2009年8月31日月曜日

Midlife Crisis?

私は普段は仙人のようにとまでは言いませんが、殆ど家族以外人に会うことも無く、静かに暮らしています。土曜に来て今日帰っていったお客さんは、2年ぶりくらいに会ったのですが、うちに人が来るというのは、結構珍しいことなんです。

彼らも含めて、この夏は何年も会わない人にたくさん会えました。




7月にはノルエーから、大学時代の友達が家族とやってきて、2泊していってくれました。同じヨーロッパとはいえ、なかなか会えるものではなく、会ったのは30歳のとき以来、14年ぶりでした。

その後日本に行っていろんな人に会いました。

高校のお友達のMちゃんとMちゃん。いつも日本に行くたびに楽しくあえて嬉しいです。そして今年は、18歳以来会っていないどころか、連絡も途絶えていたPさんとも一緒に、洋楽カラオケに行けました。チープトリックとかクイーンとか、なつかしの歌を歌って、洋楽懐メロでしたね。

中高通して、6年間毎朝学校に一緒に通ったOさん。昔から通いまくったロイヤルホスト帝塚山店で、懐かしくお話しました。

高校の軟式テニス部のみんな。M、S,、A 、Y 、Y. 日本に帰るたびに集まれて嬉しい。恒例の月一、最近は年一くらいのペースかもしれませんが、これからも末永く集まりましょう。

大学のお友達の現在イタリア住まいのFさん。やっと帰国の時期が合いましたね。30歳のとき以来なので、やはり14年ぶりの再会でしたね。今度は子供抜きで、ゆっくり語り合いたいですね。(次は、もう大きくなって嫌がってついてこないでしょうね。)

大学のお友達のK ちゃん。この夏は3度も会えて、とっても楽しかったです。子供たちも仲良くなったことだし、これからも末永くよろしく。会ったのは、おそらく10年ぶりくらいですよね。

大学のサークルの皆さん、K さん、M さん、K さん、S さん、U 君。サークルの人と集まったのはおそらく大学卒業以来ですから、ええっ、22年ぶり!?本当に楽しかったです。また近い将来、集まれますように。

大学のロシア語科の皆様。S さんとだんな様、Sさん、S さん、Aさん、Gさん、Y さん。最近あった人、大学4年以来お会いしていない人、とにかくこうしてまたお会いできました。本当にわざわざ遠くからいらっしゃった人もいて、ご苦労様でした。とっても楽しかったですね。

ロンドンで大変お世話になったMK さん。楽しかったですね。またお会いできて、とっても嬉しかったです。 またすぐ会えますように。



もちろん長く日本に帰ったので、人と会うことは期待していましたが、それでも思いがけなかった人たちにも会えて、なんというか、めぐり合わせのようなものを感じています。特に、中には長く連絡の途絶えていた人たちもいましたしね。

もしかして私くらいの年、40台半ばって、学校を出ていろいろがんばってきて、ふっと立ち止まって昔の友達に会いたくなる年なのでしょうか。それに、仕事も家庭も、時間的にちょっと余裕が出てくるのかもしれませんね。私だって、2年前なら子供2人つれて一人で日本にかえるのは無理だったと思うし、出かけるのもままならなかったから。

そういえばこのくらいの年って、英語ではmidlife crisis(人生半ばの危機)というんですけど、危機というよりは、見直しという感じかなあ。そういうのもあるのかもしれませんね。

今イギリスに帰ってきて、もう生活は正常に戻りましたが、それでも中身はすっかり夏休み前と同じに戻ったわけではありません。いろんな昔からの友人にあっていろいろな話をして、それぞれの人からいろんな意味で影響を受けました。

今日は近所の海まで散歩に行き、美しい大西洋を見渡して、ここでの生活の美しさ、幸せをしみじみ感じましたが、それでもなんとなく、それだけでは満たされない何かを、心のどこかにはっきり感じました。ホームシックというんではないんですけど、ここの生活だけが私のすべてではない、という確信のようなものを。

来客とバドミントンと蟹

昨日からお客さんが泊まっています。デイブの高校生時代からの友達のリチャードとその奥さんのリンジーと6歳の女の子イゾベル。彼らに会うのは2年ぶりくらい。


デイブは出身がここから遠くはなれたイギリス北部なので、普段は親戚づきあいとかありません。昔の友達はロンドンか田舎だし、この町の彼の知り合いは私は付き合いが無いので、お互い義理の付き合いが最小限で、楽は楽です。それでもたまには親戚に会ったりすることがあります。みんないいひとたちなのですが、正直言って、一緒にいてもあまり楽しくありません。苦痛とか馬が合わないというほどではありませんが、共通するものがほとんどないし、会ってもほとんど義務感で世間話する程度です。




