに出会って、すっかり教会とは足を洗いました。
今は上に書いたとおり教会嫌いです。それでもイギリスにいるとこうしてクリスニングだとか子供達のクリスマス礼拝だとか結婚式だとか、たまに出席することがあるんだけど、やっぱり居心地悪いですね。昨日は特に嫌でした。
よっぽど居心地悪いのが顔に出ていたのか、隣に座っていたルイにまで、「お母さん、まあこれがイギリスの文化習慣だから。」と言われました。
その後教会の真向かいにあるパブで食事がありました。全員で60人くらい来ていたんじゃないかなあ。しばらくシャンペンなどを飲んで、その後ディナーをいただきました。
シャンペンを片手にゲストが談笑していると、教会の牧師さんもやってきたので、そちらにもシャンペンが廻っていました。この牧師さん自体はなかなかリベラルっぽくいい人でした(長い説教をしたのは別の人)。 遠慮なく渡されたシャンペンをごくごく飲んでましたよ。ほんと、イギリス国教会って軟派です。
赤ちゃんはデイジー・フローレンス・クックという可愛い名前です。まさに白人の赤ちゃんという感じで、まだ髪の毛も生えていませんでした。(白人の赤ちゃんってブロンドだとそういうことが多い。 )私もしばらく赤ちゃんを抱っこさせてもらいましたが、赤ちゃんを抱っこするってなんか特別な素敵なことですよね。
赤ちゃんをお母さんに返した後、シルクのブラウスによだれのしみがついていたのですが、なんだかそれまでも愛しいような感じがしました。
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どうやって洗礼をするかはキリスト教内でも宗派によって異なります。私は昔日本でバプテストの教会に通っていてそこで洗礼を受けたのですが、バプテストと言うのはキリスト教のなかでもハードコアな宗派なようで、ここでは頭から全身水に浸かります。
私の行っていた教会では祭壇の下に普通の倍くらいの深さの 風呂桶のようなものがあり、そこに頭までどぼんと浸されました。
イギリス国教会はかなり軟派な宗派なので、洗礼のときは額に水をぴたぴたとつけて終わり。なのでデイブに私は頭まで水に浸かったと言うと、信じてもらえませんでした。
日曜に行ったクリスニングは10時に教会で行われました。日曜の普通の礼拝が行われ、その最後にちょこっとクリスニングが行われます。その日の出席者は2割くらいが普通の信者で、その他が我々のようにこのクリスニングのためにイギリスのあちこちからやってきた家族や友人たちでした。
最近は結婚式だとかクリスマスだとか、普段教会に行かない人が冠婚葬祭で出席するような場合、説教も礼拝自体も短めにする傾向があるのですが、昨日の説教はだらだらと20分以上も続きました。内容も「だから何が言いたいんか、はっきりせい。」といいたくなるようなつまらないものでした。(大阪ならオチはないんかとさらにつっこまれる。)わたしは今は教会嫌いなのでそもそもろくに聞いてもいませんでしたが、他の人たちからも評判悪かったようです。
赤ちゃん(生後6ヶ月)もこの間礼拝に出席(?)しているのですが、さすがにこの説教の途中でぐずり始めました。まあ無理もないですね。
1時間ほどこんな感じで賛美歌だとか聖書を読んだりだとかがあったあと、洗礼になりました。赤ちゃんを抱いた両親と、ゴッドファーザーとゴッドマザーが洗礼台のある場所に行きます。洗礼台というのはまあ言えば石でできた洗面台のようなものです。ここに水が入れられ、牧師さんがむにゃむにゃと何かお祈りやら唱えごとをしながら額に水を3回かけました。赤ちゃんは絶対泣くだろうなあと思っていたけど、不思議そうな顔をしてましたが、泣くにはいたりませんでした。
![]() |
| ネットからの写真、こんな感じのものです。 |
その後また10分くらい賛美歌やらお祈りやらが続き 、やっと長い長い礼拝が終わりました。
個人的なことなんだけど(といってもこのブログは個人的なことが9割ですが)、私も上に書いたとおり、実は昔は熱心なキリスト教徒だったのです。大人になって教会に毎週通うことがなくなっても、キリスト教徒であることは変わりなかったんだけど、同時になんとなくその型にはまった教えや、壇上で誰かにあれしろこれしろ言われるのが、居心地悪くなってきました。それが3年位前にエイブラハムの教えに出会って、すっかり教会とは足を洗いました。
今は上に書いたとおり教会嫌いです。それでもイギリスにいるとこうしてクリスニングだとか子供達のクリスマス礼拝だとか結婚式だとか、たまに出席することがあるんだけど、やっぱり居心地悪いですね。昨日は特に嫌でした。
よっぽど居心地悪いのが顔に出ていたのか、隣に座っていたルイにまで、「お母さん、まあこれがイギリスの文化習慣だから。」と言われました。
