サチア・サイババって知ってる人多いですよね。私もこのブログで何度も書きました。アフロの有名な聖人です。そのサイババの前世と言われているのが、20世紀初頭に存在し、今でも信奉者があとを立たないシルディ・サイババという聖人です。その聖人についての本を最近読んだのですが、ちょっとした偶然のようなものから、イギリスにその聖人のお寺が3つあることを知ったのです。それで今回ロンドンに行ったついでにおまいりすることにしました。
そのお寺は本当にごくごく普通の住宅地の中にあり、外見も普通の家とそんなにかわりがありません。地図を頼りに行くと、誰かおばさんが外で靴を脱いで入って行ったので、私たちも同じようにしました。
中はがらんとした建物です。大きさは学校の教室くらいかな。椅子が数脚置いてあり、一番奥にサイババの像があります。その前にお坊さんが座って、なにやら作業のようなことをしてました。我々のほかには2人しか人がいません。どうしていいのかもわからずに、とりあえず椅子に座って、きょろきょろあたりを観察していました。
何をどうするか、なにか書いてないかと探しましたが、そんなものありません。それで周りの人達をしばらく観察してました。一人のおじさんは、像を遠くから拝んでそのお坊さんの前に行きました。そしてなにやらもらって、入り口の近くのテーブルの上においてある食べ物のようなものを口に入れて、また出て行きました。その間2分くらい。
それで私とチャーリーも勇気を出して、そのお坊さんの前に行きました。手にお供えの5ポンド札を持っていたので、指差されるままにお坊さんの前の献金箱のようなものに投入。シルディ・サイババの像の前で数秒手を合わせると、お坊さんは私とチャーリーの額に灰のマークをつけ、そしてなにかビニールの袋に入ったものと、布をくれました。
そしてそのまま例のテーブルに進み、お菓子のようなものを一口と、甘いミルク系の飲み物を一口口に入れて、私たちもお寺を出ました。
袋の中にはココナッツの効いたケーキというかお饅頭のようなものが入っていました。布はこちらです。(お坊さんのしていた作業とは、このお饅頭を袋に入れることでした。)
シルディ・サイババは、信者の些細な願い事をいちいち 叶え幸を与えたことで知られ、今でもインドでは人々から深く愛されています。願い事を叶えるだけでなく、食べ物をはじめ色々なものを信者に施しました。聖人が信者に与えるもの(主に食べ物など)はPrasadと呼ばれるのですが、我々がもらったものもPrasadです。
物をもらったから嬉しいって言うわけじゃないけど、「教え」や「救い」などの抽象的なものではなく、実際の「物」をもらったこと、なんだかしみじみと心の中に幸せが広がってきました。なんと言うか、サイババの信者への愛が、まるで親から子への愛のような具体的なものに感じられたのです。
考えてみれば、今までいろんなキリスト教やら仏教やらの教会やらお寺に行きましたが、こちらから献金やお供えをするのは普通だけど、なにか具体的なものをもらったというのは初めてでした。
昨日書いた大きいヒンズー教のお寺もよかったけど、深く心に印象を受けたのは、こちらの簡素なお寺でした。遠くまで出向いたかいがありました。
ではこちらもよろしく。
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よくみるとおでこに白い灰のマークがあります。 |
2 件のコメント:
へえ、いい話ですね。
そうか、もらうのか。小さな願いを叶えてくれるのか。なるほど。
そういうの、なんかいいですね。
小さな願い事というか、「こんなこと世俗的過ぎて祈っていいのだろうか」というようなこと。たとえば試験に受かりますようにとか、病気が治りますようにとか言う、即物的な祈りごとです。そういうのはね、なんとなく個人的なこと過ぎて祈ってはいけないことのような気がしてたんだけど、そういうのもオッケーらしい。
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