2009年3月12日木曜日

元気な老女たち

去年の9月から通いだしたサルササイズのクラスに今日も行きました。45分のクラスなのですが、日によって曲のスピードとか、振り付けの具合とかで運動量が違うのですが、今日はいい運動になった。汗をかくということがまずない私も、終わるころにはうっすらと汗ばみました。

そこでは私は年が若い部類に入ります。一番若いうちの一人です。平均年齢にすると55歳くらいかな。中でも一人、見るからにおばあさんという年代の人がいます。さすがに体は少し硬そうで、難しい動きや飛んだりはねたりというところは、かなり緩やかにやっていたりしますが、でも始めから終わりまで、いつもちゃんとやります。途中で止まったりとか、休んだりというのは見たことがない。

いつも彼女よりは少し年が若そうなおばさんたちと3人で歩いてやってきます。一体どのくらいの距離かはわからないけれど、つるんでくるくらいだから、ちょっとした距離だと思います。

それが先週、ふとした調子で先生が彼女の年を皆にばらしました。80歳なんですって!それを聞いたときは冗談だと思っていましたが、本当らしい。80って結構高齢ですよね。どう見ても70くらいにしか見えないのに。たいしたものです。

それで今朝このクラスにいったあと、その足で直接待ちのスーパーに行くと、私のヨガの生徒に会いました。ジョイスと言う名前の彼女もおばあさんなのですが、とても元気です。彼女が私のヨガに来はじめて3年くらいになるのですが、彼女もすごい。すごく体が柔かいのです。どんなポーズでもまず出来ないものはないし、安全な床で座ってするポーズだけでなく、足腰の力がかなり要る立ってするポーズだとか、背屈だとかもこなすし、片足で立つポーズも大丈夫。「これちょっと難しいので腰の悪い人はやめてくださいね。」というような腹筋をかなり使うポーズもこなします。やらないのと言えば肩立ちくらい。

そこでスーパーでちょっと立ち話になり、私が今サルササイズのクラスにいってきたことを話しました。彼女が興味がありそうにするので、平均年齢が高いことを教えてあげました。「それに、なんと80歳の人までいるのよ。」といったら、彼女は、「あら、私なんて、80歳とっくに越えているわよ。」と言いました。確かに髪は白髪だし、顔もしわだらけで、そういえばそう見えなくもないけど、でもヨガのクラスから見る限りでは、とてもそんな風には思えません。

先週書いた94才のミセス・ビアだとか、本当に高齢の女性でもすごい人が多い。その一方でヨガのクラスの経験から言えば、50歳代半ばでもう体ががちがちで背骨が硬くなってきているひとだとか、関節がだめになっている人もたくさん見ます。私の経験では、体の衰えや老化は背骨がどれだけ柔かいかに左右されると思っています。背骨が柔かく、背屈が出来てひねりが効く人は、少なくとも年とともに体ががちがちに、と言う風にはならない。

ジョイスは週に1回ヨガに来るほか、毎週フォークダンスのクラスに行って2時間踊るそうです。運動ももちろん大切ですが、そういうところに行って人と交わるのもすごく老化防止に効くのでしょうね。

2009年3月10日火曜日

コモンウェルスデー


昨日ルイはコモンウェルスデーの式典にロンドンのウエストミンスターアビーに行ってきました。そこにいたるいきさつは3月5日に書いたとおりです。


朝の8時30分にルイのほかには女の子が二人学校に集まり、校長先生の運転する車でティバトンと言う本線の駅まで車で1時間くらいいき、そこから電車でロンドンのパディントンまで2時間。そこから先はブラックキャブでウエストミンスターアビーまで行ったそうです。


式典は3時半からですが、セキュリーティーが厳しく、早く行ったようです。それでも時間があり、式典の前に首相の住むダウニング通り10番に行ったり、国会議事堂の中を見学したりしたらしい。その時に作ったセキュリーティーパスをお土産に持って帰りました。