その後教会の真向かいにあるパブで食事がありました。全員で60人くらい来ていたんじゃないかなあ。しばらくシャンペンなどを飲んで、その後ディナーをいただきました。
シャンペンを片手にゲストが談笑していると、教会の牧師さんもやってきたので、そちらにもシャンペンが廻っていました。この牧師さん自体はなかなかリベラルっぽくいい人でした(長い説教をしたのは別の人)。 遠慮なく渡されたシャンペンをごくごく飲んでましたよ。ほんと、イギリス国教会って軟派です。
赤ちゃんはデイジー・フローレンス・クックという可愛い名前です。まさに白人の赤ちゃんという感じで、まだ髪の毛も生えていませんでした。(白人の赤ちゃんってブロンドだとそういうことが多い。 )私もしばらく赤ちゃんを抱っこさせてもらいましたが、赤ちゃんを抱っこするってなんか特別な素敵なことですよね。
赤ちゃんをお母さんに返した後、シルクのブラウスによだれのしみがついていたのですが、なんだかそれまでも愛しいような感じがしました。
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2011年12月2日金曜日
学校訪問
今週は何かとばたばたと忙しい。昨日はケリーカレッジという寄宿舎の学校を見てきました。
この学校はデボンの真ん中へんにあり、うちからは車で1時間半くらいかかります。谷を見下ろすような位置に学校があり、建物はまるでハリーポッターのホグウォーツ 。
なぜこの学校を見に行ったかというと、ここはスイミングクラブが有名で、何人ものオリンピック選手を輩出している学校なのです。もちろん普通の学校なので、水泳をする生徒ばかりではないし普通の生徒もたくさんいるのですが、まあこの学校のいちばんの売りは水泳です。
我が家は普通に子供を二人も寄宿学校に送れるような経済状態ではないので、よっぽど巨額な奨学金が出ないと行けません。まあそれはそうなんだけど、とりあえずどんなものが見てみようと家族4人で学校を休んで出かけました。
学校のメインの建物はそれはそれは立派でした。歴史を感じさせます。まるでロンドンの自然史博物館みたい。でも寮だとかプールのある建物などはまあ普通でした。 ルイの中学がちょうど入学前に全館建て直しになってすべてがすごい施設なので、それに比べるとちょっと見劣りする部分も多くありました。
生徒達はみんなポライトで行儀よくてフレンドリーで、まあ良家の子息達が行ってるんだろうなって感じがひしひしと伝わってきました。
ルイたちは水泳の奨学金狙いなので、1時間水泳クラブと一緒に練習に参加させてもらいました。コーチは自身も2度オリンピックに出ている 男性でした。
ルイは今までの大会で知り合った知人や先月シェフィールドの大会でホテルの部屋をシェアした友達などもいたので、その点ではすんなり溶け込めたのですが、何せまだひざが完治していないし、ちょっと風邪気味だったので、それは残念でした。
ここは中学なので小学6年生のチャーリーはいちばん年下だったんですが、チャーリーもみんなについてよくがんばって泳いでいました。
たった1時間のトレーニングだったけど、内容の濃さと選手達の真剣さがぜんぜん違いましたね。ルイたちもその点は身にしみて帰ってきたようでした。週に何日かは朝5時からトレーニングがあり、合計週16時間の水泳プラス3時間の筋トレだそうです。
まあこの学校に行けるかどうか、奨学金がもらえるか、ルイたちがそれほど真剣に水泳をやりたいと思ってるのかどうか。その辺は今から考えるところです。
でもどっちにしても、少なくとも水泳に関しては、なかなかいい刺激になったようでした。
明日はデイブの友達が51歳にしてパパになったので、その子供のクリスニングにイングランド北部まで泊りがけで行ってきます。クリスニングって言うのは幼児洗礼のことです。なのでまたブログお休みします。すみませーん・・・
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この学校はデボンの真ん中へんにあり、うちからは車で1時間半くらいかかります。谷を見下ろすような位置に学校があり、建物はまるでハリーポッターのホグウォーツ 。
なぜこの学校を見に行ったかというと、ここはスイミングクラブが有名で、何人ものオリンピック選手を輩出している学校なのです。もちろん普通の学校なので、水泳をする生徒ばかりではないし普通の生徒もたくさんいるのですが、まあこの学校のいちばんの売りは水泳です。
我が家は普通に子供を二人も寄宿学校に送れるような経済状態ではないので、よっぽど巨額な奨学金が出ないと行けません。まあそれはそうなんだけど、とりあえずどんなものが見てみようと家族4人で学校を休んで出かけました。