そんな中にあって、リチャードとリンジーはとっても馬が合うんです。リチャードはちょっと偏屈なところもあるけれど、ゆっくり話をするととっても面白い。彼も小説を書いているので、いろいろ本の話だとか、話題もあう。リンジーはとにかく良い人で、どんなことでも彼女と話していたら面白い。私の子供たちもすごくリンジーになついています。




今日は午前中は海に行きました。あいにく小雨が降りそうだったのですが、岩場に行くと蟹だとか海老だとかイソギンチャクがたくさんいて、蟹を20匹くらいとりました。それからなんと小さいうなぎも捕まえました。こんなの初めてです。




午後はデイブの知人がバーベキューパーティーをしたので、それに出かけました。そこでは余興にバドミントンのトーナメントが行われました。子供の部と大人の部があり、子供たちはそれぞれ自分の名前の刻まれたメダルまでもらいました。




そして私は10ペア(ダブルス)の中で準優勝!(私以外は、結構酔っていた)それで小さいカップまでもらいました。考えてみれば、トロフィーやカップをもらったのって、生まれて初めてでした。




蟹は家に帰ってきて、リンジーと子供たちと一緒に、大きな中華なべで火をつけて火あぶり殺しにし、スープにして食べました。フランスレストランのような味がして、とってもおいしかったです。

2009年8月30日日曜日

物

日本から帰ってきたときに、持ってきた荷物は、なんと機内預けだけで64キロもありました。行きはスーツケース二つと旅行かばんひとつだったのが、旅行かばんは3つに増えていました。

それで何をそんなに持って帰ってきたかというと、人にいただいたお土産とか、子供たちが日本で買ったおもちゃやぬいぐるみ、そして食料品です。その割にはぜったい買ってこようと思っていた餃子の皮と、おすしののりを買ってくるの忘れてしまいました。

そんな重い思いをして持ってきた割には、どうしてこんなもの持ってきたんだろうというものがあります。そういうのは、たいてい人にもらったり、ただでもらったもの。沖縄のホテルの浴衣もあります。そのときは、これ良いなあと思って持ってきますが、実際イギリスに帰ってくると、使い道もおき場所も無いものです。

うちの実家にはものがあふれています。たとえば、母と妹の二人暮しなのに、すごい量の食器が食器棚に入っています。これは買ったとは思えないので、もらい物なんです。お中元だとか結婚式の引き出物とかもあるだろうし、銀行やら証券会社やらミスタードーナツやらでもらったものもある。

今回日本に行って思ったのですが、日本って買わなくても物が増える。たとえばたった5週間で、チャーリーは4回もくじに当たりました。そのうちの二つはポケモンセンターとタイガースの試合でしたが、また当たった景品がなかなかかわいくて、中途半端に役に立ちそうなものなんです。だからもちろん大切にイギリスに持って帰りました。でも本当は、自分でお金を出しては買わないものだっただろうから、こうやって要らないものって増えていくんです。

イギリスの場合はそれでも、バザーとかチャリティーショップとか、不要品を引き取って、それを売って慈善事業に役立ててくれる団体があちこちにありますから、処分が楽です。でも日本って、洋服ひとつチャリティーに出すのでも、自前でお金を払って送らなければいけないとか。そんなのをきいているので、うちの実家がものであふれかえっているものうなづけます。

うちの母は実は近所の人から服をよくもらうようです。それがまあまあ物が良いので捨てるに捨てられず、私が行くと、何とかしてもって帰らせようとします。それをかわすのが結構面倒くさい。

おそらくお隣さんも人にもらったりして、物が良いのでうちの母に回ってきて、母が断り切れないでもらうと(普通断れないですよね)、それから何度ももらうようになったのでしょう。そういうのは捨てるのには忍びないから、私のところにも回ってくるようになるというわけです。

もしも私なら、実家の物を半分くらいは思い切って捨てて、家を広く使うと思うけど、私の家ではないので仕方ありませんね。私もこんな人の家のおせっかいを書いていないで、自分の家の物を処理するべきなのですが、物ってたまればたまるほど処分が厄介になるんですよね。