あちこちで警備の厳しくなった今では変わったかもしれませんが、私がロンドンにいたころは、国会議事堂は観光客でも中を見学できました。並んで案内してもらうんだったと思います。でもロンドンに住んでる人はそんなことしません。だから勿論私もしたことがない。考えてみれば10歳にして、もうすでにルイは私のしたことがないことも行ったことがないことも色々経験しているのですが、それにしてもこれはすごくいい体験です。


式典はコモンウェルス国家のそれぞれの文化を尊重して、キリスト教ではなく多宗派の礼拝だったようです。南アのオペラ歌手が歌ったり、スチールバンドが出演したりと、結構賑やかそう。そして勿論エリザベス女王のスピーチがありました。ブラウン首相も出席していたらしい。


ルイのもって帰ってきたプログラムによると、コモンウェルス国家はイギリスも含め58くらいあります。カナダ、オーストラリアを始めとするよく知られた国から、インド、パキスタン、マレーシア、ナミビア、ガーナなどまで、中にはレソト、ナウルと言った、聞いたことのない国もあります。それらの国の旗がオリンピックみたいに入場し〔見たわけではないのでスケールは知りませんが〕、それぞれの国を代表する人たちも集まったことでしょう。


ルイは今学校で、ユガンダについて勉強しているのですが、そこの大統領のユルリ・ムスティンビ〔?〕氏に会ったと、帰ってくるや言いました。


本当にいい機会に恵まれてよかった。ラッキーなルイちゃん。




2009年3月8日日曜日

ラグビー

今朝起きるとまずまずの天気で、昨日の天気予報が外れたのねと思っていました。

今日はルイのラグビーの試合。それで家族でそろって朝ごはんを食べて、出かける用意をしていたら、大雨が降ってきました。家の隣に停めてある車まで歩いていくのも嫌なくらい。それはすぐにやんだので、車に乗り込んでビデフォードのラグビー場まで10分で行きました。

チャーリーも私も合羽を着込んで、チャーリーは長靴をはいて行きました。でもルイは試合なので、赤いラグビーシャツと白のショーツを着ているだけ。ウォームアップの間我々3人はクラブハウスで座って、売っていたベーコンサンドを1つ1ポンドで買って、居心地のいい場所でむしゃむしゃと食べていると、試合が始まりました。

それで仕方なくクラブハウスをでて試合を見始めました。すると、5分後くらいにまた大雨が。空が暗くなり、雨が地面を打つのが遠くからも見えます。風も轟々と吹き出した。その上あられまで降り始めて、すでにぬれねずみの選手たちは、あられが当たって痛そうにしています。顔に当たらないように皆下を向いて。

こんなにぬれて大丈夫かな。すごく寒そう。ルイは明日はコモンウェルスデーでロンドンに行くというのに、と心配しながら見ていました。試合はうちのチームは全然トライが出来ません。タックルも弱々しいし、ポジションも悪い。何よりもチャーリーにまで、「ただ闇雲に放り投げているだけ」といわれるくらい、パスが悪い。後半は寒さと疲れと、泥の重さで、走る足取りもすごく遅かった。結局8対0で負けました。

試合が終わり、着替えが終わったルイが出てくると、まだ顔に泥がついていて、チャーリーまで自分のポケットからティッシュを出してルイに顔を拭くように渡していました。手を洗い、ホットドッグとポテトフライをチームメンバーと食べ、帰途に向かいました。そんなこと今まで一度も行ったことのないルイが、「ああ、早く帰ってシャワーを浴びたい」といいました。「今日の試合は全然面白くなかった。」とも。まあそうでしょう。そういう日もあります。

風邪を引かないかと心配していたルイは元気に夜水泳のトレーニングに行きましたが、寒いところで試合を見ていたチャーリーは風邪を引いてしまいました。

2009年3月7日土曜日

夏の予定

まだまだ夏なんて先のことだと思っていましたが、今年の夏子供二人を連れて長めに大阪に帰ろうと予定しています。ルイちゃんは9月が来ると6年生で、その次の年が卒業です。それで学校が忙しくなる前のこの機会にと思っています。私は今までイギリスに来て以来、2週間以上日本に帰ったことはないのです。ロンドンにいたころは働いていたし、その後もなんやかんやで、長く帰れない事情がその時々にあり、下の子供が生まれてからは、5年も日本をご無沙汰していました。それが4年位前と2年前に2週間ずつ大阪に帰って、子供たちはすっかり日本が気に入りました。

