私たちが日本から帰ってきて、早いもので1ヶ月以上たちました。ルイとチャーリーの学校が始まって、3週間ちょっとになります。私の仕事も再開し、子供たちのお稽古事もいつもどおりになりました。ご存知のように、私の仕事は毎日する時間も場所も違うし、もちろんこどものお稽古事も毎日違うから、その日その日行くところ、することが違います。
たとえば月曜日を例にとると、朝7時過ぎに起きてお弁当を作り子供たちを8時半にバスに乗せ、そのあと朝ごはんを食べて、20分瞑想のあと家事を少ししてから9時40分に歩いて仕事に行きます。
そのあと12時前に帰ってきて、家事の残りを済ませたり帳簿をつけたりしたあと、昼食。1時半までには済ませて片づけをします。このあとコンピューターでメールなどをチェックして、1時間ほどヨガ。そのあと3時位からエッセイを書いたり、日によっては庭仕事をします。子供が4時前に帰ってくるので、おやつを食べさせて宿題、ピアノ等をさせたあと、小一時間ほどコンピューターに向かったり、庭仕事の残りをしたりします。そして5時45分に水泳に連れて行って、私は帰ってきて食事の支度。7時半ごろデイブと子供が帰宅。食事。子供を9時ぐらいまでには寝させます。
そのあとまず洗濯物を片付けて、お風呂。そしてブログをつけたり、人のブログを読んだり、メールを書いたりします。11時半には寝室に行きたいんですけど、これがついつい遅くなって、コンピューターを消すのは大体12時過ぎ。
このあと、すぐにベッドに入れば7時間くらい寝れるんですけど、私はここからが長い。まず明日の着るものを決めて、それの準備。それから詩を15分くらいで書いて(毎日簡単でも良いから書くトレーニングしているので。)、日によっては日記をつけます。そして枕もとの電気だけにしてベッドに入る。すると枕もとの本が気になります。最近は詩の本を手にとってひとつ詩を読んで、そのあと20分くらい本を読んで、やっと電気を消します。
そしてベッドの中で、眠ってしまわないように目を開けて、引き寄せの法則の本にあるとおり、自分の心に描く人生を思い浮かべます。そしてやっと眠りが訪れて、1時過ぎには寝るかなあ、という感じです。
たとえばこの日を例に取ると、必ずしなければいけないことは、子供の面倒、仕事、家事、食事の支度。
切羽詰っているわけではないけれど、しなければいけないのがメールのチェック等、庭仕事。
自分の趣味でやっているのだけれど、自ら日課として課しているものは、瞑想、ヨガ、エッセイ書き(これは時間のある日だけ)、ブログ、作詩、ベッドのなかでのビジュアライゼーション。
そういうわけで、私は自由業だし、それも拘束時間短いし、いくらでも自由時間があるようなんだけど、実際には毎日毎日、次々と予定に追われています。
なのですが、コンピューターをつけたりブログを書いたあとや、家事をしながら退屈しのぎにテレビをつけてしまったりしたら、ついつい時間をとられてしまい、ああ、時間を無駄にしたと毎日のように思うことがあります。夜本を開くだびに、ああどうしてこんなに読み進まないんだろう。もっと時間を有効に使って、たくさん本を読みたいと思うし、朝は朝で毎朝一番に思うのは、「ああ、もっと早く寝ればよかった。今日は早く寝よう。」です。でもここ20年くらい、病気のときなどを除いて
一度も早く寝たことなんてありません。
でもね。時間の無駄のない生活って、すごく疲れる気がします。私が忙しい忙しいと思ってやってることの半分くらいは、ヨガだとか瞑想だとか、まったく100パーセント私が好きでやってることのはずなのに、そしてこれこそ究極のリラクゼーションというようなことなのに、「やらなければ」と思うだけで、ちょっと疲れる。
逆に私が「時間の無駄」とみなしている、ウエブサイトをあちこち見るとか、洗濯物をたたむ間にちょっとだけとつけたテレビ番組を1時間見てしまうとか、庭に野菜をとりに行って、そこで30分ほどぶらぶらしてしまうとか、そういうのがリラックスになる。心がつかの間時間から解き放たれて、スケジュールどおりに時間をこなさなくってもまあ良いか、という気になる。心に余裕が出てくる感じ。
夜寝室に行ったあとも、ついつい長々と日記をつけてしまったり、昔の日記を読み返して1時間くらいたってしまったり。ちょっとだけと思って読んだ本を、1時間くらい目がかすむまで読んだり。早く寝なきゃ思う反面、まだ夜明けまでは4-5時間あるし、大丈夫、たっぷり時間あるよ、なんて気になってくる。こういう時って、時間の無駄なんだけど、すごくリラックスしてるんです。
結局、時間の無駄って言うのは、もちろん無駄は無駄なんだけど、それがないとあまりにも時間にがんじがらめになって、つかれきってしまう。無駄な時間というのは、自分に課した義務もターゲットもない、自由なだらんとした時間で、実は結構それが大切なんじゃないかなあと、最近思うようになりました。そういう予定のギャップというか、ふと緊張の緩んだ空白の時間って、もしかしたら総合すると、結構クリエーティブなエネルギーの糧になっているのかもなどと考えてます。