ああ、物があふれているなあ。

2009年8月28日金曜日

狂気

Eメールでいくつか毎日自動的に送られてくるニュースレターのようなものがあります。こういうのがもしかしたらスパム(迷惑メール)の原因かもしれないので、本当はよくないのかもしれないんだけど、とにかくその中のひとつは、アメリカから送られてくる「今日の言葉」です。

これは格言のようなものではなく、偉人だとか有名人だとか、死んだ人、また生きている人、そんな人たちが言った言葉が送られてきます。大体は「うん、私もがんばるぞ」というような、心が元気付けられるようなものが多い。これはちょっと納得できないなというのもたまにはありますが、大体においては、退屈で単調な毎日の中で、ほんのちょっとだけ勇気付けられうようなものです。

普段は、ああなるほどと思って、消します。うーん、これは含蓄が深いと思うと、消さないで残しておくけれど、別にそれ以上は何もしません。でも時々、プリントして冷蔵庫に張ったりもします。

たとえばイギリス元首相のウインストン・チャーチルの次のような引用が1年ほどはってあります。

Success is the ability to go from one failure to another with no loss of enthusiasm.

(成功とは、情熱を失わず失敗から失敗へと進んでいける能力である。) 英語の得意な人は、英語のほうで読んでください。

そんな風に失敗をものともしないで、希望と情熱を失わず、物事に向かって生きたいものです。


昨日の引用はロビン・ウイリアムズでした。ご存知かとは思いますが、彼はアメリカの大俳優。ミセス・ダウトファイヤーとか、Dead Poet Society, Good Will Huntingで有名です。でももともとはコメディアンで、コメディーだとかテレビに出ているのを見ると、ちょっとこの人やりすぎというくらい、馬鹿なことやっています。

You are only given a little spark of madness. You mustn't lose it.

(人間はほんの少しの「狂気」が与えられるのみだ。失ってはならない。)

どういうわけかこの言葉、心にしみじみ来ています。たしかにコメディーの彼を見ていると、madnessという言葉がぴったりだなあと思うくらいなんですけど、そうか、あれが大切なんだなあ。

みんなまともに生きているじゃないですか。家庭があったり仕事があったり、若い人でもまじめに勉強していたり、試験があったり、試合があったり。親の目がある、会社の目がある、学校の目がある、夫・妻の眼がある。世間の目がある。羽目をはずしたいなあと思っても、なかなか機会がなかったりするうちに、そんな羽目をはずしたいという心すら失われていく。やがてそんな人を見ると、軽蔑心を持ったりもする。それって、うらやましさの裏返しでもあるんですけどね。

そんな中にあってmadness というのは本当に'given'、与えられたもの、天からの恵みみたいなものじゃないでしょうか。madnessというのは狂気という意味ですが、それは情熱、パッションという風に置き換えると良くわかる。日本語でもキチガイというのは、精神病という意味でだけはなく、何かに狂信的に夢中になってることを差しますよね。たとえば阪神ファンのことを、トラキチというように。

それは趣味だったり、スポーツだったりすることもある。常道を逸するほどのコレクターだったり。そのほかに、「魔が差した」という風に、急に何か衝動的にすることもある。衝動買いだとか。

そういうのって結構困ったなという風にとられがちですが、考えてみれば、そんなことはしょっちゅうあるわけではない。魔が差したように何かをしたくなる、そんな衝動に駆られる、そんなことってめったにない。そう考えれば、この規則正しい文化的な日常において、そのような「衝動」って、ありがたいものではないでしょうか。

普段はとってもお金に慎重なのに、あるものに出会い、衝動買いする。それだって、普段の慎重さを放り出してまで買いたいというくらいほしいものに出会えたんだから、すごい幸運ではありませんか。

こんな風には、もっと若いころは考えなかったかもしれない。でも今は、そんな風にどこかから突然やってきて、理性も理論も吹き飛ばすようなパッションって、ありがたいなあというか、うらやましいです。それこそが人生のエンジンそのものとさえ思います。そういうことをしているときこそが、生きているという実感がするし、そういうものが無ければ、人生何もかも予定通り、計画通りで、味気ない。

私を昔から知っている人は、ああ、あつこらしいなあと思うかもしれないなあ。

でも今はイギリスに帰ってきて、細々と隠遁生活に戻っていますよ。私も今では、普段はそんな静かでつつましい生活をのぞんでいるんです。そうしてやがて狂気がやって来るのを・・・・・