学校のメインの建物はそれはそれは立派でした。歴史を感じさせます。まるでロンドンの自然史博物館みたい。でも寮だとかプールのある建物などはまあ普通でした。 ルイの中学がちょうど入学前に全館建て直しになってすべてがすごい施設なので、それに比べるとちょっと見劣りする部分も多くありました。
生徒達はみんなポライトで行儀よくてフレンドリーで、まあ良家の子息達が行ってるんだろうなって感じがひしひしと伝わってきました。
ルイたちは水泳の奨学金狙いなので、1時間水泳クラブと一緒に練習に参加させてもらいました。コーチは自身も2度オリンピックに出ている 男性でした。
ルイは今までの大会で知り合った知人や先月シェフィールドの大会でホテルの部屋をシェアした友達などもいたので、その点ではすんなり溶け込めたのですが、何せまだひざが完治していないし、ちょっと風邪気味だったので、それは残念でした。
ここは中学なので小学6年生のチャーリーはいちばん年下だったんですが、チャーリーもみんなについてよくがんばって泳いでいました。
たった1時間のトレーニングだったけど、内容の濃さと選手達の真剣さがぜんぜん違いましたね。ルイたちもその点は身にしみて帰ってきたようでした。週に何日かは朝5時からトレーニングがあり、合計週16時間の水泳プラス3時間の筋トレだそうです。
まあこの学校に行けるかどうか、奨学金がもらえるか、ルイたちがそれほど真剣に水泳をやりたいと思ってるのかどうか。その辺は今から考えるところです。
でもどっちにしても、少なくとも水泳に関しては、なかなかいい刺激になったようでした。
明日はデイブの友達が51歳にしてパパになったので、その子供のクリスニングにイングランド北部まで泊りがけで行ってきます。クリスニングって言うのは幼児洗礼のことです。なのでまたブログお休みします。すみませーん・・・
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2011年12月1日木曜日
スティーブン・ローレンス事件
昨日ちょっと触れたこの事件について詳しく書きます。これはイギリス人では誰も知らない人がいないと言うくらい有名な事件。この事件以来差別違法の法律がさらに厳しくなったりと、イギリスの社会が大きく影響された出来事でした。
1993年のある日、まじめに大学準備の勉強をしている黒人のティーンエー ジャーのスティーブンローレンスとその友人ドゥエインが夜の道を歩いていると、バス停でたむろしてた白人の若者にいきなり襲われました。ドゥエインは何とか逃げたのですが、逃げ遅れたスティーブンはナイフで刺されました。
血まみれで道に倒れる友人のためにドゥエインは警察に電話したのですが、駆けつけた警官二人はスティーブンをそのまま放っておいて近所のパブに行き、黒人の若者が麻薬取引について喧嘩していなかったか聞き込みを始めました。スティーブンとドゥエインを見て、てっきり黒人二人が麻薬がらみでけんかになって刺し合ったと決め付けたからです。
その間スティーブンの出血は止まらず、駆けつけた私服の別の警官が救急車を呼んだのですが、病院に着く前に出血多量で死にました。
その後5人の白人の若者が検挙されましたが、結局証拠不十分で、有罪にはなりませんでした。
これが新聞で大騒ぎとなり、デーリーメールという新聞ではこの5人の写真を名前入りで載せ、「お前らは殺人者だ。違うなら当社を訴えろ」との記事まで載せました。
事件から4年後にスティーブンの両親が Police complaint Authority(警察への苦情を調査する機関)に苦情を申し入れ、警察内部が調査されました。調査の不手際や怠惰が明るみなり、数人の警察官が辞職しました。
その同じ年に当時の労働党政府の内務大臣が公的調査(Public Inquiries)を指示し、さらに警察が調査されました。そこでは証拠を無くしたり、証人を事情聴取しなかったりという不手際がさらに判明。黒人の若者が殺された事件など、まともに調査する必要もないという空気があったことが明らかになり、「警察全体が人種差別的団体である。」との結論が発表されました。
これが大問題となり、先日書いたように2001年に大きく法律が変わり、イギリスにごまんとある公的団体はすべて差別を無くすことを推進しなければいけないようになったのです。
さらに警察については汚職の疑いも出てきました。スティーブンを刺した張本人と思われる白人の父親が警察の内部の人間と通じていて賄賂を渡し、「息子さんのことは俺がちゃんと面倒見るよ。」というような取り交わしがあったと新聞で報道されました。これが本当のことかどうかはわからないのだけれど、新聞には名前入りで報道されましたから、何か怪しいことはあったようです。