それで、18ヶ月くらい前から毎日日本語を勉強しています。赤ちゃんのときから日本語で話しかけていればよかったのですが、誰の助けもなく海外で小さい子供を育てるのは大変で、とにかく大きくすることで精一杯で、それどころでなかった。

それがある日ルイが、「僕、一体何歳になったら日本語が話せるようになるの?」と聞いたので、笑ってしまいました。大人の私が日本語が話せるので、自分も大きくなったら自然と話せるようになると思っていたようです。それで、これではいけないと反省して、毎日やってます。発音は子供だからうまいけど、完全に外国語としてしか習えません。私がもっと日本語で話しかけるべきなのですが、ついつい英語で話してしまいします。99.99999パーセントくらいは普段の会話は英語。

ロンドンに住んでいる友達などに聞くと、イギリスの学校に平日は行っていても、週末は日本学校に通ったりと、すごくがんばっています。日本人学校に行っていない友達でも、子供は聞くのはわかるとの事。どうしてかというと、やっぱりお母さんが日本語で話しかけるそうです。ああ、私も本当にがんばらな。

うちの場合お父さんのデイブが全然日本語が出来ないし、べつに日本に興味もないし、日本語の勉強には、まったく協力的ではない。それもなかなかはかどらない理由。子供の将来よりも、私たち3人が日本語がぺらぺらになって自分が取り残されることを恐れているのではないかと推測したくなるくらい、非協力的。

それでこの夏、ルイが中学校に入る前の最後の機会なので、長く日本に行くぞと決心しました。まだしゃべれないけど、色々言葉を覚えたので、5週間くらい行って、毎日日本語の環境にいれば、上達するのではないかと思うのです。お互いが英語でしゃべるけど、私の母は英語が出来ないし、私も日本にいればもっと日本語で話しかけると思う。妹は英語をしゃべりたいかもしれないけど、まあそれはいいか。

本当は大人といるのではなく、同年齢のの友達ができるといいのですが。でももう言葉が出来なくても平気で混じっていけるような年でもなくなってきているし、どうかな。ちょっとかわいそうだけど、無理やりクラブとかに行かせるのがいいかな。

それで今、飛行機の値段をexpedia で調べています。日によってずいぶん値段が違って、それも毎日刻々と変わります。安いのは結構安く、500ポンド代くらいからあります。JALでも700ポンド代。急がないし予定が狂っても不便はないので、安いので行ってもいいのですが、子供を二人もつれて、ドバイの空港で8時間つぶすものなあ。それに、やはり地元のブリストルから飛ぶよりロンドンからのほうがずいぶん安いのですが、ロンドンまで電車でスーツケース抱えていくものしんどそう。

しかしもうすぐ4ヶ月くらい前になるし、そろそろ予約したほうがいいかな。それにしても、インターネットで飛行機が取れるようになって、本当に便利な時代になりました。

2009年3月6日金曜日

「雪融け」

晴れ渡った早い春の朝
昨夜降り積もった雪が融けていくのは
淋しい

汚れた長靴も欠けた鉢植えも
トタンの屋根も
コンクリートのひびも
今朝こそは晴れ晴れとしているというのに

冬の使いの魔法のダストは
頭上まで昇った陽に照らされて
醜く形を崩していく

わたしはといえば
大きな窓の近くで
胡坐をかき目を閉じ
呼吸を数える
春の光に
喜びを隠しきれずさえずる鳥の声を
遠くに聞く

すると聞きなれない音を
視覚と聴覚のまじわりがとらえた

雪が
とけている
音だ

宇宙は完璧な調和
季節は止まることなく
その役目を果たす

向かいの屋根から滴る水は
ドライブを流れ車道に届き
坂を駆け下り原へ向かう
そこから先は地面に吸い込まれ
海までたどる

雪が消えた後も
陽は地面を照らし続けている

先週はじめてスノードロップの花を見た
今や生垣は真っ白な花におおわれている

(あつこ)