2009年8月27日木曜日

蟹つり




日本であんなにあちこち行って遊んだのに、子供たちはまだ出かけたがります。まあまだ夏休みなんだから、仕方ありません。それで今日は車で10分のアップルドーという漁村の町に行って、かに釣りをしました。この辺では結構人気のあるアクティビティーで、波止場の前のお土産屋や雑貨屋で蟹釣りセットを買えます。私たちのは去年買ったのですが、先の錘と針のついた蟹捕り用の釣り糸とバケツと網とえさの鯖のセットでたった5ポンド(千円くらい)でした。これをもっていきます。えさは今日はベーコンです。
この写真のように、波止場に座って足をぶらぶらさせながら、潮風に吹かれながらつります。


1時間半くらいで6匹捕れました。これは「さっぱりつれない」というほどではないけど、あまりよくもありません。去年は1時間くらいで20匹くらい捕れたこともありました。






捕れた蟹をどうするか。これはみな当然のように放します。私たちも去年まではそうしてました。



それが7月のはじめに、ノルエーに住んでいる大学時代の友達が遊びに来たときのことです。そのときも一緒にここアップルドーに行くと、蟹釣りをしている人たちがいました。バケツを見ると結構捕れています。それを見て、私たちも去年の夏は何度も蟹釣りしたこと、そしてその後蟹は海に返すことを話しました。


すると彼女が、「ノルエーでは食べるよ。」というのです。ノルエーではそんなもったいないことはしないで、スープにして食べるんですって。それで簡単に作り方も説明してくれました。ふうん。でもどんな蟹でも食べれるのかしらという疑問を口にすると、「食べれる。」と彼女は断言します。



今日つれた6匹のうち、4匹は沢蟹くらいの大きさで、後の2匹は子供の手のひらくらいの大きさ。料理するほどの量ではありません。それで私は放したかったのですが、子供たちが食べたがります。(食べてみたがる、というのが正確)。それで家に持って帰って、とりあえず熱湯に入れて殺した後、たわしでごしごし洗って、また新しい熱湯に入れてぐつぐつ煮はじめました。






でもここからどうしたものか。友達に教えてもらって覚えているのは、スープにすること、茹でている間に甲羅をがんがんつぶすこと、そして最後はざるで濾すこと。この蟹だしをどうして食べるかは、よくわかりません。


それで蟹を茹でながらその友達のメールしました。仕事中だろなあ、メール受け取ってくれるかなあと思いながら、「今、茹でてる最中。できたら早急に返事ください。」と、ちょっと強引に。



するとすぐにお返事が来ました。どうもはじめを誤ったらしい。生きているうちにブランディーをかけて火あぶりにし、それを野菜と炒めてから、スープを取るらしい。そしてそこに生クリームを入れるそうです。そういえば先に炒めると聞いていたような。でももう茹でてしまっているからどうしようもありません。野菜を別に炒めて、そこにスープを入れればいいか、生クリームもカロリー抑えるために牛乳でいいかと思っていたのですが、台所から漂ってくる匂いは、蟹鍋のにおいです。



結局蟹鍋との連想が断ち切れず、できた出汁で、白菜と卵を入れておじやを作りました。もっと蟹の味がするかなあと思っていましたが、ほんのりとするだけで、蟹初心者のわれわれにとっては、かえって抵抗が無くてよかったかも。日本から持ってきた海苔をかけて、おいしくいただきました。



それにしても、メールって便利ですよねー。茹でてる最中にノルエーの友達に、作り方どうだったっけ、と聞けるんですから。まあ昔だって電話できたけど、多分電話では聞かなかっただろうから。
次からはちゃんと生クリームを用意して、ブランデーかどうかはともかく、強いお酒も用意して、レシピーどおり作ってみます。でも6匹じゃたりないだろうなあ。






ところで彼女は、ちょうど昨日蟹のレシピーを見て、厚子に教えてあげようと思っていたところでしたとのこと。虫の知らせというか、引き寄せの法則というか。そういうことって、本当によくあって、もうこの年になると、偶然とも思わなくなりませんか?