あれから18年の月日が流れるのですが、当時捕まって名前も写真も公表された5人は、結局証拠不十分で無罪になりました。ところがここになってDNAなどの検出の技術が向上したせいで新たな証拠が見つかり、今月主犯の二人がまた裁判にかけられることになりました。
テレビなどでよく見るスティーブンの写真は若い青年のままなのに、もうあんなに月日が流れたんですね。本当に今度こそ犯人が有罪になって欲しいと思います。
それにしてもニュースのヘッドラインでこの事件がまたクローズアップされた同じ月に、機を同じくして その彼の死がきっかけとなってできた法律に関する講習を受けることになったのは、なんとなく不思議と言うか、縁のようなものを感じました。
たかが人間一人の命とはいえ、時には社会を変えることもあるんですね。
追記:今日(2012年1月4日)、主犯の二人に判決が下されました。それについての記事も書きましたので、よろしければごらんください。スティーブン・ローレンス事件の判決)
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1993年のある日、まじめに大学準備の勉強をしている黒人のティーンエー ジャーのスティーブンローレンスとその友人ドゥエインが夜の道を歩いていると、バス停でたむろしてた白人の若者にいきなり襲われました。ドゥエインは何とか逃げたのですが、逃げ遅れたスティーブンはナイフで刺されました。
血まみれで道に倒れる友人のためにドゥエインは警察に電話したのですが、駆けつけた警官二人はスティーブンをそのまま放っておいて近所のパブに行き、黒人の若者が麻薬取引について喧嘩していなかったか聞き込みを始めました。スティーブンとドゥエインを見て、てっきり黒人二人が麻薬がらみでけんかになって刺し合ったと決め付けたからです。
その間スティーブンの出血は止まらず、駆けつけた私服の別の警官が救急車を呼んだのですが、病院に着く前に出血多量で死にました。
その後5人の白人の若者が検挙されましたが、結局証拠不十分で、有罪にはなりませんでした。
これが新聞で大騒ぎとなり、デーリーメールという新聞ではこの5人の写真を名前入りで載せ、「お前らは殺人者だ。違うなら当社を訴えろ」との記事まで載せました。
事件から4年後にスティーブンの両親が Police complaint Authority(警察への苦情を調査する機関)に苦情を申し入れ、警察内部が調査されました。調査の不手際や怠惰が明るみなり、数人の警察官が辞職しました。
その同じ年に当時の労働党政府の内務大臣が公的調査(Public Inquiries)を指示し、さらに警察が調査されました。そこでは証拠を無くしたり、証人を事情聴取しなかったりという不手際がさらに判明。黒人の若者が殺された事件など、まともに調査する必要もないという空気があったことが明らかになり、「警察全体が人種差別的団体である。」との結論が発表されました。
これが大問題となり、先日書いたように2001年に大きく法律が変わり、イギリスにごまんとある公的団体はすべて差別を無くすことを推進しなければいけないようになったのです。
さらに警察については汚職の疑いも出てきました。スティーブンを刺した張本人と思われる白人の父親が警察の内部の人間と通じていて賄賂を渡し、「息子さんのことは俺がちゃんと面倒見るよ。」というような取り交わしがあったと新聞で報道されました。これが本当のことかどうかはわからないのだけれど、新聞には名前入りで報道されましたから、何か怪しいことはあったようです。
あれから18年の月日が流れるのですが、当時捕まって名前も写真も公表された5人は、結局証拠不十分で無罪になりました。ところがここになってDNAなどの検出の技術が向上したせいで新たな証拠が見つかり、今月主犯の二人がまた裁判にかけられることになりました。
テレビなどでよく見るスティーブンの写真は若い青年のままなのに、もうあんなに月日が流れたんですね。本当に今度こそ犯人が有罪になって欲しいと思います。
それにしてもニュースのヘッドラインでこの事件がまたクローズアップされた同じ月に、機を同じくして その彼の死がきっかけとなってできた法律に関する講習を受けることになったのは、なんとなく不思議と言うか、縁のようなものを感じました。
たかが人間一人の命とはいえ、時には社会を変えることもあるんですね。
追記:今日(2012年1月4日)、主犯の二人に判決が下されました。それについての記事も書きましたので、よろしければごらんください。スティーブン・ローレンス事件の判決)
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