雪のインスピレーションのせいか、久しぶりに詩を書きました。詩なんてものは何の役にも立たないし、何の足しにもならないし、奇特な人に読んでもらえれば、それでいいものです。読まされたほうは無言になる。だって何を言っていいかわからない。いいのか悪いのかもよくわからない。なんについて書いてあるのかすらわからないことが多い。だから書いても人に見せたりはよっぽどのことがないとしない。読んでくれそうな人ってあんまりいないですよね。でもまあブログというのはそういう一方通行なコミュニケーションというか、自己顕示欲のある人のつぶやきのようなものなので、書きました。

中学生くらいから結構たくさんノートに詩を書いていました。それをたまに見てくれる友達もいました。感想というほどではなくても、あの詩が好きだったとか言ってくれたり。時には何を思ったか、「新しいのは書いた?」と催促してくれるようなこともあったり。今から思えば本当にありがたいことでした。中学生ならではというか、大人になったらそんなことできませんよね。そもそも他人の個人的な心情など、じっくりと読もうなんて、時間もそんな気も無いのが普通です。

その友達は家が近所で、高校もクラブが同じで、今でも日本に帰ればあっています。最近またメールで連絡を取り始め、このブログも時々見てくれているようです。本当にあのころはありがとう。その時はそれがどんなにありがたいことか、少しもわかりませんでした。

大学のころはちょっと現代詩、自由詩に興味を持ち、本や雑誌を読んだりしましたが、最近発行された日本での詩の雑誌なんかを見ると、結構昔から知っていたような名前の現代詩人の詩がまだ載っています。これってやっぱり詩壇というのは浅いというか、よっぽどでないと認められた詩人になんてなれないのでしょうね。だって、過去百年の詩人で簡単に名前が出てくるのなんて、谷川俊太郎くらいでしょ。

私の行った大阪の住吉高校では昔、知る人は知る〔普通の人は知らないだろうな〕日本を代表する詩人の伊藤静雄が教鞭を取っていたそうです。これもその時はそのすごさがあまりわからなかったけど、今になって考えると、最近ノーベル賞を取った誰々さん〔私は知らない〕が住高出身というよりも、すごいことのように思えます。

2009年3月5日木曜日

ルイのラッキーデー




昨日夜ヨガを隣町まで教えに行って、9時に終わって帰ってくると、途中でかなり雪が降り始めました。10分もすると徐行しないと危ないくらいになり、家に着くころには5センチくらい積もっていました。その後も降り続き、朝起きるとゆうに10センチはありました。でも今日は朝から快晴で、さんさんと日が照っていました。


子供たちは2月に2日間学校が休校になったので、ラジオをつけて休校になっていないかと楽しみにしていましたが、残念ながら普通どおりでした。雪が降ると、予定のあるときはすごく困るし、大変なことが多いけど、今日は私はこれといって予定がなかったので、休校になったら子供たちと遊べるなと思っていたので、ちょっと残念でした。それで、子供を送り出したあと、いつもどおりに車で10分くらいのスポーツクラブにサルササイズのクラスに行ったら、それはキャンセルでした。


ルイは今日は学校でいいニュースがありました。来週の月曜日はコモンウェルス・デー(Commonwealth=イギリスの昔の植民地〕で、ルイの学校の5年生と6年生から3人が抽選でロンドンに行って式典に参加し、エリザベス女王やブラウン首相に会えることになっているのですが、今日がその抽選で、ルイに当たりました。5年生と6年生、合計で40人なので、始めからいけないとわかっている人たちを除くと、確率は12分の1くらい。こんな機会はもう一生ないかもしれないので、本当にラッキーです。


月曜の朝8時半に学校で集合で、先生ともう一人の付き添いの大人が電車で連れて行きます。ここからロンドンまで、片道4時間もかかるんですよ。当然日帰りで、帰ってくるのは夜8時くらいだそうですが、長い一日になりそう。考えてみれば私無しでそんな遠くまでやったことはないので、ほんの少し心配になってきましたが、大丈夫でしょう。
写真は、上は家の裏の写真、下は野菜畑の写真です。数日前のと比べてください。