2009年8月26日水曜日

猫と鳥



飼っている人ならご存知と思いますが、猫って割りと敏感です。うちの猫も獣医に行く前の日などは、ベッドの下に入ってしまったり、吐いたりします。隣の猫など、獣医の日はいなくなってしまいます。車にはあまりよってこないのですが、去年の夏ホリデーに行くときは、車のボンネットに乗っかって、車を出せなくて困りました。


でも今年私たちがイギリスを発つときは、ペパー(Peppre)ちゃんは結構普通にしていました。何も感じなかったのか、それとも一応デイブがいるから、まあいいやと思ったのでしょうか。それで私たちも、ばたばた急いで家を出たこともあり、それぞれ軽く「バイバイ、ペパーちゃん」と声をかけたくらいでした。


今回日本に5週間いて、子供たちは何度もペパーに会いたいといっていました。私はそれほど猫のことは考えませんでした。賢い猫のペパーは、もしもえさがなくなったら自分でねだれるし、もしもデイブが何日も家を空けるようなことがあれば、猫好きのお隣さんに行って、えさをせがむと思っていました。それになんといっても彼はキラー・キャットですから、いざとなればいくらでも自分で獲物をつかまえられます。だから心配はしていなかったし、そもそも忙しくて、猫のことなんて考えてる時間が無かった。


それでも家について一番初めに思ったのは、ペパーちゃんどうしているかしら、でした。


車を降りて家に入ると、中からそうっと出てきました。まずルイがなでて、私がなでる。でもなんか様子が違う。怪訝な顔しているんです。そうか。やっぱり5週間も会わないと忘れちゃうんだなあ。猫の1年は人間の7年っていうから、5週間は人間にすれば35週間、半年以上という感じなのでしょうか。


でも私たちが家に入って10分くらいすると、急ににゃあにゃあ猫なで声で啼きだしだしました。きっと思い出したんです。その後軽い食事をする間、台所の床のに座って、じっとこっちを見ていました。そしてその夜、子供たちが寝た後、私がシャワーを浴びにお風呂場に入ると、なんだかドアの外で鳴き声がします。そのまま無視してシャワーを浴びて、10分くらいしてドアを開けると、お風呂場のドアの外に座って、私が出てくるのを待っていました。


翌日からはペパーちゃんは、まったく昔どおりのルーティーンです。夜子供たちが寝る時間になると、子供部屋に行って待っているし、私が寝るときに声をかけると、自分で外に出て行きます。(うちは夜は猫を台所の向こうの洗濯室に出すんです。そこから自由に外と出入りできる。)


今日はチャーリーと「猫つり」して遊んでいました。ペパーが椅子の下に隠れ、チャリーがビニールでできた紐をそこに入れると、それに噛み付いて離れず、床をずるずる引きずられています。驚いたことに、チャーリーが「バック!」というと、ちゃんとまた椅子の下に隠れて、つられるのを待っています。


猫って本当に面白いです。


ところで昨日の話の続きになりますが、畑のカリフラワーが育っていたところにネットを張っていました。今日そのネットに大きな穴が開いているのを発見。はさみでも使わないと切れるようなネットではないので、いったい何があったのだろうと思っていました。その後、改めてみてみると、鳥の翼のようなものがネットについています。ああ、鳥が絡まったんだなあと思ってさらによく見ると、そこには鳥の頭蓋骨と脊椎の一部も絡んでいました。


かわいそう。殺生なことをしました。そのカリフラワー、結局は誰も食べずに育ちすぎで捨てられたのに。


でもそれよりも驚くのは、その鳥はもう死骸ですらなく、骨になっているんです。私たちが留守にしたのは5週間でしたから、行ったすぐ後に引っかかったとしても、結構そんなにすぐに白骨化するんですね。


それを素手で取り上げながら、自分ながら、昔はこんなこと気持ち悪くてとてもできなかったなあと思いました。まったく田舎暮らしのせいで、たくましくなったものです。その鳥のことをルイに言うと、早速外に飛び出して、お皿に入れてもって帰ってきました。彼も本当に田舎の少年ですなあ。


しかしデイブは5週間も鳥が腐れ果てていくのに気がつかなかったのか?おそらくそのプロセスは気持ち悪いものだったでしょうから、気がつかなくて良かったんですけど、それにしても一度も畑に行かなかったの?

2009年8月25日火曜日

惨状と秋の気配









予想はしていたことですが、私が手塩にかけている菜園と果樹園は、私が日本にいる間に無残なことになっていました。まあ誰も手入れをしないことはわかっていたので、驚きはありませんが、でもやっぱりなあというかんじです。


日本から戻ってきた同日は夕方7時くらいに家に着きました。私は外に出る気力はありませんでしたが、子供たちはまだまだ明るいイギリスの夕刻の光の中を庭に出て行きました。戻ってきた二人にどうだったか聞くと、チャーリーは「冬の畑みたいだった。」と一言言いました。うーん。いろいろ想像させる一言でした。



翌日、曇り空の中を、ちょっと重い心で見に行きました。今年のイギリスの夏は、寒くて雨が多かったそうで(去年と同じ)、確かにひまわりはまだ咲いていません。でも雨が多かったので、水遣りをしなくてもその点は大丈夫でした。雑草が生い茂っています。行く前に順調に育っていたカリフラワーは、残念なことに誰も収穫しなかったので、全部だめになっていました。それからキャベツ、ブロッコリーもかなり何かに食べられています。ネットをしていたのですが、どうしても青虫がついたり、鳥がつついたりするんですね。アーティチョークの大きな低木も、アーティチョーク自体が盛りが過ぎて、花になって枯れはじめていました。にんじんは順調に育ってはいますが、これも盛りを過ぎても収穫されていないので、一部は地表に出ている部分がだめになって、スズメバチがたかっていました。ほかにもラズベーリー、レタス、トマト、豆類など、書き出すときりがありません。
これを見たときの気持ちといえば、たとえて言えばマイホームに泥棒に入られたり、洪水にあったりしたような感じです。今まで大切に手を入れてきたものが損なわれて、これからまたがんばって元のように戻していかなければいけないなあという気分。


そうそう、ズッキーニという野菜ありますよね。これも育てているんですけど、これって収穫しないで放っておくと巨大化してマローという別の野菜になるんです。なってました。



でも一番ショックというか困っているのは、りんごとなしの木です。今年はりんごは今ひとつですが、なしが豊作のようです。それがそのうちの2本が、強風を受けて斜めになってしまって、今にも倒れそうなんです。支えが腐って折れていたのはわかっていたのですが、もう植えて5年以上になるので、大丈夫かなあと思っていたんです。それが豊作のせいで重みで枝が曲がったこともあり、こんな風になってしまったようです。










それが土曜日。それから毎日少しずつ畑仕事を再開し、今日は火曜日ですが、まあ何とか見通しがたって来ました。週末には木に支柱を付け直す予定だし、菜園もだんだん元のようなかわいく美しい野菜畑に戻れそうです。





ところで今日はルイが友達の家に行ったので、私とチャーリーはダムゼンというウメ科の果物を採集しました。これはうちの生垣に自生しているもので、毎年できるわけではなく、天候によってなったりならなかったりします。ここに越してきて最初の5年間はならなかったので、数年前までこんな木があること、知りませんでした。これはそのまま食べるとすっぱいので、ジャムやパイにします。でもうちは誰もジャムを食べない上に、昨年作ったイチゴジャムがたくさん残っているし、パイはおいしいけどカロリーが高いので作りたくないのですが、でもせっかく実ったダムゼン、やっぱり収穫してしまいました。そのまま放っておいて鳥に食べさせてあげても良いのに、なっているとどうしても採りたくなるんですよね。


ついでに近所の木になっていたへーゼルナッツもとりました。これも別に誰も好きじゃないので食べないんですけど、やっぱりなっていると採りたくなるんです。貧乏性というのでしょうか。でも私だけでなく、誰でも同じだと思うんですけど、違うかなあ。



今日は天気はなかなか悪くなく、ダムゼンやへーゼルナッツを陽だまりの中でとりました。結構温かく、なんとなく優しいひかりには、秋の気配を感じました。まだ8月ですからイギリス人にとってはまだまだ夏なんですけど、日本から戻ってきたせいか、あちらこちらに秋を感じています。イギリスの「暗くて寒くて良いことなんか何にも無い」秋ではなく、日本風の、暑さが緩んで光がやわらかくなってほっとするような秋です。日本にいなくても日本の秋を感じられるなんて、もうけもの。

2009年8月24日月曜日

日本に行くまでの心配事


日本に行く前にすごく心配していたことがあるんです。でもそのことをブログに書くと、引き寄せの法則で、心配したとおりになりそうな気がしていたので、心にしまっていました。でも今は無事に帰ってきましたので、そのことを書いてみます。


そもそもは春に飛行機のチケットを予約したところから始まります。なんせ3人分ですし、5週間とたっぷり時間もあるので、とにかく一番安い切符を探そうといろいろ調べました。媒体はインターネット。簡単は簡単なんですけど、とにかく問題は値段の動きが激しいこと。前の晩調べて、一番良いものを見つけて、一晩考えてから朝予約しようとすると値段が変わっています。そういうわけで、結構ネットを使って一番安い航空券を探すというのは、めんどくさいものなのです。