2009年3月3日火曜日

死ぬ人、生きる人

昨日の夜友達から電話があり、1年半ほど脳腫瘍をわずらっていた旦那さんがおととい亡くなったとのことでした。ちょっと普段はかかってこないような時間だったので、嫌な予感がしたのです。

彼女はロンドンで出来た最初の友達でした。初めて勤めた日系の銀行でたった10ヶ月ほど一緒に働いただけだったのですが、それ以来、つかずなはれずという感じでずっと仲良くしていただいていました。昔は一緒に旅行にいったこともあったし、デボンに来てからも2度たずねてきてくれました。

知り合った当時は彼女は離婚をしたシングルマザーで、かわいい女の子がいました。今ではもう彼女は成人しています。亡くなったご主人は10数年前に知り合った人で、5年位前かな、結婚されました。デボンにも一緒に来てくれました。

おととしの秋に調子が悪くなり、検査の結果が悪性脳腫瘍。その時に余命は1年半くらいとのことだったらしいので、その通りになったようです。そのことはその年のクリスマスにわざわざ電話で知らせてくれました。でもそのあと、こっちとしてはどうしていいかわからないんですよね。とても気になる。でも電話をするのも、状況がわからないから怖い。メールとかしましたが、メールなんかでいいものかどうか。それでも今年のお正月休みに、メールの返事としてお電話をいただいて、夏は調子がよくてホリデーにも言ったんだよ、ということを聞いていました。

彼女はとてもきちんとした人だから、電話でも取り乱していなかったし、仕事も〔中学の先生〕休まず、ほとんど穴を開けていないそうです。でもこれからじわじわとくるだろうなあと、心配です。

それにしても訃報が続いて嫌になります。彼女の旦那様、正確な年は知りませんが、多分私と同じくらいだと思う。このあいだ亡くなった高校の友達も勿論同じ年。しかもその上、普段からニュースを避けているのに、たまたまカーラジオで聞くニュースでは、ジェード・グッディーという芸能人が〔私より若いと思う〕子宮頸がん末期で死期が近いということを、まるで実況中継するように報道しています。
これも「引き寄せの法則」なのかと思う。

もう死の話は、これで終わりにします。

ところで今日も先週書いた94歳のミセス・ビアの足のアロマセラピーマッサージに行ってきました。今日は頭はとってもクリアで、私のことも私が来ることも覚えていたし、小切手もちゃんと切ってくれました。でも私が帰る時に、いたたた・・・とおなかを押さえていたので、ややこしいことにならないうちに退散しました。〔一応大丈夫ということを確認して)

彼女はとてもポジティブな人で、同じホームの自分より年下で、家族が冷たいとか愚痴ばっかり言っている友人のことを話していて、「そんなの、若い人はそれぞれ忙しいのだから、しょうがない。中にこもっていないで、スーパーか何かに行って、人に話しかけて、世界を広げていかなければと、はっぱをかけてるのよ。」とのことでした。やっぱりそういう人が長生きするのだと思います。

ところで私は今年44歳なのですが、彼女の年まで生きるとすると、後50年もあります。友達のように早死にするのも嫌ですが、まだ人生の半分も来ていないと思うのも、ちょっとしんどい。そんなに長生きするなら、早くから知っておきたい。それならもっと歯とかもしっかり磨いたりとか、するかな。頭がしっかりとしていて、体が健康で自由がきくなら、そしてまあまあお金の心配がなければ、彼女くらい長生きしても良いかな。

2009年3月2日月曜日

遺伝




ルイの絵がアートギャラリーに展示されたのに、言ってくれないから、行き損ねて、終わってしまった話、先週書きました。

今日ルイはそこで展示されていた絵を持ってきたのですが、人にはりんごの絵とだったと聞いたのに、もってきたのは人が剣道をしてる絵でした。それでそのことを聞いたら、「りんごの絵は学校に張ってある。二つ展示された。」とのことでした。その上チャーリーも絵を持って帰ってきました。これもギャラリーに展示されたらしい。でもチャーリーは知らなかったそうです。学校が一言言ってくれればよかったのに。見に行けなかったこと、ますます悔しい。