それでもとにかくTravel Pack というロンドンの旅行代理店のウエブサイトを通してエミレーツ航空の切符を買うのが一番ということになりました。それでネットで申し込み、何回かメールの交換と電話連絡があり、クレジットカードで支払いを済ませそれで完了。一安心でした。


その2週間ほど後、旅行保険をこれもネットで買うことにしました。こちらは値段がたかが知れているし、変動も無いので、それほどはめんどくさくはありませんが、それでも一応いろいろ調べて、一番安いところを見つけ、ネットの申し込みページをタイプ。そのときに、ふとルイのタイトル(苗字の前に付くMr. とかMrs.)が気になりました。ご存知のとおり、未婚の女性はミスなので、チャーリーはミスですが、男性の場合は、子供の場合はMr. ではなくMasterとなります。そのマスターをクリックしているときに、航空券を予約したときにルイのタイトルを間違えてMrs.にしたような、嫌な予感がしてきたんです。


それであわてて調べてみると、やっぱり予感は的中。Master Louis Woodward であるべきところが、Mrs Louis Woodwardになっているんです。


最近海外旅行した人は知っているかもしれませんが、飛行機会社と空港のセキューリーティーは年々厳しくなってきています。それで飛行機の切符もスペルの間違いだとか、名前の書き違いにとても厳しい。たとえばうちのデイブは本名はDavid ですが、これがDaveと書いただけでも、発券のしなおしでキャンセル料をとられるだとか、搭乗を拒否されるときいていました。それなので私は真っ青。


夜中だったのでどうすることもできず、とりあえずネットで調べてみると、タイトルが違っているだけでも拒否されたという話もあれば、それくらいは事情を話せば大丈夫だとかいろいろ。結局その夜は3時くらいまでネットを意味も無く検索し、朝までほとんど眠れませんでした。


運悪くこれは土曜の夜だったので、翌日も何もできません。それで月曜の朝、旅行代理店のtravel packにメールしました。その後仕事に行き、昼前に帰ってくると、返事のメールが来ていました。「エミレーツにきいたところ、チェックインカウンターに連絡を入れておくから大丈夫。」とのこと。それでも安心できず、(イギリスってそういう国なんです。大丈夫でないことが大丈夫で済まされることがたまにあるんです。)今度は直接得ミレーツ航空にメールしました。すると1時間後に返事があり、同じ答えでした。


それで一応ほっとしたのですが、それでもちゃんと飛行機に乗れるまでとっても心配でした。エミレーツ航空からのメール、もちろんプリントしてもって行きました。日本に無事ついてからも、帰りの飛行機で何かトラブルがあるのではだとか。


でも結局はすべて問題なしでした。疑った旅行代理店さん、ごめんなさい。電話での対応はインドアクセントが強くてちょっと聞き取りにくかったけど、とっても親切な代理店さんでした。エミレーツ航空もとっても手際が良く、注文してもいないのに機内食が子供メニューになっていたりと、ちょっとありがた迷惑でしたが、事前に席も予約できたし、スムーズな旅でした。


あんなに夜も眠れないくらい心配したんですが、ただの取り越し苦労でした。飛行機に乗り損ねたり、キャンセル料をがっぽり取られるんではないかという心配もありましたが、私は今まで自分の事務能力を結構高く買っていたので、その自信がくじかれました。なんだかそれ以来、何をするにもダブルチェック、トリプルチェックになっています。そっちの方面でのダメージが結構まだ大きい。


後、心配したのは、豚インフルのことです。イギリスを発つ5日くらい前になって、この辺でもはやりだしたんです。それでちょっとパニックして、日本に来る前の3日間、学校と水泳を休ませました。学校はただでさえ7日間休むことになっていたので、合計10日も休ませてしまいました。


こっちのほうも取り越し苦労で、豚インフルは結局子供たちの通う学校には来なかったのですが、子供たちは余分に3日も学校を休めて、私も余計な心配が減って、まあ問題は無かったです。


とにかくそういうわけで、のんきに5週間も家を空けて日本に来てと思われているかもしれませんが、それなりにいろいろ心を悩ましていたのでした。


豚インフルのほうは、私が日本を出る数日前からまたニュースになっていましたね。妹が最後に買い物に行って膳別にとマスクを家族分くれたのですが、その後すぐ売り切れたとのこと。というわけで、今回も豚インフルを逃げて帰ってきました。
最近写真が無くて寂しいので、沖縄の写真載せました。


2009年8月23日日曜日

Practice makes perfect

え、あつこさんが文学?と驚かれたので、ちょっといきさつを書いてみたいと思います。

詩のほうは、2月ごろのブログに書きましたが、中学生のときから、なんとは無くノートに書き綴っていました。どうしてそういうことになったのかは覚えていませんが、詩との始めての出会いは小学2年生位かな。誰かが詩の本(書き方だとか読み方だとか)をくれて、そのときに詩とはどういうものか初めて知りました。といっても今でも詩は何かと聞かれれば、なかなか答えにくいものだけれど、そのときの印象は、「詩って短くて簡単で、誰でもかけるんだなあ。」というものだったと思います。それが良かったのかもしれない。だってそうでなければ、詩ってとっつきにくいものだなあと思ってもおかしくないですからね。

イギリスの学校では子供たちはよく詩を書かされます。でもイギリスの詩は、日本の小学生が習う現代詩、自由詩とは違うんです。「韻文」という言葉があるように、基本的に英語の詩は韻を踏むんです。だから子供はゲーム感覚で入っていきます。たとえばルイはCrab called Barbという詩を昔書いていました。クラブとバーブの最後が韻になっているでしょ。

でも私は日本の小学校で、詩を書いた記憶はありません。作文は覚えているけれど。自由詩ってルールもないし、先生には教えにくいのかもしれません。

とにかく中学生位から詩を書き始めたのですが、だんだん大人になるにしたがって、書かなくなりました。イギリスに来てからは、ほんのいくつかしか書きませんでした。

エッセイのほうは、15年位前、イギリスの銀行を辞めたときに、しばらく家にいたので、この機会にとロンドンについてのエッセイを書きました。でも1日中家にいて集中して書いたのが返ってよくなかったのか、結構書くのが大変だった。それでも一応書き上げたのですが、人に話を聞いてみると、そのころはロンドンについてのエッセイは山ほど出版されていて飽和状態とのことで、結局は出版社に送ることも無く、それどころか本格的に推敲することも無く、それっきりになっていました。

それが3年位前、ある日本人の人と話していて、その人が転勤で地方の支店に行ったときのことをエッセイにしたいという話を聞いて、私も書こうと思いつきました。今度はロンドンではなくて、イギリスのど田舎のことなので、また違ったアングルで、興味を持ってくれる人もいるのではないかと思ったからです。

それで仕事や家事の合間、子供が学校に行っているときや夜に書いていると、するするかけるんです。あっという間にとはいいませんが、割と短期間で原稿用紙にすれば500枚くらいになってしました。それができたのが今から1年以上前。その後何回か推敲しながら、同時に出版社に当たってみましたが、なかなか良い返事は来ません。今回はそれでぐっとポイントを絞って、3分の2くらいまで減らしました。まああきらめずに、出版社を当たってみようと思っています。

まあそんなことをしているうちに、詩もまたぼちぼちと書き始めました。書いていると思うんですが、私は本当は詩のほうが好きなのかも知れません。エッセイは前後の説明が多いので、書いていて結構退屈な部分もあるし、常に読者を意識して書くけれど、詩はまったく前後の説明なしで、どこまで読者が理解してくれるかとは別の次元で書くので、自己満足だけの世界といえば、まったくそのとおりです。わかってくれる人だけがわかってくれれば良い、というのが基本的な姿勢ですから、どうしようもないですね。

でも詩って何かインスピレーションがないとかけないなあと思うのですが、本当に詩人はそんなもの待っていないようです。とにかく毎日何かを書く。それが大切らしい。それで私もそれを見習おうと、毎日10分でひとつ詩を書くようにしていた時期(1年位前)もあったのですが、いつの間にかそれもやめてしまいました。そんな機械的なやり方、なんとなく詩人らしくないなあという気もしないではありませんでした。

今回、昨日ブログに書いた文学賞に送った詩は3篇で、「私たちが求めるもの」「ボブ・ディラン」「裏切る」というタイトルです。そのうちの「ボブ・ディラン」は、そういえばこんな風に毎晩10分で書いていた詩のうちから膨らませたひとつでした。はじめの「微笑まないユダヤ人」という出だしが気に入った以外はぜんぜん駄作だったのですが、どういうわけか手を入れているうちに、ひとつ送ってみるかという気になるくらい膨らみました。

そんな風に考えると、やっぱりPractice makes perfectですね。インスピレーションなんて頼りにならないものを待っていないで、毎日こつこつと歯を磨くように詩を書いていれば、そのうち何かまた書けるかもしれません。せっかくこんな風に少しでも評価してくださる人がいたので、がんばろうという気になっています。