それから、自分のことに忙しく、子供のことがおろそかになる傾向のある私は、先日もって帰ってきた中間の成績表に、ルイのアートの所に 「noted talented 」(才能あり)と書かれていたのに気付きませんでした。チャーリーが教えてくれて、改めてみたら、そう書いてありました。

私はアートの才能はありません。全然下手でもないけど、才能があるとはとてもいえない。これは多分、お父さんの血だと思います。家具職人しているくらいだから、まあアートとか工芸とかには、むいているのでしょう。子供たちの絵などを見ても、「これはXXXXXがすごい。」とか、結構私が気がつかないようなところをほめている。

うちの子供って外見は私似なんです。それから、色々私に似ているところも多いけど、背の高いところとアートの才能だけはお父さん似でよかった。それからデイブのお父さんが音楽家なので、ピアノとかも結構うまいのも、私の血ではない。まあ、お父さんに似てなくてよかったと思うところもたくさんありますが、いいところだけ似てくれてよかった。

2009年3月1日日曜日

畑


今日はまったく春らしい一日でした。コートを着ないで外に出たはじめての日です。先週の週末に急にガーデニングのことが気になりだし、それ以来毎日疲れない程度にチョコチョコやっていたのですが、今日は疲れた。

月曜日にあわててジャガイモの種〔といっても、植え付け用に特別に育てられたジャガイモ〕とたまねぎの赤ちゃん〔ラッキョウのようなもの〕とにんにくをガーデンセンターに買いに行きました。にんにくも普通のにんにくで、これを一つ一つ分けて、別々に植えると、夏にはにんにくが出来ます。これは普通のスーパーで売ってるのを使ってもいいのですが、まあガーデンセンターにせっかく行ったので、そこで買いました。それとソラマメの種を買った。にんにくもソラマメも秋に種まきしたほうがいいのですが、すっかり忘れていました。

それ以来去年の秋以来ほったらかしになっている菜園を少しずつ雑草を取ったり、耕したりしています。まだ去年植えた長ネギやブロッコリーやほうれん草が生えていて、あわてて収穫しています。さすがに何ヶ月も放っていたから、すごく雑草取りが大変。本当に草にまみれて見えなくなっていたルーバーップというイギリスの野菜と果物の中間のようなものの生えているところをきれいにするのが、なきたくなるくらいしんどかった。そのあとシーズンの早いイチゴ畑と、アーティチョークを手入れして、もう去年収穫が済んであいていたところを耕して、たまねぎ、にんにく、ソラマメを植えました。

ラズベリーの植えてあるところは、もう絶望的に雑草が生い茂っています。でもラズベリー、イチゴ、アーティチョーク、アスパラガス、ルーバーップなどは多年草で、一度植えると何年も収穫できるので、やはり手入れをしないわけにはいかない。しかもラズベリーが生えている周りの雑草を抜くので、ガーデンフォークで地面を突き刺して根こそぎとるわけにも行かず、結局お茶を濁す程度に、地表に出ている雑草を取るに終わり、すぐにまた雑草だらけになります。ラズベリーはイチゴより季節が遅いので、まだいいかと、手をつけていませんが、暖かくなるうちにはじめないと、もう手の施しようがなくなるかも。

子供たちは、前書いたように、毎年畑の一部を貸してあげて、そこで自分たちで野菜を育てて、それを私が市価で買い、お小遣いの足しにしています。土地の大きさは1メートル四方よりやや大きいくらい。それで今日は、今年の彼らのプロットを教えてあげると〔毎年位置が変わる〕、自分たちで雑草を取ったり、土を耕したりしていました。堆肥の山から少し堆肥を分けてあげると、それも喜んで耕していました。それから、私の畑からすでに植えてあったたまねぎを4つ取り、自分たちの土地に植えていました。お金がかかっていると、よく働きます。でも普段は何があっても疲れた様子など見せない二人ですが、最後にはチャーリーは「ああ、疲れた」座り込んでいました。

そういえば、お隣さんが最近鶏を飼いだしたのですが、今日そこの子供〔11歳〕が、卵を売りに来ました。買ってあげたかったのですが、あいにく週末に15個卵を買ったばかりだったので、お断りしました。田舎の経済は面白い。